第三章~Chapter 3~cross
魔法陣が目の前に出現する。そして、それに思いっきり魔力を込める。魔力を込めることに関しては幻器を使っているので難しいことではない。
次の瞬間部屋中に神々しい光が広がり、目を開けていられなくなった。
佐々神の傷ついた体は見る見るうちに治っていく。裂けた傷口が塞がり、火傷を負った皮膚はすぐに元の色に戻る。
佐々神はじっと傷口を見つめる。早送りをしているかのように治っていく傷口は面白くも不気味であった。
五秒ほどすると完全に傷口は塞がり、火傷の痕もない。まるで何もなかったのような体は動かすこともできた。
「治った……」
佐々神は他人事のような口調で言う。この光景が信じられなかった。自分が魔術を使って傷を治している。夢にも思っていなかった。
「す、凄いですよ! 佐々神さん」
男は興奮して言う。男はカトレアから話しを聞いていて佐々神が魔術が使えないことは知っていた。それ故に佐々神が魔術が使えたことに驚いていた。
「いや、俺も成功するとは思ってなかった」
佐々神は本当に驚いていた。推理に関しては自信があったが一発で出来る自信はなかった。
「本当に凄いですよ」
男は消え入るように呟く。
「そんなことはない。今まで使えなかったんだ。自慢できるようなことじゃない。ただ、甘えていただけだ」
そう言って立ち上がる。少しダメージが残っていたのか一瞬フラッとする。
「だ、大丈夫ですか?」
男が心配そうに声をかける。
「佐々神君どこ行くの?」
突然部屋にカトレアが入って来て言う。
「……」
佐々神は無言になる。
「梓ちゃんならいないわよ?」
佐々神のこめかみがピクッと動いた。
「おい、ふざけんなよ。いないってどういうことだ!」
佐々神は怒鳴った。
だが、カトレアは気にした様子はない。それどころか少し笑みを浮かべている。
「梓ちゃんはアイツらに連れ去られた。それだけよ」
佐々神が文句を言おうとした瞬間、
「少なくともアナタにも責任があるのよ?」
カトレアはきつく言う。
男はそれにどう反応していいか迷い、慌てふためいている。
「ックソ」
後悔の声を漏らす。なにも出来なかった自分に対し――魔術に真剣に取り組まなかった自分に対し――
「アイツらは何者なんだ?」
聞こえるかどうか怪しい声でカトレアに尋ねる。後悔し、反省し、それでもなお、梓を救いだす術を探すために。
カトレアは小さくため息をつく。なぜこの少年にここまでさせるのか? 魔術のプロであるカトレアに任せるべきときもこの少年は梓の為に戦おうとするのだ。
「アイツらはEARTHよ」
佐々神は耳を疑った。EARTHがやったということは、翔がやっということだ。佐々神には理解できない。
「勘違いしないでね。アイツらはEARTHであってEARTHでないの」
カトレアは付け加える。
「EARTHであってEARTHでないってどういう意味だ?」
素直に尋ねる。
「アイツらはEARTHの裏切り者なの」
「裏切り者?」
「そうよ。アイツらはEARTHが気に食わなくて外の組織と手を結んだ。さっき吐かせた情報によると無天井という、魔術教団よ。アタシ達と同じ対EARTHの組織」
佐々神の当初の予想は外れていなかった。EARTHの対抗組織が梓を連れ去ったということだ。
カトレアの言う通りならジーパンの男が小さな地獄の番犬の術式を扱えても不思議ではない。
「じゃあ、一緒にいた黒いマントを着た男はどっちなんだ?」
「ん? 黒いマントを着た男? もしかして、剣なんか使ってなかった?」
カトレアが食い入るように尋ねた。
その反応に少し戸惑いながらも佐々神は答える。
「あ、ああ。細長い剣を使っていた」
カトレアは神妙な顔をする。
「やっぱりねぇ」
声が少しずつ小さくなっているのが分かる。
「どういうことなんだ?」
少し不安げに尋ねる。
「アイツは紅蓮の魔剣士って呼ばれてるわ。無天井のcrossと呼ばれる部隊に所属しているの。それで、crossっていうのは五人で形成されているんだけど……」
カトレアは少し間を空け、
「そのたった五人で十字軍に匹敵すると言われているの」
十字軍とはかつて旧教が聖地を奪回するために作られた軍隊で規模は相当なものだ。それに匹敵するということは、たった五人で聖地を奪える力を持っているということだ。どれだけの強さかは簡単に想像できる。
「おそらく紅蓮の魔剣士は手を抜いていたでしょうけど、それともう一人の男二人相手に戦って生きているなんて奇跡に近いわ。それにアタシの予想だと、あのジーパンの男も紅蓮の魔剣士並かそれ以上の魔術師だわ……」
この話からすると佐々神が生きていたのは本当に奇跡だ。もしあの時助けがなければ今頃冷たくなって全く動かなくなっていたに違いない。想像すると背筋が凍った。
「とにかく、佐々神君はここから動かないでね。魔術が使えるようになったのは褒めるけど、回復魔術を使わなければいけない状況に陥ったのは褒められたものじゃないわ」
そう言ってカトレアはどこかへ向かう。おそらく梓の行方を追っているのだろう。
「後で医療班を寄こすからちゃんと治療を受けなさいよ? まだ完全に治ってないんだから」
カトレアは部屋を出ようとする。
「おい、どこに行くんだ?」
「んー、地下都市かな? 無天井の拠点もそこにあるらしいし……」
らしいというのはおそらく、ちゃんとした情報を掴めていないからだろう。
「地下都市の場所わかるのか?」
「いや、分からないけど、追尾魔術で追えば何とかなるかもしれない。しばらく戻ってこないけどちゃんといい子にしてるんだよ?」
そう言って部屋を出た。カトレアは癖ですでにどこかへ吹っ飛んだ扉を閉めようとしていた。