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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
二章 峡谷都市スミュレバレー
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14 風呂ぐらいはゆっくり浸かりたい


 カコン。――カコン。


「ふう。マナが入ってるだけのお湯って、高を括っていたけど、これは中々」


 旅館に造られた『紫川の湯』なる名物温泉に、俺は腰を落としていた。

紫色の湯に昇る湯煙。そんな、ちょっとした如何わしさを感じさせる雰囲気を、木材で造られた『ネコオドシ』の音が律している。


 頭の中をグルグルと回る雑念が『ネコオドシ』が鳴る度に消えていく。


「これは本格的に毒されたのかもな。気をつけよ。さて、切り替えて明日の予定でも考えるか」


 俺は足を伸ばして首まで湯に浸る。波紋が緩やかに刻まれ静かに消えた。


 今日の目的の聞き込みは、冒険者ウェードへの聞き込みが最初で最後だった。観光に現を抜かしていたことも否定は出来ないが、原因は他にもある。


 ――圧倒的に冒険者がいなかったのだ。


「にしてもあれから誰一人として見当たらないとはな。服装だけで判断してるから、見落としてる可能性もあるけど、ダンジョンの前に居ても誰も来ないのはちょっとな」


 察するに、ギルドで冒険者の行方不明について、大々的に注意喚起されているのだろう。

 例え、今日のウェードの情報が正しく、低ランクの冒険者が安全だったり、深く洞窟に潜らなければよかったりしても、不可視の脅威に盲目的になれる人間なんてそうはいない。それに、そもそもそんな情報を知っている人も少なく、行方不明になるといった重要な箇所しか知られていないのだろう。


「となれば、冒険者への聞き込みは終わりにして、ウェードの言ってた湖を調べるのがいいかな。ぶっちゃけ怖いけど」


「へぇ、そうかよ! それなら潔く尻尾巻いて逃げな。三流。俺様が解決するまでは、膝抱えて泣いてろよ」


 静粛な水面が、唐突に現れたウェードによって不躾にも乱された。足を踏み鳴らし水飛沫を上げる彼の姿は、やはり子供のそれで、とても大人には思えなかった。

 そんなウェードは、俺の前までけたたましく歩み寄ってきた。声だけでなく顔まで細かく変化するので余計に煩わしい。


「はいはい。今考え事してるから口閉じてて。閉じられないなら……。えい!」


「うぉっ! 何しやがんだ! 急に頭突きしるてくるなんて! 恥を知れ」


「悪い。つい『何でこんな奴がスキルに恵まれてB級冒険者かたってんのかな?』って怒りが抑えきれなくなった」


 俺の頭突きを食らったウェードは、涙目で鼻を押さえていた。アリシアもなのだが、こいつらは過剰に反応しすぎだ。


「……犯罪者が」


「何だろうな。今までで一番刺さらなかったな。そのワード」


 負け惜しみとも言えない事実を呟いたウェードは、なぜか俺の前に腰を下ろした。


「わざわざ、そんな近くに座んなくてもいいだろ。寂しがりか?」


 すると、今度は顔を真っ赤にさせて俺に湯を叩きつけた。


「そんなわけあるか! 勘違いすんなよ。勇者フェンデルも一人で行動してるだろうが!それとおんなじだ」


 いや、答えになってない。


「そして、フェンデルが一人行動をとるのは、空間魔法を使うからパーティーは向いてないってだけだろ。おまえが空間魔法使えるなら別だけど」


「使えるか! 魔法の魔の字もない冒険者だ!」


 それはあまり声高に主張する内容ではないのだが……。どこまでいっても中途半端な冒険者だ。


「で? ぼっちのウェードは何で俺の前に座ったんだ?」


「ぼっちじゃねえ。寧ろおまえの方がぼっちだろ」


「生憎パーティーメンバーはいるぞ? 見ただろ。あの昼間おまえをガン見してた奴ら」


 ウェードは思い返すように上を見ると、ぼそりと本音を漏らした。


「ちくしょう。良いパーティーしてやがる」


「おー! その言葉が一番刺さった。おかしいな?」


 メンバーに恵まれている。……とは言い難い。スキルは二人とも残念だし、アリシアに関しては性能どうこうだけではなく、頭がおかしい。そう思えば男としては恵まれたが、パーティーとしては恵まれなかった。

 これからのパーティーの在り方に不安を感じながら、意識を目の前のウェードに戻した。


「結局のところなに? 用事?」


「あーと。暇だったから……」


 力なく水面に映った自分を見つめるウェードを見て、これ以上苛められるほど、俺は腐ってはいなかった。それに、一人の気持ちはわかる。昔は俺も孤立していたから。


「よし! なら、ダンジョンの話でもするか。中にどんな生き物がいるとか教えてくれないか? 見た感じだけど、初めて潜るわけじゃないんだろ?」


 俺が話をふってやると、ウェードの顔がぱっと明るくなった。性格はともあれ、やっぱりこいつは憎めない。


「おう。知りたいか。教えてやる。紫晶洞窟にはな、いくつかの生物の群れがある。死霊系のグール。獣系のガイアウルフ。昆虫系の一角虫。基本的にはこの三種が三つ巴の形で共存している。勿論無害なグリーンバットとかの洞窟に住まう生き物もいるが、冒険者なら気にするほどでもない」


「三つ巴か」


 グールは歯と爪を持つが、魔獣でもあるガイアウルフの土属性の防御を越えられない。ガイアウルフは素早く防御力はあるが、一角虫の毒には耐えられない。そして、一角虫は、死霊系の特権でもある状態異常無効により、グールに手も足も出ない。


「にしても厄介なのばかりだな」


 グールの状態異常無効でアリシアが無力化。ガイアウルフの防御力で俺の剣の無力化。一角虫の毒で多分俺の防御力も無力化。


「詰んでるな。唯一の救いはポンコツの中に有能なレフィがいてくれた所か」


 レフィの攻撃は『破壊者(デストロイ)』の力で、どの相手にも期待でそうだ。回復もあるので、俺も壁役としても一応機能できる。


「そんなに自信がねえんなら、別のダンジョンにいきゃあ良いのに」


「こっちもそれなりに逃げられない理由があるんだよ。半分は脅しで……半分が意地だけどな」


 一つはギルドマスター・ヒイラの脅し。もう一つはサリスの、友人への恩義って所だ。

 なんだかんだ言っても、俺が冒険者になれたのもサリスのお陰であり、レフィとパーティーを組んでC級クエストを受けれたのも、突き詰めればサリスのお陰だった。


「何なら俺様が代わりにやるぞ! 俺はB級冒険者だ。魔獣なんて余裕だから、素材位ならどうにか出来る」


「そうか。でも悪いな。俺がやりたいんだ。俺たちの力でな。それに、魔獣たちとの相性こそ悪そうだが、所詮魔獣だろ。この前戦った魔物の下って考えれば、その程度にしか感じない」 


「魔物だと!」


「あー。そうか。魔物って珍しいんだったか」


 ウェードに驚かれるのも無理はない。自分でも現実感がないのが本音だ。それでも、着実に経験として詰み上がっているのは事実だった。


 湯煙が騒がしく揺らめく。


「おまえが蒼の森の魔物狩りだったのかよ……」


「ん? まさか広まってるのか? まあ、ウェードが言ってる人と俺は全くの別人かもしれないが、蒼の森で魔物を倒したのは、俺たちもだ。あのときは運と相性が良かった」


 特段気にせず返した言葉の重要性に気付いたのは、言葉を並べた後だった。魔物を倒す。それがどれ程の偉業なのか、感覚が鈍くて忘れていた。ウェードに驚かれるのも無理はない。


「ああ。有名さ。そりゃあな……」


 しかし、そこからのウェードの反応は、俺の想定していたものと違っていた。ギルドで受けた称賛や驚愕とはまた違った、煮えるような感情の波。緩みかけていた空気が張り詰めたのを感じ、顔を強ばらせる。


「そうか。そうだったのか。だからおまえみたいなのが此処にいるのか! 俺から任務を奪うために! 魔物を倒した英雄様がっ!」


「落ち着け。誰もそんなこと言ってないだろ」


「いや! そうだろうが! 今の紫晶洞窟に普通の冒険者が来たりするわけがねえ。それこそ馬鹿か事態の解決に努める者だけだ。魔物を倒したおまえがどっちなのかは、見りゃわかんだろ!」


 的外れとも言えない想像に拍車がかかり、落ち着き始めていた口数も増え始める。仕事を取るつもりはないのだが、偶然内容が類似しているので否定しようにも出来ない。

 面倒くささと哀れみを感じながら、ウェードが静まるのを湯に沈んで待った。


「いいか! この任務は俺の俺だけの任務だ! 誰にも横取りさせるかよ。絶対に見返してやる。ギルドの奴らもおまえも」


 ウェードは立ち上がると足早に浴場から姿を消した。何となくだが余裕がない冒険者が、どのような末路を辿るのか想像できるので、少しだけ心配になっていた。


「何もなければ良いけどな……」


 アリシアがいれば、間違いなくフラグだと言い出すだろうセリフを、俺は無意識に口にしていた。


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