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2 ハズレ


 パーティーを結成することとなった俺は、可能な限りの優しい表情で微笑んでいた。


 それはそれは満面の笑みで、生まれてこのかた、これ程までに和やかな表情をしたことがあっただろうか。

 俺はそんな表情のまま右手で手招きをした。すると、アリシアは無垢な表情で顔を近付ける。どうやら褒められるとでも思っているようだ。そんな期待したような眼差しをしたアリシアの額を俺はなんの躊躇もなく人差し指で弾いた。


「イッッタイ! 何するのさ!」


「パーティーにはなるが、それ以前に言いたいことがある。わざわざ危険に飛び込むなんて何を考えているんだ! 最弱って豪語する男に任せて、無謀も良いとこだぞ。『そ・れ・に!』だ。自分だけ高みの見物ってのは、パーティーとしてどうなんだ?」


 大人げないとは思うが、俺は全く遠慮することなく言いたいことを言い切って鼻を膨らませる。


 今のところだが、単純な利点だけ考えると、アリシアがいて良かったと思うところが一度もない。思い返せば、騎士から助けて指名手配。森に入ってゴブリンを擦り付けられる。どう考えても百害あって一理無しだ。

 いや、今しがた精神的に救われたから、利が無いわけではなかったか。そこは素直に感謝すべきだろう。でも恩を感じるからと言っても俺を、更にはアリシア自身を危険に晒すのは、どうしても許せない。むしろ、恩を感じるからこそ、下手に危険に飛び込んでほしくなかった。


 容赦ない一撃を受けたアリシアは、それは大層痛そうに頭を押さえて、汚れることも構わず地面を転がっていた。ゴロゴロゴロゴロゴロ――チラッ。……ゴロゴロ……


「……大袈裟だっ! それに今俺の様子を見たろ! そうやってやれば、少しは罪悪感が生まれるとでも思ったのか? 残念だけど僅かに抱いていた罪悪感もチラ見のお陰で綺麗に姿を消したからな!」


 するとアリシアは、こちらに背を向けた体勢で固まり沈黙した。そして、鼻を啜る音が耳に入り、嫌な予感が俺の頭を過った。

 その予感は見事に的中。すぐに此方に振り返ったアリシアは、その目に涙を溜め込み、口をきつく結んでいた。口角が迷ったように何度か上下して、ついに口を開いた。


「最低! 最低! この穀潰し。女の子に! しかもヒロインに! 暴力を振るって、暴言吐くなんて最低だよ。うわぁん。私はこれから奴隷のようにパーティーでこきつかわれるんだぁ。この世界線は立場の低い設定からの下克上だったんだ! 最低だよ。そんなハードモード求めてないのにぃ。グスグス」


 と、栓を切ったように喚き散らかし、幼稚な泣き言や虚言が静まり返った森に木霊する。頭を乱暴に振っているせいで、地面に落ちた枯れ葉だの枝だのがアリシアの手入れされた黒髪に付着する。


 こいつプライド無いのか? ――俺も人のこと言えないけど。


「ああ、うるさい。わかった、わかったから、俺が少し言い過ぎた。だから泣き止め。頼むから」


「グスッ。ホントに?」


 けっこうアザとく上目使いで視線を送られ、たじろぎながら視線を逸らす。


「ああ、悪かった」


 謝罪を受けて落ち着いたのか、アリシアは髪に付いた汚れを払い地面の上に正座をした。その動作につられるように俺も膝を付き、同じ姿勢で次の言葉を待った。


「気付いて無いと思うけど、そのデコピンかなり痛いんだよ。皮膚が硬くなっているんだから、それはもう鉄でどつかれたよう衝撃なんだ。ほら、赤くなってるでしょ」


 わざわざ俺に見えるように束ねられた前髪を上げる。確かにそこには、俺が付けたであろう赤い跡が、くっきりと残っていた。

 アリシアは自分のステータスプレートを取り出し「それに」と話を続ける。


「体力減ってるだからね。ほら、10も減ってる!」


「そんなバカな……!」


 アリシアのステータスプレートを覗き込むと黄色く170と表示されていた。ステータスは状況によって数字の色が変化する。体力は100%だと白。100%未満~30%以上で黄色。30%未満で赤の表示になる。ちなみにバフによって攻撃力などの表示の色も変化はする。

 なので減少した数値が実際に10なのかまでは定かではないが、ダメージを受けたことは明らかだった。


 俺は顔をしかめて表示された数字を指差した。


「も、もとからダメージが入ってたかも知れないだろ!」


「聞き苦しい反論だなぁ。ここまでアイトと一緒だったんだ。分かるんじゃないかな?」


 リンドの街の城壁に空いた抜け道から逃げ出し、適当に夜営。行商人や旅人などが普段から使う街道から外れ、広大なミルの大森林へと突入。そして今に至るわけだ。ダメージを負うタイミングなど見当たらない。


「でも、デコピンで10ダメージなんて、筋力100のお子さまには出来かねる」


 はぁ。と諦めたようにアリシアは息を吐く。


「いい加減認めたまえよ。冒険者君。現実逃避は美しくない。だいたい、何でそこまで頑として認めようとしないんだい? 特段怒っている訳でもないのに。よっぽど人を信用できない環境で育ったのかな?」


「人は優しかった。……人はな!」


 語尾を強調して言い切った。産まれてこのかた関わってきた人間に、性悪な人間はおろか、普通の人間もいた記憶がない。どいつもこいつも病的な程に器の大きな出来た人間しかいない。


 尚、女神は例外。


 指先を回し、俺はステータスプレートを広げた。アリシアの言っていることが本当なら、ステータスに何かしらの変化があってもおかしくないと思ったのだ。

実際に開いてみると、なるほど確かに筋力100にはできかねたようだ。


 『100には』


ステータス

 体力 100 

 筋力 130 

 魔法攻撃力 2

 物理防御 51

 魔法防御 30

 敏捷 70

 MP 10


「筋力が……上がってる!?」


 今までトレーニングを積み重ねて、筋肉質な肉体を作り上げたのにも関わらず、テコでも動かなかった100が、なんと30も増加している。たった一匹のゴブリンで30なんて……。

 幼い頃からの悲願が叶い、つい目頭が熱くなる。たった一日二日でここまで浮き沈みするとは、人生何があるか分からない。


「ゴブリン一匹で今までの努力以上とか、いろんな意味で泣けてくるな。ほんとどうなってんだろ……」


 嫌味のように聞こえるかもしれないが、実際そんな負の感情は無く、ただただ嬉しさで満たされていた。


「なるほどなるほど。つまりはこの世界ではモンスターを倒すことで得られる経験値の方が高いのか。そして逆に、トレーニングなんかで基礎体力を上げたところで、ステータスに大した変化はないと」


 アリシアは一人納得したように顎を撫でる。それとは正反対で理解できない俺は首をかしげた。


「ん? どういうことだ?」


「簡単な話さ。トレーニングでは経験値が得られず、モンスターからは得られるってこと。上がり幅については憶測になるんだけど、戦闘で必要となった能力値が上昇している。もしくは倒した敵によって上昇する値が決まっている。見た感じでは前者のようだけれどね」


 そう言ってアリシアは、俺のステータスプレートに指を伸ばした。ちょうど物理防御力の箇所。俺は半信半疑で見つめ、そこに記された数値に目を細めた。


 物理防御力 51


「この1の上昇は物理ダメージを受けたからだと思う。攻撃力はゴブリンを殴り付けた事が大きかったのかな」


 確かにそれならば納得がいく箇所がある。筋力の増加。敏捷の変化のなさ。一見無鉄砲でなにも考えていないようなアリシアだったが、こう見えて、物事を推察する能力には長けているようだ。

 アリシアの推論に相づちを打って納得する。ただ、やはり話せば話すほど疑念が頭を過る。その疑念を俺は迷いなく口に出してみた。


「なぁ。『この世界では』とか言ってるけど、アリシア。お前って結局のところ何なの?」


「本質を突いたえらく人を傷付ける言い回しだね。せめてこう、『あなたはどこから来たの?パチパチ』。みたいなメルヘンな感じで訊いてほしいかな」


「あーはいはい。そういうのいいから」


 パチパチと瞬きをして演技をするアリシアを逃がすべく、本質へと踏み込む。あまりの塩らしい対応に悄気しょげるアリシアだが、真面目な話だと理解したのか、覚悟を決めて深呼吸をする。そして、右手を胸に当てて声高らかに言い切った。


「私は異世界からやって来た勇者アリシア・シャンデ。ある世界では魔王を倒し、またある世界では魔王を倒し。知る人ぞ知る魔王殺しのエキスパート。そして、この世界においては最弱にも近い、癖の強いスキルを授かり、今の今まで全く魔王攻略が進められていない、ただのか弱い少女だよ!!」


 シーン。二人の間に沈黙が流れる。森で鳴いていた鳥たちも空気を読んだように沈黙し、冷たい空気が頬を撫でる。

 虚言の類いを口走る残念な子と言うのが、ここまでの間に導きだした答えだったが、その評価はどうやら間違えだったようだ。


 成長期でまだ発展途上と思われる細やかな胸を張り、自信満々に言い放つアリシアを、流し目で見ながら距離を取った。


「解釈すると、自分が異世界の英雄だと勘違いした、可愛そうな子供か……」


 よくよく見るとあんまり頭も良くなさそうだし。


「違う! 違うんだ! ホントのホントに! 勇者!」


「あーはいはい。勇者なら俺の身近にいるぐらいだし、どこにでもいるんだろうな」


「キー! 絶対信じてないよ」


「はぁ、ハズレ引いたな」


 結局最初の疑問であったアリシアについての詳細は得てか、不得手かはぐらかされる形で消失した。アリシアの方は不満があるようで、いっときの間は頬を膨らませていたがモンスターと遭遇する頃には普段通りに戻っていた。





 数匹ゴブリンを倒しながら進んでいると、いつの間にか昼下がりになっていた。日が真上から差し込み、俺は眩しさに目を細めた。


「ふう」


「ん? 疲れた? 休憩にするかい?」


「いや、まだまだ」


 足元に転がった一匹のゴブリンの死体に目もくれず、残りの逃げた数匹を追うため足を動かす。

 

「休憩も大事じゃないのかな。早く森を出たい気持ちは分かるけれど」


 アリシアが不安げに顔を覗き込んできた。


「ダメージは少ないかも知れないけど、疲労もあるんだから無理は……」


「違う違う。心配してくれてるのは嬉しいけど、別に焦ってるわけじゃないんだ」


「ん? なら、どうしてだい?」


「楽しいんだよ」


 そう、楽しかったのだ。努力をすることはあまり好きじゃないのだが、今回はどうしてか楽しいのだ。


「今までは、疑心暗鬼で努力してきたし、実際効果も殆ど出なかったしで散々だったんだ。でも、こうして目に見える形で、成長が味わえると楽しくて体が動くんだ」


 成長が味わえる。――自分はまだ先に進めると。


「ふーん。その気持ち分かるなぁ。最初から俺つえーのゲームよりも、レベリングを楽しむゲームの方が私も好きだからさ」


 相変わらずよく分からない例えだが、共感してくれているようだった。ぼんやりと思い返すような姿からして、実体件でもあるのだろう。


「納得してくれたなら先に進むぞ! まだまだ成長できる気がする」


「納得はしたからこそ、ここは休憩しよう。僅かでもダメージも残っているだろうからね」


「いや、大丈夫だって。ダメージなんて『自然治癒』でもう殆ど回復してるから」


 ちなみに『自然治癒』とは、ダメージを回復魔法やポーション以外で回復する唯一の方法だ。誰しもが産まれたときから持っており、スキルとは別だ。四肢の欠如や内臓の破裂、重度な病などの特別な身体の状態で無い限り常に働いている。一分に一回、体力が1回復力する。

 なので、たまに食らう1ダメージは戦い終わった後には大抵回復しているのだ。


「体力の問題じゃないさ。体と頭の疲労の問題。アイトの場合は拳で戦うなんて効率が悪いやり方だから、疲労もすごい筈だよ」


「大丈夫だって。ここのモンスターは弱いし、これぐらいなら」


「ここは初心者殺しの蒼の森だよ?」


 その効果的すぎた一言で俺は我に返る。


 アリシアが何を伝えたかったのか。それは単純にきついから休もうなんてものじゃなかった。蒼の森に対する警戒。それと、油断をした俺の気を引き締めさせるためだったのだ。


 アリシアの一言で頭が冷やされ、ようやく足を止めた。


「悪い。お前なりに考えていたんだな」


「皆まで言わなくともいいさ。だってパーティーじゃないか」


 周囲の安全を確認すると、アリシアと共に地べたに腰を下ろした。


「ほんっと怖いな。蒼の森」


「二重の森の構造に高価な魔石。目が眩んだ人から姿を消すことに……」


「俺が悪かったから、怖い話やめて?」 


 弱いモンスターと小川、見通しも悪くはない。人を油断させる蒼の森に恐怖を覚える。ここまで来ると、人為的な悪意を疑ってしまうほどだ。


「ともあれ、ちょっと休憩してゴブリン狩り始めるぞ」


「そうだね。初心者らしく、ゆっくりいこう」


 そして、俺たちは束の間のブレイクタイムを味わうのだった。 


 異世界に中二病は存在しない。つまり、皆からのアリシアに対する評価は変人になる。……ドンマイ!

 

*楽しんで貰えたら高評価、ブックマーク是非是非お願いします!励みになります!

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