表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
二章 峡谷都市スミュレバレー
66/369

41 磐石を潜れ!

 

 傷だらけのアリシアだったが幸い軽傷で、体に付着した血液は、どうやら全てが自分のものではないようで、むしろ他の血の方が多いようだった。

 そんなアリシアは体を拭くよりも、体力を回復するよりも前に、俺達に頭を下げていた。


「ごめんなさい!! 私のせいで二人に迷惑をかけたし、心配させちゃった。本当にごめんなさい!」


 アリシアの表情はいつにもまして真剣で、ふざけた調子を微塵も感じなかった。そんなアリシアに対して、俺は拳を振り上げる。それを見たアリシアは咄嗟に目を瞑った。


 振り下ろした俺の拳は、アリシアの頭上の少し上で砕けて、微かに残った重さを残して頭を撫でる。


「えっ?」


「無事でよかった。本気で心配した」


 心配だったのだ。怒りを忘れてしまうほどに。魔獣に襲われたらどうしよう。行方不明になったらどうしよう。サラマンダーにやられたらどうしよう。そんな心配だけが積もり重なり、俺の心は壊れそうにさえなっていた。


 でも、こうして生きていてくれた。それだけで十分だ。


 今だけは謝罪なんていらなかった。ただその明るい笑顔で、調子づいた態度で、変わりなくそこにいてくれれば良かったのだ。

 だから、俺はこれ以上の言葉は出てこなかったのだ。『無事でよかったと』。


「心配でしたよ。アリシアさん。私の鼻でも中々見つからなかったので、どうしたのかと」


「ごめんね。レフィちゃん。心配をかけたね」


 疲れが溜まっていたのか、アリシアはもう一度謝罪の言葉を述べると、そっと地面に腰を下ろした。それを見て俺とレフィも釣られるように座る。


 三人の中心の焚き火が、赤と黄の優しい色彩で揺れる。そのせいか、俺の心は暖かさに包まれていた。


 俺はそっと炎から斜め横へと目を反らす。横たわる二人の冒険者。体の動きは止めているが、虚ろな目が俺たちの様子を伺うように動き回るのでかなり心配だった。

 そんな状態でもあったので、この空気感に名残惜しさこそあるものの、切り替えて話を進める。


「さてと、取り敢えず再開の喜びはこの辺で。なんで、アリシアはなんでゾンビのふりなんかしてたんだ? 他の二人はもれなくゾンビだっただろ? なんで、おまえだけ無事なんだ」


「うん? 簡単なことさ。私たち三人は同じ毒の影響を受けてしまったんだけど、私だけ効果の効きが悪かったのさ。自分で解毒出来るぐらいにね」


「ん?」


 俺はアリシアの発言に、どうやって毒を食らったかよりも、気になった点があった。


「なんで、おまえだけ効きが悪かったんだ? 解毒が使えるから?」


「いや、違うよ。あくまで推測だけど、毒を食らった時、丁度別の毒が私の体に入っていたのさ。恐らくそれが影響して、毒の効果を抑えつけちゃったんだとおもうよ」


 成る程。理解した……とは言いにくかった。まず、なんで自分の体に毒が入っていたのか。そして、冒険者二人をこんな風にする毒を抑圧するような毒を、なぜ自分に使っていたのか。


 気になる箇所は山ほどあったが、取り敢えず優先順位を考えて、話を選んだ。


「おまえが無事だった理由は何となくわかった。じゃあその話から、この二人が生きているって言うのは?」


「えっ? 生きているんですか!? ゾンビなんですよね?」


 そう。俺も最初はそう思っていた。けれど、あの時のアリシアの発言からすると、少しばかし違った物の可能性が見えてくる。


「生きているんだけどぉ……。ちょっと待ってね」


 アリシアは立ち上がり、二人の冒険者の元へ向かい手をかざした。この状況でアリシアが出来ることは二つ、毒の生成と『解毒』だ。……順当に考えれば、『解毒』の方だろうか。


 アリシアの『解毒』が発動しているのか、仄かに女性冒険者の体が光る。


「ふぅ。やっぱりこの毒は強敵だね。仕方ないから解毒しながら説明するよ。まず、これはゾンビじゃないんだ」


 アリシアが解毒を始めた時点でそんな何となく察しはついていた。


「生きているからってわけか?」


「そんなところだね。ゾンビとこの状態での異なる点は二つあるんだ。一つがアイトの言った生死の問題。もう一つが、ゾンビはウイルスが主となって死体を動かすけど、この毒は、製作者が操るって所だね」


 製作者が操る。つまり、ゾンビとは全く別物だ。


「製作者か……」


「サラマンダーの件と繋がってしまいそうですね」


「ん? サラマンダー?」


 驚いたように聞き返すアリシアに、俺とレフィはこれまでの話を順を追って説明した。アリシアは話を聞いてかなり驚いた様子だったが、最終的には素材を集める話になって一段落ついた。


「つまりは、そのサラマンダーを洞窟に持ち込んで育てた黒幕と、私をこんな目に合わせたあの人が同一人物ってわけかぁ」


「やっぱり、そっちの方も人だったのか。もしかしたら製作者が魔物だったりとかって思ってたけど、現実は非情だな」


 魔物であれば倒して終わりなのだが、人となると色々と思うものがあるのだ。


「ちなみにアリシアさんは黒幕の顔を見たんですよね?」


「うん。ウェイターさん」


「軽っ!」


 あまりに何気なく話すものだから、つい聞き逃してしまいそうになった。けれど、しっかりと聞こえてしまった俺の頭は、ぐるぐると回り出す。


「……そっちだったのか」


 浄水場で見せたチャックの笑顔が甦る。あの裏側に隠してあったものが、こんな卑劣な事だったとは思いたくなかった。

 黒幕が領主クロウドではなく、ウェイターのチャックであったことで、俺は複雑な心境になった。


 恩人とも呼べるに人の裏切り。俺の心にヒビが入る。


「大丈夫ですか?」


 心配そうに俺の顔をレフィが覗き込んだ。


 らしくない。事前に心の準備はできていた筈だ。人に心配かけてるじゃねぇ! 俺!


 俺は弱る自分を叱咤して、奮い立たせる。そして、しっかりと前を向いた。


「大丈夫。続きを話そう。チャックが毒を使って冒険者を操ってるってことだよな。何のためなんだ?」


 気になるのは目的だった。単純に考えれば戦力増強だが、その結果で何を成そうとしているのかが今のところ不鮮明だった。


 サラマンダーの育成と、ゾンビもどきか……。


「ふう。えっと待ってね。次はウェードくんを解毒しないといけないからね」


 アリシアが額の汗をぬぐい、ウェードの解毒へと移行した。どうやら女性冒険者の方は何とかなったようだ。見た目が見た目だったため、内心気が気で無かった。


 そして、ウェードの方から淡い光が漏れだし始めると、アリシアはゆっくりと口を開いた。


「……国に反旗を翻すのかって聞いたら、そうだって言ったんだよね」


「そんな馬鹿な!」


 出来る筈がない。国を狙うのであれば、戦力が足りなさすぎる。良くてA級の冒険者でどうやって特級に立ち向かうつもりなんだ?


 今までのことを隠匿しながら進めていたのにも関わらず、最終的な目標があまりにも無謀で、俺は混乱していた。そんな心境を察したのかアリシアは的確に説明を追加してくれた。


「アイトが考えていることはわかるよ。でも、多分違うんだ。私も詳しくはわからないけどね」


「……曖昧な言い回しだな」


 曖昧すぎて何を言いたいのかわからなくなる。ただ一つだけ伝わったとすれば、俺の解釈が間違っていて、俺の感じた違和感が正しいと言うことだ。


 つまりは違う路線から考える必要があるわけだ。特級冒険者と戦わずにすむ選択肢。国王の暗殺。そして、そのための陽動。ここら辺が妥当か。


「まあ、目的なんてどうでもいいんだけどね」


 勝手に一人で納得していると、アリシアが俺の思考を遮るように言いきった。


 ……。


「いや! よくないだろ!」

「よくないと思います!」


 一瞬の間の後、俺とレフィは食いつくようにアリシアを否定した。

 当たり前だ。目的を明らかにすることで次の行動が読めてくる。さらに、相手の数も変わってくるのだ。背後に別の者がさらにいるとなれば話はもっと変わってくる。


 しかし、そんな俺たちの必死さとは裏腹に、アリシアはいたって落ち着いていた。


「いいのさ。いくら此方が憶測を立てた所で、彼方さんが『そう!それだよ!』なんて言うわけないんだからさ」


「「……」」


 いや、まあ確かにそうだけど。


 相手がチャックともなれば、予測をして詰め寄った所で、普段と変わらぬ笑顔でやり過ごされるのが落ちだろう。しかし、だからと言ってこの話をここで終わらせていいのかとも思う。

 そんな風に迷う俺の額を、アリシアはコツンとつついた。


「倒すんだよ。そうすれば計画も何もないんだからさ」


「いや! 暴論!」


 力業もいいところの正論に、俺はつい口を出す。レフィに至っては苦笑だ。


 あくまで俺たちの目的は洞窟の調査だ。わざわざ倒さなくとも、情報を持ち帰り腕利きの冒険者や騎士団に任せてしまえば……


「だってそうしないと、私たちが洞窟から逃げ出したら、危ない装置が作動して、街の皆がゾンビなっちゃうからね」


「「初耳ですけど!?」」


 当たり前のように重大発言をするアリシアに、俺とレフィは前のめりで言及した。


「いや! 何それ! そんな大事な話、普通最初にするだろ!」

「何ですかその装置って! 私たちの力で止めることができるんですか?」


 そんな慌てふためく俺たち二人を、アリシアはまあまあと小さな両手を使って宥めた。

 

「順を追ってだよ。でも、大事な箇所はポイントポイントで話しておこうか。大体の今置かれている問題をまとめて言うから、気になるところは後で聞いてね」


 まとめて言う。つまりは複数の問題があるわけだ。地獄でしかない。


 いつの間にか解毒が終わっていたのか、アリシアは両膝に手を置いて話し始めた。


「えっと、まず操られている冒険者が私たち以外にもかなりいる。相手のチャックのランクA級~S級程度。毒の装置が湖にあって、ボタン一つで街の人はほとんどゾンビ」


「うわっ! 聞きたいことが多すぎる!」


 こんなことなら順を追って話してもらった方が、頭の整理が出来てよかったかもしれない。選択を間違った。


「おい……。それじゃあ、わかりにくいだろ?」


「あっ! ウェードくん! 目が覚めたんだね!」


 ウェードの声を聞いて、アリシアは横たわる彼に近づいた。やはり、敗戦を喫しただけあって、外傷のわりに元気がない。数日前の俺であれば鼻で笑っていそうだが、状況だけに心配はする。


 アリシアとレフィが二人係で容態の確認をする中、俺は程よい角度からウェードを見下ろしていた。


「ふむ。横たわるB級を見下ろすのも悪くない」


「おまえの性格は悪いけどな!!」


 俺が浸り顔で本音を溢すと、いつも通りの返答があった。これが俺なりのウェードの体調の確認の仕方だ。


「動けそうか?」


「誰かさんが俺の装備をカッチカチにしてくれたお陰で指と首以外は動かねぇよ! 嫌味か!」


「……ごめん。普通に忘れてた。えーと、解除する?」


「聞く必要ねぇだろ! 早く頼む!」


 無駄な事を言わずに解除すればいいのだが、なぜかウェード相手だと意地悪をしたくなるのだ。やはりB級冒険者の肩書きが、俺の性格に作用しているのだろう。

 そんな風に下らない事を考えながら、手早く鎧の『エンチャント』を解除した。解除が終わるとウェードは勢いよく飛び上がり、体の動きを確認し始める。そのあまりの勢いにレフィは驚いて、耳の毛を逆立てていた。


「……完璧。やっぱ、すげえんだな。アリシアは」


「ふふん。ウェードくんは素直でいい子だね。どこかの石仏とは違って」


「石仏? が何かは知らないが、俺であることがよくわかったぞ」


 はっきり言わせてもらえば、俺は感謝をしない非常識な人間ではない。ウェードの立場だったのなら、ちゃんと感謝の意を伝える。しかしだ。俺が『解毒』をされる場面を考えて欲しい。大抵はアリシア本人が仕掛けた毒を、アリシア本人が解毒しているわけだ。つまり、感謝の必要はない。


「おい! アイト!」


「なっ、何だよ。今の流れからするに、あれか? アリシアに感謝しろとでも言うのか?」


「違う! それはおめぇが勝手にやってろ! そんなんじゃなくてなぁ……」


 態度のわりに歯切れの悪いウェード。もじもじとらしくないの一言に尽きる。しかし、表情の方はえらく真面目でどこか塩らしく、下らないことで茶化していいような雰囲気ではなかった。

なので、俺はウェードが話す準備が整うのを気長に待った。


「ぐぬっ。くっ、がどっう」  


「ん? 何て言ったんだよ」


「ありがとうっていってんだ! 馬鹿が! 人の礼をちゃんと受け取れ」


「いや、受け取ってほしいなら、言い方ってものがあるだろ」


 非上に受け取りにくいお礼に俺は顔を歪めた。柄ではないのだろうが、ここまで不器用とは。


「ともかく、礼は言ったからな」


「だから、言われる程のことはしてないんだって」


「意識があるから知ってんだ! 俺様を止めたんだろ? B級の中でもA級に近い方の俺様を止めたんだ。誇っていい。おまえは強い」


「おい! 今おまえは俺の気分を盛大に損ねさせたぞ! 強い? 使っちゃいけない言葉を使ったな!」


 不意打ちで過大評価をされた俺はつい昔のような口調になった。


 そしてすぐに、ああだこうだの言い合いが勃発した。不器用に褒められ、不器用に苛立つ。そんな騒がしいやり取りのお陰か、いつの間にか眠っていたルリエが目を覚ました。


「あっ、あっ? こ、こは?」


 最初の言葉は四人揃って聞き取ることが出来なかった。その原因を俺達は瞬時に察した。


「アリシア、頼める?」


「任せてくれたまえ。私にかかればこのくらい」


 そう言うとアリシアは慣れた手付きで空間ポーチの中から、調理器具とコップを取り出し、湯を沸かし始めた。その間に、俺はルリエの服の裾を摘まみ、小声で『解除』と呟き、体を自由にする。


「出来たよ! 特製のドリンクさ! 内容はひ・み・つ!」


 おかしいな。毒製ドリンク、内容は毒物に聞こえた。


 俺の頭にそんな下らないことが過っている中、片目を瞑り指を振っていたアリシアがカップをルリエに手渡した。


 焦って飲もうとしたのか一度ルリエはむせたが、その後ゆっくりと喉を鳴らし飲み込んだ。カップの底が見える頃には、心なしかルリエの血色が良くなったように見えた。


「……ご馳走さまでした。お陰さまでかなり気分が楽になりました」


「気にすることはないさ」


「おお、すごい効き目だな。やっぱりアリシアって有能なんだな……頭以外」


「アイト! そんなことを言うのなら濃度を変えた同じものを飲んでもらうよ」


「それをやったら、被害は俺だけじゃすまなくなるぞ!」


 同じものを飲んだルリエの前でやるのはあまりにも非情だ。今の顔色も一気に真っ青に変わること間違いなし。


「まっ、それはともかく、取り敢えずはよかったか。動けそうですか?」


「ええ、何とか」


 ルリエが立ち上がろうと床に手を付いたが、その先の動作にうまく繋がらない。どうやら、足を動かすのも一苦労のようだ。


「無理そうか……。なら、帰りは誰かが付き添ってあげるしかないか」


「そうだね。私の力でどうこうしよにも、弱っている人には刺激が強いからね」


 アリシアはどうにかする手段を持ち合わせいるようだったが、容体が容体だけに安易には使えないようだった。


「なら、その話もかねて、これからの話をしよう。全員目覚めたことだしな」


 そう言って、囲むように座った一人一人の顔を確認した。どうやら異論はないようだ。


「さっきの話の続きからだよな。最初に考えることって洞窟から出るかどうかってところ?」


「そうだね。まずはそこからだね。脱出するのが安全ではあるんだけどねぇ」


 アリシアの含みのある物言いに、先ほどの発言が甦る。確か、洞窟から出ると装置が起動されて毒が撒き散らされるだったか。


「毒の装置だったよな?」


「そう。そこなんだよね」


「すみません、アリシアさん。私まだあまり理解できていないんですけれど、なぜ私たちがダンジョンから出ると、毒をばらまかれるのですか?」


 レフィの的確な質問に、俺も共感するように頷いた。すると、アリシアは丁寧に説明を始める。


「単純に情報を持っている私たちが外部に出れば、作戦が瓦解してしまうからさ」


「んー。まあ、そうだろうけど、そもそも俺たちがいつ洞窟を出るかチャックはわからないわけじゃん。それなら、チャックが気づく頃には、街の人達への毒の説明は終わってると思うし、毒を混ぜたところで手遅れなんじゃないのか?」 


 俺たちが外部へ出れば、同時に情報が外に出る。それなのに、なぜ洞窟から出ることにアリシアは反対しているのか、俺にはいまいち理解が出来なかった。


「うーん。言い方がまずかったね。正確には洞窟から情報を持って出る可能性があると判断したときに計画に移す……かな? 出た後じゃなくて、出そうって思ったらだよ。で、その情報を持っていると思われているのは、私とウェードくん、そしてルリエさんだね」


「出そうって判断か……」


 俺がもしチャックの立場であったのなら、どんな時に洞窟から出たんじゃないのかと疑うだろうか。そうだな……操っている三人の姿が見えないとかかな。


「って! 今、まさにチャックが怪しんでいるんじゃないのか!?」


「んー。どうだろうね。まだ大丈夫だと思うよ。でも、ともかく、私たちゾンビ組三人は、これからチャックの元に戻るか、死んだふりでもするかしないわけさ」


「では、どの方向性でいきますか?」


 レフィが全員が決めかねている今後の方針について訊いた。戦力的には厳しく、逃げることもままならない。難しい所だ。


 そんな中、アリシアだけは確信を持って、迷うことなく口を開く。


「それは勿論戦うさ! でも、勝てるかは五分五分だから、二手に分かれようと思うのさ」


「戦闘組と脱出組ってぇところか。悪くねぇな」


「理解がお早い。ウェードくん! 君悪くないよ!」


 いつの間にか距離が縮まっていた二人のやり取りを眺めながら、今の話を頭の中できっちりと整理する。


 戦闘組。こちらは時間稼ぎができればいい。となれば必然俺はこちら側だろう。あとは一応ヒーラーであるレフィに、戦力的な面でウェードと言ったところか。となると、残り二人が脱出し、助けを呼びに行くわけか。

 

「ああ、でも毒のことを考えたら、アリシアは必須なのか」


「そうだね。だから、私が思うのは、私たち三人パーティーと、『歯車』パーティーで分かれるべきだと思うんだ」


「おい! ちょっと待て!」


 ここですぐに待ったをかけたのはウェードだった。


「俺は行くぞ! 借りを返さねぇと腹の虫がおさまんねぇ!」


「悪いけどウェードくん。君は一番戻らないといけない人物だよ」


「何で! 体調だって万全だ。戦力だって……」

「だからこそさ」


 アリシアがその先を続けさせずに遮った。


「だからこそ戻る側に君は必要なんだ。単に戻るだけなら誰でもいいけど、まずルリエさんを守れる戦力はいる。私とアイトは単純な戦力としては数えられない。あとはレフィちゃんかウェードくんなんだけど、集団の敵からルリエさんを守るって考えたら、敏捷の低いレフィちゃんじゃ厳しいんだ」


「でもな……」


「それに、この作戦の要は応援だよ。そこに関しても君が大事になるんだ。この中で大型ギルドに連絡をとって早急に応援を呼べるのは、君とルリエさんぐらいのものだよ。これは特級が二人いる『歯車』のメンバーである二人にしかできないよ」


 ウェードも言い返そうとしていたが、自分役割の重要性を理解する程度の理性はあったようで、ぐっと堪えていた。


「……わかった。わかった! この俺が直々に助けを呼んできてやる! 勿論、生半可な助けじゃねぇ。特級二人揃って連れてきてやるから待ってろ!」


「真面目な話、期待しとくぞウェード」


「ああ、任せろ。で、そうと決まれば、俺達は一時でも早く洞窟を出るべきだな。行くか」


 ウェードは勢いよく立ち上がる。この様子ならウェードは問題なさそうだ。問題は絶賛体調不良中のルリエなのだが。

 気になって様子を見ると、やはり苦戦しているようで、何とか立ち上がれたようだが、その先の一歩がたどたどしい。生まれたての小鹿のようだ。


「ほら、ルリエさん。乗んな」


 ウェードは、そんなルリエに手を貸した……いや、背を貸した。一人行動を主体とし、なんだかんだで人間関係を拗らせていそうなウェードが、こんな風に力を貸す姿が見れるとは思いもよらなかった。


「大丈夫。私一人でも歩けるから。先に行ってて」


「わかった……なんて言わねえぞ。俺の仕事はルリエさんを無事に『歯車』に連れ帰ることでもあんだ。だから強がってないで乗ってくれ」


「……わかったわ。でも、重いなんて言わないでね」


「言うか! むしろ軽すぎるだろ。街に帰ったら、俺が重さを感じるぐらいまで食ってもらうからな!」


「遠回しに太れと?」


 ふっと、二人の会話を聞いていた俺達三人は笑みを溢した。不器用ながらも、優しさが伝わるウェード。案外良い人間だったのかもしれない。

 無事にルリエが背負われると、ウェードは俺に向かって言い放った。


「助けは呼んできてやる。だがな、倒せるんだったら倒しちまってもいい。手柄どうこうなんて気にすんな。俺が許可する。やっちまえ!」


 俺はそこはかとない期待を寄せられ、悪い気はしなかった。B級のウェードがそう言ってくれる。俺達がチャックを倒せると期待してくれている。全くこいつは、とことん俺の評価を変えてくれる。


「許可なんて関係なくぶっ倒す。だから、おまえも役目を果たせよ!」


 平行で決して重なる事はないと思っていたウェードと、俺は固い約束を交わした。



「さて、二人も行ったことだし、三人で作戦を考えようか」


「あの、さっき言っていた毒の装置なんですけど、あれって浄水場で弾かれはしないんですか?」


「……あっ! 確かにそうかもしれないね! それならっ」


「あー。そこ言うの忘れてたけど、多分無理そう」


 俺の中では既に結論付けていた内容だったが、二人はまだ知らなかった。


 浄水場。そこで俺がチャックと領主の二人と出会い、そして中で作業をするのを見学した。あの場面で一人行動をとっていたチャックが何も事を起こさず、素直に作業をしていたとは思えない。


「俺、チャックが浄水場で作業をするのを見学したんだよ。ガイアウルフにやられた後にさ。その時、途中までチャックは一人で行動していたんだよな」


「んー。確かに怪しいね。聞いた限りだと、ウェードくんとこの洞窟の調査をする話をした次の日に作業をしたわけだよね。と言うことは、先手を打ったって考えるのが普通だよね」


「はあ。でしたら装置の停止は最低条件ですね」


 つまり、今回の作戦は装置を無力化することを主体として考えなくてはいけない。そして、聞いた話、装置の位置は水辺。破壊すれば中身が漏れ出す心配がある。


「なら、アリシアが装置の内部の毒を解毒。俺とレフィが引き付け役ってことだな」


「加えると、チャックさんに私やウェードくん、ルリエさんのゾンビ三人集が無事なことも悟らせちゃいけないよ」


「バレたら残りのゾンビさん達でウェードさん達が狙われるからですね」


 うーん。と二人は頭を悩ませていた。このまま悩み続けていれば、応援が来てなんとかしてくれるなんて考えも浮かんだが、異常に気付かれるのは時間の問題のため、諦めて策を考える。


 まあ、普通に考えはあるんだけど……。


「ん? 何だかアイトは余裕そうだね?」


「ほんとうですね。もしかして、何か浮かんでいますか?」


 二人の視線を一斉に集めた。その視線にはそれぞれ期待を滲ませてあり、向けられる俺もその期待に応えようと、心臓に血を送る。

 

 なんだかんだで、このパーティー嫌いになれないな。


 頼られる心地よさと、二人の真剣な視線に満足感を感じた。そして、それに応えるように、俺は自身の脈打つ心臓に背を押される。


「まずは……」


 俺は計画の説明を始めた。この時既に、俺の心からチャックを倒すことへの迷いが消えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ