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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
三章 歯車の街・シャフレイ
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1 マイナススキル持ちには店員でだって荷が重い


 長らくお待たせしました。三章スタートです!


 朝九時。宿から人が離れる時刻。ある一室は、周囲の部屋から人気ひとけがなくなったせいか、どことなく静かな雰囲気に包まれていた。

 そんな中で、ある一人の男と女の日課が始まっていた。


「お手!」


 女の勢いよく差し出された掌に、男は間髪いれずに右拳を差し出す。その姿は、犬の芸として知られる『お手』の姿に他ならない。

 そんな誰がどう見ても完璧なお手に満足した女は、一度手を下ろし、もう一度同じ仕草をした。


「おかわり!」


 またしても、男は言われるがままに左拳を差し出していた。男の表情は無。逆に女の表情は満面の笑みである。男には多少抵抗があったのか、微かに体が震えていたが、表だった抵抗の意思は見られない。


「よし! もう一回お手! おかわり!」


 今度は左右の拳を交互に差し出させようとした。その時だった。唐突に背後の扉が勢いよく開かれた。


「何しているんですか! アリシアさん!」


 フワリとした毛に覆われたケモミミの女は、驚いたように、黒髪の女アリシアに訊いた。ケモミミの女は、目の前にある光景への違和感と、この世界には存在しない芸のせいで、それなりに混乱しているようだった。

 そんなケモミミの女に対して、アリシアは何事もないかのように言った。


「何って実験だよ。レフィちゃん。ほら、すごいんだよ。ちゃんとお手ができる。ほらもう一回お手」


 レフィを見ながら、自分の右手を差し出したアリシア。しかし、今回は予想外の出来事が発生する。


「おっらぁ!!」


 さっきまで物言わぬ人形のような男が、なんと拳を振り上げていたのだ。


 拳は見事アリシアの後頭部に直撃。攻撃力の問題でダメージはないが痛みはあるようだ。


「イッタイ!!」


「自業自得ですかね」


「ひどいよレフィちゃん。でも何でだろう? チャックさんの使ってた毒の改良型だったんだけどなぁ……。コントロールし損ねることなんてあるのかな? あったら実用性はないよね。後ろから刺されるの嫌だし」


 などと自分の毒の評価をするアリシア。その光景を冷めた目で見つめるレフィ。

 

「うーん。まさか『毒耐性』のせい?」


「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。ともかく早く解毒してあげましょう。お仕事もありますから」


「そうだね。じゃあ『解毒』っと!」


 アリシアが男に触れると淡い青が部屋を包み込んだ。そして、次第に光は落ち着き、静けさが部屋を包む。

 そして、アリシアの目の前に座る男がゆっくりと動く。


「なあアリシア……」


「なんだい? アイト」


 男は……いや、俺は、満面の笑みを浮かべて左手を高々と上げる。


「――おかわりは言わなくていいのか?」


「アイトっ! ちょっと待って……」


「おっらぁぁ!!」


 そうして、俺の派手なおかわりによって、俺たちの一日は始まった。



 調味料販売店シャンディ。アリシアの名前を元に名付けられた俺たちの店だ。街並みに程よく馴染む赤茶色のレンガで作られた店で、窓から中が見えるような外装となっていた。

 内装は比較的シンプルで壁面には棚があり、入り口から向かって奥にカウンターがある。中央にはテーブルが置いてあり、様々な調味料がガラス瓶に詰められ、階段状に陳列してある。


 そんな決して大きくも広くもないこの店で、俺たち三人は働いていた。


「アイトさん、大丈夫ですか? そのぉ……体は」


 レフィは店内の掃除をしながら訊いてきた。

 

 スミュレバレーの事件から約二ヶ月。俺はアリシアの実験台として、『毒生成師』のスキルアップに付き合っていた。勿論そのどれもが何かしらの被害を被る毒だった。

 そして、今日の毒は、スミュレバレーの事件の首謀者でもある魔人チャックの毒を似せて作られた毒だった。効果は生きたまま人を操ること。その毒の効果は絶大で、現物はA級冒険者でさえもなす術がなかった程だ。

 そんな毒だったので、いつものこととはいえ、レフィは心配だったのだろう。

 

 じっと俺の顔を見つめるレフィの心配を払うべく、俺は元気に声を張った。

 

「大丈夫。解毒してもらってるから異常なし!」


 朝の毒の実験を思い返す。あの時の俺は意識こそあったが、ぼんやりとした思考で、言われるがままだった。たまに奇跡的に意識が覚醒することもあったが、基本的には言いなり。毒の製作者であるアリシアの思うがままだった。


「そう思うと、あの毒は毒としての完成度は高かったなぁ」


「んー。そうなんですかね? アリシアさんは百パーセント支配できないと失敗とおっしゃってましたけど」


「まあ、確かにな。そう言えなくもない。でも、動きはコントロール出来るわけだから、集団戦での撹乱とかには使いやすいかも」


 あとは、単純な首を振るだけで答えられるような質問も可能だ。まあ、操られているふりをされれば信憑性もなにもなくなるけれど。


 俺は棚に置かれた調味料のラベルの方向を表に向ける。


「まあ、アリシアは目に見えて成長してるしいいさ。……性格はおいといてな」


「そうですね」


 アリシアの性格をそれとなく批判すると、レフィはさも当たり前のように共感してくれた。俺のアリシアの性格に対する酷評になれきったのか、はたまた共通認識で頭がおかしいと思っているのか……。


 レフィは出会った当初よりも俺たちへの接し方が上手くなった気がする。以前のように、変に敬意だけが先走ったような態度じゃなくなったのは、俺としては嬉しかった。

 そんな風に頬を綻ばせていると、レフィが的確に質問をした。


「ちなみにですが、アイトさんの成長の方はいかがですか?」


 レフィはアリシアの毒の成長から関連付けて、俺の成長についても触れた。それに対しての俺の心情は、えも言われぬものだった。 


「ん? んっ!? んんーー。剣技は使えるようになった。そして、毒のお陰で、『剛健』の成長もなくはない」


 戦闘面での技術は二ヶ月の練習で大きく成長した。その急成長の要因は、やはり同じ剣を持つ人から教わることになったことだろう。


 スミュレバレーでの陰の立役者ウェード。『歯車』のB級冒険者で、剣一筋の冒険者。そんな彼に俺は剣術を教わっていた。


「まさか頼んで教えくれるとは思わなかったなぁ。プライドが高いイメージがあったんだけど」


「そうですよね。最初はあまり仲が良くなかったように見えていたんですけれど」


「別に今も仲は良くない! そこだけは間違いない!」


 峡谷都市で、世話になったような、世話をしたような相手ウェード。峡谷都市で別れた後、彼は自分のギルドのあるシャフレイに戻った。そして、その後、俺たちへの報酬や討伐したサラマンダーの取引の話をしに、トーリスまでやって来ていたのだ。本来であれば、話が終わり次第シャフレイに帰る筈だったが、どういうわけかウェードは、トーリスに二ヶ月も居座っている。


「そして、俺に剣術を教えてくれてると。ウェードも変わったよな。やっぱアリシアにカッコいい姿でも見せたいのかな」

 

「ふふっ。そうかもしれませんね。それと、もしかしたらですけど、アイトさんに剣を教えることが楽しいのかもしれないですよ」


「それはない!」


 俺は精一杯のしかめっ面になった。


 確かにウェードは俺の先生としては適任だった。ウェードがやってくるまで、俺はレフィとA級冒険者のマルクに代わる代わるで剣を教えてもらっていた。しかし、レフィの方は剣に対してそれなりの技量はあるが、如何せん本業の剣士と比べると物足りなさがあった。そして、その本業のマルクはと言うと擬音語と筋肉と気合いで教えた気になっている残念な人だった。つまり、単純に俺の知り合いには、剣を教えられる人がいなかったのだ。


 なので、ウェードが適任であることに違いはないのだが……。


「楽しいんじゃなくて優越感に浸ってるだけだろ。……まあ、地味に教えるのは上手いけどさ」


「そこは、おそらく使える剣技が初歩的なものだけなので、アイトさんに教えやすいんだと思いますよ」


「うーん。そうなのかなぁ」


 俺は新たに完成した調味料を棚の空きスペースに置く。名前や説明も書いておかなくては……。


「雑談は程ほどにだな。ちゃちゃっと準備を終わらせて、店を開けよう」


「そうですね。……今日こそは無事に仕事を終わらせましょう」


「ああ。――ホントに」


 『無事に』……だ。


 そうして、俺は、店の扉を開けて、オープンと書かれた手書きの看板を扉に掛けた。


 数分してお客さんが来た。新規の客ではなくお得意様のようなおばさんだ。おばさんはいつも買っていく、ナンシンを使った肉料理用の調味料を手に取ると、次に新しい商品に指を指した。


「この調味料はどんな品なのかしら?」


 緑色の乾燥させた葉に、紫色の花びらが混ざっている調味料。さっき俺が名前を考えなくてはと思っていた物だ。


「えっと、確か魚料理に使う物で、身が崩れるのを防止したり、臭みを消したり……。味は爽やかな感じです」


「曖昧なのね」


 おばさんは口元を隠して笑みを浮かべた。


 一ヶ月もこのお店で働いているのに、接客はどうしても慣れなかった。時折訪れる高ランク冒険者に対して、それなりに優しく対応できるようにはなったが、それ以外の成長はあまりない。

 一方レフィは慣れたもので、お客様の声をしっかりと聞いて対応をしている。商品こそ『破壊者デストロイ』で壊すが、接客のレベルは高かった。


 会話が苦手な俺と、物を壊すレフィ。そして、客に堂々と原材料についての説明をする馬鹿。

 こんな三人がこの店を回していた。

 

「ありがとう。そちらも頂こうかしら」


「ありがとうございます!合計で七ゴルドとなります」


 俺はカウンターに向かい、紙袋に手早く商品を入れた。お代をレフィが受け取ったのを確認して、俺は商品を手渡した。


「「ありがとうございました」」


「冒険者の方も頑張ってね」


 そう言って一人目のお客さんは店を後にした。


 俺の頭には、応援のつもりで言ったであろう、おばさんの最後の言葉が反響していた。そして、その言葉が、小さな悩みとして浮上し始める。


 冒険者としての活動はここ一ヶ月において、あまり活発には行われていなかった。原因はいくつかあるが、中でも大きいのが、アリシアの解毒剤の開発だろう。冒険者として働くよりも、人命が関わる解毒剤は急務で、クエストには行けない日々が続いていたのだった。


「解毒剤の完成いつって言ってたっけ?」


「確かシャフレイから来る、薬師さんの力を借りたらすぐって言っていましたよ」


「そうだったか……。確か国中に運んでも問題ないように、変質を防ぐ技術がいる……だったっけ? そのために薬師の助言が必要だとか」


 現在、アリシアの作った解毒剤は効果としては成功をおさめていた。しかし、あくまで『効果としては』で、解毒剤として見れば、変質してしまうので不完全だった。

 そのため、今のアリシアはお手上げ状態。なので、こうして毒物を使って調味料を作りながら、薬師の到着を待っているのだ。


「まっ、そこに関しては俺たち素人にはどうしようもないからな。先の話をしようか。……次のクエストどうしよっか?」


 俺は進められる方の話を始めた。

 現状において、受けられるクエストは限られている。B級のレフィが付いているからと言って、高難度のクエストが受けられるわけでもない。なので、必然的に推奨ランクC級程度のクエストに落ち着くのだ。


「そうですね……。C級のスライム討伐なんかはいいかもしれないですよ」


「スライムねぇ」


 スライム。こいつは一応モンスターとして分類される生き物だ。マナ運用はできず、大きさ次第で無害認定もされる珍しい生き物でもある。なので、小さいスライムであれば、たまに街中で無邪気にはしゃぎ回っていたりもするのだ。そんなスライムは、よく子供の魔法の練習相手にされて、道端にそのねっとりとした体を四散させてもいる。かわいそうに。


「流石に倒せるよな?」


「アイトさんなら余裕です! 大丈夫です!」


「……不安だぁ」


 レフィは俺を過剰評価している節がある。俺のステータスを見て欲しい。どこら辺に余裕の要素があるのか。『魔獣魔物弱点S』か? それとも、この貧弱な数字の羅列か? どこをどう見ても『余裕』なんて、余裕で負ける以外の使いようがない。


 そんな風に久々に悲観的になっていると、ドアに取り付けられたベルが鳴った。


「「いらっしゃいませ!」」


 音に反応して咄嗟に挨拶をした。挨拶をしてからドアの方を向くと、そこには見慣れない女性が、カバンを携えていた。


「すみません。品物を見せてもらっても?」


 お客様だ。しっかりしなくては……。


 そんな風に気を引き締めたその時だった。カウンターから奥へと続く扉が不意にも開かれて、予想外の人物が現れた。いや、予想はできただろうか。けれど、彼女の役割は裏方での作業で接客ではない。


 アリシアッ!!


「あっ! いらっしゃいまっせ! シャンディへ! この店の店主をしているアリシアです!」


「こんにちは。隣街から買い物に来たんですけど、以前行商人から購入した調味料が気に入ってしまいまして……。名物ってありますか?」


「うちの名物は硬いアイトです!」


「っておい! 俺は食い物でも名物でもないぞ!」


 アリシア堂々と言い切って俺の腕と腕を組んだ。


 何を言っているんだ。こいつは。まあ、確かに硬さにおいては他の人とは一線を画すとは思うが、俺をおすすめしてどうするんだよ。売るのか? 奴隷として俺を売るのか!?


 そんな風に客前で混乱していると、お客さんからそっとつつかれた。大方冗談とでも思っていたのだろう。しかし、残念ながら現実で、触れた瞬間に驚愕の表情となり、次に心配の表情となった。


「あなた病院に行った方がいいわよ」


「だ、大丈夫ですよ! これ病気とかじゃなくて、女神スキルなんで!!」


「……病院に行った方がいいわよ」


「何の!?」


 同情されてしまった……。


 気持ちはわかるのだが、こうして自分の長所を同情されると空しい気持ちになる。なにせ、間違って授けられたスキルなのだから。

 俺が目に見えるほどにと落ち込んでいると、話題を変えるべくレフィが話を戻した。


「冗談はさておきです。アリシアさん。最近の自信作はどれですか?」


「ん? あれだよ! その黄色いの!テーブルの一番上の」


「あっ、これですね」


 一瞬前の出来事で悔しさに身を委ねていた俺でも、この時点で全てを察していた。なにを? そんなの決まっている。この後の展開をだ。


 レフィはまず丁寧に目的の品を右手で掴んだ。ここまでは順調で、よく握り潰さなかったと褒めてもいいほどだった。しかし、『破壊者』はそこで許してくれるほど甘くはなかった。


 カツン!


 レフィの肘が上から二段目の瓶に当たったのだ。


「あっ」


「「あっ」」


 客を除いた三人が瞬時に察した。被害を最小限に抑えるために俺も手を伸ばすが、ろくに成長もしない俺の敏捷では間に合うわけもなく、ゆっくりと瓶が傾き次の段へと落下する。そして、その次の段、まだ次の段と、計四段に並んだガラス瓶が雪崩のごとく倒れた。


 ガッシャーン!!


「きゃっ!?」


「すみません! お客さん! 少し離れて下さい。危ないんで」


 取り敢えず客とガラスの破片の間に立ってみた。こんな時の正しい対応はよくわかっていなかったが、なんとなく、ガラスとの間に何かしらの壁を置いておきたかったのだ。

 俺と客とアリシアとが、割れたガラスに対して敏感に反応している中、レフィだけは落ち着いた様子で……


「えーと。こちらがオススメの品となります」


 と、調味料を差し出すレフィのマイペースさに、客は苦笑し、俺たちは頭を押さえていた。



「うーん。やっぱり役割って大事だよね」


「その役割を台無しにしたのはアリシアだけどな」


 俺はガラスの破片を箒で片付けながら言った。


 元々、俺たち三人の役割は決まっていた。アリシアは製造。レフィが接客。俺が品物の扱いだ。それをアリシアは忘れてレフィに品物を取ってこさせようとしたのだ。結果は見ての通り、無惨に割れた無数の瓶。


「すみません。私のせいで……」


「気にしないことだよ。レフィちゃん。この床に散乱した調味料だってまだ使えるさ。三秒ルール!」


「何ですか? それ?」


 自信満々に三本の指を立てているアリシアを見て、レフィは小首をかしげていた。


「食べ物が床に落ちても、三秒以内に胃に納めればセーフって話」 


「……三秒はとっくに過ぎてるんだが。そこについて」


「……三億秒ルールって知ってるかい?」


「こいつ! ルールを改竄しやがった!!」


 と言うより三億秒ってなんだよ。ざっと計算して……。一分が六十秒で、二十四時間が七~八万秒で……。あー! わからん! でも、途方もなく長い時間、床に放置されたものが無事なわけがあるまい。


「大丈夫だよ。元の素材だって野原や岩肌に生えてるんだし」


「大丈夫なわけあるか! それとこれとを同じに見ちゃダメだろ!」


「なんだい! アイト! もしかして、レフィちゃんが綺麗に磨いたこの床がそこらの野原や岩肌にも劣る清潔さとでも言うのかい? なんて非情なんだい!」


「おっま! その言い返しは卑怯だろ! それに、そもそもガラスの破片が入ってるだろ! 危ないって!」


 もう、問題しかない。再利用は不可。このまま棄てるのが普通だ。なのにアリシアは、ああだこうだと言うのだ。全く困り果てる。


 そう思う一方で本気で怒れないのにも理由もある。それはレフィが事を起こしてしまった張本人であることだ。アリシアのこのふざけた会話は一見意味のないものにも見えるが、レフィの失敗から視点を反らす趣旨も感じられた。なので、俺はアリシアの発言に呆れつつも、強く責めるつもりはなかった。


 でも、ある程度注意はしておかないと本当にやりそうな気もするんだよなぁ。


 カラン。


 そんな時またしても、店のベルが軽やかに鳴った。一同は一瞬でそちらを振り向いて顔を作る。


「いらっしゃいませ……って、ヒイラさん?」


「久しぶりだからと言って疑問符を浮かべるな。見ての通り、おまえ達のギルドのマスター、ヒイラに違いないぞ」


「いや、流石に忘れてた訳じゃないんですけど……」


 ヒイラに対して浮かべた疑問は、単純に外観からの人違いを疑ったからではない。ただ、普段はギルドマスターと領主としての仕事を兼任しているヒイラが、こんな昼間からわざわざこの店にやってくる理由が見つからなかっただけだ。

 一応、どんな意図があって店に訪れたのか、表情や服装などから勘ぐってみる。銀色の短い頭髪はいつもよりも柔らかな印象で、服装も軽やか。自身のマナを制御する装飾も少ない。私用だろうか。


「何かご用事でしょうか? ヒイラさん」


 レフィが俺たちの疑問を代弁した。すると、ヒイラは頬を綻ばせる。


「久しいなレフィ。楽しそうでなによりだ。なに、特にこれといった用事ではない。単に久し振りに街に戻ってきたついでに、顔を出しただけだ」


「忙しそうですね。何かあったんですか?」


「あぁ。うちの特級の話や、いっとき前の魔物の話。そして、アリシアが製作中の解毒剤の話とかだな。特に最後のは直接話しに行かないといけない場が多すぎて苦労している」


「あれだった。忙しさの要因の半分以上が俺らのせいだった」


 特級に関しては知らないが、魔物と解毒剤には心当たりがあった。魔物に関しては、討伐の報告と今後の蒼の森の規制の話だろうか。解毒剤に関しては、いつ頃に完成するかなどの説明だろうか。


「良いことなのだが、忙しいと言わざるを得ないな。やれ早く解毒剤を用意しろだ、やれうちの患者も治せだと。しまいには利益を独占するつもりじゃないのなら、製造法を教えろときたもんだ」


 ヒイラはうんざりしたように手を仰いだ。


 偉そうなことを言う人もいたものだ。市場に出回るように必死に試行錯誤し工面しているというのに、出る言葉はあまりにも自分本意。そんなお偉いさん方と俺たちの合間にヒイラは立っているのだ。自分一人で解決できる問題じゃない分、やるせない気持ちになるだろう。ヒイラにとっては災難なことだったに違いない。


「いっそのこと、解毒剤の作り方の出所を教えてしまえばいいのに……」


「それは色々と困る筈だぞ。利益についてもそうだが、内容物が毒である事と、製造者が一応指名手配犯だ」


「うっわぉ!! ほんっと! ヒイラさんありがとうございます!! こうして無事街にいられるのはあなた様のお陰です!!」


 俺の軽率な提案は、思いの外重大な問題を引き起こすことがわかった。俺は面倒くささにかこつけて、投げやりな選択をとるべきではないと身に焼き付けた。


「ヒイラさんがここに来たのは、その内容にも触れるってことなんでしょうか? まだ、長期間効果を維持させるのは難しいんですが……」


 アリシアが恐る恐る丁寧に訊いた。すると、ヒイラはすぐに首を振った。


「いや、さっき言った通り、単に顔を見るついでに、三人の店に足を運んだだけだ。裏はない。それよりも、話によればサリスたちの行商では売れるが、店の方の売れ行きはいまいちだと聞いたぞ」


「……その通りです」


 今ある弱点を狙い撃ちされて、俺たちは項垂れた。

 現在の収入は大きく分けて二つから成り立っている。冒険者とこの店シャンディだ。

 冒険者は相手さえ選べば、まあ、プラス。しかし、解毒剤を作るための研究と、入荷した毒物を有効利用し調味料を作るこの店は、現状見ての通りのマイナスだ。


「何が原因かわかっているのか?」


「うーん。人員配置?」


「違う。やり方だ。見ていろ。次に客が来た時には私が対応しよう」


 そう言うとヒイラは颯爽と上着を脱いだ。まさかマスターがとも思ったが、その後も冗談とは言わず、客が来るまでの三十分程度、商品の並びを変えたりしていた。


「すみませーん。噂の調味料を買いに来たんですけど」


「来たか。何が欲しい?」


「うぇっ!? ヒイラ様!? なぜこんなところに!?」


「臨時の店員だ。今は私の肩書きは気にせず買い物をするといい」


「はぁ」


 客の男性は、領主と言う肩書きのあるヒイラを前に、かなり落ち着かない様子だった。しかし、当のヒイラが言うからか、仕方なく話を進め始めた。


「――ナンシンを使ったスパイスと、香りの強い物が欲しいのですが」


「そうか。アイト。用意しておけ。で、何箱買うんだ?」


「箱!?」


 ヒイラに言われて棚に品物を取りに行こうとした俺の足が止まった。そして、男性の動きも止まる。唯一動きがあったのは面白がるように目を細めるアリシアぐらいのものだった。


「買い出しに来たのだろう? 調味料と言えど量は必要ではないか? それに単純な食材と違って日持ちもする。まとめて買っておいて損はない」


「ええ。確かにその通りですね。ですが箱……」


「買うよな?」


「買います」


 俺は初めて脅迫のような接客を見た。俺たちも接客に関しては決して優れてはいない。けれど、言わせてもらう。脅しはしない。


 ヒイラの強さと権力の圧力に押された男性は、俺たちに向かって一本指を立てた。一箱買うそうだ。


「わかりました……ってアリシア。一箱ってそんな量あるのか?」


「うーん。ご要望の二種類だけだと、その量はないかな。仕方ない! 色々詰めよう! レフィちゃんは奥から一番大きい箱をもってきて!」


「はい!」


 おいおい。ホントにいいのか? 流石にかわいそうじゃ……。


 そう思い男性を見ると、表情がどんどんと暗くなっていた。目なんかは光を完全に失って、遠く彼方を見つめている。


 けれど、俺は止めようとはしなかった。同情はするがこっちも商売。ある程度は割りきらなくてはならないのだ。


 そうして、レフィの持ってきた大きな箱は、気持ち大きめと言うには些か大きすぎる箱だった。そんな箱に遠慮もなく、次々と調味料が詰められていく。一番下の段はご要望通りの品だが、その上の二段に関しては何から何まで詰め込んだような有り様だ。


「うーん。取り敢えず五十個と。もうちょっと頑張ろう!」


「おい、それぐらいで……」


 俺の制止も振り切って楽しそうに箱に商品を詰め込むアリシア。自分で手掛けた商品だからか、その表情はとても明るかった。

 そして遂に、店の中央のテーブルの上から品物が消えた。さらに棚にもかなりの空きができた。


「よし、後はお会計だね」


 ここまでの横暴をしたのだ。価格ぐらいは……


「お待たせしました! 調味料の詰め合わせになります! お代は500ゴルドとなります」


 ……無情だった。


 確かにうちの調味料一つ一つの販売価格が高いのはわかるが、流石にこれは……。調味料だけで俺たちのニヶ月の家賃よりも上だ。

 そんなぼったくりに流石の俺も心が痛んだので、アリシアの提示した価格からやや下げる事にした。


「でも、今回はまとめ買いだから安くしておこうと思います。300ゴルド。半額近い額でどうでしょうか?」


 そう提案すると男性の表情が初めて晴れた。状況はあれだが、こんな風に喜んでもらえると店員として働いている意味を染々感じる。


「いいんですか?」


「まあ、元は結構取れてるので」


 事実元はかなり取れていた。原材料が普通は買い取り先がないような毒物であるからだ。希少価値も低くく、どこでも手に入れられるため、素材の価格がない。言うなれば砂を加工してから金に変えていると言っても過言ではないのだ。


 俺の値下げが余程嬉しかったのか、男に強く握手をされて、握られた手を上下に揺さぶられた。


「ありがとうございます! 今後ともよろしくお願いします」


「いえいえ、こちらこそ」


 俺は男性から金貨三枚を受け取ると、中々に重量感のある箱を男性に手渡した。


「ありがとうございましたー!」


 俺はこの仕事を始めてから初めて感じる金貨の重さに満足してから、男性の通れるように、店の扉を開いて見送った。

 そして、ある程度姿が見えなくなると、俺は扉を閉じてヒイラを見た。


「なんだ?」


 ヒイラは特に悪びれた様子もなく、普段通りの堂々たる姿だった。むしろ、商売をしっかりとこなしたとでも思っているのか、どこか誇らしげで首の角度が高い。


「ヒイラさん……。二点です。接客の評価は二点」


「ん? 二点満点のか?」


「もちろん百点満点で」


 ヒイラの接客が満点のわけがない。堂々たるため口。相手を敬うよりも相手から敬われる始末。しまいには脅しと来たもんだ。下手をすれば捕まるレベルの悪辣さだった。


 しかし、周りに同調を求めようとしたが、そんな酷評をしているのは俺だけだった。なぜなら……。


「ふふっ、儲けだよ! も・う・け!」


「利益で言えばどのくらいなんでしょうか?」


「250ゴルドぐらい」


 そう言ってアリシアは俺の掌から二枚の金貨を摘まむ。

 俺がこう言ってしまうのはなんだが、良心というものを失いすぎている気がした。レフィに関しては、育ちの問題で元々金に飢えているのだろう。そこは仕方ない。しかし、アリシアはただ単に金目的。しかも今の話から聞くに、最初の価格の提案でかなりの利益を出すつもりだったのだ。


「なんだろう。商売が上手くいった筈なのに空しいよ……」


「商売などそんなものだ」


「元はあなたが悪いんですよ! ヒイラさん!」


 今回の空しさの原因となったヒイラに言及した。すると、思いの外、理性的な返答が返ってきた。


「何が悪いのだ? あの者はこの街の料理人で、調味料を必要としていた。だから私が事前に声をかけておいたのだ。料理人ともなれば消費もあっという間。理に適っているとは思うが?」


「えっ!? ふっうん? はぁ……」


 完璧に非の打ち所しかないと思っていて、怒るつもりで身構えていたが、予想外の展開に言いたかった言葉が泡のように消えてしまった。結果、曖昧な怒りともなんとも言いがたい感情の入った、相槌だけが出てきた。

 

「ありがとうございます。ヒイラさん」


「気にするなレフィ。この程度他愛のない事だ」


「……。うーん。まあ、取り敢えずありがとうございますと言っておきます。それと、あれでよかったんですか? 商売の見本としては、立場を利用して売り付けたみたいだったんですけど」


 俺はヒイラの計らいを鑑みて、一先ず礼を言った。そして、俺の中で解決しきれていないことについても訊く。

 すると、ヒイラは追加して言った。


「売る相手についての見本だ。おまえたちは狙いの客を主婦にしているようだが、もっと視点を広げるべきだ。例えば消費量の多い料理人。例えば簡素な食事になりがちな冒険者。そういった視点で販売しようとすれば、自ずとどうすれば売れ行きが伸びるかわかるのではないか?」


 確かに言われてみれば……。今までは広報などはせずにただ看板を掲げているだけだった。しかし、それだけでやっていけるわけはない。具体的な味も調理法も知らない調味料を買う人がどれだけいるだろうか? 富裕層であれば自由気ままに商品を手にするだろうが、一般人が手にするには抵抗がある。


 だからどの客層に視点を置いていくかが重要となるのだ。


「成る程。てことはもっと積極的に狙いを定めていくわけか。客が来るのを待つんじゃなくて、俺たちから売りに行くと」


「そう言うことだ。そうしてやっていけば、おのずと商売はうまく行く」


「すみません。なんか乱暴に売り付けただけかと思ってました」


 俺はヒイラの思慮深さに感服していた。客に対しての思いやりは置いておいて、俺たちへの配慮は寛大だった。元がお嬢様なので、世間においての物の価値と必要量についての知識に問題があるが、不器用なりに伝えようとする姿勢はスゴいと思った。


 マスター・ヒイラ。そして、『黒の団塊』。俺は、この二つの名を背負うことができて、少し誇らしくなった。


「気にするな。多少強引だったのはわかっている」


「あっ、そこの自覚はあったんだね」


 乱暴に売り付けた人間の一人でもあるアリシアも、そんな風に話に混ざっていた。どうやら流れに任せてやりたい放題やっていたが、実のところ自分のやっていることの理不尽さには気づいていたようだ。

 なお、レフィの方は罪悪感や疑問はないようだった。借金生活をしていたため、逞しく育ったのだろう。


「まあ、そこはしっかりとしているって、捉えて良いのかもな。行きすぎれば俺たちが止めればいいし。なっ、レフィ」


「なんのことかはわかりませんが、これでやることは決まりましたね」


「そうだな。取り敢えずはこの街のお店に出向いて商品の魅力でも伝えてみるか」


 俺は満足して何度か頷いた。

 顧客を付けてしまえば、仕事は波に乗る。アリシアの解毒剤も含めれば、もっと大きな利益にもなるし、冒険者をターゲットとしても新たな解毒剤や調味料を販売すれば尚更だ。これで、安定した商売ができる……。


 そこまで考えて俺はあることを思い出した。そう。俺の頭の中でいつの間にか入れ替わっていた優先順位に。


「……って、俺たち冒険者だからな!!」


 俺はそう言って再度優先順位を明らかにすると、周囲の人たちは苦笑いを浮かべた。



 三章更新始まりました。想定している全ての章の中で、最もボリュームのある話になってますので楽しんでって下さい。

 あとは進展の話です。章全体の三割程度の完成度となっています。


 最後に更新日。毎週水曜日、土曜日。21時です。よろしくお願いします。ではでは!

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