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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
二章 峡谷都市スミュレバレー
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47 フォルテの味


 祝賀会。事件の解決祝いとして、レストラン・フォルテに足を運んでいた。


 木材が手に入りにくいこの場所では珍しい、木材を主とした建物に、コジャレたベルの装飾のなされた扉が一つ。そんな見覚えのある扉を押し開いた。すると、開かれた扉から、熱気と共に絶望が滲み出してきた。


 まず、最初に聞こえてきたのはむさ苦しい声援。声だけで気温がぐっと押し上げられ、以前訪れた時と季節が変わってしまったのではないかと疑ってしまうほどだった。


「頑張れ」

「まだ食べれる!」

「食べるんだぁ!」


 男女入り交じる声援が鼓膜を叩く。素直に言えば煩い。さらに空元気さが相まって余計に苦しさが伝わってくる。


 俺とアリシアとレフィは顔を見合わせると、駆け足で店内の奥へと向かった。すると、中央の一席を囲んだ冒険者の姿があった。


 うわぁ。これか……。


 まず一目見てドン引き。そして、ウェイターに付きまとい耳元で声援を送る冒険者の姿を見て戦慄した。

 よくまあ、こんなおぞましい空間を作り出せたものだ。あの魔人のチャックでさえも、ここまで不快感のある空間を作り出すのは不可能だろう。


 まあ、そんな感想は置いておいて、速やかに状況を打開する必要がある。そのためには……。


「おまえらぁ!! 怪我人ふっかぁつ!! これからは宴だ! 飲んで、食って、踊って、歌って。楽しんでいこうぜ!」


 俺は彼らの責務の終了を声高に宣言した。すると、一斉に視線が俺の元に集まり、歓喜とも安堵ともとれる表情へと変わった。そして、全一同が顔は顔を見合わせてから、再びこちらを向いた。


「「おおお!!」」


 そんな歓喜の掛け声とともに、ルリエ応援団はようやく責務から解放され、次々と運ばれてきていた料理に手を伸ばし始めた。


 取り敢えずは一件落着だ。


「にしても、こいつらすごいな。ノリと勢いと集団心理で生きているんだろうな」


「アイト。流石に失礼じゃないかな。多分だけど、上からの命令で従うしかなかったんだよ。今なんてさっきまでの必死さはないじゃないか」


「まあ、確かに」


 納得できるからこそ、ルナの影響力に恐怖した。接したかぎりでは、そこまで人を強制させるような威圧感は感じなかったが、怒ったときのパワーは馬鹿にならないのだろう。つまり、俺の憶測では、特級のヒーラーに力業で丸め込まれているわけだ。そしてこの場合、ここにいる冒険者が弱いのではなく、ルナが異常なまでに強すぎるだけだ。


「うーん。『女運C』かな」


 それだけで解決したい。ルナについて深く考えたくなかった。


「アリシアさん! カルボが運ばれてきましたよ!」


「おぉ! 本当じゃないか! 食べてもいいんだよね? ね? アイト!」


「勿論。二人とも頑張ったんだし思う存分にな。でも、俺はちょっと用事があるから少し開ける」


 そう言うと二人はきょとんとした顔で俺の目を見た。


「大事な用事ですか?」


「スッゴい大事」


「……わかった任せるよ」


 何かを察したように二人が真剣な面持ちになった。そんな二人に俺は声音を変えて説明した。


「あれ? 別にそんな緊迫するような用事じゃなくて、シェフを助けいくだけなんだけど」


「紛らわしい!!」

「紛らわしいです!」


 いや、俺悪くないじゃん!


 そんな風に思いはしたが、二対一だ。多勢に無勢なのでわざわざ言い返しはしなかった。ちょっとした罵倒が飛び交いはしたが、目的優先で急いでキッチンに向かう。

 鉄製の薄い扉。これから先がキッチンだろう。さてどんな地獄が待っているやら。


 俺はそっと扉を押し開いた。すると、予想していたよりも平和な世界がそこには広がっていた。


「おら! てめぇら冒険者だろ! もっときっちり働け! 焦げるぞ! こ・げ・る・ぞ!」


「ひいー」


「てめえ、まだ皿洗い終わってねぇのかぁ? 普段家で何してやがる? 全部奥さん任せか?」


「ち、違います! ボス!」


 こき使われる冒険者の姿がそこにはあった。自慢の装備は厨房の片隅に鎮座し、着なれないであろう制服に身を包む。捲し上げられた袖の下から覗かせる料理とは無縁のゴツゴツとした粗暴な腕。彼らがS級だろうがなんだろうが関係なく、この厨房のボスに従っていた。


 そんな中で現れた第三者の存在を見つけて、冒険者の悲壮感を滲ませた瞳が輝いた。


 俺の目的はシェフを助けることで、お手伝いが厨房にいてくれるのであれば、むしろ放置しておくこと方が助けになると思う。冒険者の方は確かに助けて欲しそうにはしている。しかし、それなりに名の知れた高ランクの冒険者だ。そちらの方は自分で何とかするだろう。


 そうして、私情を差し引いた決断を下し、二人の冒険者に向かってウインクをした。すると、さぞや安堵したのか目に見えてわかる程に肩から力が抜けた。


 入り口に立ったままだと、そろそろとばっちりを受けそうだな。


 そんな風に思った矢先、少し余裕ができたのか、シェフがついにこちらを睨み付けてきた。


「おまえ何してやがる? ここは一般人立入禁止の厨房だぞ」


「はい。そうですねー。すみません。お手洗いと間違えましたー」


 そう言って三人に向かって背を向けた。すると後ろの二人から落胆の声が微かに聞こえた。


「別に恨みがあったわけじゃない。でも、まあ? できる冒険者ならこの程度のピンチ切り抜けられるさ」


 そう一人呟いて顔を綻ばせると、数秒前開いた扉を軽快に開き、元気よくもといた席へと向かった。途中同じく働かされ始めたウエイタータイプの冒険者にも出会ったが、手に持ったカルボの皿だけを受け取り、なに食わぬ顔で席に着いた。

 席には俺の他にはアリシアとレフィの二人だけで、遅れて到着したであろうウェードは、ルリエのテーブルに着き、色々と看病をしていた。


「シェフは助けられた?」


「うん。すごい助かってそうだった」


「ん? 主観的な感想だね。ちょっと不安かも……」


「大丈夫。大丈夫。上手くやれてるさ。それよりテーブルに料理は整ったな」


 持ってきたカルボの置き場に戸惑うほど、テーブルは様々な料理で埋め尽くされていた。高低豊かに、華やかな盛り付けのされたサラダ。程よくつまめる一口サイズの肉料理。湖でとれたであろう魚のムニエル。

 決して裕福な育ちではない俺にとっては、目の前に広がる料理の数々は宝の山でも見ているようで、非現実感があった。


「まっ、幻でもないし、毒も入ってないし。安心して喉を通せる。いつまでも、見てても仕方ないし、頂こう!」


「「「頂きます!」」」


 そうして、俺たちの祝賀会は始まった。

 最初は食事だけだったが、ノリの良い冒険者たちに絡まれ、早食いだの、ダンスだのちょっとした見せ物だのが店を賑やかにした。


 俺は以前とは違った賑やかさに満足していた。けれど、そんな中で見慣れないウェイターが料理を運んでくるのを見ると、物足りなさを感じてしまう。


「……どんな奴にも必要とされる場所があるんだな」


 決して誰に対して話したつもりではなかったが、機嫌よくカルボを食べるアリシアが適当に答えた。


「逆に不必要な奴がいないんだよ。適材適所。その組み合わせが上手くいっていないから、そう見えるけど、決して不必要な奴はいない」


 アリシアがどれだけ真面目に答えたのかはわからなかった。目は依然としてカルボに向いたままだし、食べながら話しているので、深く考えていたわけではないのだろう。しかし、アリシアの言葉はひどく胸に残る。


 適材適所か。チャックの役割は魔人の一員ではなくて、ただの一人の出来るウェイターだったのかもしれない。例えそれが本人の意思とは違い、偽りだったとしても、ウェイターであったチャックの姿は様になっていた。

 彼一人が欠けるだけで、この店は違う方向へと向いた気がする。


 今と前の差を果たして素直に喜んでいいものなのか……。


 そんな事を目を伏せて考えていると、目の前に重量感のあるジョッキが置かれた。

 独特な薬のような香り。泡立つ表面。冷えたジョッキを覆う結露。


「お酒だよ! アイト!」


「ああ、酒だな。飲むつもりないんだけど」


 俺は注文をした覚えがない発泡酒を見つめた。


「えっ! 確かこの世界は、十五からは飲めるよね?」


「飲めるけども……。俺は遠慮かな」


 今ある感情を酒を飲んで曖昧にしたくなかった。この大事な感情を呑み込み消化したかったのだ。


 そんな俺の心情を汲んでいるわけではないのだろうが、タイミングよくアリシアがジョッキを持った。


「じゃあ、アイトには悪いけれど頂かせもらいます! この世界初のお酒! 美味しいかなぁ」


 冷えたジョッキの飲み口にアリシアの唇が触れた。結露がアリシアの唇を優しく濡らす。

 一瞬だけそんな艶やかな場面に衝突したが、すぐにジョッキを大胆に傾け中の液体を体内に流し込むアリシアの姿を目にして正気に戻った。そして、アリシアはジョッキを口から離すと、豪快にテーブルの上に置いた。


「ぷっはぁ! あー。まっずい!」


「あぁ、そうか。まずかったのか。よかっ……まずいの!?」


 あまりにいい飲みっぷりで、清々しい表情だったので騙されたが、今アリシアは確かにまずいと言った。これ程まで、まずい物を美味しそうに飲む人間は初めて見る。


「凄いよこれ。粘着質の彼氏のように付きまとう苦味。消しても消しきれないアルコールの臭気。そして、内側から胃を圧迫する炭酸。私の毒の方がまだましな味がするよ」


「おい! 嬉々としてまずい説明をすんなよ。表情との差がありすぎて混乱するからさ!」


「いえ、アイトさん! もしかしたら、美味しい物を不味いと言っているのかもしれません!」


 レフィが的はずれとも言えない推測をした。


「不味いよ」


 しかし、レフィの推測を聞いてもアリシアの評価一向に変わらなかった。本当に不味いのかもしれない。


 ――気になるけど、飲まない。


「私が飲んで確かめます」


「大丈夫なのかい? 獣人って成長が遅いんじゃなかったのかい? お酒を飲める年齢も私たちとは違そうだけど」


「私たちは三十歳からですけど、二十八も対して変わりません」


「えっ! いいの?」


 「えっ! いいの?」と俺も心の中で言っていた。珍しくアリシアと同意で、普通に心配だった。それと同時に、ルールに厳しそうな印象のあるレフィが、こんな風に曖昧な基準で判断をしたのが意外だった。

 これが本当のレフィの姿なのかもしれない。腹の中を俺とアリシアに話したことで、俺たちに対する壁が限りなく低くなったのだろう。こうして、気を許して俺たちと接してくれるのは、素直に喜ばしい。


「では! 頂きます!」


「やめた方が……あぁ! 飲んじゃったよ」


 アリシアとは違い、おしとやかにジョッキの底を支えて飲むレフィ。しかし、飲む速さは尋常じゃなく、ジョッキの中の液体はみるみる内に消えていった。最後にはジョッキの内側に僅かに泡を残しただけで、完全に飲みきってしまった。


 静かにジョッキがテーブルに置かれ、レフィは普段と対して変わらない表情でアリシアを見ていた。


 嵐の前の静けさ。そんな言葉が脳裏を過った。


「……アイトさん。小さくて、可愛いですね。美味しそうです」


 そんなことを言って、隣に座っていたアリシアをレフィが襲った。


「うんわぁ! どうしたんだい!? レフィちゃん! 落ち着いて! 落ち着いて!」


「遊びましょうよぉ。アイトさん」


「私はアイトじゃないっの! 力強いよ! 助けてアイトォ!」


 もがき苦しむアリシアの頭にレフィが噛みついた。あま噛みだろうか? レフィは見た目こそ人に近いが、獣の血も混ざっている。よく猫や犬がじゃれて噛みつくような姿を目撃するが、レフィの行動もそれに近いのかもしれない。噛みついている箇所も、獣人の耳がある付近であったり、首もとであったりとそれっぽい。


「うーん。普段は甘えたりしないしな。本来抑え込まれていた幼さが、酒によって制御が効かなくなったんだろうな」


「変な推測してないで、助けてお願い!!」


「まっ、仕方ないし助けるか」


 そう思い立ち上がると、ふとして店内に入ってきた人影と目が会った。


 赤く腫れぼったい目。それとは対照的な青い瞳が、俺の姿を捉えていた。そして、その人物は微かに微笑むと、手招きをした。


「……悪いアリシア。用事ができた。あとは自分で頑張ってくれ!」


「ちょっとアイト!! 助ける素振りだけしてそれはぁぁぉ!! 舐めないでぇ!! レフィちゃんっーー」


 アリシアの悲鳴が聞こえたが、御愁傷様と言うことで割り切り、人影を追って賑やかな店内から外へと出た。


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