第三章~Chapter 3~敵
「カトレアさん、大変です! 不審人物が数名侵入しました。直ちに迎撃体制に入ってください」
突然、部屋に男の声が響いた。もちろん、ただ男が叫んでいる訳ではなく、スピーカーから流れているだけだ。
佐々神は一瞬よくわからない顔をしていたが、カトレアはすぐに理解した。
「佐々神君とりあえず安全なところへ案内するから付いて来て」
カトレアは駆け出し、佐々神はそれに付いて行く。
梓が居るはずの部屋に着くと、そこにはさっきスピーカーで喋っていた男らしき人物以外見当たらなかった。
カトレアもすぐにそれに気づき男に尋ねる。
「ねぇ、梓ちゃん見なかった?」
男は『梓ちゃん』を理解するのに苦戦したのか、少し間が空いて答える。
「『梓ちゃん』とは、黒い髪の少女のことでしょうか? それならさっき扉が勝手に開いたと思ったら、突然飛び出してきてすれ違いました」
男は慎重に言うが焦りは隠せていなかった。よっぽど、この事態が不安らしい。
「そう、分かった」
カトレアはそう一言告げると佐々神のほうへ向き、
「梓ちゃんのことは任せて。絶対連れ戻すから、佐々神君は警戒が解けるまでここで待機してて」
カトレアは強く言う。
だが、佐々神は、
「いや、俺も行く!」
佐々神は駆け出そうとしたが、カトレアに腕を引っ張られ、それ以上前に進むことが出来なくなった。
「何だよ」
「何だよじゃない。危険よ。そんなことさせない」
カトレアは心配していた。それは佐々神にも伝わっていたが行くのを止めようとはしない。
「ふざけんな! これは翔との約束なんだ! アイツがいない今、誰が梓を守るんだよ!」
佐々神は叫んだ。
自分の身の危険なんか知らない。ただ、少女の暗い過去を知っている佐々神は、その不幸な少女を見捨てることは出来なかった。
佐々神の叫びを聞いたカトレアは、いつの間にか掴んだ腕を離していた。
その隙をついて佐々神は一気に駆け出す。扉を潜り抜けエレベータに駆け込む。まるで通勤ラッシュの電車に乗るように……
佐々神の手を離してしまったカトレアはすぐにハッとなる。
「なんで離したんだろ……」
だが、そんな疑問すぐに吹き飛んだ。
(今はそんな場合じゃない。早く佐々神君と梓ちゃんを保護しないと……)
カトレアはすぐに指示を飛ばす。
「佐々神君と梓ちゃんをすぐに保護するように、各員に伝えて。もし間にあわなければ最悪の事態が起きるかもしれない……」
カトレアは沈んだ顔になっていくがそんな暇もない。カトレアもすぐに後を追った。
佐々神は一階のエレベータホールにいた。エレベータを降りるとすぐに左右に道が別れており、どっちに行くか迷っていた。
(梓はどっちに行ったんだ?)
そもそも一階にいるかどうかも分からない。
考えてもキリがないと結論付けた佐々神は、右の道に向かって走り出す。
何本か横道に通路があったが、狭いのでここには居ないと判断して直進する。
つきあたりにぶつかると、右に同じような通路があり、それを道なりに進んでいくと正面に扉が現れた。中からは物音がする。佐々神は耳を澄まし、音をよく聞くと、物音ではなく話声であることに気づいた。
「おい、巫梓はどこだ? 幻器使いのガキもいるようだから、ついでに奪っちまえって命令が来てる」
中の男は仲間の男らしき人物と二人で話している。
(梓がなぜ探されている? もしかして、カトレアが言ってたEARTHに対抗する組織で梓を人質に取ろうって連中か?)
佐々神には男たちの話の後半部分は、ほとんど気にかけていなかった。それほどまでに梓を守ることに執着する佐々神は、少し不気味に感じる。
佐々神は意を決して、扉を開け中に飛び込む。
部屋の中は待合室のような場所で、こっちの扉がある壁とは真向かいのところに同じような扉が一つある。長方形のような形をしていて、扉がある辺は長方形の一番長い辺となっている。中には何の変哲もないソファと机だけが置いてある。
男たちは一斉に振り向き、いかがわしげな表情を浮かべる。
「あ? 誰だ?」
黒い肩から足首辺りまであるマントを着て、頭には黒いフードを被った男が、まるでどこかの組にでもいそうな口調で言う。
「うるさい!」
佐々神は叫ぶと同時に幻器を取り出し、それを二つの赤と青の珠が付いた黒い拳銃に変形させた。
「お前幻器のガキか!」
男たちはすぐに佐々神の正体に気づき戦闘態勢に入ろうとしたが、佐々神はその隙を与えない。
拳銃を交互に打ち、男たちに何発も放つ。
だが、戦闘慣れしている男たちは体を床に転がしかわす。すぐ体制を立てなおし、
「おい、連絡を入れろ」
黒いマントを着た男が隣の深い青のジーパンに上は無地のダボッとした長袖のTシャツを着ている男に命令する。
どうやら、黒いマントを着た男の方が立場は上らしい。
ジーパンの男は魔術なのか通信機を使ったのか分からないが「敵発見。応援を要請する」とだけ、道具を使わずに気だるそうに告げる。
黒いマントを着た男は、虚空からレイピアを出現させた。
レイピアとは、剣自体がとても細く、突きに特化した剣である。
男は、それを右手に持って振りかざし、無数の光弾を薙ぎ払う。
その隙に隣のジーパンの男が手を翳し聞こえないくらい小さな声で何かをつぶやくと、目の前に先日見た魔獣が現れた。
「反撃開始」
黒いマントを着た男はニヤッと笑い、レイピアを持った右手を不気味に下に垂らした。