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1 踏み出した一歩

 一章スタートです。毎日投稿夜七時。頑張りますんで是非楽しんでいってください。

 

 ミルの大森林。そこは、初心者から上級者まで広い層の冒険者に愛されるダンジョン。


 ……ではない。幅広い人たちが訪れるのは確かだが、その分帰らぬ人となる者も多い。あまりに悪質で人を試すような土地なので、冒険者を含む多くの人から警戒の意味を込めてこう呼ばれる。


 『初心者殺しの蒼の森』と。


 そんな初心者殺しの森に、今日も二人の初心者冒険者が足を踏み入れるのだった。


「なんてどうかな?」


「一人で語り出すな! 大体俺は納得してないからな。冒険者なんて、なれないしならない。今は取り敢えず、ほとぼりが冷めるの待ってるだけで、ホント……ただそれだけだからな!」


 俺は涙声になりながら声を張り上げた。何故俺がここまで感情を露にさせ、唾を飛ばしているのか。それは勝手に話が進んでしまったからに他ならない。


 俺はアリシアの勧誘を堂々と断った。そう。断った筈なのだ。しかし、アリシアの筋力と敏捷のパラメーターのなすがままに引き摺られ、外壁に空いた抜け道から連れ出された。言葉でも力でも抵抗はしたものの成果はなく、危険と言われるミルの大森林へと連れてこられたのだ。


 ミルの大森林は深部と浅部に分かれている。今いる浅部では初心者にうってつけな弱小モンスターたちが和やかに暮らしている。そのため大声で会話をしていても、わざわざ向かってくるような好戦的なモンスターなど殆どいない。なので俺たちは、心置きなく大声で言い合っていた。


 弱小のモンスターしかいないとはいえ、冒険者のように狩りをして野宿を出来るとは思えない。けれど引けない明確な理由がある。出来てしまった……。 


「俺は何でこんな奴のために騎士なんか殴ったんだろう?」


 俺は深いため息をつきながら、地面に転がる枝を蹴った。後悔先に立たずとは言うが、後悔せずにどうしろと。お陰で俺は晴れてリンドの街のお尋ね者。もう大手を振って家に帰れない。ちなみに宿だってお金を払っただけで一泊もしていない。


 俺は腰にぶら下げた布製のポーチの口を広げる。中には銀貨がたったの二枚だけ入っていた。20ゴルド。二、三日分の食料程度が買えるかどうかぐらい。ここまでの道のりで何度か開いて中を見ているが、何度見たところで20ゴルドに変わりない。ただ開ける度に、心細さと虚しさだけが胸を満たしていく。


 一方アリシアはと言うと、昨日とは打って変わって実に楽しげである。聞き慣れない歌を軽く口ずさみながら、リズムを取るような足取りで黙々と森を進んでいく。


 アリシアの変化はそれだけではない。何よりも大きな変化は髪だ。伸ばした髪を、青い髪止めで二ヶ所留めている。一ヶ所は煩わしかった前髪。もう片方は後ろ髪で毛先付近で結んでいる。そのお陰で今まで見ることの出来なかった細めの眉などの、ぼやかされていた顔のパーツがしっかりと見えるようになった。

 それでも当初僅かなパーツから想像できた顔と特段変わりはなかった。けれど、変わらず可愛く見えるのだから珍しく『女運C』に感謝した。


 勿論、喜ばしいのは単にアリシアの見た目が良いだけの話ではない。何よりも良かったのは、表情を確認できるようになったことだ。短い間にはなるかもしれないが『一応』は共に行動するので、意志疎通が上手く出来ないと致命的だ。


「良いじゃん。もうなっちゃおうよ。冒険者~。意外と向いてると思うよぉ~」


「普通の人ならその選択肢があるかも知れないがな、相手は他ならぬアイト・グレイ。俺と言う男の前では『意外と』なんて言葉は通用しない何故なら――」


「最弱だったからー!」


「そう! それ!」


 正確には『だった』ではなく現在進行形で人類最弱の名を欲しいままにしている。誠に不本意ながら。


 俺たちの押し問答で、近くに流れる小川の付近で戯れていたミズウサギが顔を上げた。水色の瞳と俺の視線が交差すると、ミズウサギは水中へと逃げていく。


「ここは、大人しい生き物しかいないから良いけど、深部には魔獣がいるって言われてるんだぞ。俺程度じゃ実力不足どころか、ただの餌だ」


「確かにそうかもしれないさ。でもここは浅部だから安心安心」


「んー。納得できない!」


 確かにミルの大森林に入ってかなりの時間が経つが、それらしいモンスターとは出会っていない。そのため、今は安全と言えるだろう。

 府に落ちないが諦めて俺は足を動かす。この森での目的はまだ決まっていないが、立ち止まって考えるのはもどかしい。


「帰る選択肢は無いとして、数日はここで野宿しないといけない。水は近くの小川があるからどうにかなるから、あとは食料か」


「そうだね。その二点だけは重視しないとね。でも、忘れちゃいけないのが次の生活だよ。目標は次の目的地で生活を送ることだから」


「当たり前のようにパーティー前提だな。組まないって。だいたい何で俺なんだよ。さっきも言ったが『魔獣魔物弱点S』を持つ最弱の男だぞ」


 確かに現状ここにいるのは二人だけで、人がいないからと言うのは分かる。しかし、いても変わらないような人間と一緒にパーティーになろうとする彼女の意図が分からない。


「フラグが立ったから……とかを求めてる訳じゃないみたいだね」


「ひやかしじゃない。真面目にだ。俺と組む目的が分からない。それによく知らない相手を素直に信じるのも危険だ」


「ごもっともだよ。PKなんてうちの世界でも良くある話だったからね。なら、信頼出来るような答えがいると」


 アリシアは俺から目を逸らして、遠くを眺めた。やましいことがあるのかと疑いもしたが、真剣に考えている彼女の姿を見て、開きかけた口を閉ざした。


「んー。理由って上げればいくつかあるんだよ。それこそ運命とか、助けてくれたからとか。でも、真意は何だろうね」


「俺に聞かれても……」


「そうだなぁ。ほっとけなかったのかな? あのままにしておいたら騎士に捕まるし。そして何よりも」


 アリシアが此方を見た。まっすぐな瞳で俺の目を見据えて。


「君が手を引いて欲しそうだったからね」


 アリシアの優しい笑みに、俺は動揺した。心当たりは無い。なのに何故か胸が痛い。

 俺が自分の中に燻る何かの答えを探し、頭を悩まさせていると、アリシアに肩を叩かれた。


「そんなに悩んでも意味ないさ。寧ろ悩まず憧れの冒険者へ!」


「ならない!」


 口論をする度に周囲から動物たちが離れていった。会話をしながら小川に沿って歩いていると、いつの間に木々が折り重なるように倒れた場所にいた。とても綺麗とは言えないが、それとなく規則性があるような重なり方に疑問を覚えた。


「何だろうな。あれ。自然に出来たにしては、奇跡的な重なり方してるよな」


「あー。あれは生き物によって作られた物だと思うよ。前に似たようなのを見たことがあるから間違いないはずだよ」


「どうりでか」


 木の切断面はギザギザとしている。折れて裂けたと言うより、切れ味の悪い刃物で切ったような感じだ。

 更によく見れば、倒れたり踏み潰されりした草花が、倒木の近くに生活の痕跡として残っていた。


「ちなみに、なにがいるんだ?」


「ん?別に気にするほどの相手じゃないよ。さっきまで見てた生き物と同じさ」


 さっきまでと同じであれば、無害な草食動物だろう。太い幹を切断する力があるのなら簡単に無害と決めつけることは出来ないが、今の段階で襲われたりしていないのなら大丈夫な筈だ。


 そうこう考えていると、思い出したようにアリシアが手を打った。


「そう言えばアイト! さっき『魔獣魔物弱点S』が何とかって言ってたじゃないか」


「ん? まぁ、言ったけど。それがどうしたんだよ?」


「君はその『魔獣魔物弱点S』があるから攻撃を耐えられないと言う。でも、もし耐えることが出来たら」


 テンションが上がっているアリシアには悪いのだが、期待は出来ない。問答無用で防御力が0になるのだ。『剛健』で体の外側の一ミリが硬くならうと、変わらないのがおちだろう。


「もしなんて無いんだ。あーあ。聞き間違われるなら、せめてもう少し攻撃的なスキルならな」 


「うーん。でも、その『剛健』スキルは当たりだと思うよ。見た感じだと物理ダメージ完全無効みたいだし」


「別にそんなこと書いてなかっただろ。盛るなよ。薄皮一枚硬くなっただけだからな。ほんと……悲しくなるぐらいそれだけだからな!」


 自分のスキル詳細を思い出して悲壮感が増してくる。目頭が急激に熱くなり涙が……うっ。


「やたらと自分を卑下するね。でも、その薄皮一枚で私もアイトもここ生きて立ってることを忘れないで欲しいな」


「ぐぬっ」


 先程までとは少し違う落ち着いた表情のアリシアからの、一点の曇りもない感謝の意に、俺は反論を探した。けれど、反論は見つからず、渋々口をつぐんでいた。


 たった一ミリ。その一ミリで無傷で騎士の斬撃を凌いでしまった。その事実だけは揺るがない。

 

しかし、ステータスに変化はなく、物理防御力も変わらずだ。もしかしたら、最初にアリシアが言っていたように魔法を使った防御などと近い扱いなのかもしれない。ステータス換算ではなく、体の周りに別の障壁があるといったところか。


「――っ。でも、俺の『魔獣魔物弱点S』の前だと、どんな鎧だって無駄になるんだ。『剛健』が効果的に機能するなんて言いきれないからな」


 あまりの頑固さにアリシアは半ば呆れ、細い眉根を寄せながら軽やかな足取りを止めた。 


「いいさ、そんなに言うのであれば証明をしてあげましょうとも」


 その自信ありげな態度に嫌な予感がした。


 アリシアはふんと鼻を鳴らしその場にしゃがみこみ、掌に収まる程度の小石を掴むと、折り重なった倒木へ向かって放り投げた。

 小石は直線的な軌道で木々を横切り、意図的に重ねられたであろう倒木の隙間に吸い込まれるように着弾した。


 グギェ!


 なにか柔らかい物にぶつかったような音と共に悲痛な呻き声がした。その声のした先を目を凝らして見ると、緑色の肌が倒木の隙間から伸びてきた。


 俺は危険を感じて喉を鳴らす。そんな、こいつは……。


「まさかっ!」


 ゴブリン 推奨冒険者ランクF


 ゴブリンはその小柄な体を器用に扱い、倒木の隙間から捻り出てきた。小柄な体に不釣り合いなほどに大きな頭。黄色く変色し汚れた歯から憤怒を込めた深い吐息が漏れだす。

 更に一匹と言わず、溢れるようにゴブリンは姿を表す。その数は合わせて六匹だ。それぞれ、斧や剣など体のサイズに合わない武器を引き摺るように持っている。


「ゴブリン。駆け出し冒険者の最初の関門。これが倒せればアイトは冒険者になれる」


「逃げるぞ! ゴブリンなんて強敵に勝てるわけがない!」


 背筋の凍るような身の危険を即座に感じとり、アリシアの細い手首を掴むと、逃げ出そうと引っ張った。しかし、アリシアは全く微動だにしない。筋力の差がここに来ても顕著に現れる。


「いや、勝てるさ。私は信じてる。だから、逃げるつもりなんてない。それに、君は非力な女の子を置いて、最弱モンスターとも名高いゴブリンから逃げるなんてできないだろ?」


「グッ……」


 アリシアの瞳には迷いや不安は無く、俺を信じきっているのが見てとれた。

 迫るゴブリンとアリシアとを見比べる。果たして、ゴブリンに対する恐怖とアリシアの信用とどちらを酌むべきなのか。


 アリシアが思い悩む俺の背をさらに押した。 


「それに騎士なんかに比べたら、可愛い方じゃないかな?」


 共感を求めるように眉を上げるアリシアのお陰で恐怖はいつの間にか消えていた。


「――ぷっ……はっはっは。はは!」


 誰かが吹き出した気がした。それは次第に笑い声へと変わり、ゴブリンたちも唖然とさせるほど大きなものとなった。そこで初めて自分が笑っているのだと自覚した。


「あっはは。はっははっ。ふぅ」


 ひとしきり笑い声を上げると、昨日から凝り硬まっていた顔に激しく血が巡り、仮面が砕ける。それと同時に体の温度が一、二度上がった気がした。


 アリシアから手を離し、俺は前へ踏み出そうとしていた爪先を反対方向に向けた。そして、目の前に迫る敵を見据える。


 小さくて小枝のように四肢は細い。なんだ。俺が臆していたのは、どうやら自分にだったようだ。


「そうだよな。こんなやつ、スキルもなければ、ステータスが高いってわけでもない。俺が最弱でも臆する意味なんてない。それに、あんまカッコ悪い姿をさらすのは情けないし……」


 俺の実力を見た人間が信じると言ってくれたんだ。決めつけじゃなくて、ちゃんと信じるって。初めて抱かれた正しい信用を投げ捨てるような真似はできない。

 既に二秒前の愚行は頭から姿を消し、変わりに猛々しく揺るがぬ信念が俺の中で燃え盛っていた。


 此方を窺う黒く輝く双眸をしかと見つめ返し、反逆の拳を握る。そして、今まで諦めて逃げてきた強敵に左拳を突き出し、ひきつったように顔を歪ませ歯を剥き出した。


「かかってこいよ! 脳無しども! せめてあの騎士よりも刺激があることを期待してるぜえぇ!」


 俺は吠えて走り出した。それに応えるようにゴブリン達も武器を引き摺り、地面を削りながら走り向かってくる。粘着性の涎が宙に糸を引き、狡猾な眼光をアイトに向ける。

 先頭の剣を持ったゴブリンが、地面を掴む木の根を引き裂きながら剣を切り上げた。ぶつりと木の根の太い繊維が千切り振り上げられた剣が、ゴブリンの浅い息遣いと共に迫る。


「なめるな! こっちはスキルに頼らず修練してたんだぞ。そんなワンパターン通用するか! てぇりゃあ!」


 ゴブリンの攻撃よりも速く、拳がゴブリンの鼻先を打ち抜く。その大きな緑色の鼻は拳の力に負けて無様に左に曲がった。


 ゴブリンは拳に打たれ体勢を崩して、千切られた木の根の上で、鼻を押さながら声にならぬ声で悶絶する。しかし、強者ならともかく、弱者である俺は気は抜かない。

 すぐさま仰向けになったゴブリンの上に馬乗りになり、躊躇うことなく追撃を始める。


 一発目でゴブリンの顔面の骨が軋んだ。鼻血が拳に不快な温度を残しながら付着する。二発目で顔面の骨が砕ける。三発目で拳に加わる抵抗がなくなり、砕けた骨が脳を傷付ける。そこでゴブリンの全身から、強張ったような動きが消え、力なく地面に手足を広げた。


 仲間の死に際を見ていたゴブリンたちは、同胞の仇を取るべく、血相を変えて次々と飛び掛かる。

 俺の体中を各々の武器で切り、殴り、突き刺した。しかし、一つとしてまともに攻撃は通らない。


 唯一勢いよく振り下ろされ、甲高い音を立てた斧だけがクリティカル攻撃として通ったようだった。その時だけは体の内側。皮膚の下の筋肉を指先で弾いたような感覚が現れた。痛くはない。特に気になるほどの感覚でもない。

 そんな衝撃に反応したのは、不意に飛び出した体力表示。そこには見慣れたようで、ほとんど見たことのない黄色い表示がされていた。


 それを見て俺は片手で顔を覆った。敵の不自然な行動にゴブリン達は手を止め、それぞれの顔を見合う。そんなゴブリンたちの動揺も気にせず、俺は肩を震わせながら声を漏らした。


「ふふっ。あはっはっはっ!」


 体力 99(黄)


「――成る程。これが世間一般に聞く所の――1ダメージか」


 言葉は通じていない筈だが、明らかにゴブリン達の表情が激変した。恍惚とした鋭い眼光はどこへやら、怯えたように体を震わせ目を見開く。危険を目の前とし強張った体が本来の体型よりも小さく見える。


「ギッギェグ……」


 ゴブリンはその鳴き声を合図に、武器を投げ捨て背を向ける。逃がすと後々面倒になるとは分かっていたが、俺は見送ることしかできなかった。

 硬くなっただけで敏捷が上がった訳でもない。気持ちが高ぶっていても、すばしっこいゴブリンを足で追えないことぐらいは分かっていた。


 ゴブリンたちが蜘蛛の子散らすようにバラバラに森の奥へと姿を消すのを見送って、ようやく俺は息を付いた。


「――はぁ。疲れたっ!」


「ねっ、勝てるじゃないか。やっぱり、君は私のパーティーメンバーなんだ。フラグもいっぱい立ってたしね」


「勝手に断言されても困るし、半分ワケわからないし。でも、少しの間だけ……そう! 次の街で生活出来るぐらいの換金素材が手に入るまでは、一緒にパーティー組んでやるよ!」


 俺は両手を胸元で組み期待の眼差しを向けるアリシアを、ほんの少しだけ高い視点から見つめて、臨時のパーティーを組んだのだった。


 アイトの過去のトラウマ、ミズウサギさん。この子が昔アイトの肋を折った可愛い子です。


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