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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
二章 峡谷都市スミュレバレー
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45 最高のパーティー


 二人にあとのことを託したのが、ついさっきに感じた。


 意識が戻って最初に思ったのはそんなどうでもいいことだった。


 目はまだ瞑ったままで、頭の中を軽く整理する。

 この背中に当たる布団の感触は、おそらくベッドの上。察するに最初の宿にまた戻ってきたのだろう。意識を失う前に感じていた全身の激痛は跡形もなく消え去り、体、意識ともに絶好調だった。


 それでも、ほんの少しの恐怖があって、目を開けてすぐに見える自分の姿が、悲惨なものへと成り果てているかもと思うと、気安く目を開けることも出来なかった。


 そんな一抹の不安を感じつつ、俺は最後に軽く手の感覚を確かめてから、布団の中から上に向かって手を伸ばし、目を開いた。


 そこにあったのはいつも通りの見慣れた手だった。傷一つなく、汚れもない。


「……。ふぅ。無事か。傷一つないなんて、流石レフィだな」


「うーん? それは私の手柄なんだけれど?」


「え?」


 不意にかけられた聞き慣れない声で、自分の腕に合わせられていたピントが声の主の方へと向いた。

 

 青い髪に青い瞳。まさかっ!


「『聖女』ルナ・エクシスさん!? うおっ! 本物だぁぁ! カインみたいな節操のない青色じゃなくて、清楚さのある青い髪! 同じく青空のような澄んだ瞳! うわっ!うわっ! ヤバい! めっちゃ美人! すげぇ!」  


「あの……アイトくん?」


「うわ! 声めっちゃきれい。細々とした繊細な声でありながらも、本人の強い意思が感じられる声! もうっ、最っっ高!」


「……」


 いや、まさかこんな所でルナさんに出会すことになるとは……。生きてて良かったぁ。

 俺はルナの手を両手で掴むと自分の胸元に手繰り寄せる。


「あのサインいいですか? えっと、この服……は破れそうだしな。そうだ! 剣に……鞘にお願いします」


「ちょっと待ってくれないかしら? 優先順位って大事だと思うわ」


 俺から目を背けながら、距離を置こうとするルナにより一層詰めよった。何せあの特級冒険者だ。身近にいたトロとは違い、次いつ会えるかもわからない有名人だ。優先順位云々でいうとしたら、今の俺にとっては何事にも変えがたい程大事だった。


 絶対にサインを貰う。


 そう決心し、より強くルナに切望しようとした最中、ほとんど音もなく部屋の扉が開かれた。


「うわっ」

「えっ!」


 そこにはアリシアとレフィがいた。どうやら二人とも無事だったようだ。

 しかし、悲願の再開というのに、各々が見せた表情は喜びとはかけ離れたものだった。アリシアはかなり引きぎみで、レフィは驚愕していた。


 気持ちはわかる。何せあの特級冒険者とこうして握手しているのだから。驚きも、特級冒険者に恐れ多いと感じるのも理解できる。


「ほら! 二人ともこの人が『聖女』ルナ・エクシスさんだ。今、丁度サインを……」


「少しの時間女性と二人きりになっただけでこれだなんて……。見境なさすぎるんじゃないのかな? 獣くん?」

「まさかこんな人だとは思っていませんでした。誰にでもなんですね。失望です」


「おい! ちょっと待て! そんなっ。誤解だぁ!」


 握っていたルナの手を離すと、ルナは一目散に距離をとって、部屋の角で俺を指差した。


「変態……」


 ビキッ!


 確かに何かが割れる音がした。心の大事な部分が粉々に砕けちり、俺の意識が遠退いていく。視界はぼやけてよく見えない。心なしか呼吸もしづらくなった。


「あ、あれ?」


 こうして、俺の『聖女』との初めての遭遇は、苦い思い出として刻まれた。



「成る程。理解はしたわ。つまり君は、特級冒険者が好きすぎて、あんな真似に走ったのね」


「すみません。つい舞い上がっちゃいまして、だってあのルナさんだったので」


 アリシアとレフィの仲裁により、互いに落ち着きを取り戻し、冷静に会話を始めた。できることなら、目覚めてからの俺の記憶は、ここから始まって欲しい。黒歴史は忘れたい。

 そんな風に思う俺に対して、ルナは少し怒っていそうだったが、温厚に話を進めてくれた。流石は『聖女』。中身を含めて伊達ではないのだ。


「ちなみに、さっき私のことについて事細かく話していたけれど、あれはストーカーとかではないのよね? かなり恐かったから、そこのところは明らかにしておきたいのだけれど」


「勿論です。聞き及んでいた情報を話しただけです」


「証明できる?」


 証明……。彼女に対して詳しいことは弁明できない。となると求められているのは他の特級についても詳しいかどうかだろう。つまりは、ルナ単体に詳しいのか、特級冒険者全体に詳しいのかがマニアかストーカーかの分水嶺になるわけだ。間違っても変なことは言えない。

 となると、一人ずつの情報を言っていくか。できるだけマイナーなのを……。


「……マスター・トロは実は百歳を越えていて、先代勇者との面識がある」


「えっ! そうなの!?」

「本当ですか!」

「長生きなんだねぇ」


 と感想が述べられた。しかし、この反応からして、俺の潔白の証明にはなっていないのだろう。なぜなら……


「スゴいって思ったけど、私たちに真偽を判断できないわね」


「それです。今言おうと思ってました」


「じゃあ。もっと身近な人で。うちのもう一人方の」


「『結界師』ハル・ノシアンですね。となると……」


 ハル・ノシアン。特級冒険者には様々な異名が付けられたりする。彼に付けられた異名は二つ。一つは『結界師』。そして、もう一つはトロと同じ『最速』だ。二つ目の方で、トロと同じ『最速』ならどちらが速いのかなんて質問をしている人もたまに見かけるが、実は同じ『最速』でも意味が全く違かったりもする。


 さて、そんな彼のどんな情報を言えばいいのだろうか。噂や通説は伝わらないだろうし、もっと目に見えて判断できる内容がいいだろう。となれば……


「実はぬいぐるみを作る趣味があるとか」


「おお! 確かにそうね! でも、結構有名な話じゃない? うちのギルドメンバーなら大体知ってるわ」


「じゃあ、こっちはどうですか。ハルちゃんと呼ばれると呼んだ相手を半殺しにする。でも、例外的にルナさんだけは許されてる」


「凄い……。ほんとに知ってるのね」


 ルナは目を瞬かせた。かなり正確な情報だったので多少面食らっているのだろう。俺は満足感と、汚名から一足分離れられた安心感から肩を脱力させた。


「これで満足できましたか?」


「うん。ありがとう。納得したわ。でも、あれね。あまり女性を恐がらせるような真似は感心できないわ。気を付けてね!」


 ある程度警戒を解いてくれたのか、かなり表情が穏やかになり、声音も軽やかになった。

 アリシアとレフィの方も納得したのか、先程まで向けていた軽蔑の眼差しを引っ込めている。特にアリシアに関しては、もっと知りたいのか、数秒前とは違い目を輝かせていた。


「ちなみにさ。特級冒険者全員の情報を知っているのかい?」


「ん? いや、流石に。俺が知っているのは五年前ぐらいの、古参の情報だから……」


「ん? 古参?」


 ルナが満面の笑みで、平坦な声音で繰り返した。


 ヤバい。地雷だった。


「すみません! 部分的に若い人の情報も知ってます! ルナ様みたいな!」


「よろしい」


 よろしくない! と叫びたかった。しかし、そんなことを叫ぼうものなら800を越える筋力によって、俺が絞められてしまうので言葉を飲み込んだ。


 この人も感情の触れ幅が大きかったか……。年齢に関してのタブーはないと思っていたのだが、五年の時を経て危機感を抱くようになったのかもしれない。


「……うっと、ともかく俺の汚名が拭われたのなら、話を本題に戻そう」


「そうだよ! 色々と話をしなくちゃいけないことがあるんだからさ」 


「ルナさん。サインを下さい」


「それじゃないんだよ。アイト……」


 例え何があろうとそこだけは譲れないのだ。これが特級冒険者マニアの意地だ。

 そんな俺の様子に飽きれてなのか、ルナは微笑むと俺の持っていた剣の鞘に淡々と文字を刻んだ。


「はい、どうぞ。危ない人じゃなくて、ただ純粋に私たちを応援してくれてるんだったら、渋る必要もないから。大事にしなさい。私サインなんてしたことないんだから」


「うっわぁ!! ありがとうございます! ほら、見てみろよ二人とも! 本物のサインだ! うわー来て良かった峡谷都市」


「もう私は突っ込まないからね」


 冷ややかな視線に晒されながらも、十分ほどサインを凝視し、充実した時間を過ごした。そして時間が経ち、徐々に冷静な思考に戻り、ようやく大事なことに気が付いた。


「そう言えば、治療の方のお礼もしてませんでした。ありがとうございました。」


 興奮しすぎて順序が乱れていたが、改めて治療に対しての礼を言って頭を下げた。

 俺の目が覚めて、第一に出会ったのがルナだった。つまりは、彼女が付きっきりで看病してくれたことになる。ろくに顔も知らない相手にそこまでしてくれるのだ。大したヒーラー魂。流石は特級冒険者だ。

 俺が頭を上げると、ルナはやれやれと首を振っていた。


「ついでみたいで複雑な気分ね。でも、どういたしまして。次からは無茶しないのよっ」


 そう言って、ルナは俺の額をつついた。一応は病み上がりなので、気を遣ってくれたのか、指先にかけられた力は優しかった。


「あと、アリシア、レフィ。ありがとな。アリシアの毒があったからチャックに勝てた。レフィの回復があったから無事目覚めることが出来た。ほんとに助けられたよ」


 お世辞抜きで本心だった。肉体だけを酷使した俺とは違い、仲間の命を左右させる選択と行動を二人は背負ってくれた。そして、苦労の末、成し遂げてくれたのだ。なので、俺が抱いていたのは、曇り一つない感謝の気持ちだった。

 

 俺の感謝を聞いて、微かに二人の瞳がうるんだ気がした。それだけ苦労をかけたのだろう。


「アイト……」

「アイトさん……」


 二人は顔を俯かせて、俺の名を呟いた。そして、感極まってか、俺目掛けて二人が飛び付いてきた。


「うおっ!」


「「お疲れ様」」


 両肩に二人の顔が乗っかるような形で、俺は先程まで寝ていたベッドに押し倒された。普段であれば、重いだのなんだのと冗談めかすのだが、流石に今回はそんなことはしない。

 

 一人用のベッドに三人の体重がかかり、布団が深く沈む。宙に浮いていた両の手が、ふわりと自然な形で二人の頭を撫でる。


 パーティーに恵まれていない……ってのは間違いだったかな。


「ああ。ありがとう。そして、アリシア、レフィ。二人ともお疲れ様」


「「うん」」


 心地よい重量感に味わいながら、感慨深く俺は目を細めた。頬に当たる二人の髪の感触がくすぐったいが心地よい。ああ、なんて……


 ――最高なパーティーなんだろうか――


 俺は二人との再開を心から喜び、改めてこの峡谷都市での事件の終息を実感した。



 実は今年最後の投稿ってことに気付いた今日。おおよそ一年で二章途中までで70話。評価やブックマークの数を見ると成長が感じられました。本当は一年で二章ずつで進めるつもりでしたが、甘くはなかったですね。

 では終わりに、皆さん一年お疲れさまでした!!そして、ご愛読ありがとうございました!!また来年!!


 良いお年をっっ!!

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