第二章~Chapter 2~魔術の原理-後編
部屋を出ると今度は上って来た時と別のエレベーターを使って地下へ向かった。このエレベーターは地下に向かう専門のものらしく「B1」と「1」以外のボタンがない。
表示がどんどん下がっていくと「B1」の表示へ変わった。
機械音と共に扉が開きカトレア達はエレベーターを降りる。
カトレア達は人が二人すれ違える程度の通路を進むと、右側にある扉を開けた。
開けたと言っても、入って来た時よりセキュリティは厳しかった。指紋認証だけではなく顔認証、パスワード入力などいくつものロックが掛っていた。つまり、それだけ重要な施設ということだろう。
「開いたわ。入って」
カトレアが中に勧める。佐々神たちが中に入って見たものは、パソコンやら訳がわからない機械と言った類のものは一つもなった。そこにあったのは左側に一つの扉と真白な巨大な部屋だった。
「どう? 凄いでしょ?」
カトレアが自慢げに言う。
「まあ、よくわからないが凄い」
佐々神は素直に答える。
「じゃあ、さっきの話を続けるわ。さっき梓ちゃんは魔力ってどこにあるか聞いたわよね?」
梓は「はい」と答えた。
「じゃあ、また問題。魔力はどこからやってくるでしょう?」
楽しげに笑う。カトレアは問題を出すのが好きらしい。
梓は悩んでいる。時々、眉間にしわを寄せ、おばあちゃんのような顔をしているが見なかったことにする。
「んー、人間の体から自然と湧いてくるとか?」
カトレアはその答えを期待していたような顔をして、佐々神に問う。
「佐々神君は答え知ってるわよね? 翔君に習わなかった?」
そう、確かに佐々神は翔に習っていた。魔力はどこからやって来てどのように使うか。一通り習っている。だが、魔術の原理や魔力の働きなどは忘れていた。というか、理解できていなかったので答えることができなかったのである。が、この答えは知っている。佐々神は自信を持って答える。
「魔力とは元々人間の体にあり、主に各細胞が無自覚的に魔力を生成していて、地脈、つまり、地形や天候、自然環境を利用して生成することもできる。って習ったけど」
佐々神はない脳味噌を振り絞って思い出す。
「おお、さすが。大正解! しかも、細胞が無自覚的に生成してるから魔力を使っても時間がたてば回復するってわけ」
どうやらカトレアは満足いったようだ。
「じゃあ、これからは実演して見せるわ。とりあえず見てて」
そう言って呼吸を整え始めた。
佐々神は知っていた。魔術というのはスポーツ以上に精神に大きく影響することを。
ここでようやく部屋の意味に気づく。この部屋は魔術の練習場だ。昔、翔に魔術を習わされた時、白い紙を散々見せさせられて精神を落ちつけろと言われた。どうやらここは部屋自体が落ち着けるよう工夫されてるらしい。それに多分だが対魔術用に壁を作っている。佐々神は魔術の凄さを知っている。だから、ただの地下の部屋ってだけで耐えられないことも知っている。
「それじゃ行くわ」
カトレアはそう言って右手を一番奥の壁に向かってかざした。すると、掌の数センチ前に大きな白い光の円が出現した。今度は内側に二回りほど小さい円を出す、その中に上を向いた正三角形と下を向いた正三角形を重ねて描いた。つまり、六芒星だ。さらに最初に書いた円と二つ目の円の間に何やら文字が浮き出てきた。
それは一瞬だった。魔法陣を描き終えると同時に光が増し、魔法陣から佐々神や梓を飲み込んでしまうほどの大きさの炎の塊が壁に向かって放たれた。
魔法陣を描いてから放つまで三秒とかからなかった。それをカトレアは簡単にやってのけた。
だが、佐々神はそれほど驚かなかった。なぜなら、翔はそれを一秒とかからずやってしまうからだ。光の円が出たと思ったと同時に炎が出現する。まさにそんな感じだった。
「す、凄い」
佐々神とは対称に梓は感心していた。それもそのはず、魔術を見たことがなければ驚くに決まっている。佐々神が普通ではないのだ。
「まあ、こんな感じかな。もっとも、翔君ならもっと早くできるでしょうけどね」
佐々神も思っていたことを言う。
「そ、そんなに凄いんですか?」
その質問にまるで小さい子に諭すように答える。
「凄いなんてもんじゃないわよ」
カトレアは少し呆れて言う。
翔が異常に早いだけだ。カトレア自身lastのzero/firstに所属しているわけだ、無能な魔術師とは言い難い。むしろかなり優秀なほうだ。
「で、今やったのは簡易魔術っていうの」
「ショートマジック?」
さっぱり分からない梓は尋ねる。
「ええ。通常、魔術っていうのは魔法陣っていう変換機に魔力を通して発動するの」
「変換機?」
「さっき言ったけど、魔力っていうのはエネルギーって説明したでしょ? だからこのエネルギーを別のエネルギーに変換しないといけないの。例えば、電気があったとして、これで部屋を暖められる?」
「……無理だと思います」
「まあ、多少は勝手に熱エネルギーに変換されるでしょうけど、部屋全体を暖めるのは不可能だわ。だから、部屋を暖める時は『電気ストーブ』という変換機が必要でしょ? 魔法陣っていうのは『電気ストーブ』と同じなの。炎を出したければ、炎に変換できる魔法陣を出して、それに魔力を通して発動するってこと」
佐々神はここまで詳しく理解していなかったので感心した。魔術についての理解が深まってきた。そう佐々神は感じた。
「でも、さっき魔法陣を書いた時、光で書いてましたよね? あれって魔術じゃないんですか?」
梓が問いかけるとカトレアは嬉しそうに言う。
「いい質問ねぇ。これこそが簡易魔術なの」
梓と佐々神は黙って話の続きを聞く。
「魔力っていうのは、光に変え易い性質を持っているの。下級魔術師(the magician)とかは、白いパステルで魔法陣を書いたりするんだけど、中級魔術師(judgement)以上になると魔力を魔法陣を通さず光に変換できるようになるの。というか、これが出来ないと中級魔術師(judgement)として認めてもらえないんだけどね」
カトレアは乾いた笑みを浮かべる。
「それで、この光への変換自体は魔法陣を描くときによく使うことなんだけど……。通常、魔法陣を光への変換を使って描く場合、詠唱しながら魔術を発動するの」
梓が首を傾げる。
「詠唱って呪文を唱えるみたいなことですか?」
「んー、そんなとこかな? 厳密に言うと呪文と詠唱は別物だけど、今はそれでいいわ。で、詠唱っていうのは命令なの」
「? 炎でろー! とかですか?」
とろんとした口調で言う。
「それで発動できるなら便利なんだけどねぇ」
少しため息をついた。
「?」
また梓が首を傾げる。
「詠唱っていうのは魔法陣を書く命令なの。例えば炎を出したい場合は、『ある一定の魔力を通した時、一〇〇メートル先まで届く炎に変換する魔法陣を書け』って命令するの。この場合、射程距離はもちろん一〇〇メートルしか届かないし、当たっても必ず倒せるとは限らない」
「どうしてですか?」
梓が不思議そうに尋ねる。
「それは炎の温度と継続時間を設定してないからよ」
カトレアがそこまで言うと梓は理解したようだ。
「そっか。さっきの命令の場合は、当たっても普通の炎の温度しかなくて射程距離分だけしか炎が出現しないってことですね?」
「さすが梓ちゃんね。頭良くて助かるわ。梓ちゃんが言った通り、今の命令だと自然界に自動的に変換されるの。普通、炎って三〇〇〇度も四〇〇〇度もないわよね? 大抵、煙草に火が付く程度の温度しかない。それに継続時間が設定されていないと、射程距離を一定の速度で進む分、この場合、三、四秒しか出現しないの」
「じゃあ、継続時間を一時間とか長時間に設定すればいいんですか?」
「まあ、それでもいいんだけどね。魔力ってエネルギーって言ったわよね? エネルギーって無限かしら? 普通、車を走らせるならガソリンというエネルギーが必要よね? もちろん長距離走らせたければ、それだけのガソリンを入れないといけない。魔力もこれと同じなの。だから、一時間発動したければ一時間分の魔力が必要になるってわけ。実際は継続時間を一時間に設定する人はいないわ」
カトレアの説明で梓は納得いったようだ。そこでカトレアは本題に戻す。
「そこで簡易魔術が出てくるの。これは詠唱を簡易化する魔術なの」
「? 簡易化する魔術ってことは魔術を二つ発動しているってことか?」
そこで佐々神が尋ねる。
「あれ? 翔君に習ってなかった? まあいいわ。そうよ。さっき発動した魔術の場合、あらかじめ距離や温度、継続時間などを設定しておいた魔法陣を用意しておく。そして、その魔法陣を解除条件を設定して一時的に封印する」
「待て、解除条件ってなんだ?」
「そのままよ。永遠に封印するわけじゃないんだから解除する必要があるでしょ? その解除する条件を設定するだけよ。さっき発動した魔術の場合、『右手をかざして、炎をイメージする』っていうのが解除条件なの。だから右手をかざして炎をイメージするだけで、封印が解けて炎が出現するってわけ」
そこで佐々神にある疑問が浮かぶ。
「とりあえず、何となく理解したが……カトレアの言う通りだったら魔術を使う場合それだけの魔力が必要なんだよな?」
慎重に尋ねる。
「ええ、そうよ」
「ならなんで、『距離や温度、継続時間などを設定しておいた魔法陣』を封印する魔術を発動する場合、発動時間分の魔力を消費しないんだ? もしするなら、何時間も魔力を垂れ流しってことだろ?」
佐々神は思っていたことを口にした。それを聞いたカトレアは何やら嬉しそうだった。
「お、佐々神君も冴えてるねぇ。君の疑問にお姉ぇさんがお答えしましょう♪」
と、ふざけた口調で言う。カトレアはとても上機嫌だ。
「魔術っていうのは大きく分けると三つに分けられるの。一つ目は炎を出したり雷を出したり、病気や怪我を治癒したりする通常魔術。二つ目は武器や生物を空間移動、召喚する召喚魔術。三つ目は魔力と言う塊を閉じ込めておく容器を作る封印魔術」
カトレアは一つ二つと指の数を増やしていく。
「それで、封印魔術っていうのは魔力を閉じ込める容器を作る魔術だから、一度封印する魔力を上回る魔力を込めた容器を作ってしまえば魔力供給は必要なくなる。って言うのは、魔力を使う必要がないからなの」
「必要がない?」
「そうよ。容器という疑似的な物質を作るということだから必要ないの。例えば、本が一〇冊あったとしましょう。その時、一〇冊入る本棚さえ作ってしまえば、本が増えない限り継ぎ足ししたりする必要ないでしょ? これは封印魔術でも同じことが言えるの。封印したものが何らかの理由で、魔力が急に膨れ上がらない限り、魔力の継ぎ足しは必要ないの」
佐々神は納得した。カトレアは例え話を用いてくれるから馬鹿な佐々神でも理解できる。
「だから、一度魔法陣と言う魔力の塊を封印と言う容器に入れてしまえば魔力は消費しない。消費するのは、魔法陣を描くときとそれを封印する時、あとは実際に魔法陣を出して魔術を発動する時のみになるの。事前に仕掛けておけば、魔力が回復してから発動できるってわけ。だから、簡易魔術は高級な魔術として扱われているの」
「? 高級魔術なのに簡易魔術って簡単なのか?」
「それがそう簡単にはいかないのよねぇ。封印魔術っていうのは封印する魔力構成そのものの性質を詳しく理解できていないと効力が期待できないの。結界師っていう封印魔術専門の魔術師もいるくらい高度な魔術なの。それに、簡易魔術が使えたとしても、簡易魔術自体相当な魔力を消費する上に封印魔術を管理できる数が決まってるから仕掛けられたとしても二つ三つ程度なの。それを実戦に組み込んで多種多様な簡易魔術を扱うのは上級魔術師(the world)でも殆どいないわ」
「カトレアさんは何種類使えるんですか?」
梓が尋ねるとカトレアは嬉しそうに、
「何種類だと思う?」
と逆に尋ねてきた。
「えー……二〇種類くらいですか?」
梓は気を使って多めに言った。
「ブブー、ハズレ! 正解は約二〇〇種類でした」
佐々神と梓は驚いた。
「え? えぇぇぇえええ? それってかなり凄いんじゃないんですか?」
「そうよ。だから、zero/firstに配属されたのよ。簡易魔術じゃ世界クラスの腕前なの」
と誇らしげに言う。
というか、実際誇っていいぐらいの腕前なのだが、佐々神はまだ信じられなかった。