9 理不尽な面接
ヒイラから依頼を受けた俺は、部屋を出ようとしたのだが、思いもよらず足を止められることになった。
「そう言えば指名手配犯君。言い忘れていたが、C級以上のクエストには、ヒーラーの同行が必須となっている。忘れないように」
「あれ? 指名手配? 聞き間違えかな? 聞き間違えだよな。そうだよ。助言してくれただけだ。じゃないと最初と終わりで込められた意思が違うもんな」
「どうした? 焦っているのか? 騎士暴行の罪で追われる身のアイト・グレイ」
「これ、助言したかったわけじゃないみたいだ!」
脅しか? 脅しなのか? でもこうして、引き受けたのにも関わらず、脅される意味がわからない。
背を向けたまま硬直し、冷や汗を流す俺。淡々とした口調で追い詰めるヒイラ。
そんな二人の間に、何故か動揺一つしていないアリシアが口を出した。
「ちがうんだ! この人はクレイ・アイトだよ! そんな極悪非道な大罪人と間違えないで欲しいな!」
「おい! アリシア! 知らない人のことでも、大罪人なんて言うんじゃない! やむ得ない事情があったかもしれないだろ!?」
助け船のような泥船を出された俺は叫んだ。善意かなんだか知らないが、アリシアのフォローは大抵助けにはならない。
「ああ、そうだったか。きっちり偽名登録もしていたんだったな。なら、大丈夫だろう」
「あれ? どう言うことですか?」
未だに話の読めない俺は、怪訝な顔で聞き返すことしか出来なかった。
「いや、忠告のつもりだ。これからのお前たちの手順としては、治癒術師を雇う。スミュレバレーに向かう。になるのだが、その途中で騎士に捕まるなんてことがあっては、私としてもたまらない。だから、気を引き締めろと忠告したのだ」
「なるほど。素性を安易に明かさないってことですね。納得しました。肝に命じておきます。けど一つだけ。指名手配犯は止めてください! 心臓に悪いです!」
にしても、他の街まで伝わっているとは、騎士の手回しの早さに驚かされる。それと同時に危機感も出てきた。
こうして、ヒイラに精一杯釘を刺されて、俺は部屋を出た。
さてと……
「面接するか」
俺は受付に向かい、治癒術師募集の張り紙を作るのだった。
*
募集の張り紙をして一日。意外なことにかなりの人数が集まったらしく、ギルドの一室を借りて、すぐに面接をすることになった。
部屋に入ってすぐに長机。その先に俺とアリシアが座り、入り口側に治癒術師が陣取るような家具の配置を、アリシアは手早く済ませた。
「うん。なるほど。良い感じだよ。ところでアイト。どんな基準でメンバーを決めるか話し合っておこうよ」
アリシアの唐突な提案だったが、正論だったので俺は頷いた。
「回復魔法に関しては、低レベルでも問題にはならないし、重視すべきなのは、自分の身を守れるかどうかだな」
「そうだね。盾になるアイトの体は一つだからね。でも、欲を言えば攻撃力が欲しいよね。このパーティーの穴だし」
「治癒術師に求めることじゃないな! 気持ちはわかるけど!」
むしろ治癒術師じゃなくて、高火力の魔法使いか、マルクのような剣士でも雇いたいくらいだ。でも、こんなF級パーティーに入る物好きいないだろうし、そもそもC級クエストのためなので、治癒術師以外の選択肢がない。
先の不安を感じながらため息をつくと、扉がノックされた。早速一番手の入場だ。
「そんなわけで始めようか。どうぞー」
「初めまして。私D級ヒーラーのシオと言います」
「そこの席に座って下さい」
俺は立ち上がり丁寧にお辞儀すると、彼女が座れるように椅子を引き、自分の席に戻った。
「では、早速ですが、どんな技能があるのか、簡単に紹介をお願いします」
「私の治癒魔法は一般的な『ヒール』です。戦闘面は全くですが、『リフレッシュ』もあるので治癒術師の仕事はしっかりこなせます」
ほお、これは中々好感触。治癒術師としての能力に問題はなく、物腰も柔らかく性格も良さそうだ。この人なら……。
確かな好感触だったが、隣にいるアリシアの表情は芳しくない。見下すように顔を傾け、無表情でシオを見つめている。
違和感に気付いたシオは、恐る恐る口を開いた。
「あの……何かお気に召されませんでしたか?」
「お気に召されませんね。『リフレッシュ』? あなたはその万能なんて呼ばれる簡素で陳腐な魔法を、私たちのパーティーで使うつもりですかぁ? あの低レベルな魔法で、状態異常を治ったと勘違いした冒険者たちが、どれ程犠牲になったことか……」
急にベラベラと捲し立てるアリシアにシオは唖然。しまいには涙目になった。流石に見かねて俺はアリシアの後頭部を押さえ頭を下げさせた。
「すみません! こいつ。多分嫉妬してるんだと思うんです。本当にすみません!」
俺とアリシアが必死に頭を下げる中、扉が再び開かれ、寂しく閉ざされるのを聞いて、ようやく顔を上げた。
「バカ野郎! なに考えてんだよ! 良い物件だったじゃないか! わざわざ無駄に傷付けて逃す意味なんてなかっただろ!」
顔を赤く膨らます俺の目を、アリシアが拗ねたように口を尖らせて見た。
「だって仕方ないじゃないか! 『解毒』と『リフレッシュ』は決して相容れないんだ!」
「だからって言い方があるだろ。嫉妬か!?」
「違うに決まってるじゃないか! キャラが被るのさ! それに私は先生に習ったんだよ『リフレッシュ』とは仲良くするなって。目の前に建ったマスバーガーを見るモグドナルドのような視線を送れって!」
「最後は先生の言葉じゃないだろ。絶対」
意味がわからない発言をするのはアリシアだけだ。にしても、ここまで『解毒』と『リフレッシュ』に軋轢があったとは……。思わぬところで問題が発生した。
普通、治癒術師は回復魔法と補助魔法セットだ。その補助魔法の中でも『リフレッシュ』は人気枠。なので『リフレッシュ』を持たない治癒術師なんてそういない。
頭を悩ませながらも、アリシアと自分を落ち着かせるために、要点をまとめた。
「なら、今回の採用条件は、最低限回復が使えて、『リフレッシュ』持ち以外でいいな。でも、今度は例え『リフレッシュ』持ちでも怒るなよ。ただでさえ評判悪いんだから」
「わかってくれたんだね! 流石アイト!」
「わかることを諦めて意見を飲んだだけなんだけどな」
ココン。
ちょうど話が纏まったタイミングで、先程よりも力強く扉が鳴らされた。
「どうぞ!」
俺がそれっぽく音程を少し上げて応えると、扉が押し開かれた。
「こんにちは! 自分ヒックって言います。C級の治癒術師です。その席に座っても?」
「ん? ああ、どうぞ」
入ってきたのは青年だった。歳は俺よりいっているだろうか。
勢いのある話し方と言うべきか、自分中心の話し方と言うべきか。ペースの早い話し方に意表を突かれた。
なんと言うか、苦手なタイプかもしれない。
「いやー。C級のクエストの募集ですよね。すごいですねぇ。冒険者なりたてでC級なんて。やっぱ戦える人は違うなあ。俺たち治癒術師なんか、戦えないから一人じゃろくなクエストも受けられないし、困ったもんです」
「うっ、うん。そうなんですね」
長い! 要点をまとめて話せ!
と言いたいところだが、数少ない治癒術師だ。ぞんざいな扱いは出来ない。
俺は出かかった言葉を飲み込み、話を少しでも前に進めるため本題に入る。
「どういったスキルを使えますか?」
俺のひきつった表情を見ることなく、青年は溜め息をついて語りだした。
「これがホントに大したものは使えないんですよ。『治癒術師』はありますけど、戦闘系はてんでで、『筋力増加』、『敏捷増加』程度の、いわば誰でも習得できるステータスアップ系のスキルだけ。いいですねえ。魔物を倒せるぐらいだし、二人はさぞや恵まれたスキルで冒険者ライフ楽しんでおられるんでしょう」
――こいつは俺に言ってはならないことを言った。
「自惚れるなよ三流」
「え?」
「何がこの程度のスキルだ。誰でも習得できる? 目の前の人間が誰だか知ってるのか?その簡単なスキルさえも手に入れられなかった男だぞ。そんな俺を前に恵まれてる? 何にだよ! 名声にか!? 女運にか!? 金にか!? なんでも良いから答えてみろ。その一つ一つの出来の悪さについて証明してやるよ! さあ、なにが恵まれてる!」
「ひっ!」
ヒックは怯えたように顔をひきつらせると、椅子から立ち上がろうとした。しかし、よほど怯えていたのか足がすくみ、やっとの力で机を支えに立ち上がると、壁に体をぶつけながら乱暴に部屋を飛び出した。
そんな滑稽な光景に、俺は清々しい表情で息を吐いた。
「ふう。スッキリしたな」
「ちょっと! アイト! どうしてくれるんだい! せっかくの治癒術師が! それにさっき自分で言ってたこと忘れたのかい?」
「いいだろ。どうせあんなのパーティーには入れるつもりないし。評判どうこうなら、仕方なしだ」
かなり自分勝手な結論だが、実際あれ程の性格の悪さなら、俺たちの悪評を広める彼を、そもそも周りは相手にしないだろう。
そんな思いを口にはしなかったが、何処となく感じ取ったアリシアは、納得したのか小さく頷いた。
「よし! それなら次にいこう」
「でも、あの姿を見た外で待っている治癒術師はどう思うかな?」
怯えた顔。うまく歩けないほど震えた膝。化け物にでも会ったかのように焦る様。んー。
「やべ」
そこは考えてもいなかった。確かにただの面接で、極度に怯えながら部屋を飛び出してきた同職を見て、何も思わないわけがない。
「どっ、どうするんだ! このままだと旅にも行けずに立ち往生。下手したらギルドから追い出されるかもしれない!」
「それは、アイトのせいじゃないかな! 私は関係ないよ!」
「仲間……だろ」
「こんなときだけ肩書きを利用して……駄目だよ」
もし追い出されたら、俺は非常にも一人放浪することになりそうだ。俺は頭を抱えて悩み込んだ。
しまった。これもしかしたら、このクエストの一番の難所かもしれない。
かちゃり。
悩みの迷宮に立たされた二人は、唐突に聞こえた扉の音に顔をあげた。その人の顔を見て、俺たち二人は、死にかけた顔を蘇らせる。
「あのぉ。全員逃げちゃって……あとは私だけみたいです」
聞き覚えのある高めの声が降り注ぐ。今の俺たちにとっては天使の囁きにも等しい。
「B級治癒術師レフィ。私でよろしければパーティーにいれてもらえないでしょうか?」
そんな不器用にはにかむレフィの両手を、俺とアリシアは掴んで何度も頷くのだった。
セロリの創作料理は危ない。ホントに……。




