第三章~Chapter 3~魔術が出来ない本当の原理
佐々神は目をきょろきょろと動かす。待合室のような場所だったはずの部屋が一面真黒になっていた。ソファや机があっただろうところには灰の山があり、扉はすべてなくなっていた。
(どうなったんだ?)
佐々神は半身を起し改めて周囲を確認する。床に手をついたとき何かの感触があった。ふとそこを見ると石と化した幻器があった。
そこで思い出す。自分は負けたんだ。引き分けでも逃げたのでもなく、紛れもない敗北だ。自分の身を案じて逃げ出すことも出来なかった。
思い出すように悔しさがこみ上げる。
(くそ、アイツの言うとおり幻器がなけりゃただのガキじゃねぇか)
佐々神は幻器を失った瞬間から抵抗する術がなくなった。なにもしなかったんではなく、本当に何もできなかった。
「ちくしょう!」
佐々神は叫ぶ。敵にではなく今まで幻器に頼ってばかりの自分に対し。
「なにが俺も行くだよ! 梓も助けられない、自分は勝手に戦って勝手に負ける。これじゃただの荷物じゃねぇか!」
佐々神は自分に向かって叱咤する。何度も何度も。
それを聞きつけ一人の男がやって来る――先ほどスピーカーで喋っていた男だ。
「ど、どうしたんですか?」
男は自分よりも一〇歳以上年下の相手に敬語で話す。口調はオドオドしていて、どこか自信なさげな顔をいつもしている。
頬はげっそりと痩せていて、少し気味が悪い。
「俺ってやっぱり迷惑しかかけてないよな?」
佐々神は尋ねる。無表情と言うには柔らかく、何を考えているか分からない顔をする。
「そんなことありません。佐々神さんや巫さんは凄いですよ。自分なんて怖くて足が震えて、カトレアさんを呼びに行くのもすぐには出来ませんでした。それをまだ守られる立場のはずの佐々神さん達は咄嗟に誰かを救おうと動いて……本当に凄いですよ」
男はオドオドした口調がはっきりとした口調に変わり、声が少し大きくなる。
佐々神は驚いて言葉が出なかった。佐々神の中ではそんなに深く考えていなかった。梓が行ったと聞いて体が勝手に動いていたそれだけだった。そんな大それたことは考えていない。
「佐々神さんなんて魔術が使えないんですよね? それなのにあんな魔術師と対等に戦えるなんて……私なんて足元にも及びませんよ」
男の口調は段々と元に戻っていく。
佐々神は頭にある単語が過る。
「魔術?」
佐々神は大きな声を上げる。
男はオドオドしながら、
「え、ええ。それがどうかしましたか?」
佐々神は年老いた老人のような渋い顔をして、
「もしかして、魔術が使えるかもしれない……」そう小さくつぶやく。
男はなにを言ったか聞き取れず聞き返そうとしたが、それを断って佐々神が話し始める。
「なぁ、回復魔術って知ってるか?」
男はきょとんとした表情を浮かべる。
「え、ええ。知ってますけど……」
「教えてくれ!」
間を開けずに言う。
「詠唱だっけ? それを教えてくれ」
詠唱すらも理解していないのに頼み込む。
佐々神のおそらく立てないだろう体を見て、
「回復なら私が……」
「いや、自分でやる!」
佐々神は断言する。
元々気の弱い男は佐々神の押しに負け、詠唱を教える。
「え、えーと。一番簡単なのでいいでしょうか?」
男は佐々神に一度確認を取り、話を進める。
「じ、じゃあ、『hialga』と唱えてください。これは回復を意味する『hil』の略の『hi』と、通常魔術すべてに通用する基本構成を自動で行う『alga』で出来ています。なので、全体的な回復は出来ても完全には治りません。それには手や足など部分的に治療魔術をかけないといけないので、成功してもあまり無理をしないでください」
「……」
無言だったが男はそれを肯定ととった。
佐々神は気づいた。魔術が使えないのではない。魔術を使おうとする気がなかっただけだ。今まで幻器があって、ほとんど苦労することがなかった。それ故に魔術を必要としなかった。魔術を使おうという気はあったが、心のどこかでは幻器があるから必要ないという気持ちがあったのだ。それほど幻器に頼っていた。
佐々神は幻器が無い環境でようやく気が付いた。翔やカトレアが言っていたことはこれだったのだ。もし教えられたとしても佐々神は魔術が使えなかっただろう。自分で気がつかなかれば意味がない。本当に魔術が必要の場面に出会わせてようやく知る。
佐々神は息を深く吸う。頭の中に自分の体が動くようになった後をイメージする。
突然頭の中で何かが弾ける。
今だ! そう思った瞬間に詠唱する。
「『hialga』!」