「おったまげた、婚約破棄するので?」
「おったまげた、婚約破棄するので?」
「あたぼうよ。悪は討伐せにゃ!」
王子は意気揚々と拳を振り上げる。
「スフィア・ソモラマ」
婚約者の名前を口にした彼は、唇を舌でなめた。
「目ん玉飛び出る悪女かもだ」
「おっしゃるからには、相応の理由がおありで?」
スフィアは冷静に、自分の罪状を尋ねる。
当然だ!と王子は答える。
「聖女のワルタナ。志願兵たる彼女の炊き出しを妨害しーー」
「志願兵?」
会場がざわめく。王子の後方に佇む渦中の少女に当惑の視線が向けられた。
「いつから戦場に行ったので?」
「違います! 私は奉仕活動を......!」
「そう!ワルタナはケナゲにその、防止活動、をやってくれていたのだ!」
「赤狩りもやってそう」
スフィアの茶々に、どっと会場が沸いた。
王子が眦を吊り上げる。
「黙れ!ワルタナは他にも、事業を計画し、そのために走ってくれた」
「走った?」
「......クールなお前にはわからないだろう、彼女の偉大さがな!」
「あー......えっと、素晴らしさ、ですかね」
「彼女はまさに、我々にふさわしい、恋愛相手なのだ!」
「タレント、って言いたかったんですか?」
「けったいな。やり取りはコントなので?」
「おひねりを用意せにゃ!」
振り上げていた拳が、力なく落ちる。王子は額をとんとんと叩き、乏しい語彙を探る。
「ともかく......ともかく!ソフィア!お前は悪だ!」
「私、スフィアです」
「殿下ってなんであんな有り様なので?」
「大陸間の王家で婚姻を繰り返して、この国の言葉に疎いんだよ」
お隣の言語はペラペラなのにな。
知られた話が、あたかも大袈裟な国家秘密であるかのように語られる。
「でも、一応母語だろ?これじゃあな」
「そのへんは、今応酬しているスフィア様や、王家の顧問が補佐するって......」
「ハードルが高すぎる」
「正直引っ込みがつかなくなってる」
胸の内を正直に、ワルタナに囁く王子。
「なんとかならないかな」
「いやせめて、もうちょっと内々にまとめてくれるものだと思ってました」
ちらちらと、スフィアに視線を向けつつ少女が呟く。
「ドン引きですわ」
「君までそれをいうか!?」
「あのですね、女は婚約者、または前の恋人を公衆の面前で侮辱する男に惚れると思いますか、常識的に考えて」
ワルタナは言う。
「小説の読み過ぎですよ」
密かな趣味を暴露された王子は、一歩を踏み出そうとして、たたらを踏む。やり場を失った拳、奇妙なステップ。自分の作り出した状況に踊らされる彼は、王子というより道化師であった。
「わた、私は、一国の皇子として注文する!可能な限り速やかに、ソフィアを没収せよ!」
「もうツッコむのやめていいですか?」
「漫才やってんじゃねえんだよ!」
王子は鼻息荒く、叫んだ。
「私は、いつになく、マジだ!」
「なら、可能な限り、マシに!」
王子の口調を真似ながら、スフィアはピシャリと言い放った。
「……容疑も言葉も。そうしてもらわないと、悪役としての花道さえ歩けませんわね。そのしかめ面は何です?」
「やかましい!」
「とても貧相な言葉選びをなさっていますわ」
「いいか、私は、言葉の男だ。一度言ったことは、必ず決断する」
「実現してくだらないのですか?」
「ゆえに、お前をこの場で鑑定したとき――」
「せめて裁いてくださいな」
「お前は、絶大的な……エビルだ!」
少女は肩を竦めた。
一人息の荒い王子が、至極冷静な少女と対峙していた。それはまるで、劇の一幕のような構図であった。
王子にとっては悲劇であったが、大多数にとってはただの喜劇であった。
はぁ、とスフィアは自分の髪をなでる。
「殿下は随分と、ポケット・ビリヤードが得意でいらっしゃる」
「ポケット……なんだって?」
「銀のスプーンを咥えて生まれてきたというのに、高貴な者としての義務を怠っているのではなくて?」
「な!私が未だにおしゃぶりを外せないとでも言いたいのか!?不敬だぞ!」
「不敬罪なら先代が既に廃止しておられます」
「王子様。帰っていいですか?」
「ワルタナ、今君のために頑張ってるんだからせめて乾杯してくれ」
「乾杯?」
聖女に仕立て上げられた少女は腕を組み、指で自分の腕を叩いていた。
「もう限界でしょうから、星の王子様お帰りください」
「そうですよ殿下、引き際は重要です。今ならまだ、致命傷で済みます」
「致命傷!?」
「すみません口が滑りました」
「皆のもの聞いてくれ。私は声を朗らかにして言いたいのだ。婚約者の罪を――」
「パーティは終わりだ。さぁ、みんな家に帰ろう」
「私は常に、宣告しなければならない。すなわち整理された国の王子が――」
「いいか、出し物は終わりだ。これは殿下のサプライズだ。ほら、散れ散れ!」
「――平等で、公平で、司法であるために。すなわち人民のためにつつがなく存在する王政の、その支持を政党なものにせんがために――」
「いつまで見てるんだ、帰れと言ったろう!ここは動物園じゃない。殿下は見世物じゃないんだぞ!」
「――すなわち、その、すなわち、あー、すなわち――臀部の膿を、己で鳥覗いてこそ、汚点と様に剥ける唯一接待の定刻を尊属させる、術なのだと!」
会場はもぬけの殻であった。
一人一張羅の背広を着こなした王子が、滂沱に伏した。