23 羞恥の痛み
「ああぁぁぁーーー!! どうすんの!? これほんとに!」
人通りの多い街中で、俺は堂々と声を上げていた。周りの目を感じたが、それさえも気にならない程に俺は追い詰められていた。
「確かにぃ! 物理攻撃には硬くなった。ああ、硬くなったさ! それでも、魔法攻撃に耐性がないなんて、結局硬くなった意味ないじゃないか!」
しかも、問題はダメージを食らったのが、単なる魔法ではなく、半端なマナを帯びた攻撃だったと言うことだ。
ここから推測するに、俺は魔法に対する耐性と言うよりは、マナに対する耐性が極端にないのだ。そして、マナに対する耐性がないのであれば、魔力を含んだ武器でもダメージを受けることになる。
「くっそ。あーー。確かに懸念はしてた。でもな……」
物理攻撃と魔法攻撃の差。物理攻撃は耐えられても、魔法攻撃は耐えられないのではないかと懸念はしていた。なので、自然と冒険者登録の際の試験では、魔法なしの物理攻撃のみと言っていたのだ。しかし、そこから自分が結構やれると思い込み始めた辺りから、完全に頭の中から失念してしまっていた。
「これがツケか」
「なんだいあんちゃん! ツケでうちの品物が欲しいのかい? なかなか、肝の据わった男じゃないか」
「おい! 勝手に俺の独り言に混ざるなよ! 誰だよ。あんた!」
急に話しかけられた驚きで、さらに声を張り上げ、声のした方へ振り向いた。
そこにあったのは小さな店で、スミュレバレーで最初に見たような荷馬車を使った店ではなく、レンガで囲って取り敢えず家の形にしたような店だった。声の主は、この店の商品であろう反物に手を突き、身を乗りだしながらこちらをニヤニヤとした表情で見ていた。
俺はその主人の姿を見て、しっかりと嫌悪感が伝わるように、眉と目を近付ける。
「おおっ! どうしたんだい! いかつい兄ちゃん!」
「そんな風に初対面の相手をおちょくってると、近い未来、首が飛ぶことになるぞ! おっさん!」
初対面から言葉の軽い殴りあい。互いに印象は最悪な事だろうな。
「にしてもおっさん。何で俺なんかに声をかけてんだよ。見てたか? 明らかに気が立ってそうだったじゃんか」
「そうかい? 俺は人を見る目だけはあるんだ。その人に必要なものを見極める素晴らしい目がな」
「その素晴らしい目は多分自称って後に続くやつだぞ! 呼び止められた俺が言うから間違いない」
おっさんが扱うのは反物。布地だ。確かに俺は裁縫がちょっとだけ出来るのだが、今この時この場所で必要かと言われれば否だ。そんなものよりもスキルかステータスを売れと言いたいぐらいだ。
「うちは反物屋だ! どうだい? 見ていくか?」
「馬鹿なのか。数秒前の発言を受けてその回答が出ているならよっぽどだぞ」
「女に服装がダサいって言われたんだろ?」
「おーい! それは多分予測じゃなくて感想だよな!? そうだよな!」
人に言われて素直に感想だと捉えてしまうところ、自分が服装に疎いと自覚している表れだった。
服装に関して興味がない訳ではない。ただ今は観光ではなく、冒険者としてこの街にいる。なので、破れたり汚れたりしてもいいような簡素な服を選んでいる。
――と言うことにしておく。
「服は間に合ってるし、裁縫もやらない。だからじゃあな!」
「おいっ! 話ぐらいっ!」
余裕を失わせ、必死に呼び止めようとする店主に背を向けて、道なりにまた歩きだした。
歩き続けてどのくらいたっただろうか。反物屋の店主を初めに、怪しい球体を売る店、歯車仕掛けの装置を扱う店。色んな意味で気になる店の店主から声をかけられ、逃げるように歩き回っていたら、いつの間にか一度訪れたダンジョンの近くに来ていた。
内部から流れ出した滝の方へと視線を動かし、今日訪れたダンジョンの方を見た。下からは、洞窟は勿論、入り口のゲートさえも見えない。
「そう言えば俺ってレフィとアリシアに連れて帰ってきてもったんだよなぁ……。――っ!?」
あの場では自身のスキルや状態にしか意識していなかったが、よく考えれば、俺は、アリシア、もしくはレフィに、肩を借りるなり何なりで、運ばれているのだ。しかも、この宿まで決して短くない道のりを、商人たちの目の前を通りながら。
俺は自分がどんな状況だったか想像してみた。小柄なレフィに背負われる意識を失った俺。そのあまりのだらしなさなに、顔面が燃え上がる。
ダッダッダ。
俺は激しく流れ落ちる滝に走って向かい、周囲を囲った柵に手を突き、身を乗り出した。
「ああぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」
プライドが汚され、涙ながらに滝に向かって吠える十五歳男子の後ろ姿は、ひどく悲しいものに見えた。
*
「なんて仕打ちだっ。一生の恥だろ。マイナススキルを嘲笑われるよりもたちが悪い」
その切っ掛けを作ってしまった責任は自分にあるのだが、どうにもやるせない。
こんなことになるのであれば、スキルに固執するのではなく、もっと技術面を鍛えるべきだったと、俺は自身の怠慢を恨んだ。
「なんだかんだで、スキル頼りっきりで、頭も使わず、鍛えもせずにいたもんな。筋トレと剣術ぐらいはまた始めようかな」
筋トレや剣術は、幼いときから挫折するまで、大方十年近く続けていた。当初の目標でもあったカインに、結果として届くことはなく、今の今まで無駄だと思っていた。けれど、こうして経ち戻ってみると、相手が悪かったから実力が付いていないと勘違いしていたのだとも思う。――きっとそうだ。
俺は取り敢えずの目標を掲げ、気持ちおまえ向きにしてみる。しかし、やはり今回のダンジョンでの結果は、俺の心をひどく蝕み、気持ちを後ろへと引く。そう簡単には切り換えられそうにもない。
「はぁ」
「どうかいたしましたか? 気分が優れないようにお見受けしますが」
「やっぱりそんな風に見えますよね。仲間にあんまり心配かけたくなかったから、気分転換のために外に出てきたんですけど、この調子じゃ、まだ当分帰れそうにないですね」
「仲間と言えば、あの栗色の髪と明るめの色の耳をした獣人の少女様と、黒髪の変わった髪型の女性のことですか?」
「そうですよ。レフィとアリシア……って何で知ってんの?」
俺は滝の底を見下ろすように下げていた首を上げ、会話の主の方を見た。そこにいたのは、どうも見覚えがあるようで記憶にない顔だった。
高い身長に細く長い手足。黒いズボンに茶色の半袖。その下から覗く肌は魚の腹のように滑らかで白い。そんな体に載っかっているのは、体と同じく細めの顔。骨張ってまではいないが、決して肉付きがいいわけでもない。
「すみません。どなたでしょうか」
「失礼しました。私のあなたへの印象は強烈なものでしたが、あなたから見れば、私はさほど記憶に残らない人間でしたね」
「すみません……」
面識のある人間を忘れてしまっている、自分の人間性に落胆しながら謝罪をした。そして、改めて自分の記憶を呼び覚ましつつ思い出そうとしたが、結局思い当たる人はおらず、ただ悩ましげに首を傾けることしか出来なかった。
そんな俺に対して、特に気にも止めていない様子の男性は、先の言葉に付けくわえた。
「仕方ないですよ。いちいち、会話した店員など頭に入れてしまっていたら、倒れてしまいすので」
「店員?」
その言葉を皮切りに、この街に来たときから、今までの記憶が脳内に駆け巡った。座り心地の悪い荷馬車に揺られ、見下ろしたスミュレバレー。街の一本しかない大通りに所狭しと並んだ屋台。そして、最初に入った店で食べたカルボ。その時起こった一連の騒動……
「ああ!! あの時の親切心でカルボをおごってくれようとした店員さん!」
「思い出していただいて嬉しい限りです」
ウェイターは安堵したのか、あの席でも見せたように、俺に微笑みかけた。
「いやー。まさかあんな一回店に入っただけで、顔を覚えているなんて……。あなたも伊達じゃないですね」
「いえ、よくも悪くも、うちの店であそこまで賑やかでしたのは、あなたたちぐらいのものでしたので」
ここで、騒ぎを起こしたと言わずに、賑やかでと言うところから、この人は中々の人格者に思えた。
「騒がしくてすみませんでした。ん? ウェイターさんは、今日は休日ですか?」
言葉こそ丁寧で、店内での口調と変化はないが、服装は一変、白と黒の正装ではなく、シンプルで村人風の地味な服装だった。
その職場での雰囲気との差から、俺は休日か、品物の仕入れかだと推測していた。ちなみに今のところ優勢なのは休日だ。
「まあ、一応はそんなところです。形として休日。しかし、蓋を開ければ、水質の確認と言う仕事を、そこはことなく頼まれた口でもあります」
「ふむふむ、成る程。鬼畜な!」
推測は半分当たり。そして一番哀れな現実だった。
そんな風に、今度は哀れみ半分と店主への怒り半分で、歯を剥き出し、拳を握りしめていた。
「気に止めないで下さい。そもそも、そんな無理強いではありません。断ることも、なんでしたら今此処から立ち去るのも問題ありません」
「えっ? それはそれで無責任な気がしますけど、そんなにどうでもいい仕事なんですか?」
雇い主が仕事として頼んでいる以上、どうでもいい仕事である筈がないのだが……。
「ええ、ここの浄水場で、領主様との水質検査を行う予定です」
「お金でもなんで支払うんで、その仕事をどうでもいいは止めてください!!」
ことのほか重要な役割を店主から頼まれていたウェイターに対して、手を握り懇願した。
もしその仕事が満足に行われていなければ、どこぞのアリシアが混ぜるかもしれない毒が、この街中の人々に、もれなく振る舞ってしまう。そんな惨劇は避けなければ。
流石にやらないか? ……でも、アリシアだもんなぁ。
「心配なさらずとも、仕事はしっかり行いますよ」
「よかったぁ。これで街の人たちは安心だ」
「はい?」
流石に不審に思ったのか、ウェイターは片方の眉をひそめた。
「いや、これから洞窟で、冒険者の俺たちが暴れまわるつもりだったから、心配してただけです」
「あ、あぁ。成る程。理解しました」
ウェイターはぎこちなく頷く。
恐らく正確に理解は出来ていないだろう。しかし、直接的に「うちのおてんば娘が遊び半分で毒を川に混ぜるかもしれません」なんて言おうものなら、光の速度で手錠をかけられ騎士団に引き渡されるので、詳しい説明はしない。
俺はこの話に区切りをつけて、頭を少し前の状態に戻した。
「にしても領主が水質検査をするのか……」
峡谷とは言え都市は都市。この場所は、今まで見てきたそれと異なって見えるためか、自然と領主はいないのだろうと頭で思い込んでいた。しかしウェイターの話を聞いて考え直してみると、これだけの都市が不自由なく稼働し、発展し続けているので、敏腕の領主がいると考えるのが普通だとも思った。
そんな領主が、自ら水質検査に赴くのだ。仕事がなくて暇なのか、それともそれだけ重要な仕事なのか、どちらにしても俺は長居すべきではないようだ。
「丁度今から領主様とそこの浄水場へと向かうのですが、お暇でしたらご一緒にどうですか?」
「えっ! いいんですか! 大事なところでしょうし、領主に俺なんかが……」
領主と共に水質検査をするウェイターの彼は、仕事なので納得できるが、ただの少年で部外者の俺なんかがお共するなど、恐れ多かった。しかし、そんな俺の心配を気にも止めていないようなウェイターは、その方向で話を進めてしまった。なので、結局断ることも出来ず、領主がここに来るの待つ事となった。
数分して、街中を歩くだけでも人目に付きそうな赤と金の服を着こなした、恰幅の良い中年の男性が現れた。
うわっ。金持ちじゃん。うっわ。
なんて言葉を飲み込みはしたが、口や眉がピクピクと動いてしまう。
「ご足労感謝いたします。クロウド様」
相変わらずの調子のウェイターが挨拶をした。すると、堅物そうな顔を崩した。
「いやいや、君の気にするところではない。これは領主の沽券にも関わる仕事だからな。フォルテの評判が下がると、私の評判も勿論下がるわけだ。一蓮托生というやつだな。ハッハッハッ! ……所で先程から肩身狭そうに君の隣に佇んでいる少年は?」
「ええと。そう言えば名前を伺っておりませんでしたね。失礼ですが、伺っても?」
流れで忘れてくれはしないかと願ってたけど、流石に無理があったか。
俺は仕方なく、言葉遣いを気にしつつ、軽い自己紹介をした。
「あぁ、はい。俺……いや、自分は、アイトっじゃなかった。クレイ・アイトって言います。『黒の団塊』の冒険者で、マスターに依頼されてやって来た次第です」
慣れない丁寧な言葉を使おうしとしてみたが、思いの外難しかった。しかも、身分をほんの少し誤魔化しているので、そこに対してもつっかえてしまい、初対面の挨拶にしてはぎこちないものとなった。
「冒険者……か。成る程。あいわかった! 私は、この夜の暗闇に灯る星々のように明るく輝く都市スミュレバレーの領主にして、この街を世界一愛する男、クロウド・オーデルヴァイトだ。宜しく」
「宜しくお願いします」
この自己紹介で、何となくだがクロウドの性格がわかった。前にレフィが『この街に心を奪われた物好き』なんて例えをしていた。今、目の前に自慢げに仁王立ちするクロウドは、まさにその一人だろう。
一人納得していると、クロウドがそのままの流れで話を進めた。
「うむ。所でクレイは、どうしてチャックといるのだ? 私たちはこれから大事な作業を行うのだが?」
呼び慣れないクレイと言う名前にしどろもどろしながらも、どう説明していいかわからず、結局すがるようにウェイターのチャックを見た。
「この子が貯水槽を観光がてらに、一目見たいとのことでしたので、領主様がいらっしゃるまで、施設前にてお待ちしておりました」
「貯水槽か……」
利発的なクロウドの表情が曇った。初対面から数秒しか経っていないが、温厚で大胆な印象を持っていたのだが、今の彼の表情は百戦錬磨の知将が頭を悩ませているかのような、ただならぬ雰囲気を漂わせていた。
「やっぱり駄目ですよね! 大丈夫です! もともと無理して見ようとまでは思っていないので」
そもそも、巻き込まれただけだし。
その言葉を聞いてか、はたまたクロウドの中で問題が解決したのか、長年の献身的な仕事で刻まれたであろう深い皺が、ゆっくりと伸ばされ、再び砕けた姿へと戻っていった。
「いや、見せてやろう! この街の核を外部の人間に知ってもらいたい。外面的な魅力以外に、本来この街が持ち合わせていた屈強さや武骨さを、深く味わっていただこう!!」
嘘だろ。さっきまでの顔何だったの?
とまあ、そんな風に、クロウドの思考を上手く読み取ることが出来ないまま、浄水施設でもある、石造りの塔へと向かった。
「さぁて。次の話の予約投稿始めるか」
あってはいけいない文字列。
「あぁ。ページ更新されてないのか。更新して……。え!なんでお前がここに!23話!」
「フフッ。抜かったな。俺の下を見てみろ」
投稿日27日
「なんだと!」
……と言うことがありました。そんなわけで投稿遅れてすみませんでした。




