49 壁の先の壁は結構高い
「うーん。――うーん? ……うーん」
「どうしたんだい? 悩んだふりをしてさ」
「いや、ふりって決めつけるのは止めようなっ」
「わかったよ。じゃあ、どうしたんだい構ってくれるまで永遠と唸り続けていそうなアイト」
「アリシアさん。止めてあげましょう。可愛そうですよ」
俺の唸りに対して何かと理由を付けたがるアリシアをレフィが止めた。実際、二人に聞いて欲しかった事もあって、うまく言い返せなくなっていたところで出された助け船だったため、非常に有り難かった。
俺は自分のステータスプレートを見ながら、どう受け止めるものかと頭を悩ませた。
ステータス
体力 130
攻撃力 150
魔法攻撃力 2
物理防御 154
魔法防御 36
敏捷 78
MP 20
スキル
『魔獣魔物弱点S』 『女運C』 『毒耐性レベル2』
『剛健』 レベル3 体の外側から1センチが硬くなる。
派生スキル 『エンチャント』 『性質変化』
次のレベルまで被ダメージ9865
「良い話一と、良い話二と……最悪な話、どれから聞きたい?」
「溜めがあった最悪な話が気になる……けども! 順当に聞かせて貰うさ! 一から!」
「ほう、一ですか。お目が高い」
俺はステータスプレートを二人に向けて、上から順に上昇したパラメーターを指さしていく。
「体力が3上がって、魔法防御が1あがった。そして敏捷、MP共に3も上昇した。追加で、ここ! 『毒耐性』がレベル2に昇格。これでアリシアの毒に脅かされずに済むわけだ」
「おお! 最後はよく聞こえなかったけど凄いじゃないか! 私感激だよ! 攻撃力は上がっていないし、『毒耐性レベル2』ごときじゃ私の毒は防げないけど、素晴らしい成長だよ!」
「何? もしかして俺の最悪な話を増やしたいのか? どこが不満だったんだ? 『毒耐性レベル2』か? 玩具が成長したからか!?」
アリシアは実験台である俺の成長を疎ましく思っているのだろうが、俺はアリシアが不機嫌になろうとも構わない。すぐにこの『毒耐性』で自衛の術を身に付けてやる。
「でも、良かったじゃないですか。この短時間でこの成長です。これから先が楽しみですね」
「ありがとう。レフィ。やっぱりレフィだわ」
「けれど、体力とMPの表示のキリがよくて気になります」
「レフィまで俺の成長を妨げるつもりかっ!」
以前の自分の感想とレフィの感想が重なって、つい声を上げた。大丈夫だ。心配ない。成長する……する筈だ! そもそも、キリがよくなる度に成長限界を向かえるなら、俺の表示は既に半生を終えてしまっている。
「あぁ!! 大丈夫だ。心配ない。次に行こう。これ以上心配事を増やしたくない! 良いことその二……もう、最初のやつをなかったことにして、これをその一にしてもいい気がするな」
「どっちでもいいけどさ、続きを聞かせてくれないかな?」
「そうだな。先に進もう。ここだよ。『剛健』の新しい派生スキル」
ビシッと派生スキルの欄を指差した。
その名も『性質変化』。考えるに物の性質を変えるのだろうか。『エンチャント』で水を硬くしたり、実体のある火を作ってみたり。夢が広がる。
「便利そうなスキルだね。試してみた?」
「いや、まだ。トーリスに帰ってから実験してみるつもりだよ」
「『エンチャント』があれほど使い勝手の良いスキルですので、期待値は高いですね」
そうなのだ。俺の戦闘力は『エンチャント』が増えた事でも大幅に上昇した。その前例から考えるに、この『性質変化』も大きな可能性を秘めているに違いない。もしかしたらA級まで、一足飛びで成り上がるかも……。
「ないか」
夢見がちなところは治さないと。一度レフィと借金取りとの一幕で痛い思いをしたじゃないか。慎重に考えよう。
ゆっくりと頭を振って雑念を払い、次の説明の前に心を落ち着ける。
「最後は最悪な事だよね」
「ちょっと私は恐いです。聞いてしまってもいいんですか?」
そう最悪だ。目に見えてわかる絶望と、その先に待ち受けていそうな未来に対する絶望で、頭が重い。けれど、二人に言うしかないのだ。細い可能性にかけて。
「ここの数字を声に出して言ってみて」
俺はステータスプレートの最後尾を指差した。現実とは思えない数字を二人に確認してもらって、声に出してもらうことで、受け入れようとしたのだった。
「うわっ、9865っ」
「えっ、どうしたんですかアリシアさん」
アリシアは顔をしかめていた。流石のアリシアでも事の重大性に気付いたようだ。そして、俺は現実を再度自覚して深くため息をついた。
これまでは『剛健』スキルのレベルアップに必要な経験値は、500、1000となっていた。なので、てっきり前の必要数値の二倍だと思っていたが、なんと今回は前回の十倍の10000。急に倍率が上がって衝撃を受けた。硬くなって受けるダメージが減るのにも関わらず、無情にも必要被ダメージは増えていく。このままだと、いずれ俺の人生をかけても賄いきれないダメージ量が要求されそうな気がした。
「90アイトぐらいかな」
「やな言い方すんな! そして、正確には75アイトぐらいだ!」
アリシアが推測した数値よりも少なくなってマシに感じたが錯覚だ。75アイト。つまり、75人のアイトくんが戦闘不能になるようなダメージを、一人のアイトくんがコツコツと蓄積させていかないといけないわけだ。さて、どうやって? 教えてくれよ!!
「でもさ、その前のダメージも確か1000ぐらい必要だったよね? 数日でどうやってそれだけのダメージを溜め込んでいたんだい?」
アリシアの指摘は最もだった。最も的確な指摘で、最もされて欲しくない指摘でもあった。これがレフィに言われるのならまだ救いがあった。しかし、現実はアリシアなのだ。必要ダメージのおおよそ九割を蓄積させた張本人のアリシアだったのだ。
「……さぁ? なんでだろうねぇー」
アリシアに知られたくなかったのでシラを切った。アリシアと協力関係となり、毒でダメージを蓄積させる選択もあったが、俺は自分の体と精神の健康を第一に考えてお茶を濁す。
俺の反応にアリシアとレフィは互いに顔を見合せ、眉を潜めたが、結局それ以上追求はしてこなかった。そして、別の話題へと差し掛かるためアリシアの手を掴んだ。
「あっ、そうだ! 思い出した! 悪いレフィ。アリシアと買い物の約束してたから少し席を外す。すぐに戻ってくるから待っててくれ」
「へ?」
「えっ? 私そんな約束……」
「おら! 行くぞ! 装備を見繕うって話してたんだから!」
そう言って俺は強引にアリシアの手を引いて外に出た。
*
晴れ渡った朝は、乾いた風が吹き心地よく感じられた。雨も止み、また普段通りのスミュレバレーの時が流れている。
そんな街並みを堂々と手を繋いで俺たち二人は闊歩していた。
「あのさ、デートしたいって意思は伝わったんだけれど、強引すぎるんじゃないかな」
アリシアは握られた左手を俺にも見えるように振った。
「悪い。そう言うつもりじゃないんだ」
俺はすぐさま手を離した。すると、アリシアは溜め息を一つ漏らすと、切り替えたように俺を見た。
「この状況。デートを除いて二人きりになりたいのだとしたら、現正規メンバーで話したい事って解釈になるかな?」
「……。そうだ。でも、現正規メンバーって言い方は止めてくれ。なんかレフィを仲間外れにしたみたいで嫌だからさ」
「事実仲間外れなんだけどさ。――まあ、ともかくレフィちゃんについての話をしたいってわけだね」
「そうだ」
俺たちの抱える問題。いや、正しくはレフィが背負っている問題についてだ。
アリシアにはレフィが冒険者を辞めようとしていることについて話していない。彼女の事は本人から伝えられるのが最善だと俺は判断していた。
冒険者を辞めたいレフィと続けて欲しい俺。
自分勝手で自己満足の塊であることは否定できないが、どうにかしてあげたかった。そのために、俺もいくつか策を練ってはきた。しかし、大事なことは俺一人で判断はできない。なので、こうしてパーティーメンバーのアリシアと時間を作り相談していた。
「アリシア。単刀直入に訊かせてくれ。レフィをこのパーティーで雇い続ける気はあるか?」
「最初からその方針だと私は思っていたさ。言ったじゃないか。フラグが立ったってさ」
「言ったかもしれないけど、理解できてなかったからな? いや、今現在でもだ! どういう意味なんだよ!」
アリシアの意見が俺と同じだったためにか、俺は心を撫で下ろして、普段通りにアリシアに訊いた。
「運命的? って言えばいいのかな」
「……成る程な。確かにそうだな。俺の治療から街の案内。そして、治癒術師の面接の唯一の生存者。そうやって思い返してみたら『黒の団塊』のどのメンバーよりも関わりが深いしな」
「いや、そうじゃなくてキャラが被って……」
「次から次に難解な言葉を乱発するな。魔人のチャックの話の方が、人間のおまえよりも理解できるぞ」
注、理解できるだけで共感は出来ない。
「まあ、ともかくレフィを仲間に引き入れることには肯定的ってことだな?」
「必然的だよ」
「もう、何でもいいから。で、そのことで訊きたいんだけど、今俺の中では解決策があるんだ。けどさ、俺一人じゃどうしようもない……」
だから、俺はこうしてアリシアに問う。
「――アリシアはレフィのためにどこまで協力できる?」
俺の問い掛けにアリシアが笑顔で頷いた。




