第三章~Chapter 3~詠唱の原理
梓はひたすら魔力のコントロールをしていた。魔力球を維持し続ける地味なトレーニングだが、莫大な魔力を持つ梓にとっては、極少量を常に出し続ける繊細で難しいトレーニングだ。
扉を開く音がしたと共に集中が切れ魔力球が壊れた。
「あ、ゴメンネ。邪魔しちゃった?」
カトレアがおどけて言う。
梓はそれを否定して、次のメニューを聞く。
「んー、そうね。そろそろ、光への変換でもやろうかしら」
梓は魔法陣を描き、それに魔力を込め魔術を発動することまで出来ていたが、光で魔法陣を描いたことはなかった。
梓は自分に出来るか不安だった。魔力球も満足に維持できないのに魔法陣が描けるのだろうか? そんな疑問が浮かぶ。
(そうだ。出来ると思わなくちゃ出来るものも出来なくなっちゃう)
小さく拳を握り「はい」と答える。
「あ、まだ詠唱について説明してなかったわね」
カトレアは両手を合わせゴメンネのジェスチャーをする。
「詠唱っていうのは、魔法陣を書く命令ってのは説明したわよね?」
カトレアは梓に確認を取る。
梓が首を縦に振るのを確認するとカトレアは話を続ける。
「本当なら詠唱はしなくていいものなの。頭の中で魔法陣を思い描いてそれを光で表す。それだけで十分なの。でも、実際はそんなワンパターンの魔法陣だけでどうにかなるものではない。同じ炎を出す魔術でも距離や威力などで、形は似てるけど別の魔法陣が必要になって来る。詠唱っていうのは例えるなら……計算をする時、そろばんをやっていると、指で見えないそろばんを弾くのと同じことなの。当然この行為は無意味、でも、実際に動作を交えることで計算がしやすくなってることは確かよ。魔術も頭の中で魔法陣を構成して光に表すことは出来る。でも、計算の何倍も複雑で高度な命令を頭の中だけでこなすのは難しい。だから、詠唱が必要になる。つまり、詠唱は命令を整理するものなの。頭の中で全部行うのではなく、一つ一つ命令をその場で実行していくことが詠唱。炎だった場合、まず、炎を出すという命令を口にする。その次に距離、温度、必要魔力、時間などを実際に口に出していく。この時全部日本語で言ってもいいんだけど、それだと詠唱に時間がかかり過ぎる。だから、略語があるの」
「ショートカット? ってなんですか?」
梓は首を傾げる。どうやら梓の癖のようだ。幼い少女のようなその仕草は、梓にとても似合っていた。
「略語っていうのは、詠唱をより短縮化するための詠唱用語なの。さっきの炎の場合、『fialga』で約一〇〇メートルを二〇〇度で三秒かけて直線的に進む、という意味の命令になるの。これなら、詠唱にほとんど時間をかけずに済む。高度な魔術だと略語が使えないんだけどね」
梓はなぜかと尋ねようとしたが、その前にカトレアが小さい声で「まあ、今は難しいからいっか」と言っていたので聞けなかった。
「他の略語は今度教えるから、今は『fialga』で練習して」
梓は「はい」と返事を返すと魔法陣を出すイメージをする。
魔法陣を描くことだけに集中する。
(出来る)
そう思った瞬間に膨大な魔力を抑えて魔力を込める。