196 繋がる伏線
容赦のない血の攻撃が足場を埋め、さらにはその上も埋め尽くすように暴れまわる。リンゴ一つまともな形を保てないほどの密度の攻撃は、なるほど『始祖』と呼ぶには相応しい。
じゃが、それもまだ対応できる。
膨大な攻撃範囲の中で、姿勢を低くしつつ、手に握った赤いガラスのような魔剣、ロザリアで凪払いギリギリの状態で回避する。
やはりな。やはりじゃ。
戦えば戦うほど確信に変わっていく。クアリル。こやつは既に詰んでおる。
妾の準備のお陰でもあるが、それ以上にここまでの過去のクアリルの戦いが影響しておる。トロとの戦闘。あとは毒娘との戦闘じゃ。
「どうしたクアリル? 死期を悟ったか?」
「そう見えるのか? この規模の『血の宣告』を前にして」
「そう見えるな」
クアリルは口を閉ざし、遠距離から残爪を放つ。足場を満たす血と同時の攻撃じゃ。しかし、それも難なくとまではいかないにしても、余裕を持って回避できる。
普通であれば当たっておる。じゃが、クアリルは普通ではない。
攻撃を回避しつつ、一歩一歩と距離を詰めていく。所々傷は付くが、それでも致命傷には程遠い。
妾がクアリルと戦うとなれば、もっと被弾するのが普通じゃ。そもそもの戦い方が雑な妾が、このレベルの技に当たらないわけがない。しかし、それでも当たっておらん。
「ロゼ……。何をしたのだ。魔剣を持ってからか……。どんな手を使っているのだ?」
「こちらが強化でもされたと思っておるのか。自分の実力不足を他人のせいにするなど、外道な『始祖』にはお似合いじゃな」
「このクアリルに向かって軽口がすぎる。すぐに黙らせてやろう」
クアリルが大きく広げた両手を胸の前で合わせる。すると、その動きに追随するように、妾の両側にせり立った棘だらけの赤い絶壁が、妾をただの肉塊に変えようと迫ってくる。
じゃが、それも一つ遅い。――遅れておる。
血の壁が閉じる前に、悠々と範囲から逃れる。その際も逃げ道を塞ごうと血を操っておったが、やはりこれも発動までが遅い。
この微かな速さの差。これはトロのもたらした疲労のせい……ではない。それも一つの伏線とはなっており、おそらくクアリルも今の状況の要因の一つとでも思っているであろうが、根本的に違う。
クアリルはこの場に訪れる前まではセイラルとペリュレと戦っていた筈じゃ。そして、そこで妾らはあやつに全てを賭けておった。
――間違いない。この動きはアリシアの毒じゃ。まさかアレを使うとは思わなかったがな。
アリシアの毒はいくつか経験したことがある(アリシアが阿呆じゃから)。主に妾が目にするのはアイトに盛られた毒の効力なのではあるが、その一つに今のクアリルの状態と類似するものもあった。
「しかし、あれを使うとはな。もっと手早く『アブソーブ』? で、よかったのではないのか?」
「……撹乱のための虚言。そう受け取るのが得策か」
「自分の置かれている状況への無理解を虚言として諦めるか。聡明なクアリル様じゃな」
「……いや、我は間違っておらん。ただロゼの動きが想定を上回っただけだ。であれば、その想定をも越える力で蹂躙する」
――来るか。
おおよそヴァンパイアでの最も利にかなった戦い方は『血の宣告』と近接戦の両用であろう。手数が多く、致命傷となる強度の技も多い。まず二本腕二本足で対応ができる手数ではない。
じゃが、今の妾相手にそれは無謀であるがな。
ロザリアの形状を速度に特化した細剣へと変える。赤い線が細く伸びた瞬間には、妾の目の前で血が爆ぜる。その血のカーテンを突き破り現れたのは紛れもない本気となったクアリルじゃ。
血による目隠しか。
顔を背ける背けた側の肩に血の剣が突き刺さる。
体力694(黄)。
「ここからはヴァンパイアとしての力の差を見せつけよう。そうだな。回復力勝負だ。ガードなしで斬りあおうではないか」
「腹を決めたかようじゃな。クアリル」
「これであれば攻撃は外れまい?」
さも自分が有利な状況を作ったとでも言いたげクアリルは頭を傾ける。
肩から剣が抜かれる。そこから舞った血の雫が妾とクアリルとの戦いの開幕の狼煙となる。
取り回しの良い細剣がクアリルの体を傷つけ、代わりに妾の体をクアリルの剣が傷付ける。時折攻撃を弾きあい、それでも互いを斬るためだけに宙を走る剣先を赤い目で追い続ける。
体力539(黄)
――まだじゃ。
体力403(黄)
――この隙ではまだ足りん。
「やはりな。剣でやりあえば我に分があるだろう! ロゼが何を考えているかなど、この際どうでもいい! 結局は力で潰し、血を奪えばいい」
「ふっ。もしや、自分が有利とでも?」
「どちらの血が多く流れているかを見ればわかるであろう? うん?」
「であれば、しかと自分の体を見ろ。――血だらけの体をな」
「我が血など流す筈が……」
目で自分の体を確認した訳ではないが、クアリルの動きが硬直した。強すぎて忘れておったのであろう。慣れすぎて痛みを感じなかったのであろう。じゃが、それが敗因じゃ。
「何故!! 傷が治って……」
「大きすぎる隙じゃな」
「グアッ……!!」
ようやく現れた隙に、妾は長剣に変形したロザリアを差し込んだ。それが誰よりも待ち焦がれた復讐と断罪の始まりの一太刀となる。
血が浮かぶ。それは妾の知るゲルティアのヴァンパイアの血ではない。人間の血のように、意思もなく地面に落ち、ただ役割を終えて朽ちていく。
クアリルが後退る。そこに追撃を合わせるが、紙一重で繋がっておる胴体を『血の宣告』を纏い酷使し、クアリルは妾の追撃を受け止める。
じゃが、その顔。ふふっ。なるほどな。アイトもアリシアもこれを味わっておったのか。
「存外……」
妾は過去の父の顔を思い出しながら悪戯に笑う。子供のように品もなく。
「はっはっはっ! 強者を手折るのは気分が良い」
「貴様……」
「最早隠すまでもない。いや、誰に殺されることになるかは知っておくべきであろう」
妾はさらに剣を振るう。クアリルは血を纏い対応するが先程のような動きはない。徐々に遅れてきておる。
「一つ、妾との動きの差は、何も妾が速くなったのではない。貴様が遅くなっておったのじゃ」
「遅く、だと。……毒か」
「心当たりはあったようじゃな」
最初こやつと戦うと決めたとき、まずアリシアがどんな毒を入れたかを考えた。あの変態のことじゃ。絶対に何かしらの毒を入れるとは確信しておった。何せアリシアじゃからな。
「だが、我の体に違和感などはない。頭も冴え渡っている。体も……」
「それじゃ。奴の毒はそういう毒じゃ」
おそらくアリシアは、クアリルに気付かれないような毒を選んだ。普通の、いわば痛みや苦しみを伴うような毒ではない。より気付かれにくく、そもそもの身体機能を落とさない毒であろう。
アイトに食事の際に混ぜておった毒。おそらくあれじゃ。
「体と精神との動きに差を作る毒。とはいえ、かなり弱い濃度であったのか、妾やレイザンのレベルでなければ隙にもならんがな」
目に見える変化がないゆえに、毒が入っておるかも判断ができなかったが、こうして戦えばわかる。あまりにも動きにズレがある。例えば血と剣術の併用。これは露骨に動きにズレが出ておった。
「……それだけではないだろう。何をした! それだけで我の体が回復しなくなるはずもない!」
「そちらは毒ではない。妾のロザリアが何でできおるか知っておらんのか?」
「……何の魔物だ」
妾ら四天王には、魔王アズル・エンガレオンから各々特級魔物を素材とした魔剣が与えられておる。その一振が妾の魔剣ロザリア。
その魔物は三メートル程の赤い結晶でできた甲羅を持つ亀だったそうだ。草食であり、他者を傷付けようとはしない温厚な魔物。しかし、保有する力は強大であり魔王自らが挑みに行くほどであった。奴の力はマナそのものを再現なく溜め込むだけではない。奴の真価は後出しにある。
魔法を浴びればその瞬間から魔法を吸収し、同等の魔法を体に纏う。火を浴びれば火を吸収し自分の力として火を纏う。そんな力じゃ。
例外は存在しない。全てのマナから発生した類いの技は全て吸収される。水も、風も、雷も、土も。――そして、光も――
「『結晶亀ロズウエルド』。全属性の魔法を取り込み自分の力として扱う特級魔物。その甲羅の一部を用いて作られたのが妾の魔剣ロザリアじゃ」
「まさか貴様っ!」
「運良く情報もあり、適任もいたのでな。たんまりと溜めてもらった。――光魔法をな」
あのサルメと呼ばれる人間の顔が思い浮かぶ。今頃、妾の力になれたと胸を張って誇らしげにしていおるのであろう。わざわざ褒めるつもりもなければ、むしろ態度が大きすぎて苛立ちさえ覚えるであろうが、それでもこれが終われば礼ぐらいしてやろう。
状況の悪化を察したのかクアリルが大きく後退する。本来であればこの状況では足止めのために『血の宣告』を動かすのだが、混乱が大きく血の操作ができておらん。
「今じゃ!!」
踏み込んで体にはマナ強化。剣には光属性を纏いクアリルへと切り込む。普通であればクアリルの血の鎧を両断などできないであろうが、光魔法はそれさえも可能とする。これこそがヴァンパイアの唯一の弱点。そして、クアリルを殺すためにできる妾の唯一の策じゃ。
腕力と光魔法による強化によって、剣がクアリルの血の鎧へと入り込む。焼けたナイフでバターを切るような感覚。一息に切断できる訳ではないが、今はそれで十分。
「くぅっ……」
クアリルの腕に切れ込みが入る。切断をしたかったが、傷だけでも及第点。奴はこの剣を受ければ、その傷をまともに回復できないのだから。
じゃが、まあ余裕があるわけでもないがな。
回復できない唯一の弱点が妾の手の中にあるが、それも有限。どのぐらいサルメが魔法を貯めたかは行き当たりばったり。ただ、元々鍛えもしていない光魔法であるので、質も量も十分とは言いがたいのが現状だと理解はしておる。
だからこそ必要な一撃で戦局を決めるべきではあったが。
体が真っ二つになりかけてもなお『血の宣告』を纏い体を維持するクアリル。体を血で繋ぎつつ、その上に鎧まで作っておる。まだまだ致命傷とは程遠いか。
さらに一撃とロザリアを両腕で振り上げる。それを今度は間一髪で体を傾け回避される。
まだまだ。まだまだじゃ。
ロザリアの形状を短剣へと変化させより深く懐へ潜りこむ。反応が遅れるクアリルに対してであれば一撃の威力よりも手数の方が効果が出る。
繋がれたのじゃ。両親から、トロから、アリシアから、レイザンから、リエから、そして、グレンから……。
ただ一つの目的のために。家族を守るため。国を守るため。妾を守るため。各々違う方向でありながら、ただ一つクアリルを倒すために繋ぎ続けた。
「その最後が妾であるのであれば、艶やかに華々しく幕を引く!」
「幕を引くだと? この我を? 不滅であり、最強であるこの始祖たる我をかっ!!」
より近い間合いで互いの武器がぶつかり合う。妾の短剣を、並々ならぬ技術で血の手甲で打ち落とすクアリル。その生きることへの執着と集中力は、並の生き物とはやはり異なる。
「この我が追い詰められるなどあるものか! 我には使命があるのだ! ヴァンパイアの復権!! この魔人どもの支配する世界を変えるという使命が!!」
「誰も望んでおらぬことを使命などと形のいい言葉で誤魔化すでない! 貴様はただ憂さを晴らしたいだけであろう! 昔負けたその魔人の王へのな!」
妾の魔剣が欠ける。クアリルの手甲もひび割れる。しかし、それでも止まらぬ。互いの感情を原動力に本能だけを剥き出しにして腕を振る。
どちらのものかわからぬ血が飛ぶ。それを気にするまでもなく、近すぎる互いの顔だけを睨み意思を押し付け合う。
「我は皆のために戦っているのだ!! 貴様と違ってなロゼ・アルメリア!! 誰にも求められていない存在であろう! であれば大人しく我の礎となれ!」
「誰にも求められていないじゃと?」
頭に孤独な妾の姿が浮かぶ。一人の幼い黒髪のハーフエルフの弟を抱いて、誰からも一人で守り抜こうとした妾の姿が。
……違うな。違うのじゃ。
「――妾もそう思っておった」
「思っていた? 事実であろう」
「違うな。今は違う」
妾は一人ではなかった。アイトという命を懸けられるほど信頼できる仲間に出会い、その少し頭の足りない陽気なパーティーメンバーに出会った。都市を落とそうとした妾を許したエドワルド・エクシス。妾へ、母へ贖罪をしようとしておったベルドラン。ハーフである妾を真の意味で認めてくれたレイザン。
そして、誰よりも初めから妾を守ろうとしていたグレン。
「妾は妾として求められておる。ヴァンパイアであり、エルフであり、我が儘なロゼ・アルメリアをな。だから、妾は一人ではない。貴様とは違ってな」
逆手に持ち変えた短剣をクアリルの腹へ突き出す。クアリルは両手で止めようとするが、それを貫いて腹に穴を開ける。
「ふぐっ……ローーゼーー!!」
「っく」
血の球体が妾とクアリルの間に現れ破裂する。攻撃は届いた。体力も削れた。しかし、また距離が離される。
痛々しいその肉体を翻し、取り繕うようにクアリルは『変化』を施すと、黒曜石でも張り付けたような黒光りする竜へと様変わりする。
「空へと逃げるつもりか」
「我が逃げるだと? この我が獲物を前に逃げる訳がないであろう! ロゼ!」
一つの羽ばたきと共に下へと向かってブレスが吐き出される。肉体と負けず劣らずの黒い炎は、地面にぶつかり、下から上へと巻き上がるようにして這ってくる。周囲の建物の二階の高さまで焼き付尽くされる。規模が並の魔法とはレベルが違う。
範囲が広すぎる。回避は不可能。受けきる。
「ロザリア!」
ロザリアに貯蓄されたマナをふんだんに用いて、その剣の大きさを肥大化させる。大剣よりもさらに大きな剣は、妾の腕力をもってしても、まともに振りかざせないような大きさとなり、妾と黒い炎の間に盾として顕現する。
受けきる! これがおそらく奴の最後の切り札じゃ。耐えろ! 思い出せ! アイトの戦い方を!
土石流にでも抗っているかのような重みが剣にのしかかる。それに不格好に足を地面突き刺し、剣を支えて耐える妾。華麗さなどない。ただどこぞのアイトのように勝算も理性もなく、気合いや根性などという暑苦しい信念だけを芯として、体を曲げずに力を前に前にとかけ続ける。
「はぁぁぁぁ!!」
「死ね。ロゼ!! そして我の力となれ!」
ロザリアの端が炎によって少しずつ塵へと変わる。ロザリアの力をもってしても吸収しきれない炎が、ついにロザリアを傷付ける。
もて! 妾のマナとロザリア!!
妾がマナを送り込む度に『ユグドラシルの加護(子)』が発動しMPを黄色から緑の表記に戻す。それがあり得ないほどの頻度で繰り返され、数秒で体に疲弊よりも害悪な重みが現れる。しかし、それでも背後で誰かが妾の背中を支え続けておると言い聞かせ、マナと力をかけつづける。
耐える。耐えよ!!
マナが足りず再生できなくなったロザリアがより小さくなる。もう妾一人をギリギリ隠せるかわからない程度。いや、既に体の端が焼けておる感覚がある。もう限界じゃ。それでも。
「はぁぁぁぁ!!」
自棄に自分の声が大きく聞こえた。その瞬間に我に返る。
――ブレスが止まった。
「くっ、生きているかっ」
「ここじゃ!!」
痛む体など興味はない。あの黒い翼で空彼方へと飛び立とうとするクアリルを仕留めるには今動くしかない。
体が回復しておらぬ。それでも妾は空高く飛ぼうとする竜目掛けて足場を選ぶ。
まだ行ける。幸いここは街中。そして、足場もないような建物には、レイザンの魔法の残り香として木々が纏わりついておる。爪先をひっかけ駆け抜ける。
一歩一歩と上へと駆ける。クアリルはまだ建物よりも低い場所にいる。そして、その最後の燃え残った生命の宿る木の枝に足の裏を押されて、クアリルよりも高く跳ぶ。
「空中では逃げ場がないぞ!! ロゼェェ!!」
「先に首を落とせば関係などない」
ボロボロとなり刃さえも失ったロザリアの形を削り一つの武器とする。普段扱うような強靭な大剣ではない。少ないマナと今のロザリアにできる最大の形。細長く繊細な刀の姿。
薄く伸ばされたロザリアが月光を透かし、既に下に見えておったクアリルの竜の顔に赤い影を落とす。
落下の力。体に残った回転の勢い。あとは……。
「貴様と戦い続けてきた者らの意思じゃ!!」
最後に最も重い要素を乗せて、ロザリアが空気を切り裂き竜の首へと振り下ろされる。
「あっ……あぁぁぁっ!!」
「ふっ」
軽い手応えじゃったな。はっ。もう妾の体はほとんど動かぬというのに。
大の字になり地面に向かって落下する妾。役目を終え砕けてマナの塵となるロザリアの赤い欠片の向こうに、胴と頭とが分かたれたクアリルが落ちている。
――受け身も取れんな。
諦めて衝撃に備えておると、地面に背が激しく衝突する。並であれば骨程度折れていたであろうが、ここにもレイザンの魔法の成果があり、焼けた植物の亡骸が妾の背を受け止めておった。
そして、その隣にクアリルも落ちる。強い衝撃を伴って叩きつけられる竜の体と、ボールのように転がるその頭。光魔法の纏われたロザリアで斬られたため回復もできず、頭だけの状態で化物らしく嘆いておる。
「この我に……たかがヴァンパイアの分際で……! 我の子孫とも呼べるような者が傷をつけるなど! 恥を知れ!! 覚悟はできておるなぁ!!」
「死にゆく者に興味はない。死ぬまでの時間が運良く得られておるのじゃ。黙って自分の棺でも選びにいけ」
「フッ。ふははッ!! この我が死ぬと!? 死なん!! 魔王相手に生き延びた我が死ぬわけがないであろう!!」
最後の強がりじゃ。そう思いたいが。
首を斬ってから死ぬまでがあまりにも長すぎる。ここまで話せるだけの生命力があれば、このまま傷が治ってしまうのではないかと不安になる。
妾は……いや……。
形を失った妾の魔剣。あれにサルメの光魔法を込めることでヴァンパイアの再生能力を妨げた。しかし、あの最後の一撃の瞬間にその魔法の力が残っていたのかは怪しい。
――怪しいのであれば素手ででもよい!! 必ず妾がここで仕留める!!
歯を食い縛り可能な限り以上の動きで起き上がる。この後にまともに動けなくなるような最後の力を振り絞って立ち上がった先で、竜の頭となったクアリルが怒りを織り交ぜ笑っておる。これは死の間際の顔ではない。
「時間切れだ。ロゼ。次は必ず……」
「待て!!」
その瞬間竜の顔が弾けた。黒い影のようなコウモリが何匹も現れ、四方八方に飛び去った。手を伸ばすが、今の妾では羽に足では追い付けず、言うことを聞かない足が重石となり膝をつく。
「必ずだ。必ずロゼも、ロアも、グレンも! 全てを我の手中に納めてやる。我は不滅。怯えて生きることだな! ロゼ・アルメリア!!」
「……っ。クアリル」
どこからとも特定できないクアリルの声に悔しさと無力感で膝をつく。じゃが、それはあくまで妾の復讐心の問題。殺せなかったことへの悔しさのせいじゃ。しかし、今回はそれ以上に安堵していたのも間違いない。
倒せなかった……が、奴は終わりじゃ。もうこの戦には関与できん。妾らの戦の局面においてはこの結果は勝利でしかない。
「それにじゃ……」
既に役割を終え妾の手の中から消えてしまったロザリアの残像を握りしめる。
「もう二度と奴はここまで這い上がってくることはない」
やれやれ。本当に疲れた。いつの間にか妾の信念は消えておったな。エルフのためには剣は握らない。まあ、よい。ここまで来てしまったのじゃ。妾も巻き込まれるだけ巻き込まれてやる。
付いた膝を持ち上げて前へ。まだ戦は終わっておらん。数多のヴァンパイアはエルフの騎士どもがなんとかするとしても、奴は……四天王『力』オーグエがいる。奴を倒すためにも。奴を倒すために時間稼ぎだけをし続けておるアイトのためにも……。
靴が地面の上を滑った。ああ、なんじゃ。靴もほとんど焼けておったか。
「まだ……まだじゃ」
「いや、無理だロゼ。ロゼの役割はここまでで十分だ」
「……レイザンか」
「うむ」
倒れかけた体を木のような安心感で支えておったのはレイザンであった。グレンを安全な場所へ運んだ後、妾の戦いに駆けつけてくれたようじゃ。余計なお世話じゃな。
「――妾が行く。半端は性に合わん」
「駄目だ。わかっているだろう。今のロゼでは戦えん。ロザリアも……」
「では、誰がおる! オーグエの戦いは各戦場から手が空いた者を送り込む算段であったはずじゃ。クアリルがここまでやって来たということは、ペリュレ、セイラル、ホアンの三人は敗北もしくは動けない状況にある! 残された動ける者など妾と主しかおらぬではないか!」
今もアイトがまともな攻撃手段も持たずに戦っておるのだ。もう妾は失いたくはない。誰も仲間と呼べるものは決して……。
レイザンの腕が揺れる。しかし、妾の体を離すことなく、溜めがあって抱き上げられる。
「わかった。私も同行する。だが、その前の問題もある」
「問題だと?」
「ああ」
そして、次に語られる話を聞いて、妾はようやく本来の事態の深刻さに気付かさせられることとなる。
「――空間ゲートが占拠されている。今の私たちにはホアンもいなければ空間ゲートもない。つまりは……アイトの元へ向かえない」
そういうレイザンの悔しがる横顔に妾は厳しい言葉の一つも投げつけられなかった。
ご愛読ありがとうございます!!
ようやく、ロゼパートの投稿の終わりです。ここからはアイトパートに入っていく形ですが、一度区切りの良いここでお休みをいただきます。現在の進捗に関しては、三、四割程度となっております。次の投稿はかなり後にはなるとは思いますが、気長にお待ちいただければ幸いです。
伏線を楽しみながら拾い集めて書いていきますので、また投稿する日まで。ではでは!!




