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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
二章 峡谷都市スミュレバレー
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32 存在する異常


 いやはや油断も油断。完全に地の利を活かして有利に戦えていると勘違いしていた。もしあの時、レフィが来なかったり、来るのが遅れていたりすれば、間違いなくグールのように表面黒焦げのお肉が出来上がっていた。


「また命拾いか。何回目?二回目?」


 C級以上のクエストにヒーラー必須と定めた、ギルドの有能さを改めて実感する。まあ、けれど、レフィがヒーラーとしての仕事をしているかと言えば首を傾げるのだが。


「あの、大丈夫ですか?お怪我は?」


「ん?あぁ、大丈夫。見たまんまの健康体だよ。ポーションを飲んでおけば治るから。それとも、ヒールしてくれるの?」 


「ポーションを飲んでください」


「了解」


 何となく軽い調子で提案をしてみたが、反応は思いの外冷たかった。この旅の中で気付いたのだが、レフィは回復魔法を殆ど使っていない気がする。記憶に有る限りだと、自身の体を回復させるために使った『フルヒール』のみ。そして、回復魔法が必要な場面を思い返すと、不思議と遠回しに避けるような言動や態度をしていた気がする。


「まあ、気のせいだろうけど」


 俺はプチポーションを取り出して、一気に飲み干した。飲み慣れてくると、この苦味と喉を通る感覚が癖になってくる。


 そんな呑気な俺とは違い、レフィは鼻先を細かに動かし、臭いをかぎ分け、耳をそばだてていた。逃げきれたかどうか確認しているのだろうか。


「やはり逃げきることには成功したようです。あの体ではそこまでのスピードは出せないのでしょう。索敵能力も低め。一度逃げ切ってしまえばさほど恐くは無いですね」


「でも、逃げ続けられないんだ」


「わかっています。アリシアさんですよね。となればアイトさんはサラマンダーを倒す方向で良いんですね」


「当たり前!って言いたいけど出来るかな?」


 強気でいたいが、一度戦って感じた圧倒的な実力差を前にすれば自信も削がれる。第一俺一人では勝つ方法が一切見つからなかったのだ。つまり、どんな作戦があるにしても、ほぼレフィの力に懸かっているのだ。


「出来なくはないと信じたい気もします」


「うわー。珍しくレフィが言葉を濁してる。やっぱり難しい?」


「やり方は比較的簡単ですけど、その後が不鮮明なんですよね」


 つまりは、策はあるが、通用したところで勝てるとは言えないといったところだろうか。只でさえ異質なサラマンダーであるため、不確定要素が多くなるのは自然だ。だからこそ、不確定要素を明らかにしたくなった。


「そのやり方と不安要素を聞いていい?」


「はい。勿論です。作戦ですが、アイトさんが囮となって、サラマンダーを私が待ち伏せている箇所まで連れてきてもらいます。その後、サラマンダーの上から背に乗り、攻撃をします」


「んー。その作戦今一ピンと来ないなぁ」


 誘き出して上から攻撃をしてどうなるのか。冒険者歴の短い俺には、わからなかった。


 もしかしたら、サラマンダーの背に弱点があるのかもしれない。多分外れているだろうけど……。


「あのサラマンダーを見てどう思いましたか?」


「どうって、大きくて、太くて、よく成長してるかなって」


「サラマンダーを直接見たことがないアイトさんから見ればそうですよね。実際あれはよく成長しているなんて話で片付けられるものでは無いです。別種と考えるのが普通です」


 別種か……。前にもこんな経験があったな。確かオークと鎧の魔物の差だったかな。ヒイラ曰く、鎧の魔物はオークの突然変異だとか何とか。


「もしかして、マナの濃度とかが関係してるのかな」


 蒼の森は純度の高い魔石が群生するマナの濃度が濃い場所だった。そしてここ、紫晶洞窟も同じくマナの濃度は濃い。更に洞窟が深くなるにつれてマナの濃度はましていく。そして、現れたサラマンダーが居たのは、深部と呼べる場所だろう。


「そこについては後で説明しましょう。話が絡まった糸になってしまいますので」


「レフィって時折発言が幼くなるよな。まあ、そこが普段との差があって可愛いんだけど」


「からかわないで下さい。真面目な話ですよ」


「はいはい。ごめんなさい。続きが気になるなぁ」


「もう、アイトさんは……」


 暗い洞窟の中でもはっきりとわかるほど顔を赤くし、取り乱したレフィを宥めるように話を戻す。自分で話を違う方向へ傾けて強引に戻すのだ。レフィの目には、中々に面倒くさい人間に見えているんだろう。


「サラマンダーの体の大きさは、普通ではあり得ない弱点を生み出しています。それが背中です」


「背中……」


「そうです。あの大きさともなれば、背中に張り付いて攻撃を与えれば、抵抗する手段が無いのです。特にあの個体は体が丸く、手足も短いようです。まず背中に居れば安全です」


 レフィに言われてサラマンダーの姿を思い出してみると、確かにずんぐりむっくりとした体型をしていた。その為、背に張り付かれた際、自分の巨大すぎる体に阻まれ、口や手足が背に届かないように思えた。

 だからこそ弱点が背になっているのだ。物理的に弱く、ダメージが通りやすいと言った意味合いではなく、背に居れば攻撃が届くことがないと言う弱点だ。


「だから、上からバレずに攻撃を仕掛けるのか。となると誘きだす場所は横穴の多い一角虫が居たらへんになるか……」


 真上からの攻撃で一番印象深いのはグールの時だったが、あれは結構前に通った場所だ。それに、あの場所は色んな面で相応しくない。


「そうですね。誘き寄せて頂ければ、渾身の剣技を浴びせます。ここで倒しきれるかがまず一つの懸念材料ですね」


「まっ、戦いに100%なんて無いからな。そこは大丈夫」


 敢えて俺は「そこは」と強調するように言った。何故なら、レフィの発言からして懸念材料が複数あると予感したからだ。


「で、気になったのは、懸念材料の一つって言った事だ。ちなみに後何個ぐらいあるの?」


「……数でカウントするのでしたら、私が問題としている点は最終的には一つです」


「なら問題無いって……レベルじゃなさそうだね」


「はい」


 レフィは冗談交じりな俺と違ってひどく冷静で緊迫しているように見えた。


 単に一つだけなら問題無いが、一つに集約されているとなれば、話は大きく変わる。細かい問題が重なりあい、最終的にレフィが至ったであろう物は、恐らく俺の想像がつく範囲の最悪から大きく逸脱していることだろう。

 

「さっきのサラマンダーについての話に戻します。あのサラマンダーは明らかに異常です」


「確かに大きすぎるとは思ったけど、そんなにまずいのか?」


「いえ、大きさもですが、もっと別のところです」


 レフィに言われて、一応考えはしてみたが、全く思い付くところが無かった。レフィの方も、俺に気付いて欲しかった訳ではないようで、すぐに続きを説明し始めた。


「まず、サラマンダーの生息地です。本来サラマンダーは火山などの気温が高い場所を好みます。しかし、ここは全く生息地に合っていません。」


 確かに言われてみれば、この場所はサラマンダーの好みではないだろう。ダンジョンの外の街並みを楽しんでいた時なんかは、峡谷を吹き抜ける風が肌寒く感じた。そんな場所にある洞窟も勿論、暑さとは無縁で冷ややか空気が漂っている。

 目をつむり、大気に意識を向け再度確認し、俺は目を開いた。

 

「確かにそうだな。サラマンダーには合わなそう。でも、ならどうしてサラマンダーが居るんだろう?もしかして、ペットのサラマンダーを連れてきて逃げられたとか?」


 かなり適当な意見にもレフィは真面目に答えてくれた。


「可能性は低いです。例えペットとして都市に入ったとして、許されるのは小型のサラマンダーのみでしょうし、万が一に都市に侵入できたとして、そんな小型のサラマンダーが、C級の魔獣が蔓延るこの洞窟内部で、あの大きさまで成長するのは異常なことです」


「……まあ、確かに」


 レフィの頭の中に確かな違和感が生じ、ここのダンジョンに住まうサラマンダーに対して、不信感を持っていることはわかった。けれど、レフィの顔色を見るに、ここまで話しても、まだもっと深くの核心に迫る途中に感じられた。


「話の内容からしたら、サラマンダーが此処にいることがおかしいって所まではわかった。でも、レフィは多分もっと先まで見ているんだよね?」


 確かにサラマンダーが居ることはおかしい。けれど、だからと言って、現にいるのだから、倒して終わりにすれば良いだけの話だ。もし、叶わないのならアリシアを探して洞窟を出て、ギルドに応援を頼めば済む話。なのにレフィは、頑なに「何処から来て、どうやって成長した」に話の焦点を絞っている。

 一度レフィは口をつぐむと、覚悟を決めたように口を開いた。


「こう言えば分かりやすいかもしれません。偶然サラマンダーが都市に入って、偶然街の人々や警備員さんにも見つかること無く洞窟に侵入し、主に群れで生活するC級の魔獣がいる洞窟で異常なまでの成長をする。そして、C級以上の冒険者たちが訪れるこの地で、見聞きした情報も出ず、無事で生き長らえている。そんな偶然があり得ると思いますか?」


 偶然があり得るのか……。ーーいや、ここまでの条件が偶然で揃う筈もない。


 レフィの答える必要さえもない程のに、答えの見えた問いに、俺は息を飲んだ。確かにそうなのだ。『あり得ない』、『あり得ない』が重なっているのにも関わらず、俺たちはその『あり得ない』事実を、目に、耳に、鼻に、そして記憶に残しているのだ。


 あり得てしまったのだ。普通だと『あり得ない』事態が『あり得ている』現実があるのだ。


「何であいつがこの場所で生きていられるんだ。いや、違う。何で存在し続けられるんだ!?」


「そこです。明らかな異常です」


 はっと息を飲んで頭を抱えた。何でこんな偶然が起きているんだ。いや、もうここまで出揃えば偶然ではないのだ。もしかしたら……


「レフィはもしかして、この原因に察しがついているのか?」


 その筈だ。だから、余裕がなかったのだ。サラマンダーを倒す手段がある。けれど、たとえ倒せたとしても解決出来ない問題がある。だから、レフィは安易に動かない。考えているのだ。


 レフィは俺の問いに言い淀むような仕草を見せたが、意を決したように、深呼吸をすると真っ直ぐに俺の目を見つめた。


「ーーおそらくは……」


 その先を聞いて、俺は後悔と悔しさ、そして怒りが沸き上がった。


「ーースミュレバレーの、それもかなりの権限を持った人物が、後ろから糸を引いています」


 レフィの言葉が、スミュレバレーでの俺の思い出を無惨にも焼き、崩壊させる。


「いやっ、待てよ!そんな事があるのか!?何でわざわざこの都市の人間がそんなことをしなくちゃならないんだ!」


 俺はレフィの都市の人間を疑うような発言に声を荒げていた。

 レフィの言った権限を持った人間。それが指す人物を俺は知っている。ーー領主クロウド。権限を持つ人と言えばこの人しか思い当たらない。しかも、言い方からして局所的な権限ではなく、この都市全体における権限の話だろう。そうすれば自然と疑いは……。


 俺は疑いを自分の記憶で塗りつぶすように頭を振る。


「大体なんでそんな結論になるんだよ!確かに背後に誰かがいる可能性が高いのはわかる。けどっ、この都市の人間がそんなことするわけ無いだろ!利益がない!」


「私も何のためかまではわかりません。けれど、この都市の人にしか出来ない事があるんです」


「何を……」


「一つの条件がサラマンダーをこの洞窟にバレずに連れてくることです。その為に必要なのは、都市に入る際の持ち物検査を欺く。もしくは許可証の提示です」


 許可証。確かに俺たちはヒイラの依頼授与の書類を預かっていた。そして、同じ様に俺たちを乗せてきてくれた行商人も身分証の提示があった。その為に、持ち物検査は行われていない。逆に言えば、一般の観光目的の人たちはその段取りを踏まなくては入ることさえ出来ないのだ。


「二つ目。此方が都市の権限を持つ人だと裏付ける説明です。このダンジョンに入る際、冒険者は持ち物検査をされます。理由としてはアオワダケの密売を防ぐためです。しかし、この行程を飛ばすことが出来る人物もいる筈です。例えばこの都市を管理する領主さんとか……」


「そんなわけないだろ!あの人は!クロウドさんはな!俺に言ったんだ!この都市を守ってくれって!俺に人を見る目があるとは決して言えないけど、あの人が言ったことに嘘は無かった!それだけは確かだ!」


「落ち着いてくださいアイトさん!誰もまだ領主様と決めつけているわけではありません。ただ私が言いたいのは、この都市の中枢を担う人が、魔獣やこのダンジョンにやって来た冒険者達を殺している可能性が高いってことです。」

 

 俺以上に声を張り上げたレフィに、驚かされ次の言葉が出てこなかった。


 わかっている。感情的になるのはおかしい。冷静に現状を把握すべきなのだ。けれど、どうしても俺の恩人とも呼べる人に疑いの矛先が向くのは許せなかったのだ。

 今ある複雑な感情が未だに整う気はしないが、レフィの一声で、落ち着きの色を宿し始めた。


「……」


「聞いて頂けるようですね。今私がこの状況で問題視しているのは、裏に潜む何者かの実力です」


「実力……」


「はい。単純に考えるとですが、勿論C級魔獣よりは上。そして、このダンジョンで行方不明となっているA級よりも上であるのは間違いない筈です」


 A級より上。つまりは最低でもS級。最悪だと特級相当の実力者なわけだ。俺も一度S級冒険者でもあるヒイラの実力の片鱗に振れたことがある。その時に感じた感情は今も胸に楔として突き刺さっている。


 俺ではS級には届かないと。


 そんなS級もしくは、特級レベルの実力があると言うのだ。しかも、この話の流れからすると、その者があのサラマンダーと協力関係にあるのだろう。つまりは、サラマンダーを倒すことに、そのS級相当の者が付与されてしまう。


「クソッ!」


「あくまで可能性です。ただサラマンダーを倒した後に、黒幕が動く可能性があります」


「それなら、サラマンダーを倒さずにアリシアと合流して逃げるって事か?」


 レフィは、不確定要素を背負ったままサラマンダーと戦うことを警戒しているようだった。俺も出来ることなら危険は避けたい気持ちはあるので、レフィの気持ちはわかる。


「ーー判断は任せます」


 けれど、どうしても止められない気持ちがあったのだ。レフィの意を汲めない程に止められない気持ちが……。なので、俺は迷うこと無く声を出した。


「進みたい」


 進んで知りたいのだ。本当の黒幕の正体を。本当にクロウドが関わっているのかを。この目で見て確かめたい。


「わかりました。作戦は先ほどの通りです」


 そんな、自分の意思だけを優先したような判断にも、レフィは嫌な顔一つしなかった。その反応を見て俺は少しだけ冷静さと言うか、余裕が生まれ、目の前のレフィに対して感じるものがあった。


「ごめん。無理言ってるかも」


 何だか自分の身勝手で向こう見ずな判断にレフィを無理やり引き込んでいるようで、申し訳なくなっていた。

 しかし、俺の心配とは真逆で、レフィは暖かな微笑みを浮かべた。


「いえ、安心しました。やっぱりアイトさんですね」


 何処かアリシアに似た返答に、俺の気持ちは少しだけ軽くなった。否定ではなく、肯定に近い返答だったのが大きいのかもしれないが、それ以上にパーティーに打ち解け、互いを理解し合えているような返しが、素直に嬉しかったということもある。


「まあ、その感動は後でアリシアもいっしょに祝賀会をするときにでも、じっくり堪能するか。今は……」


 俺と同じく覚悟を決めたように頷くレフィを見て、俺も迷いを捨て去り決心する。そして、先ほど走ってきた方向を向いて、すっと腕を伸ばした。


「サラマンダー討伐だ!」


 燃え上がる戦意が、複雑な感情にに終止符をうった。


 

 最近寒いですね。すき焼き食べたい……。

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