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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
プロローグ 俺の願いは叶わない
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プロローグ4 裏路地で拾われる


 ーー無だった。


 それは俺の心情であり表情である。もし、あの場で起きたことが単なる女神の不手際であれば、もう少し残るものがあっただろう。怒りだの。悔しさだの。そういった感情が無く『無』である理由は、女神だけでなく自分にも非があったからに他ならなかった。

 

 異常なほどに無表情の俺を通り過ぎる人たちは二度見する。

 それもそのはず、俺は現在無表情の極地に達していた。眉毛、口、目、鼻。それらすべてが、ただのパーツとして、顔と言うキャンバスに乗せられているような有り様。もしかしたら、瞬き一つ、眼球の動き一つ、ないのかもしれない。違和感がない事への違和感。それが周囲からの視線を集めていた。


 死人の表情。肉体ではなく精神的に死にかけている相貌。


 そんな『無』の俺は、途方に暮れながら帰路へ着いていた。ちょうど昼の時間帯で、街は昼食を取る人たちで賑わっていた。その情景が空っぽな心に響く。普段は気にならない物音が、今日は不愉快に感じる。幸せそうに笑う声も、「いらっしゃい」と客を招く商人たちも。その全てが耳障りで気に触る。

 憤りではない。活気ある街並みが精神を削り、『無』からどん底の気分へ落としめる。


 そんな負け犬の俺は、急に背後から声を掛けられた。聞き慣れた爽やかな男性の声だ。


「アイト!今日は女神スキルの授与式だったよね。どうだった?上手くいったかい?」


 その男カイン・ブレイは、俺よりも少し高い視点から、目を輝かせ、見下ろすようにして訊ねた。そんな鮮烈な彼のお陰か、一瞬だけ本来の自分に戻れた。


 カイン・ブレイ。彼を一言で言い表すなら鮮烈と迷わず答えるだろう。鮮やかなコバルトブルーの長めの髪。優しさの見受けられる整った眉に、凛々しさを兼ね備える澄んだ琥珀色の瞳。決して派手などと安っぽい表現では言い表せない。もっと気品のある鮮烈の方が相応しい。

 顔もスタイル、更には性格までも思い遣りに長けた好青年と、全くもって嫌味がすぎる。


 よりにもよって、今コイツに会うことになるなんて、追い討ちもいいところだ。俺は無愛想に返答しようとしたが、カインの隣に居たアーニャの姿が目に入り、出かかった言葉を呑み込んで、出来る限り普通の返答に切り替えた。


「だまっ……じゃなくて当たり前だろ上手くいったさ」


 嘘である。紛うことなき失敗だった。いくら精神的に弱っていたとしても、男としてのプライドがあるのだ。「失敗だったよ。俺は会話さえも上手く出来ないみたいだ。ハッハッハ」なんて言えるわけもない。


「そう。良かった。私心配してたんだよ。変なお願いしてないかって」


 アーニャ・マテリア。桃色の髪に所々金髪の混じったショートヘアー。身長は三人の中で最も低くく、一見年下に見えるが、実のところ中身は結構ドライだったりと大人びた一面も見せる。


 そんなアーニャが心配したように顔を近づけた。近くで見るとやはり可愛げがある。俺は将来化けるだろうと密かに思っていた。


「大丈夫。ほら、どこも女神様に捧げてないだろ?つまりはそう言うことさ!」


 その歳の男子にとって理想とも言えそうな可愛さのアーニャから視線を逸らし、距離をとった。そして、二人に見えるように手を広げながら一周して、今日の出来事の中での唯一の幸運を披露した。


「……成る程。流石アイト。貰えるスキルでどのくらいの代償があるかを予測していたのか!僕なんかは、なにも考えずに欲しいスキルをお願いしてしまったよ。まだまだだな」


「私も『治癒術師』をお願いしたよー」


 二人揃って当たり前のように女神スキルの授与の成功を語っていた。失敗した俺の前で。


 これ以上深く掘り下げていると、俺の心が持たない。話を切り上げて自宅に帰ろう。


 俺はクルリと体を翻して、元の進行方向へと足先を向けた。


「ーーそうか、まあ、こうして顔を合わせられて良かった。じゃあな。俺はスキルの確認に戻るから」


 足早に去ろうとする俺を、二人は手を振りながら見送っていた。


「バイバイ。また明日ね!」


「アイト! 明日この街のギルドに冒険者登録するんだ。もし良ければだけど、三人でパーティーを組まないかい?」


 カインが声を張り上げる。一瞬その言葉に迷いが生じたが、振り返らず捨て台詞を残して立ち去った。二人を傷付けるような捨て台詞を残して。


「俺みたいのじゃ二人の足手まといだよ。だからさ、他をあたってくれ。勇者様」


 この子供じみた皮肉に二人がどんな反応をしたのかは分からない。ただ普通の人であれば、元の形に戻れないような発言をしてしまった気だけはしていた。


 でも、俺は、俺には……


「何もないからさ」


 足を止めずに立ち去る俺には、正午を知らせる放送と音楽は全く聞こえなかった。



 一度帰宅した俺は、家族からカインと同じような事を言われた。農民とは思えないほどの屈強な体格の短髪灰色頭の父からは「冒険者になるのだろ」と言われた。

 俺と同じ様に大きな目をした母からは「カインくんとアーニャちゃんと一緒に魔王でも何でも倒しておいで」と言われた。


 「冒険者にはなれないんだ。どうやっても……」そう言えれば少しは気が楽になったのだろうか。しかし、そう説得するために必要な筋の通った理由も、たった一言口を開くための勇気も、この時は持ち合わせてはいなかった。

 純粋な期待を不純で自分勝手な我が儘で塗り潰したようで後ろめたく、俺は二人の目を直視できない。


 そして何よりも、そんな二人の期待の眼差しが痛くて、さらに先ほどまで話していたカインたちへの対応が余りにも大人げなくて、俺は行き場の無い気持ちを抱えていた。


 結局俺は他者からの良心と期待の重圧に耐え兼ね、気付いたときには、下手くそな作り笑いで逃げるように家から出ていた。


「隻腕オークの豚屋敷……だったよな」


 俺は、夕焼けに赤く染められる石造り建物の並ぶの通りを、肩を揺らしながらショボくれたように歩いていた。


 本来の予定では、女神スキルの授与が首尾よく運び、自立するつもりだった。なので、これからの住まいとなる宿屋も確保してあった。


 父の手伝いで貯めたゴルドの大半はその宿屋の前金に使われ、現在の手持ちは乏しく、職無しでは一週間もつかどうかといったところだ。


 そのせいもあって、引くに引けない状況となっていた俺は、重い足取りで十五歳男子には決して軽くない大金を支払ったこれからの住まい『隻腕オークの豚屋敷』へと向かっていた。



 足取りに合わせて、周りの風景がゆっくりと流れる。店仕舞いを始める八百屋、明かりをつける武器屋。薄暗く影を落とす裏路地。その全てがどうにも情報として正しく頭に入ってこない。陰鬱な心境の中では、只々それらは背景と化し、頭の片隅にも残らない。そんな点滅を繰り返す意識の中、ふと目を射す光に足を留めた。


 それは裏路地で赤い夕日が何かに反射した光だった。眩しさに現実へと引き戻された俺は、目を細めながらその反射した物へ目を向ける。


「ん?」


 人影のようだ。二人、いや、三人だ。


 レンガ造りの建物に囲まれたゴミの散乱する裏路地で、騎士と思われる比較的軽装な鎧を着た男二人に、一人の少女が囲まれていた。


 どうやらさっき眩しさは、本来の名目とは反し、凹みも汚れも無い鎧に夕日が反射したもののようだ。


 傷一つ無い成金ナイトは、下卑た笑みで何かを言っている。


 少女はそれに対し、距離を離すようにジリジリと下がりながら抵抗の意思を示していた。しかし、二人の騎士は、彼女を壁と体でぴったりと取り囲んで退路を断った。


 自分には何も出来ない。それぐらいのことは俺が一番わかっている。俺は見ない振りをして、顔を本来の進路へと向けた。そして何事もなかったように、右足を前に踏み出す。


 ーー踏み出す。足を一歩ただそれだけ……。


「って、そんなの出来るか!」


 目の前に迫る窮地に、俺の体は反射的に動いた。特に助けるなんて考えはなかった。ただ体が自然と動いてしまったのだ。


 相手は騎士だ。『騎士』のスキルも持っているだろう。冒険者で言うところのC級からA級相当の実力者だ。団長クラスにもなればS級にも匹敵する。更には出生も良く、王都でも指折りの講師が教鞭をとり、魔法から剣術までありとあらゆる知識を授けられる。


 その為、知能も戦闘力も平凡以下の俺が加わった所で、事態は好転するとは思えなかった。財力で収めるという選択肢も今の持ち金では到底出来ない。第一、金持ちが平民ごときのはした金で満足するとも思えない。


 それでも俺は無意識に地面を蹴っていた。生まれ持った正義感が見えない糸となり、俺の体を引き摺る。日の射す大通りから、影の蠢く裏路地と言う名の戦場へと。


 騎士の手が少女の顔へ触れるほんの手前で、俺の左手が騎士の手甲を掴んだ。


 数値上では、筋力100が掴んだだけであったが、その握力は騎士の高級そうな手甲を握り潰さんとばかりに締め付けた。


「ってぇなあ!なんだお前は?」


「アイト・グレイ。このリンドの街最弱の一人の男さ」


 そう口にして、やっと俺の意識は帰ってくる。使命感と正義感は意識の帰還と共に足早に撤退を開始。そうして、やっと俺と騎士との戦いが始まる。


 手を出してから自分がどれだけ無謀か気が付き、額に冷や汗が滲む。それでも不思議と後悔は無かった。


 掴んだ腕を力強く振り払うと、騎士は堂の入った仕草で手首を押さえた。恐らくは痛みからではないだろう。その仕草が板についているだけの猿芝居。それだけのことだ。俺の攻撃なんて例え剣を以てしても、大したダメージにはならない。


 臆病になりかける心を押し潰すように自分の胸を強く叩く。そして、落ち着いて状況を判断するため、加害者と被害者を見定める。


 周りの二人の騎士から意識を離さないようにしながら、ほんの少し後ろを振り返った。そこには黒髪の少女が警戒しながら、壁に背を押し付けていた。


 少女はこの夏場には相応しくないような長い黒髪だった。いや、言い方が悪かったか。ただ長いだけならば、それなりに多くの女性がヘアースタイルとして慣れ親しんでいるが、この少女の長いは全く別の意味を持っていた。


 後ろだけでなく全てが長いのだ。前も横も後ろも等しく。その長さは顎よりもやや長く、髪が顔を覆っていると表現できそうなほどだった。


 そのため顔は勿論、表情も窺うことも出来ない。しかし、表情が見えなくとも、目の前の三人を嫌がっている事は、血が出そうなほど固く握りしめた拳や、警戒するように動かす頭から嫌でも感じとることができる。


「アイト・グレイ……アイト……。ああ! あの、アイトか。いつも勇者とつるんでる!」


 カチン。


「おい、そこの騎士。今すぐここを立ち去れば、今の失言と恵まれたスキルに対する憎しみは忘れてやるぞ。どうする?」


 俺の大きな目は細められ、目尻は一気につり上がった。頬から下の筋肉が強張り、口が怒りでわなわなと震える。


 実力はともかく好戦的に振る舞う。勝てるわけではないが、どうしても一発食らわせてやりたい気持ちが沸々と芽生える。


 一方何故かケンカを売られた形となった騎士たちは、勿論引くわけもなく、鋭い眼光で睨み返し、腰に掛けられた剣の柄を握る。


「そうかよ!」


 提案は呆気なく撃沈された。実に当たり前、至極当然の結果だが勇者の関係者ともなれば手出しをしてこないという希望を僅かに抱いていた。こんなときだけ勇者に頼るというのは、流石に自分でも都合の良い頭をしていると思った。


 しかし、罪悪感に胸を痛めている状況じゃない。俺は自責の念をすぐに捨て去り、自分から見て左の騎士の顔面に拳を叩きつけた。ステータスの差でびくともしないかもと悪い想像が働いたが、杞憂で済んだようで、殴られた騎士は鼻血を滴し、顔を押さえながら大きく後ろに仰け反った。


 そこへ追い討ちを掛けるように、少女の手を引きながらタックルをかまし退路を作る。そして、勢いそのまま大通りへ向けて走り出した。


 敏捷の値が足りないせいで、先導していた俺は、すぐに少女に引っ張られ、後ろから盗賊のような汚い口調で怒号を飛ばす騎士に迫れるはめになった。


「おい! 待てや!」


「死ねよっ!」   


 後ろから、何度か剣を振る音が聞こえた。しかし、幸いにも空を切る音と壁にぶつけたような金属音のみで、背を裂かれる痛みも、内臓を貫かれる苦しさも無かった。


 後ろの現状が気になるところではあるのだが、もちろん、振り向く余裕なんてあるはずもない。敏捷70の俺がそんなことをすれば残り数メートルの距離だとしても、切り捨てられて仕舞いだ。今はただ前を向いて、ひたすら世話しなく魚のように口パクパクと開きながら呼吸をして、脱兎のごとく走るしかない。


 走れ!俺!例え息が切れても、例え体の一部無くなろうとも、決してこの棒みたいな役立たずの足を止めるな!


 本来短いはずの大通りまでの道がとても長く感じたのは、それだけ危機迫っていたからだろう。それでも、俺は無事大通りへと出ることが出来た。


 夕方と言うこともあってか、昼間とは違った人波があり、人を撒くのには適していた。勢いよく飛び出したせいで、目の前を通りかかった荷馬車に、鼻先を掠め取られそうになったが、寸前で少女に引き戻され、突っ伏すような姿勢でギリギリ停止出来た。


 少女はそのまま慣れたようにその荷馬車の荷台に掴まると、遠心力を使って俺を反対側に投げた。そして、自身も荷台に張り付くように体を回転させながら俺の隣へと降り立つ。


「こっち」


「おっ、おう」


 彼女は、透き通るようでハッキリと輪郭を持った声音で、俺を誘導する。その声音はこの状況には不釣り合いなのだが、どこか楽しそうに聞こえた。


「よっと」


「うっ、ちょっと待っ……」


「えい」


「うぇっ」


 固く握られた手を強引に進路へと引っ張られ、俺は荷馬車のようになすがままに付いていく。水路や建物を利用しながら、高低差を生かした逃亡劇を繰り広げる。そして、日が沈み、辺りが暗くなった頃に、俺たちは漸く騎士を撒くことに成功した。


 俺は顔を真っ赤にさせ、両膝に手を付いて肩で呼吸をする。赤熱した体から汗が滝のように流れ落ち、夜風によって熱せられた体が急激に冷やされる。


「うえぇ」


「大丈夫?」


「はっはぁ。助けた側がそれを言われたら元も子もないなぁ。でもありがとう。ちょっと苦しくて、足場が悪くて、先の事が心配だけど……大丈夫」


 少女は徐に心配していた。実際彼女は殆ど息も切らさずにここまで走ってきたのだ。その為、そこまで長くない距離を共に走り、異常なまでに苦しむ俺の様を見て心配するのは、当然だった。


 今俺たち二人は、リンドの街の外壁近くの建物の、青い屋根の上にいた。緩やかな曲線の屋根は、勾配が急な訳でもないが、足場としては如何せん不安定と言わざるを得なかった。


 周囲はすでに暗くなり、見渡すと民家の燈色の明かりが点々と灯り、窓から温もりが漏れだしている。一方、俺達のいる屋根の上は、冷たい月明かりによって照らされている。光と影。暖かさと冷たさが明確に区分されている。


 影の世界に立った俺は自然と空を眺めた。今までこんなに高くて開けた場所に登った事がなかったため、地平線まで続く夜空が広大に感じ、夜空に散らばる星明かりが普段よりも鮮明に明るく見えた。


 そんな夜空を同じ様に眺める隣の少女が目に入り、引き寄せられるように視線が移る。そして自然と見とれてしまった。


 黒い下着のような布地の少ない服に、黒いズボン。そしてこれまた同じ様に黒いローブを羽織っていた。

 そんな服装とは反対に、肌は透き通るような純白。月明かりで艶やかに青白く照らされる肌は、人を誘う色気を持ち合わせる。


 服装から察するに、『暗殺者(アサシン)』のスキルを持つ冒険者だろうか。


「ホントに大丈夫かい? 心配でならないんだけど」


「いやいや! ホントだって。大丈夫大丈夫」


 見とれていた俺は、急に此方を向いた少女に、つい赤面してたじろいでしまった。しかし、彼女は俺の反応には興味が無いようで、平然と会話を続ける。


「強がりは良くないよアイト。ほら、背中」


「へっ? 強がってなんか無い……けどっ!?」


 顔を赤く染めた俺は、気を反らすように自身の背中に触れる。そして、同時に絶句し、大きく目を見開いた。


 何だこれ? どうなってんだ? 背中が!


 その指の先には、紛れもない服が失くなった露出した背があった。


「もう一回聞くけど、大丈夫?」


 髪の下から覗く少女の口角が、意地悪げに僅かに上がった。


 

 隻腕オークの豚屋敷は名前のわりに綺麗。店主が皮肉で付けた名前。

 

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