3 スライム
スライム。それはD級以上の冒険者の誰しもが通る、通過儀礼のようなモンスターだ。青く澄んだ半液体状のプルプルとした体に、ポツリと小さな赤い核が漂う、愛くるしい姿をしている。そのため、潜在的な危機感を抱くことができないモンスターとも言える。
まあ、実際のところ、大きさ次第では無害認定を受けるので、危機感を抱かないのも普通と言えば普通ではあるが……。
スライムを前に俺たち三人は岩肌に隠れるようにして作戦を考えていた。
「いやさ。デカくない? 街でたまに見かける奴って掌サイズとか、大きくても膝下ぐらいの大きさだろ? あれどうみても三メートルは越えてるよな?」
「あれが普通のスライムです」
「いやぁ、いろんな世界を旅してきた私でも、流石にこの大きさは始めてみるなぁ」
いつものアリシアの戯れ言は置いておいて、目の前にいたスライムに俺とアリシアは少しばかり怖じ気づいていた。
いくら外観が可愛くて、愛嬌のある動きをする生き物であっても、これだけ大きいと恐怖しか感じない。単純に俺の『魔獣魔物弱点S』が過敏に危険を訴えかけているだけなのかもしれないが、今回はアリシアもだ。つまり、俺たちF級の二人にとっては荷が重いのだ。
「でも、レフィは普通だって言うんだし……」
「納得がいかないようですね」
「そりゃあ自分より大きいスライムだよ? 呑み込まれたら窒息待ったなしじゃんか」
特に俺のような物理攻撃のみの冒険者からすれば、呑み込まれれば抵抗のしようがないのだ。レフィのように魔法を使えたり、アリシアのように毒を作り出せたりすれば比較的簡単に対処できるだろうが、俺は違う。誠に残念なことに……。
俺は、楽しげにプルプルと体表を波打たせるスライムを再度見た。やはり、呑み込まれれば脱出はできそうにない大きさだ。軽く二人ぐらいなら呑み込めそうだ。
「ちなみに、この普通のスライムって俺たちでも倒せるの?」
普通の冒険者が倒せるのかではなく、俺たちが倒せるのかということだ。そこは重要。
「核を破壊すればいいだけですから、アイトさんでもできますよ。大丈夫です!」
「うーん」
この場合の「大丈夫」は、アリシア流の、大丈夫じゃないタイプのものではないだろう。俺への過剰な信用と評価によって、実力を飾り付けて判断した上の「大丈夫」だと思う。レフィは俺に対しての評価がかなり高い。それに対して、応えようとは思うけれど、実際実力の問題で、応えられているかは疑問ではあった。
そんなわけで、俺は自分の本能を信じるべきか、はたまたレフィの期待に応えるべきか悩んでいた。
「大丈夫さ! アイトならなんとかなるさ! 私もいるんだからさ」
アリシアの大丈夫で不安の方へと天秤が傾く。しかし、ここで二人の意見を無視して手ぶらで帰るのも流石にだった。なので、渋々顎を引く。
「……わかった! でも、先に具体的な戦い方を考えてからにしよう。じゃないとスッゴい不安だから!」
「戦い方……作戦ですか。単純に核を狙うのが一般的だとは思われますが」
「一般的じゃない俺たちにもできる感じ?」
一般的なC級冒険者であれば、剣技の一つで核を覆うゼリー状の体を貫けるだろう。魔法の一つで撃ち抜いたり、体そのものごと焼き尽くすことも可能かもしれない。しかし、残念なことに俺たちには厳しい。そもそもいまだにランクはF級。最下層だ。
「できるとは思いますよ? アイトさんの剣技は『ストライク』。刺突系の技です。他の範囲技や連撃と比べ、一撃の貫通力や威力は優れています。狙いさえ外さなければ、一撃で仕留めることも可能な筈です」
「まあ、確かに『ストライク』ならそうか……」
ステータスどうこうは置いておいて、相性は良いのだ。それに、一応『ストライク』の出来は納得ができるものだし、ある程度体勢を崩していても、正確に狙いを突けるぐらいの実力はついた。懸念があるとすれば、剣技の間合いまでスライムの攻撃を掻い潜る必要があるのと、ショートソードのリーチの短さぐらいだ。
そんな俺の不安を読み取ったのか、はたまた最初から指摘されると気付いていたのか、レフィは落ち着いた様子で、追加の説明をした。
「アイトさんの間合いになるまでは私が攻撃を弾きます。アリシアさんも一応は戦えますので、短剣を使って無理のない程度に引き付けてもらうつもりです」
「なるほど。名案」
やはりB級のレフィ。策なしに突撃する俺たちと違って、事前に頭を使っている。もしかしたら、昇級試験はそういった柔軟な思考も合否の判断材料になっているのかもしれない。
俺はB級のウェードとレフィを見てなんとくそんな気がした。
「じゃあ、俺のショートソードで貫けるかって話をしてもいい?」
「それは……」
「ん? 不安なのかい? なんだったら、一応スライムに使えそうな武器は持ってるけど使う?」
「「えっ!?」」
レフィの言葉を遮るようにアリシアが言った。
アリシアのことだ。どうせ録でもないことに違いない。……と言いたいところだったが、安易に決めつけようとはしなかった。その理由として、重要な局面においてのアリシアの助言や機転は非常に優れているからだ。単に頭の悪い発言をする時もあるが、それはそれで頭に世界一硬いであろう拳を振り下ろせば済む話。聞くだけなら俺に直接的な被害はないのだ。
そんな理由と、多少の好奇心を抱いてアリシアに聞き返した。
「――どんな武器なんだ?」
すると、アリシアは隠れている岩影からはみ出さない程度の身振り手振りで、雄弁に語り始めた。
「その武器は多くの人に扱われる程の信頼感があり、多くの半液体状の膜を突き破り、核を押し潰してきた実力もある。今世の私でさえも、これを使って百を越える核を破壊してきた。しかも、人によっては人生で一万以上を破壊する」
「嘘だろっ……。そんな武器がっ」
聞く話からすれば、万人扱いやすい性能と、確かな実力。そして、長年変わることのない、安定した形状をしているのだろう。
「一見繊細に見える造りだけれど、かなり力を込めても、ある程度は持ち合わせた復元力によって元に戻る」
「まさか! 『自動修復』の付いた武器なのか!」
世の中には魔剣と呼ばれる剣やエンチャント加工された剣がある。魔剣の方は素材が特殊なもので、振るだけで火を放ったり、稲妻が走ったりする。かなり高級で基本的にはA級以上が持つような武器だ。そして、エンチャント加工の方は、使用者がマナを込めると魔剣と似たような効果が発揮できる物だ。
そして、今回のアリシアの言い方からすれば、マナを込めずとも効果を発揮する魔剣と考えるのがいいだろう。
なお、そんな魔剣の相場はニ万ゴルドと、ものすごく高い。
俺はそんな現物を目にする前に、息を飲み込んだ。果たしてどんな武器が出てくるのか。
「……その武器の名前は?」
「そう! その武器こそは!」
アリシアが空間ポーチの中から、その武器を勢いよく取り出した。武器は日光を浴びてぎらりと輝く。
「まさか……!?」
まるで武器とは思えない短さ。柄の先から伸びたいくつかの金属の部品は、先端に向かって湾曲して柄に戻る。
そう、あれはまさに……
「泡立て器!!」
「よーし。行ってこい。アリシア」
あまりに下らない結末に呆れつつも、僅かに勝った苛立ちに従い、力ずくでアリシアの背を押す。アリシアはそれを必死で堪え、レフィが巻き込まれた形で止めに入る。
「ちょちょっ、ちょっとぉぉ!! 押さないで! アイトくん!? バレちゃう! バレちゃう!」
「安心しろ。お前にはその信頼できる泡立て器があるだろ。スライムなんてイチコロだ」
「ぎゃぁぁ!!」
そんな風に本気でスライムに突き出そうとした俺だったが、結局のところ筋力で負けているアリシアを押し出すことはできず、終いにはレフィに引き剥がされてしまった。
身をもって反省してもらいたかったが、よく考えてみれば、この程度では反省しないだろうとも思えた。
「何でそんなに怒っているんだい? 私は正確に泡立て器の説明をしただけだよ」
「明らかに誤解を生ませる場面で、その説明をする必要はなかっただろ!?」
思い返せば確かにアリシアの発言には嘘はないように思える。しかし、残念ながら武器じゃない。戦えない。リーチがないって話をしていたのに、俺のショートソードよりも短い。
「まあ、まあ、落ち着きたまえ。取り敢えず試してみたらわかるからさ。一回これを持って『剣技』やってみよう。……面白そうだから」
「アリシアさん。今のは庇えないですよ」
レフィの言葉を聞いていないのか、アリシアは必死に俺に泡立て器を押し付けてくる。何が彼女にそこまでさせるのか理解できなかったが、取り敢えず受け取るだけ受け取った。勿論、後でアリシアに向かって投げつけるが、話が進まないので受け取った。
そうして、満足したのかアリシアは息を切らしながら俺から離れた。
「さて、じゃあ準備完了だね」
「何がですか?」
「スライム対策さ! じゃあ、ちょっと呼んでくるね」
「はい?」
すると、アリシアは岩の影から飛び出した。
「おーい! スライムくん! 美味しい美味しいアイトがいるよぉ!」
「おい! 馬鹿! なに呼んでんだ!?」
スライムに耳があるかは知らない。なんだかんだ岩影で騒ぎまくっていて気付かれなかったので、あったとしても耳の遠い部類に入るだろう。しかし、こうも目の前で獲物がピョンピョンと跳ね回って、気付かないわけもない。
アリシアの猛烈な主張により、スライムは愛嬌のある跳ねを止めた。そして、じっとこちらの様子を伺うように静かになった。
「レフィ先生? これって……」
「来ますよ」
「うぇっ!?」
突如襲ったのはかなりの質量のある粘着物質だった。見た目も相まって水の魔法と勘違いしてしまいそうなスライムの体が、先程まで隠れていた岩の表面に纏わりつく。そして、一気に残っていた体が岩肌に吸い寄せられるように移動をしたのだ。五メートルを約一秒。三メートルの体が奇抜な方法で移動した。
「離れるぞ!」
「アイト剣技だよ! 泡立て器を使って!」
いつの間にか移動してきたスライムから距離を取っていたアリシアが、他人事のような助言をした。
そもそもはアリシアのせいだし、俺の腰には頼れるショートソードが携えられているしで、助言には一切耳を傾けるつもりはない。しかし、この場で逃げてしまっても成長しないということは、この二ヶ月で学んでいた。
後ろにはアリシアとレフィがいる。何かあっても二人ならどうにかしてくれる。やってやる。
「行くぞ! 俺の二ヶ月の成果見せてやる」
俺は手に持った泡立て器を投げ捨てると、剣を引き抜き、切っ先をスライムの核に向けた。
スライムの核は大きく、大きめのオレンジ程度の大きさはあった。流動性の体はその核をしっかりと包んでいるが、移動した直後と言うこともあってか、核を守る体の厚みは比較的薄く、五十センチにも満たなかった。これであれば、流石の俺でも貫ける。
俺が唯一使える剣技『ストライク』は、他の連撃技と比較すると、防御を掻い潜るような器用さはない。しかし、基礎の剣技の中では、間合いを詰める性能と、一撃の威力はピカイチだ。
上半身の溜めを残したまま、マナで強化された足が岩肌を蹴りつけた。そして、スライムの目の前まで駆けると、引き絞った剣を突きだした。
「『ストライク』っ!」
俺の敏捷の数値からは想像できないような速さで剣が風を切る。そして、切っ先が核へと向かってスライムの体を掻き分ける。
取った!
そんな時だった。一瞬の出来事だったが、俺は見落とさなかった。何度も練習してきた動きの中で、俺の反応速度はその速さに慣れていた。そのため、目の前で起きた出来事にも頭が追い付いたのだ。
ぐにゅ。
あと少しで核に届くところで、核が押し出されるように左に動いたのだ。その結果、刃は核の横を通りすぎて、スライムの向こうにある岩肌を鈍い音を立てて傷つけた。
「くそっ! かわされた!」
俺は勢いのままにスライムに突っ込んだ腕を引き抜こうと力をいれる。しかし、泥沼にでも填まったかのように重く纏わりついてくる。そして、もがけばもがく程、纏わりついたスライムが俺の体を飲み込んでいくのだ。
まずい。抜け出せない。
「アリシア! 俺ごと毒で攻撃しろ!」
「了解だよ。行くよ。パラちゃん!」
アリシアは素早く毒を生成してスライム迫る。普段であれば防御力の低いアリシアは、一人で近接戦をすることはないが、今回は相手がスライムということもあってか、機敏な動きでスライムに向かっていた。
「うぐっ」
スライムの体が俺の口を覆う。滑らかな質感で冷ややかな体。化粧品として加工されるスライムだが、この状況では、滑らかさと冷たさが死へと向かう恐怖を煽る。
半ばパニックに陥ろうとしていた思考の中、アリシアが目の前に迫っていた。
「えぇい!!」
アリシアがスライムに毒を付与した手を突っ込んだ。かなり力を入れていたのか、アリシアの腕は肘まで飲み込まれている。衝撃も割とあり、俺の口を覆っていたスライムの体が一時的に離れた。
「これで安心だよ。レフィちゃん。アイトを引き出そう」
「はい。……あれ? アリシアさん。腕が飲み込まれていっていませんか?」
「エッ?」
レフィの指摘に野太い声が出た。最初抱いたのは普通の疑問。指摘の真偽に関してだ。そして、実際に指摘されたアリシアの腕を見てみると、既に二の腕の半分まで埋まっており、徐々に飲み込まれているのは明確だった。
そして、俺とアリシアは、スライムから無機質な死の危険を感じ取った。
「アリシア! 離れろ!」
「うっむぅ!! ……抜けない!」
力任せに引っ張るアリシアだったがびくともしない。必死に抗うも動くのは足のみで、引き摺られジリジリと靴底が削られる。
もはや、俺の頭には冷静な思考など残っていなかった。ただ本能的に、生にしがみつこうと体を捩り、震わせ、抗い続ける。しかし、流動的なスライムの体が俺とアリシアの体に圧をかけ続ける。
「……うぶっ」
ついに俺の顔はスライムの体に飲み込まれた。その中で、アリシアの体が半分程度飲み込まれているのが見えて、アリシアだけでもと押し出そうとしたが、悉く体は言うことを聞かない。
ブクブク。
必死になりすぎて、温存すべき空気を吐き出し、スライムの体内に泡が浮かぶ。
そして、俺の助けようとする思いは、指先だけアリシアのローブに届くだけで終わった。
もうダメだ。
肺が空気を求めて暴れまわる。血が酸素を求めて体中を駆け巡る。苦しさで頭が弾けそうになっている。
死ぬっ。
そんな時、危機迫った高い声が、スライムの体を通って聞こえた気がした。
「アイトさん! アリシアさんを守ってください!」
脳が正常な機能を失いつつある中で聞き取ったその言葉の意図を、正確には理解できていない。
守りたくても今の俺には体を盾にしてアリシアを守ることはできない。唯一触れているのはローブだけ。だからできるのは……。
俺は頭で考えることを止めて本能的に行動を選ぶ。そして、肺に残った僅かな空気を吐き出し叫んだ。
『エンチャン』
弱々しくだが触れていたマントが光った気がした。そして直後、視界が霞むように照らされた気がした。
「『スパーク』」
俺はレフィが放ったであろう魔法による痛みを感じることはできなかった。その時には既に意識は沈み始めていたのだ。弾けるスライムの体に意識を向けることもできずに、俺はただ暗闇に落ちていった。
*
「アイ……さん」
遠くで声が聞こえた。遠く、遠く。まるで水中の深くから地上の声を聞いているような感覚だった。それは、意識が明確になるにつれて徐々に近付いていき、最終的にはほんの鼻先で呼ばれていることに気がついた。
「アイトさん! アイトさん!」
「うっ、レフィか……」
「はい。お体の調子はいかがですか?」
「うーん」
レフィに言われて、指先から順に体に意識を向けた。
痛みはない。しかし、確実にダメージの残りがあり、頭は重く、体内は窒息寸前で味わった苦しみが熱を残していた。
それでも、治療してくれたであろうレフィに心配をかけまいと気丈に振る舞う。
「大丈夫。アリシアは?」
「私も平気さ」
心配して硬い地面から頭を上げると、向かって正面にアリシアの姿があった。
スライムと無策で戦うこととなった要因のアリシア。しかし、そこに関しては全く咎めるつもりはなかった。なぜなら、話し合ったとしても、先程の三人の会話の流れからして、戦い方は変わらなかったと推測できたからだ。
「無事ならよかった。俺と違ってアリシアは硬くないからな」
「それでも、一応はHPも魔法防御力もアイトよりは上だよ。だから、かなり心配したのさ」
同じくレフィの『スパーク』を浴びたアリシアは、俺に歩み寄ってきた。
強がっているのだろうが、アリシアもかなりのダメージを受けたのだろう。それもあり、自分よりも魔法防御力の低い俺の身を案じてくれているのだ。
なので、俺は二人にこれ以上の心配をかけないために、身を起こして今回のスライム戦について思い返す。
「体は大丈夫。それよりも、スライムってあんなに強いものなの?」
「私も気になっていたのさ。まさか『毒耐性』まであるなんて思いもよらなかったよ」
そんな俺たちの疑問を耳にして責任を感じたのか、レフィは耳を折り畳んだ。
「すみません。私の想定外でした。スライムは食べたものによって成長が異なる生き物なんです。硬いものを食べれば消化液の強化。マナを多く保有する生き物を食べれば魔法耐性が強化されます」
レフィの戦う前の自信から考えるに、今回のスライムはレフィが知らないタイプの強化がなされたスライムだったのだろう。
「で、その今回の強化が『毒耐性』だったわけか」
「はい。アイトさんの剣技が通用しなかった場合は想定していましたが、毒まで通用しなくて、二人も飲み込まれるとまでは想像していませんでしたので」
「お、おう」
始まる以前は出来ると太鼓判を押してくれてはいたが、実のところでは100%の確信ではなかったようだ。そのことに対して、単にレフィが最悪を考えていたと割り切ることはできず、俺はショックを受けた。
レフィは素直なのだ。だからこそ無意識で溢した俺への戦闘力の評価は正しい。B級から見た俺は未だにC級のスライムにも届かない。
今の戦い方だけじゃだめだ。もっと手札を増やさないと……。
「大丈夫ですか?」
レフィが心配そうに下から顔を覗かせた。その表情は自責に駈られているのか、どこか暗い。
「大丈夫。もっと強くならなきゃって思っただけ。今日のところはスライムは倒せたんだし、素材を集めて帰ろう」
「そうだね。課題が見つかっただけでも十分さ。それに、このスライムがあれば肌がツルツルになるよ! 女性にとっては嬉しい限りさ! ねっ、レフィちゃん」
「そう……ですね。でも一言だけいいですか?」
いつものようなアリシアの前向きな提案に、レフィは浮かない表情だった。それだけレフィは自責に駈られているのだろう。今回ばかりは時間をかけて解決していくしかないのかもしれない。
俺たちはレフィの感情に同調するように、表情が微かに曇った。
「あれです」
何を言われるかと不安になっていた矢先、出てきた言葉は指事語だった。その意図していることが咄嗟に理解できずに、俺はレフィの伸ばした指を見た。
指は俺とアリシアの後ろに向いている。
何だろうか。
そうして振り返ってみると、そこには大きな水溜まりがあった。雨でも降ったのだろうか。
「水溜まりがどうしたんだよ?」
「大きな水溜まりだねぇ」
「えっと、非常に申しにくいのですが、あちらがスライムさんの残骸になります」
「「えっ?」」
その瞬間、あの水溜まりの正体と、レフィが言わんとすることがわかった。
スライムは体の全てが素材となる。レアなモンスターではないが、その素材は需要が高く、それなりの価格で取引されているのだ。しかし! しかしだ! あくまで大切なのは素材の質なのだ。スライム特有の弾力性、滑らかさ、保水力。それら全てが整って初めて価値が生まれる。なので、基本は体に無駄な影響を与えないために、魔法や物理攻撃で核を一撃が定石なのだが……。
再度俺はスライムであっただろう水溜まりを眺めた。レフィの『スパーク』によって焼き焦がされたスライムは、弾力性皆無。ほぼ水。素材としての価値は全く感じられなかった。
「もしかしてですけど……レフィさん?」
恐る恐る経験豊富なレフィに訊いた。すると、これまた申し訳なさそうに、眉尻を下げる。
「買い取り不可になりました」
……。
「えーと。つまりは、C級のスライムに挑んで殺されかけて、倒したと思ったら収入なしってこと?」
「はい」
――こんなのって……
「あんまりだぁ!!」
俺の悲痛な叫びを嘲笑うように、スライムだったものが太陽に照らされた。




