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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
二章 峡谷都市スミュレバレー
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56 恩と礼


「おはようございます。お二人とも」


「おはよう。レフィ」

「おはようだよ。レフィちゃん」


 朝八時。俺たちからしてみれば、珍しく早い起床だった。久しぶりの隻眼ゴブリンのごみ屋敷で一眠りし、目が覚めるとすぐにギルドへ向かったのだ。

 理由は単純で、報酬が受け取れるからだった。


「でも、レフィもこんなに早く来てるとは思わなかったな」


 トーリスに戻ってからは、各々の宿に戻る。そのため、夜からはレフィとは離れていた。さらに、後日、つまりは今日の集合時間についても明確に決めてはいなかったので、こうしてこの時間にギルドで出会うことになるとは思ってもみなかった。


「私は寝る場所がなかったので、取り敢えずギルドにいようと……」


「あっ、察した」


 お金が明日手に入る。けれど、今はお金がなくて、宿にも泊まれない。つまり、二十四時間開いているギルドで待つしかなかったのだ。


「先に受け取っててもよかったのに」


「いえ、臨時のパーティーメンバーから先に受け取るのはどうかと思いまして」


「うわっ。うん。そうか」


 この辺りのレフィの考え方は慣れない。もっと距離感を縮めたい。とか思うけれど、これは根本的な価値観の問題で、おそらく本人は距離をとっているつもりはないのだ。


「それに、パーティーの契約の終了が曖昧になるのは少し寂しいですからね」


「おお! なんかそっちは、かなり嬉しかった! 今の言葉だけで早起きしたかいがあった!」


「だね! アイト! もう、やっぱり可愛いんだよね! レフィちゃんはっ! そんなわけで、耳ぃ!」


「にゃっふ!?」


 唐突にアリシアはレフィの耳をモフモフし始めた。それに対して嫌がるような素振りを見せつつも、力がうまく入らないのか、ふにゃふにゃのパンチで対抗していた。その仕草が相まって、一際かわいく見える。


 うーむ。よいよい。


 俺が満足げに頷き、目を細めていると、受付の奥からかなり冷たい視線が浴びせられた。


「まあ、そんな男の子の心情は置いといて、早速受け取りにいくか」


「あの! アイトさん! そのつもりでしたら、見てないで助けてくれませんか!」


「おお、そうだった。そうだった」


 涙目で抵抗していたレフィに名残惜しさを覚えながら、仕方なく救出した。すると、レフィはアリシアから距離を置いて、俺の腕にしがみつく。そして、程よい柔らかさが俺の腕を包んだ。


 おお! …じゃなかった。冷静になれ。俺。無心で呼吸しよう。


「グスッ。ありがとうございました。やっぱり、アイトさんは安心できます。硬いですけど」


 レフィはじっと俺の瞳を下から覗きこんだ。そんな仕草にさらに胸が高鳴り警戒の警笛が鳴る。


「ふー。落ち着くんだ。落ち着けぇ。ってやっぱり硬かった?」


「はい。少し後悔する程度には」


「……ありがとう。正気には戻れた気がする」


 落ち着きはしたが傷ついた。硬いからこそ傷つくのだ。


 ともあれ、そんな悪ふざけの末に生まれたダメージを、首を振って頭から消し、ようやく本来の目的でもある報償金を貰いにいった。


 俺たちの姿に気付いて先に用意をしていたのだろうか、カウンターのほんのすぐ後ろには、それらしき麻袋に入れられた金貨があった。


「ソフィアさん。報酬を貰いに来ました」


「アイトさん、アリシアさん、レフィさんですね。こちらが報酬の一万九千ゴルドとなります」


 空間ポーチよりも少し大きい麻袋がカウンターに置かれ、ドスンと重量感のある音がなった。袋の大きさは三十センチ程。それでも、カウンター越しに感じた振動から、かなりの重量であることは間違いない。


「じゃ、ありがたく。って重っ!?」


 金貨百九十枚の重みが腕からの肩にかけてのしかかる。

 決して魔物を倒した時の報酬も安くはなかったが、今回は桁が一つ上だ。腕にかかる重みも、いろんな意味で変わってくる。


「ふぅ……」


「あのアイトさん? 持ちましょうか?」


「あっ、ごめん。そういうことじゃなかった」


「わわっ。すみません。てっきり筋力不足で持てないかと」


 いや、流石に持てる!


 心の中でそう叫びながら、金貨の入った袋を持ち上げて、自分の空間ポーチの中に入れた。心なしか、本来の重さよりも重く感じたが、難なくポーチに収納することができた。


「これから俺たちが相手にしていく奴次第で、この袋の重さが変わっていくんだなって思うとな」


「いずれは持てなくなりそうだね」


 魔獣、魔物、魔人。一つランクが上がる毎に桁が一つ変わる。全く本気にはしていないが、一応アリシアと俺の目標となっているのが魔王。魔王を倒したときには、一体どれ程の金が手に入るのやら。


「次でもう持てなさそうだな」


「そうだね。じゃあ、取り敢えず報酬も貰ったことだし、解散しようか」


 そう言って俺たちは、カウンターから少しずつ遠ざかっていく。

 

 丁度ギルドカウンターから螺旋階段を挟んで反対側にある席に腰を掛けた。すると、なにも言わずに店員が水の入ったグラスをテーブルに置く。


「じゃあ、これでお疲れ様だな。レフィとはここまでだな」


「そうですね。私の冒険の中では群を抜いて危険で楽しいものでした。お二人ともありがとうございました」


「いえいえ。私たちもレフィちゃんのお陰で結構楽させて貰いました。だから、こちらこそありがとね」


 俺は目の前に置かれたグラスを掲げた。


「まっ、お互いどうなるかわからないけど、これにて解散。頑張れ。レフィ」


「はい。いっときはこのお金で凌いでみせます!」


「そう言うことじゃなかったんだけど……。いいや、乾杯!」


「「「乾杯」」」


 カチリと派手にグラスをぶつける。ぶつけた後で、レフィの『破壊者』が発動したらと思ったが、幸いそんな惨事は起きなかった。こんな状況を想定して、強度のあるグラスが使われていたのかもしれない。


 俺は乾杯した後、一気に中身を喉に流し込んだ。ただの水ではあるが、不思議と美味しいと思った。


「くぅう! よし!じゃあ、行くか!」


「そうだね。アイト」


「えっ?」


 飲み干したグラスをテーブルに置くと迅速に俺とアリシアは立ち上がった。そんな様子にレフィは困惑したのか、小さく驚きの声を漏らしていた。


 無理もない。もう少し別れの余韻に浸る時間があると思っていたのだろう。俺たちも出来ることならもう少しゆっくりしていたかったが、何事にも優先順位がある。


「ごめんね。レフィちゃん。これからやることがあるからさ。そろそろ、行かないと」


「もう少し……。いえ、すみません。何でもないです。それでは、お疲れ様でした」


 一瞬呼び止めようとしたのかレフィの顔に焦りが見えた。しかし、それでも、すぐに自分の感情を圧し殺して、下手くそな作り笑いを浮かべていた。


 悪いレフィ。次会う時には絶対にそんな顔はさせないから。


 そんな決意と共に俺たち二人は早足でギルドから飛び出した。



「でっ? 昨日約束してたお礼の話ってわけか?」


「そんなところだ」


 俺はアリシアと共に、クロエの治療のためサリスの家に訪れていた。着いてみると、昨日聞いていた情報とは少し違い、クロエは体を起こして食事をしていた。一日のたった一回の解毒でここまで回復しているとは、流石の俺でも驚かされた。


 そして、そんなクロエを含めた四人でお礼の話を始めた。


「実はやって欲しいことがあって」


「式の手伝いか? それとも神父役でもやって欲しいのか?」


「はぁ!? なに言ってんだよ!」


「いや、昨日とは違ってアリシアちゃんが男を連れて来たからそう言うことかと」


 そう言う事なわけがない。アリシアと結婚する? 冗談は頭だけにして欲しい。俺がアリシアと結婚する事が何を意味すると思うのだ。

 朝起きてまずは体の状態を確認。ベッドから出てそれとなく差し出された紅茶の警戒。朝食作ると言われれば、一割程度の毒物が入っていない可能性をひたすら懇願。それから、それから……。


「――俺はまだ死にたくない」

 

「ハッハッハッ! アイト、おまえは結婚が墓場だと思うタイプか。間違いじゃないとも思わなくはないがっ!」


「あなた……」


 静かにそれでいて丁寧なクロエの口調には、確かに威圧感があった。俺やアリシアに向けられたものではないにしても、空気をビリビリと震わせるような圧が伝わってくる。


「違う。違うからな、クロエ。そう捉える奴もいるって話だ。なっ! なっ!」


「あなたはどうなのかしらね?」


 こけた顔に怪しげな笑みが浮かぶ。これは俺が出会った女性の中では、一番常識があって、一番恐い人かもしれないと、そっと息を飲みアリシアを見た。

 すると、アリシアは軽く目尻を下げて、元気よく手を上げた。


「一回絞められた方が面白いに一票。思っていないことは口から出ません」


「おい! この! 毒女がっ! アイト! おまえは違うよな? な?」


 サリスは鋭い剣幕でアリシアを睨んでから、俺へと懇願の眼差しを向けた。


 さて、助けるか……とはならない。今回は何の迷いもなく俺は口を開いた。


「サリス……。そうやって奥さんを大事にしないのはどうかと思う……」


「てめぇ! いつぞやの復讐か? 覚えてや……」


「サリス。私の隣に座りなさい」


 口喧嘩に発展しそうになるのを、クロエが独特な圧を使って押さえ付けた。そして、意味ありげに、自分の座ったベッドの隣を叩いた。そして、サリスが怯えつつクロエの隣に座ると、パチッと弾けるような音が響き、ベッド倒れた。


「じゃあ、話を戻しましょうか。お礼でしたね。私も力になれる範囲では何でもさせていただきます」


「は、はい。でも、今の目の前の情景を見てすぐに頼むのって、ちょっと抵抗あるよね。まあ、頼むんだけど」


 煙を立ち上らせるサリスを横目に本題へと移行する。

 今回俺がアリシアの治療に付き添い、この場所に訪れたのには理由があった。それは昨日提案されたというお礼についてだった。


「お二人は少し前まで行商人をしていたと聞いているんですけど」


「間違いないわよ。そこまで規模は大きくはなかったけれど、小さな荷馬車で、シュカとシュリの二頭の背に乗って、いろんな所で物を売っていたわ」


 そう言うクロエの表情は過去を思い返して、穏やかな表情になっていた。こんな風に言うのは、サリスの冒険者としての人生を否定してしまうようだが、二人は行商人という仕事にとても満足していたのだと思う。


「けれど、私がこんな風になってからは、辞めてしまっていたのだけれどね。荷馬車は貸し出してしまって、シュカとシュリの二頭も今は他の人たちにお世話をお願いしているわ」


「うわっ。なるほど。まあ、そうだよな」


「どうしたの? 何か問題があった?」


 問題があったかと聞かれれば、首を縦に振るしかないのだが、そんな二人に心配をかけるような真似はできなかった。なので、そこに触れつつ俺は説明をした。


「えーと。実はお二人にお願いがありまして。行商人としての仕事を再開してもらえないかなって」


「うお! なんだって!!」


 俺の言葉を聞いて、ベッドに横たわり煙を漂わせていたサリスが、勢いよく体を起こした。  

 そんな反応に俺とアリシアはやや驚いて、座っていた椅子の足が浮いた。しかし、クロエの方は慣れたものなのか、何食わぬ顔をしていた。


「や、やっぱり、駄目そうか?」


「いや、俺としては願ったりかなったりだ! いつまでも仕事をしないわけにもいかないしな」


「よおぉし!! 言質とったからな!」

 

 冒険者と行商人。天秤にかけられた二つのどちらを取るのかは、全く想像がついていなかった。以前のサリスの話からすれば、行商人の方に軍配が上がるとは思っていたが、サリスのパーティーメンバーでもあるボウとメルを思えば難しいところだとも思っていた。 

 そのため、嬉しさ半分申し訳なさ半分の気持ちだった。二人を差し置いて、サリスに無理をさせているような気がして、素直に喜べない現実。空元気さがむしろ空虚に感じてしまう。


 そんな俺の無理をした態度にサリスは気が付いたのか、不安の根幹でもある箇所に触れた。


「ボウとメルのこと気にしてくれてるんだろ?」


「……。まあ、そう。あのパーティーのリーダーはサリスだったじゃんか。だから、その主軸が抜けてしまっていいのかなって思ってる」


 サリスが抜ければパーティーのバランスは崩れてしまう。特にサリスを除けばF級のみだ。ヒーラーもいなければ、魔術師もいない。不安定すぎるパーティーだ。F級の俺たちも似たような境遇だからわかるが、冒険者としてのやっていくにはなかなか厳しいものがある。


 サリスは俺よりもそんな現実を深く受け止めているのだろう。重々しく頷いた。細められた目からは微かに寂しさを感じた。


「良い悪いじゃねぇんだ。俺のパーティーはあの時の魔物のお陰で、ほとんど機能しなくなった。トラウマって奴だ。ボウもだが、特にメル方がな。あれじゃ、とても冒険者として続けていけない」


 俺は小さくない衝撃を受けた。ボウとメル、二人と共にトーリスへと帰っていた時は、決してそんな様子は見られなかった。しかし、それは先輩冒険者として俺やアリシアに弱さを見せたくなかっただけのかもしれない。それか、トーリスに戻ってきて、時間をかけて考える毎に、自分達の冒険の終わりを見てしまったのだろう。


「じゃあ、実質パーティーは解散って感じなのか?」


「まっ、そうだな。だから深く考えんな。二人は二人で道を探すさ」


 二人の道。俺は二人に冒険者を続けて欲しいとは思う。これに関して言えば、レフィに対しても同じような気持ちを抱いている。けれど、今回は止めようとはしなかった。できなかったと言うべきか。レフィは様々な事情で好きな冒険者を続けられないが、二人は別だ。心に刻まれた恐怖が冒険者として二人に壁となって立ち塞がっているのだ。そこで、無理強いするのは流石に自分勝手でしかない。


 なので、俺は自分の気持ちを割り切るために、一度アリシアに話を振った。


「って話だけど、アリシアはどう思う?」


「何がだい?」


「いや、何がって今の話」


 俺が深刻そうな表情をしているのにも関わらず、アリシアの態度は依然として普段通り。これまでの話を聞いて平然としているようなタイプの人間ではないと思っていだが、アリシアが感情的になる様子はなかった。

 そんなアリシアは俺の問いに対しても、平然と当たり前のように答えた。


「三人一緒に行商人やるって話かい?」


「そうそう。その話……って! 違うだろ! どこを聞いてそうなった!? 俺が聞きそびれたのか!? そんなわけがあるか!」


「ちょっとアイト。どうしたんだい。話の流れとしては正しいと思うけれど」


 いやまあ、確かにそうなれば万事解決しそうな気もしなくはない。けれど、それを決めるのは俺たちじゃなくて当事者本人。サリスや二人からそんな提案があるのはまだしも、俺たちが口を出すような事ではない。


「そこは俺たちが決めていい問題じゃ……」

「いや、確かに名案だ」


 サリスが一人呟くように俺の言葉を遮った。


「二人を放置ってのも、俺としては気がかりではあったんだ。だったら一緒に連れていけばいいだけの話だ!」


「おい! いいのかそれで? その選択をしたら奥さんとの旅路を満喫できないんじゃ」


 二人っきりで旅をするのに、間にはいるような人がいていいのか俺は疑問に感じていた。しかし、この疑問を拭ったのは他ならぬクロエだった。


「大丈夫よ。私はまだ体が本調子じゃないから、子供なんてとても」


「わーお! 濁してたのに、ちょっと直接的な表現でびっくりー」


 まさか、クロエからこの発言が出てくるとは思ってもみなかった。多分そこに関しては、本人以外全員がそう思った筈だ。普段ぶっきらぼうで何事にも動じないようなサリスでさえも、今回に関しては顔を赤面させている。


「クロエ! やめろ! やめてくれ! そんなんじゃない! それはっ、あれだが、それはちょっと違う」


「サリス……。病み上がり」


「わかってらぁ!」


 アリシアの冷静かつ的確な注意に、サリスがたじろぐ。そんなサリスに向かって、俺は口元を歪め、目を細める。流石にそれだけでは品がないので、心なしの気遣いで、口元だけ手で覆う。


「ブッフッ。……お盛んなことで」


「てめぇ! アイト! おまえだけはぶっ殺す!」

 

 そんな風に飛びかかってくるサリスの姿は、一人の夫の姿だった。こうしてみれば、結婚とは無縁のようにも感じていたサリスも、実のところでは良好な夫婦として成り立っているように見えた。


「どおどお。落ち着けって。悪かったから」


「そう思うなら最初から言うなよ。クロエもそんな話は他人にはすんな」


「あら、昨晩は……」


「ストォーープ! 話が逸れてるだろ! 戻せ! 戻してくれ!」 


 流石に俺でもこれ以上は申し訳なくなってきた。サリスへもだが、特にクロエへも遠回しにダメージが入る気がしたのだ。なので、サリスの言うように切り替えて元の話へと軌道修正する。


「確か、ボウとメルの二人と一緒に行商人としてやっていくだったか。サリスとアリシアは納得いってる様子だけどさ、俺としてはいまいちなんだよな。ぶっちゃけ商売ならサリスだけでも回るだろうし」


「あれ? そこについては納得してるもんだと思っていたよ」


「え? 何が?」


 アリシアの話は全く身に覚えがなかった。納得もなにも、サリスと二人を同時に考える場面なんてなかったし、そもそも、ボウとメルの話が出た記憶もなかった。

 なので、俺はただ疑問の目をアリシアに向けるしかなかった。


「私たちの目的覚えてる?」


「そりゃあ、もちろん。サリスに行商人に戻ってもらって、俺たちの商品の販売と、道すがらに毒を集めてきてもらう、だろ?」

 

「何か聞き捨てならない話が出た気がしたぞ」


「悪いサリス。そっちの話は一旦落ち着いてから」


 俺の発言を聞き漏らさずに的確に指摘したサリスを横目に、俺はアリシアに訊いた。すると、アリシアは、やや驚いたように口を開いて、軽く手を打った。


「成る程。アイトの思考はそこまでで止まってたんだね」


「今のは珍しく悪意がなかったな。お陰で久しぶりに傷付いた」


「いや、ごめんね。悪気はないんだけれどね。そうかぁ。じゃあ、説明しないとだね」


 アリシアの謝罪を受けて感じる劣等感。いや、違うだろうか。元より自分の頭が良くないのは自覚していた。それでもなお、自覚をしても成長できていない自分を意識すると、経験を含めた何もかもが足りなかったと感じた。


 けれど、俺は落ち込むことはなく、むしろ前向きにアリシアの説明に耳を傾ける。


「私たちの目的にサリスの行商人への復帰は必要さ。けれど、本質は別。私たちの品物の販売、それと毒物の入荷が私たちの目的さ」


 アリシアは一つずつ数えるように、人差し指、中指と順番に立てた。その指が今度は逆に減らされていく。


「品物の販売は、アイトの言っていた通り一人でも可能さ。けれど、もう一つの方はどうかな?」


 アリシアは残された人差し指を振った。

 

 もう一つ。つまりは毒物の採取の事だろう。そういえば、スミュレバレーからの帰り道で、草原や森でアリシアも毒物を集めていた。今回は帰ることが目的だったので、本格的には回収していないが、それでも回収できた量は門番の二人の手に収まる程度だった。

 そして、その毒物を一部は商品のために使い、一部は薬の制作に使う予定のわけだ。あの手に収まる程度の量の毒物を。


「成る程な。毒物の採取に人手がいるのか」


「そう言うことさ。まあ、単にそれだけじゃなくて、荷馬車の護衛。さらには索敵と役割はあるんだよ。メルさんなんかは、特に目が良いようだからこの仕事にはうってつけって話さ」


「おまえ、あの時の話だけでそこまで考えてたんだな。素直に感心した」


「でしょ。日頃からもっと褒めてくれてもいいんだよ?」


 アリシアのそんな要求を適当に相槌をうって流した。


「で、その方向なら、当人たちにサリスが話して貰わないといけないよな。頼めるか?」


「ああ、そこに関しちゃ文句の一つもねぇ。たださっきの説明をして欲しい」


「さっきの? 何かあったっけ?」


「わりと爆弾発言があったろ?」


 俺が飄々と何もなかったかのように振る舞うと、サリスは冷静に指摘してきた。勿論忘れていたわけではなかったが、サリスから言及されるような形で話すのは少しだけ抵抗があった。なので、ふざけ半分でほうけてみせたのだが、そこは流石の元行商人。商売の話に関して抜かりはないようだった。


「うーん? 爆弾発言なんてなかった筈だけど。ただアリシアの実験用の毒物を採取してもらって、その毒物の解毒した物を売ってもらうって話しかしてなかったし」


「おまえ、前々から思ってたが、感覚ずれてるよな」


「冗談だって。流石に毒物の問題ぐらい理解してるって。アリシアじゃないんだし」


「あれ? 今のは褒めたわけじゃないよね? そんな風に聞こえたけど」


 冗談はさておき、詳しい説明をする必要がある。俺は簡潔に必要な箇所を頭でまとめた。


「えっと、サリスたちには俺たちの商売に関与してもらいたいんだ。売るのはアリシアの作った調味料。そして、その原材料の仕入れ。これを任せたい」


「それが毒物ってことなのか……。冗談じゃなさそうだし、手伝ってやりたいのは山々だ。だがな、毒物を街に持ち込むのは禁止されてんだよ」


「そこは問題なく。ヒイラさんに直談判してきた」


「そこまで用意周到なのか……」


 サリスは少しだけ考える仕草を見せた。商人には商人で考えることがあるのだ。特に行商人ともなれば、荷台に積める荷物も限られ、売れるものを的確に判断し入荷しなくてはならない。そうしなければ、ただ荷物を持って長旅をするだけになってしまうからだ。そして、その目利きに関して、サリスはプロだ。安易に話にのらない慎重さは、真面目に捉えてくれている表れでもある。


「調味料が売れる確証はあるか?」


「そこは問題なしだよ。味に関して言えば、スミュレバレーのシェフにお墨付きはもらったからね。それにサリスたちも一度は食べてるしさ」


「……あれかぁ」


 サリスは思い出したのか目を覆った。あの時の美味しさを忘れることはないだろうが、毒物と聞いて多少ショックを受けたのだろう。しかし、すぐに割り切ってサリスは話を進める。


「んー。まあ、やってみよう」


「よっし! なら……」


「ただ、条件付きだ。あくまでその調味料はついででしか販売しない。売れ行き次第で入荷数を増やす。これなら呑める」


「問題ない。こっちも店で販売するのを主とするつもりだったから。ありがとう。サリス」


 俺は取引の結果に満足して深く顎を引いた。

 もともと、行商人としてのサリスの役割は、材料を集めることが主だった。あくまで、販売に関してはそのついでと言うだけであって、アリシアの調味料の名を広めることさえできれば儲け物ぐらいの気持ちだった。


「えっと、置き去りしてましたけど、クロエさんはそれでも大丈夫ですか?」


「私は夫と一緒にいられればそれでいいから」


 などと言いながらクロエはほくそ笑んだ。


 彼女の姿を見て、サリスの姿を見ると、世の中の理不尽さを感じてしまう。なぜサリスのような変な髪型の男にこれ程まで尽くしてくれる女性がついてきてくれるのか。


「まったく。いい奥さんに恵まれたな」


「だな。まあ、そんなとこだから、俺たち二人は問題なしだ。取引成立でいいか?」


 サリスは大きな手をこちらに指し伸ばしてきた。その手を俺は迷いなく力強く握った。


「ああ、よろしく頼むよ。サリス」


「お互いにな」


 こうして、俺たちの目的は一先ず達成されたのだった。


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