滑空する白い鳥
エアレースの年間チャンピオンのかかった最終戦。メカ好き仲間に誘われたので重い腰を上げた。
臨海副都心の常設コースに着いたのは、出場チームの公開練習中。友人が確保した席はレーサーを間近に見られる特等席ではなかったが、全体を俯瞰できた。興味はないと言ったものの、けたたましいエンジン音を響かせて飛び交うエアレーサーは圧巻だった。
公開練習の時間が終わり会場の興奮がゆっくりと醒めていく間、ステージに設えられた大型スクリーンでは広告やら何やらアイドルグループの映像が流されていた。それが終わると、スクリーンに「特殊形状記憶合金の航空機への応用とその技術検証機の展示」なんていう、このお祭り騒ぎに似つかわしくない文字が映し出された。
まるでDJ乗りの司会の紹介でステージに登場したのはちょっと垢抜けないおっさんとおばさん。一通りの自己紹介の後、落ち着いたBGMと共に大型スクリーンに会社のロゴが映し出された。誰もが教科書で習うような鉄鋼産業大手のマークだ。
動画の内容は、「特殊形状記憶合金」について。要は、好き勝手に枉げておいても温まると設定した形状を取り戻す金属。そう、ブラに使われているあれだね。応用範囲が拡がらなくて話題にはならなくなったけど基礎研究は進んでいたらしい。この「特殊」ってのはいくつもの形状を別々の温度で設定できるってことのようだ。
で、これが何に使えるのかと言うと、鉄道ではモーターが過熱した時に自動で開く排熱口に採用されているらしい。私はメカは好きでもハード屋じゃないからこれは知らなかった。
自動車産業では一歩進んで、積極的に温度制御することでラジエーターを通る空気の制御だけでなくエンジンに入る空気の流れの制御にまで使おうとしているそうだ。昔、ドイツの自動車メーカーが布のような外板を持ったコンセプトカーを作っていたけどあんなのもこの金属でできるのかな。
スクリーンがここで突然実験室の中のいけてない映像に変わった。おっさんのいる会社らしい。そこに映し出されていたのは白い鳥の翼にも見える物体だった。おっさんの会社では、(ありがたくも鉄鋼大手様のお造りになった)この合金を作って鳥の翼を作ってみたのだとか。
映像はそこで終わり、おっさんの「こちらに注目してください」と同時にステージが暗転。スポットを浴びた棒には、白い鳥の模型が止まっていた。実験室でぎこちなく動いていた翼が、今、鳥となってそこにあるのだ。
会場は……と見ると、割とみんな興味がないようだ。だろうなぁ、エアレース見に来てるんだもの。
興味津々の私の目には、おっさんに言われるままに翼を広げたり畳んだりと、まさに鳥にしか見えない。あ、「かわいい」って声が聞こえたぞ。やっぱり女性受けはするよね。
「さて、一通り翼が自由に動くのをご覧いただきました。こいつは未だAIのトレーニング中なので巧くはありませんが、一応飛べるところまでは調整してきました。みなさん、飛ぶところはご覧になりたいですか?」
勿論、飛ぶなら見たい。
ステージ周辺でスタッフが急に動き出した。予定になかったんだろうか。
「それじゃ行きますよ。Demonstration sequence. Go!」
おっさんに言われて白い鳥は「ピーッ」と一際高く鳴くと、翼を拡げて棒からゆっくりと舞い降りた。
そのままステージ上を旋回するのかと思いきや、ステージの手前に向かっていく。このステージは海に面している。ステージの手前は海だ。どうするんだと思っていると、翼を畳んで海に落ちる!
と、みんなが悲鳴をあげる中、白い鳥は海面すれすれで翼を拡げた。もう、誰もが釘付けだった。いつの間にかスクリーンには白い鳥が飛ぶ様子が映し出されていた。海面すれすれを時折羽ばたきながら滑るように飛んでいく白い鳥は、そのままレースコースを回ってしまっていた。
「飛行デモはいかがでしたでしょうか。先ほども申しましたように、未だ学習が完了していません。そのため、着地はできないのでスタッフが捕まえます。」
そう言うと、おっさんの実験室の映像に映っていた作業着を着た人達が二人、布を両手で持って拡げた。帰ってきた白い鳥はステージ上に舞い上がると滑空して、「ピッ」と一声上げて翼を畳んだ。
白い鳥は静かに布の上に降りた。
この後のことは実は余り記憶にない。申し訳ないが、エアレースの年間チャンピオンが誰に決まったのかも。それは私だけではなく、マスコミも含めて大騒動になったのはみなさんよくご存知だろう。
この頃から、獣型ロボット、魚型ロボット、鳥型ロボットがどんどん進化するのだが、それはまた別の機会に。
最後までお読みいただきありがとうございます。途中抜かしてませんよね。
宜しければ★を並べて評価してやってくださいませ。
この、エアレースが当たり前のようにあってロボットが実現可能な近未来のような世界を気に入っていただけたら、語り手の女性や「おっさん」にまた会えるかも知れません。そうでなかったとしても、皆様のイメージを刺激する一齣であれたなら幸いです。




