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3 飯は俺!?


 昼間から夜までアリシアと二人でモンスターを狩り続けた。大抵はちょっかいを掛ければ襲い掛かってくるゴブリンが相手だ。もっと安全に草食の生き物を狩りたいと言うのが本音なのだが、戦おうにも如何せん二人の敏捷は低すぎた。草食の生き物はこちらの姿に気付いた段階で遥か彼方へ。とても追い付く気はしなかった。


 ちなみに今獲物としているゴブリンは、特段珍しいモンスターでもないため、素材が高く売れると言うこともない。なので、ゴブリンを狩り尽くし、ひたすら能力値を上げるだけが続いた。

 

 慣れなかった戦闘もアリシアからナイフを借りることで快適に進んだ。問題点があるとしたら、ダメージを受けないので防御も回避もせずになにも考えず特攻することだろうか。

 『剛健』がどれ程の耐性か分からないので、全てのモンスターに有効か分からない。なので下手をすれば『魔獣魔物弱点S』のせいで一発で殺される可能性もあるわけだ。その辺りについては、この森にいる間に明確にしておくべきだろう。


「日も暮れてきたし、取り敢えず今日は終了。さてさて~」


ステータス

 体力 101 

 筋力 146 

 魔法攻撃力 2

 物理防御 52

 魔法防御 30

 敏捷 70

 MP 10

スキル

『魔獣魔物弱点S』 『女運C』 

『剛健』 レベル1 体の外側から1ミリが硬くなる。

 次のレベルまで被ダメージ 497


 ステータスプレートを取り出し、今日の成果に目を通す。やはり、筋力はかなり上昇している。物理防御力もそれなりに増えていた。


 まずは筋力。最初のゴブリンで30も上がった。なので、同じ様にゴブリンを狩り続けて30ずつ上昇した……なんてことはなく、結局、今日上がったのは46だった。

 次に物理防御力の方だが、こちらは、おそらく攻撃を受けた回数や、相手の攻撃力が重要となってくるのだろう。まあ、そうだとしても、わざわざダメージを受けてまで、物理防御力を上げようとは思わない。どうせ上がったとしても『魔獣魔物弱点S』で亡き者とされるのだから。


 取り敢えずは、ステータスの成長自体には不満もなく、そんなものだろうと納得していた。しかし、問題が無いと言うわけでは断じてない。  

 

 次のレベルまで被ダメージ 497


「レベルアップに被ダメージが必要って……。ゴブリンとこれだけ戦って3ダメージしか食らわなかったのに、どうしろと」


 ゴブリン程度では、単に攻撃するだけで『剛健』を破ることは出来ない。尚且つ鈍重な武器の一撃を、的確に当てて、やっと1だ。ダメージを受けないことは良いことなのだが、スキルのレベルが上がらないのも考えものだ。このままゴブリンをひたすら狩り続けるなんてことは現実的ではないし、かと言って高ランクのモンスターを探して戦うのも危険性が高い。


 俺は悩ましげに首を傾けた。すると不意に腹が鳴り、締め上げるようにお腹が空腹を訴えかける。思い返してみると、昨日の昼間から何も口にしていない。しかも、これだけの距離を徒歩で移動し、挙げ句の果てには戦闘まで行っている。これで空腹にならなければ人ではない。


 アリシアは小さく笑い声を上げた。それは次第に大きくなり、大袈裟にさえ感じるほど大爆笑し始めた。俺はちょっとした恥ずかしさと不信感で、いぶかしんだ視線を送る。すると、待ってましたとばかりに、アリシアが声を張り上げた。


「お腹が減ったんだねアイト! 減ったんだね? ね? ね?」


「どうしたんだよ急に。俺が空腹で、なんでそんなにテンションが上がるんだよ」


 アリシアは、ぐいっと俺の首もとを摘まみ、自分の顔に引き寄せた。あまりに急な奇行に俺は目を見開く。鼻先が触れそうなまでに近づいたアリシアも、同じ様に目を見開き、黒い瞳孔を開く。

 普段は、容姿の整った女性が目の前にいるだけでそれとなく心地よく感じるのだが、こいつは別だ。圧倒的なプレッシャーに首もとの圧迫感。そして、この満面の笑み。ゴブリンなんかよりも潜在的な恐怖を感じる。


「ふふん。よく訊いてくれました。なんと私。このアリシアは食材を容易に手にいれることが出来るのだ。しかも、料理も可能。カレーからカップラーメンまでお湯と時間さえあれば職人にさえも手が届く。つまり私は料理のエキスパートなのだ。はっはっはっ!」


「って。言い回しになんか含みを感じるけど……ホントにそんなことが出来るのか?」


 アリシアの腕から逃れ、発言を咀嚼してみる。無駄を省くと、食事に関しては、この旅の間は問題ないってことのようだ。……その発言を信じるかは別として。


 料理にまつわるスキルはもちろん存在する。『料理人』や『目利き』など、様々な物がある。ただその中の一つとして食材を作り出すようなスキルは存在しなかった筈。そう頭ごなしに否定は出来るのだが、今回ばかりは空腹に堪えられず、素直に期待することにした。俺の知らない女神スキルの可能性もあるわけだし。


 嬉しそうに俺の問いに頷いたアリシアは、また近づいてくる。


「よし! まずは食材。アイトはちょっと目を瞑って」


「あぁ、うん……んっ?」

 

 アリシアの指示の通りに目を瞑ると、借りていたローブを手際よく引き剥がされ、変わりに冷たい何かが体を覆う。なにかと思い、恐る恐る自分の手の甲に触れると滑りを帯びた液体らしき物の感触があった。


「はい。目を開けていいよ」


 何事もなかったように、指示をするアリシア。それに疑問しかない俺。

 目を開いてみると、やはり何かで濡れているようだった。気になって匂いを嗅いで見ると、甘い匂いがした。花よりももっと甘く、焼菓子程香ばしくない匂い。ただひたすらに甘い匂い。


「もしかして、これが食事とか言わないよな」


 アリシアに問いかけながら指先に付着しそれを舐めとろうとした。


「ダメッ!!」


「……っ!?」


 危機迫ったアリシアの一言で、舌先が触れる寸前で体が硬まった。いまいち状況が理解できない。どういうつもりなんだろうか。


「それは食べ物じゃないから。絶・対に舐めないで。あと目とか擦ったり、体を掻いたりもしないで」


「うっん? ……それって、まさか!」


 それだけ言われて頭の中に一つの仮説が湧いてきた。その湧いてきた仮説も、聞こえてきた地響きと共に確信へと変わっていく。


 重々しい足音。木でも倒れたかのような衝撃が、足の裏から伝わる。静まり返った森が何者かによって蹂躙されていくのを肌で感じる。


 これは決してゴブリンや小型のモンスターではない。これは……。


「ゴガァァァッ!!」


 猛烈に目の前で土埃を巻き上げ、勢いそのまま木を押し倒した獣が、俺たち二人の前に黒い影となって立ち塞がった。

風に纏わされた濃い獣の臭気が、雄叫びに遅れて二人の体を撫でる。


「……っ! ロッドベアー!!」


 二本足で立ち上がったロッドベアーは、その凶悪な顎から粘性の唾液を垂れ流し、獲物を捉えた黒い瞳がひたと此方に焦点を合わせている。背は深緑色で腹は焦げ茶色。動かなければ、苔むした巨木にさえ見える四メートルを越える巨体。


 ロッドベアー 推奨冒険者ランクC級


 このミルの大森林浅部においての食物連鎖のトップに君臨する肉食獣。夜行性で昼間は殆んど動かず、動き始める夜も、食事を探して腹を満たすと、日の出る前に眠りに就く。性格は臆病と言われ、火を付けていれば、普通は怖がって近づいてこない。

 その為、対策さえ施せば脅威と成り得ないので、この蒼の森で、初心者冒険者は、安心して夜営をすることが出来るのだ。


 しかしだ。今現在俺たち二人は、そのロッドベアーさんを前に、対策もなければ戦力もない無謀な冒険者被れとして、呑気に突っ立っているのだ。ロッドベアーさんからすれば、それはもう生き餌以外には見えていないだろう。


「アリシア! 後で説教するから、今はあの岩影に隠れてろ。俺が時間を稼ぐ」


「君なら……」


 アリシアに二の句を繋げさせずに、俺は声を張り上げる。


「分かってる! 勝つ! 出来るかは分からないけど! でも、俺はともかく、お前はあいつの攻撃に耐えられない。だから下がっていてくれ!」


 アリシアは、何か言いたげだったが、開きかけた口を固く結び、離れた岩影に向かって走り出す。その動きに反応したロッドベアーは、俺からアリシアにターゲットを変更。前足を地面に付け、軟らかな地面を抉り、走り始める。

 左右に大きく体を揺らす不規則な歩調。興奮したように、多量の涎を空中に撒き散らすその姿。実物を見るのは初めてなので断言は出来ないが、温厚な性格と言われるロッドベアーの姿とはどうにも重ならない。そう。あの足取り。まるで酒に酔っているような……。 


「……ってそんな推測は後だ。弱点克服して最初に戯れる獣が、お前みたいにごわごわしたのは嫌だけど、遊んでやる!」


 血気盛んなロッドベアーとアリシアの間に割り込み、腕を交差させ体の前方に掲げる。ゴブリンで生傷一つ無かったので、構えなくとも無事であるとは思うが、何かの手違いで攻撃が通る可能性もある。なので、一応防御の姿勢を取った。


 そこへ繰り出される重厚な一撃。ロッドベアーの黒く硬い爪が頭部を襲う。脳が揺さぶられ、視界がぼやける。そんな視界に黄色い表記が浮かんでいた。どうやら今回はノーダメージとはいかないらしい。けれど頭は付いているし、痛みも特にないので『剛健』はしっかりと機能しているようだ。


 ロッドベアーは手応えに違和感があったのだろうか。またしても腕を振り上げ、俺の頭部を打ち付ける。俺はその二撃目で平衡感覚を失い地面に転がった。

 

「――くっそ。硬くても衝撃はあるのか」


 ステータスプレートには黄色く85と表示されていた。二擊で16ダメージ。つまり一撃あたり8ダメージだ。      

 今までのゴブリンとは違って、受け続ければいずれは死ぬ。何とかしなければ。


 起き上がろうとすると、目の前にロッドベアーの顔があった。獣臭い息を顔に浴び、嫌悪感に眉間に皺を寄せた。


「……まずい」


 そう気づいた時には遅かった。視界を覆いつくすほど大きく口を開いたロッドベアーが俺の頭に噛みついた。俺の小さな頭が、すっぽりとロッドベアーの口の中に収まる。


 ヤバい。喰われた。臭い。汚い。ベトベトする。頭付近ガリガリいってる。痛くはないけど、不快感が最高級。早く脱出しなければ。


 頭を咥えられるという、普通ではあり得ない状態で、脱出しようと身をよじりながら、拳でロッドベアーの顔面を殴りつける。しかし、一向に噛む力は衰えることはなく、持続的に頭部を締め付けられる。

 どうやらロッドベアーの厚みのある脂肪が、殴打のダメージを軽減しているようだ。ただでさえ筋力が低いのでダメージは殆んどないだろう。

 

 悪臭に悶え苦しむこと数秒。急にロッドベアーの顎から力が抜けた。垂直に顎が落ちたかのように。

上下の圧迫から解放された俺は、首を捻りながら頭を抜き、顔をしかめて腕で涎を拭う。そして、目の前の、明らか様子のおかしいロッドベアーを見下ろした。


「ぶっはぁっ! ……って、こいつ何で急に力が抜けたんだ?」


 ロッドベアーは、だらしなく四肢を投げ出し、口から舌を力なく垂らしていた。その血走った目からは、焦燥感が見てとれる。


「おほん。これが私の能力さ。今回は麻痺毒。神経に作用して、全身の筋肉を弛緩させる。今は呼吸さえもまともに出来ていないよ。更に、強烈な匂いで敵を集めることも可能。名付けてパラちゃん!!」


 いつの間にか岩影から出てきたアリシアが、胸を張って説明する。何となくロッドベアーの雰囲気から察してはいたのだが、こいつは……


「やっぱりな……。俺を餌にしやがったな!」


「えっ、えと。そんなつもりではなくてですね。これには深い事情が有りまして……」


「それならその深い事情を先に話すのが筋じゃないのかぁ? 俺の中だと、お前一人でどうにかなったんじゃないのかって、確信に似た何かが渦を巻いているぞ」


 俺が指を突き付けて声を荒げると、アリシアは背を丸めて縮こまった。その姿はまるで捕食者を前にした小動物のようだ。


 いや、補食されそうになったのは俺だけど!


「聞きたい?」


「は・や・く! 説明しろ」


 圧ををかけて、説明を促すとアリシアは顔を上げた。


「分かったよ、アイト。どこから話そうか。うーん。あれからかな。まず、私は一人じゃロッドベアーを倒せない」


「まずそれがおかしいだろ。遠距離から魔法で麻痺させればどうにかなるじゃないか」


「それが出来ないんだよ。アイトは知らないようだけど。……あっ、わたくし、こういう者です」


 アリシアは手際よく両手で摘まむようにして、ステータスプレートを差し出す。そして、宙に浮いたステータスプレートのスキル欄の、一番最初を指さした。その指の先に、見慣れないスキルがあった。


ステータス

 体力 180 

 筋力 300

 魔法攻撃力 130

 物理防御 200

 魔法防御 210

 敏捷 170

 MP 400


『毒生成師』 『攻撃範囲縮小S』  『無詠唱』 『解毒』 


「――『毒生成師』? 初めて見るな。でも、字面からして、魔法使いの魔法とか呪術師の呪いとか、特定の相手に『掛ける』類いじゃないっぽい?」


「そう。そこが根本的な差だよ。魔法で麻痺させるのと、毒で麻痺させるのは、全くの別物。魔術師の使うパラライズは大気中と対象のマナに干渉して麻痺させるんだ。呪術師も似た感じだね。それと比べて、私の麻痺毒は、体内に毒物を入れて作用させる。だから、どうしても毒と対象が触れ合わないといけないのさ」


 つまりは、魔法のように唱えるだけで良いわけではないと。でもそれなら……


「ロッドベアーに皮膚から侵入するタイプの毒を掛けるば良いんじゃないのか? さっき俺に掛けるみたいに」


 アリシアは首を横に振ると、スキル欄の次の項目を指差した。


「攻撃範囲縮小……S!」 

 

 俺は思わず声が上擦った。


初めて自分以外のスキルでSのデメリットを見た……。


「これのせいで、君の言うところの『掛ける』は出来ないんだ。掌から流すよう掛けることは出来るけど、遠距離攻撃として考えるのなら実用性は無い。毒の種類にもよるけど、体から離れた毒は、『攻撃範囲縮小』のせいか、離れるほどに物凄いスピード劣化していくからね。ついでに、皮膚から侵入するタイプは、生成した私の指からも同じ様に侵入するから基本はなし。だから……」


「「餌」」 


 二人の声が重なった。納得はしたくないが納得した。正直こうしなければ食料さえ手に入らなかったのだから、あまり強く言えない。心情的に飲み込めないが、無理矢理押し込んで怒りを沈める。アリシアもマイナススキルというデメリットを持った数少ない存在。謂わば仲間だ。そんな彼女が必死に考えた策だから、強くは言わないでおこう。


「はぁー。もういいや。お前にもどうしようもない事情があったってことで、納得するよ。俺は疲れたし、臭いから川で水浴びでもしてくるから、その間にせいぜい料理でもしておいてくれ。そのぐらいはまともに出来るだろう?」


 自分と同種の存在に毒気を抜かれて、頭から血が降りてくる。怒りでどうにかこうにか気力こそ保っていたが、落ち着いたせいで空腹と疲労がどっと体に溢れ返っていた。


 喧嘩口調で丸投げをする俺に、アリシアは満面の笑みで頷いた。疲れているのを気遣ってなのか、特に言い返してもこなかった。その事が少し罪悪感として胸を突いた。


 そんな心中を察しているのか、いないのか、アリシアは機嫌良さそうに鼻唄を口ずさみ、先程まで狩りに使われていたナイフを、リズムに合わせて指先で回転させる。そして、そのまま鼻歌を歌いながら、楽しそうにロッドベアーの首筋をナイフで切り裂くのを見て、何か少しゾッとし、逃げるように小川へと小走りで向かった。



 野生の熊の口って臭そう……。


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