みじめちゃん
粉のような雨は、傘をさす必要もないほどに優しく降り注いでいた。
夜の中、街灯の光を受けて、雨粒の一つ一つがキラキラと光を放つ。
あたしの十歩前を行く男女も、その雨に包まれ、美しく輝いていた。
――あーあ、なんでこんなことになっちゃったんだろ。
突然、元カレから片道一時間かかる距離のカフェまで呼び出され、今の彼女にフラれるかもしれないという相談を一方的に聞かされ、結局その後彼女本人を呼び、二時間かけて説得する羽目になり。
今、あたしは復縁したカップルの後ろを歩かされている。
せっかく気を利かせて、先にカフェから送り出したのに、この二人ときたら店前でずっとうだうだやってたらしく、あたしがカフェを出たのと同じタイミングで駅に向かい始めた。駅までは一本道だから、しょうことなしに、気づいてもらえない亡霊みたいに、男と女の後ろを音も無くついていく。そんな羽目になった。
可愛い彼女と歩く元カレは、なんだか昔よりずっとイケメンに見えた。
あたしといる時よりずっと楽しそうに見えた。
みーじめ。みじめ。
交差点の信号が、赤に変わった。男と女の足が揃って止まる。
あたしはそんなことしたくないのに、十歩も後ろで立ち止まる。端から見たら、ただのアホだ。
寄り添う男の影、その肩くらいにしか届かない女の影。二人は、柔らかく絡んでいた指を、きゅっと握り締める。
みーじめ。みじめ。
あたしがやったことを、誰か褒めてくれるのかな。神サマ? いるの? おーい、見てますか? はやくあたしの善行にご褒美をください。
赤信号が長くて、イライラする。自分のやったことにも、イライラしてきた。
あたしのばーか。ばーか。ばーか。
ばしっ。
……え?
女の影が、突然身を翻して、勢いよく男の影から離れていった。男の影は手を伸ばしたけれど、足は一歩を踏み出したきり、動かなくなってしまった。
なに、追いかけないの? そっちの信号は赤青関係無いよ?
交差点の信号が変わる。男はまだ動かない。
あたしは、そろそろと進んで、十歩の距離を埋めた。
さっきまでみじめだったはずのあたしの前に、もっとみじめな男がいた。
あたしは首をひょっこり伸ばして尋ねた。
「何があったの? どうかした?」
「わかんない……わかんねーよぉ……」
男の顔はぐしゃぐしゃだった。
「なんか突然怒りだして。よくわかんねーよぉ」
はーっと頭を抱え、その場に屈み込み、根を生やしてしまった。
みーじめ。みじめ。
あたしは、男を助けおこした。同情しているのか見下しているのか、自分でもよくわからない笑みを浮かべて、慰めてるんだか嘲っているのか、自分でもよくわからない声で言った。
「とりあえず、カフェか飲み屋でも入ろ……。まだ時間あるし、ゆっくりつき合うよ……」