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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
四章 エルフ王国・セザレイン
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146 誤解なんてろくでもない

 

 待つしかできないことが一番辛いなんて言うけれど、実際自分に何もできないとなるとかなり落ち着かない。


 結局夜になっても戻ってこなかったフォレストガードの四人のことで頭がいっぱいで、四つのテーブルランプに照らされながら、俺は眠らずに外を眺めていた。


「やっぱり心配だよねー。普通だったら何もなくても連絡はしてくるだろうし、そもそも夜になったら戻ってきそうだしね」


 並んだ四つのベッドの左隣にいたアリシアが外を眺めてた俺に声をかけてきた。本心を隠さないアリシアにちょっと安心させられて、俺は明るい顔で振り向いた。


「だよな。夜って言ったらヴァンパイアの独壇場。フォレストガードのみんなもそこら辺はわかってるだろうから、不利な場で戦ったりはしないと思うけど」


 ん? 思う……思うか? 


 俺は今回のヴァンパイアの調査に出た四人の姿を見上げながら思い返す。

 冷静沈着で余裕のあるティルディール、物静かでありながらも状況を一歩引いて見守るオルトーラ。まあ、この二人はいいだろう。純粋に頼もしい。ただ……


「ヴァンパイアだろ! 夜でも探すぜ!」

「ヴァンパイアって成長が遅いのよね。いるのかな! 子供!」


 あー、二人の声が聞こえる気がする。理性を野に解き放った二人の声が。あー。


 考えれば考えるほど心配になる。けれど、頭を抱える俺とは逆にロゼは気にも留めずにベッドの上で白い足を組み換えた。


「馬鹿であろうとも愚かではフォレストガードなど務まるものか。進むにしろ戻るにしろ、奴らは実力を持っておる。心配するだけ無駄じゃな」


「そうかな……。というかロゼ、一見手厳しそうな言い方だったけど、フォレストガードを結構評価してる?」


 ロゼの素直になりきれない評価に顔を上げてニヤリ。それにゾッとしたように頬をひきつらせ嫌がるロゼがいた。


「下らぬ妄想で妾を彩るでない。あやつらの実力を見抜けぬほど妾の目は節穴ではないだけじゃ」


「まあ、確かにそれはそうか。あの人たち只者じゃないんだろうし」


 俺はザバラに握られた右手の感覚を思い出す。『剛健』でダメージや痛みがほとんどない筈なのに、握手をされただけでちょっとした刺激とダメージを与えられた。それだけ強く握手をするザバラの神経もだけれど、『剛健』を素手で上回られたのは、やっぱり異質な感じだった。他のフォレストガード……、ティルディールとかも素質と呼べるような冷静さと統率力があった。言葉や策一つで全てをひっくり返すような思慮深さ。人間でいうところのハルやルキウス団長に近い雰囲気だ。


「実力もだし、頭のキレもあるだろうしな。ロゼの言う通り心配の必要はないか。何と言っても、エルフ嫌いのロゼがそうやって評価してくれてるぐらいだしね」


「くどい。二度も言うな。妾は寝る。あとは勝手にせい」


 ロゼが拗ねたように一足先に布団を被る。普段は仰向けに丁寧に胸まで布団を乗せているが、今日は子供っぽく頭まで被っている。エルフなど心配していないと俺たちに思わせながらも、実際は眠りに影響するぐらいの気持ちはあるようだ。


 やっぱりロゼって優しいよな。これが他のエルフ全員に対しても向いてくれればいいけどな。


 ロゼのくるまった布団を眺める。その姿を見て、今日は布団の安全確認はしていなかったなと思い出して軽くほくそ笑み、俺もベッドに足を乗せて布団を上げた。 


「……じゃ俺も寝とこうかな。みんなはどうする?」


「私はもう少し起きています。ベルさんの体調を確認しておきたいですから」


「そう。任せきりでごめんね」


「いえいえ、看病も慣れると楽しいですよ」


 口許に手を当ててレフィが笑った。それだけで仕事を押しつけてしまっている罪悪感が少し和らぐ。なんて言えばいいだろうか。レフィの笑みには嘘とかがなくて純粋で、見ていてホッとする。


 レフィが夜という時間に沿って、穏やかにドアを開いて部屋から出る。今回は『破壊者』は発動しなかった。


「じゃあ、俺たち待機組は寝るか。おやすみアリシア」 


「……」


「どうしたんだよ。アリシア黙っちゃって」


 声をかけてもアリシアは無言だった。隣と呼ぶにはちょっと離れすぎたベッドの上に座っていたアリシアが真剣な顔をしている。口の端を下げて、何もないところを見つめる姿は、どこか深刻そうだ。


 なんだろう? 俺とロゼの会話に引っかかるものでもあったのか?


 アリシアのその真剣な顔に頭が回転する。アリシアは斜め上の視点で俺たちの見えていないものを見ていたりする。その特殊な考え方で救われた数はかなりある。

 俺はアリシアの思考を理解しようと、抑えた声音で声をかけた。


「何か気づいた感じ?」

 

 するとアリシアが顎を引くような形でこちらを向いた。その目をテーブルランプの橙色が心許なげに照らす。

 

「……いやさ。一つ思ったのさ。いつから私たちってこんなに遠くなっちゃったのかなって」


「ん? 遠い?」


 フォレストガードに対しての心配……ではなさそうだった。けれど、その表情はやはり普段のアリシアとは違う。真面目な話だ。


 しかし、アリシアの言葉を真剣に聞いていても意味は伝わってきていない。話の内容は疎遠になったみたいな言い回しだが、昨日今日で喧嘩をしたわけでもない。


 アリシアは俺との間にある大きめのテーブルを憂いげに長い黒髪の下から見た。そこに俺の視線も自然に寄る。


「昔はさ。もっと手が届く距離にいたのさ。冒険者を始める前は森の中隣で寝ててさ、冒険者になっても借りられる宿は小さくてベッドの下にアイトが寝てて」


 ……後半は主にアリシアのせいだけど、まあ、確かに。


 感傷的ではないけれど、その距離の近さは懐かしい。特級冒険者になってから離れてしまっていた距離感だ。それを何故急に話し出したのかはわからないけど。


「でも今はさ、ずっと壁があるのさ。ずーと。仲間も増えて、お金も増えてさ。いいことなんだけどさ、私にはちょっとだけ物足りない」


 ヒイラの家でもあるウォルハイム邸、『聖女』ルナの家でもあるエクシス邸。そこから始まり、花の都エルンの宿、エルフの宿、ベルドランの広すぎる家、そして、現在が王城の一室。


 ――確かに遠くなっていた。どこか寂しく思えるぐらいに。


 アリシアが立ち上がる。その壁となっていたテーブルを通りすぎて俺の隣へ。息のかかるような距離で、ベッドに付いた手にアリシアの繊細な指先がかかる。


「あのさ。アイトにずっと言いたいことがあったのさ」


「な……んだよ。急に」


 エルフの非常事態というのに俺の胸は早鐘を打つ。普段は聞こえないどころから意識しない心臓がやけに鮮明に俺に呼び掛ける。緊張で言葉も止まりかけた。この状況。この雰囲気。普段の子供のような姿からかけ離れたアリシアの落ち着いた瞳。僅かに朱の入る頬。


 これはあれなのか……。いや、あれしかないだろ。でも、ヴァンパイアのせいでそんな状況じゃないよな? いやでも、逆にヴァンパイアがやってくるからその前にってことなのか?


 そういう女性への耐性が低い俺は動揺で目が泳ぎまくる。ガイラスの森で出会った土魚よりも泳いでいるだろう。でも、視界から釘付けされたようにアリシアが離れない。


 深呼吸しろ。すぅー。……めっちゃいい匂いするんだけど。


 深呼吸も逆効果。駄目だこれは。どうなるんだ俺!?


「あのね。アイト」


 まずいまずいまずい。俺はパーティーのリーダーで、アリシアはその右腕というか相棒と言うかで……。そんな、おい、相棒は言いすぎだろ。そう! パーティーメンバーだ! そんなことは駄目だ。割り切れ割り切れ!! 


 アリシアのさらりとした黒髪と小さな顔。意識してしまう。外観は良いんだ。『女運C』で性格と能力で差し引きにされるぐらいに。


 『女運C』仕事しろ!! 誰か助けて女神様!!


 もう理性なんて多分飛んでしまっている俺は、諦めというか流れに身を任せようと思っていた。そんなとき。


「ん?」


「どうしたのさ? アイト?」


 俺の視界が変化した。ちょっとした変化だ。けれど、あまり見かけることのない変化。人生で片手で数えられるぐらい経験したやつ。


「なあ、アリシア。さっきの続き言ってみて」


「え? うん。あれだよ。離れてばかりで寂しいから、たまにはこうして一緒に寝ようって話」


「うんうん。成る程な。手も届くしな。えっとさ、その前に一つ見てもらいたいものがあるんだよ。いい?」


 俺は冷えきった体で指先を少し回す。そして、俺のスキル欄へ。真ん中の方。女神スキルの次、初めて獲得した嬉しいようで嬉しくない獲得スキルがある。


 『毒耐性レベル3』


「ちょうど今レベルが上がったみたいなんだよな。どうしてだと思う?」


「――うん。また私から離れちゃったね」


「その雰囲気づくりはもう意味ないからな!!」


 俺は横目で逃げようとしていたアリシアの肩をベッドに押しつけるようにして立ち上がった。そして、その横になったままのアリシアは、いつもの明るい表情でこっちを見て唇を曲げる。


「毎晩毒の練習には付き合ってたよな! 何が不満だったんだ? なあ?」


「毒使いの楽しみってなんだと思う?」


「さあな」


「こっそり毒を盛ることなのさ。毒に侵されたまま笑顔で『今日は気持ちよく起きれた』って言ってるアイトを見るのはもう最高で……」


「最近感覚がおかしいかったんだけど、ようやく思い出した。アリシアお前が俺にとっての一番だ」


「やった」


「頭のおかしさのな!」


 最近だとパンツ教のシルキーとか、ロリ教のペリュレがいたせいで目立たなくなっていた。けれど、忘れてはいけない。アリシアの異常さを。それを強く思い知ったのが今現在だ。


 アリシアが拗ねたように目を細める。もしかしてこいつは自分が悪くないとで思っているのだろうか。そうだよな。じゃないと夜にこんなに目は輝かない。


「毒使いの生き甲斐を……。アイトにはわからないのさ!」


「当然だろ! 毒を使う側じゃなくて使われる側だからな!」


 これまでについて思い返す。寝起きが良かったとき、悪かったとき。確かにたくさんあった。それが全てアリシアのせいと思うと自然と体も重くなる。


「もしかしてだけど、貧乏なときに俺を頑なに床で寝させてたのって?」 


「知ってる? アイト。一部の毒って空気よりも重いんだよ」


「そういうことかよ!!」


 今明かされる新事実。ただの嫌がらせだと思われていた泊まる人数よりベッドが一つ少ない部屋を選んでいた意味。それはこっそりと俺にバレないように毒を忍ばせるため。


 あー。さっきまでのやり取りも何となく裏があったってわかってきた。指で触れたのは毒を入れるため。俺の心臓がドキドキしてたのも毒のせい。そして、アリシアの顔色は毒の影響がアリシア本人にもきていたせい。


「私は悪くないのさ! 我慢できなくなるまで我慢させたアイトと環境が悪いのさ!」


「いちいち誤解されるような言い回しすんな! でもそうか。そう言うか……」


 確かにここ最近では寝ている間に毒なんて入れられなかっただろう。ガイラスの森では良心の塊カインが厳しく警戒していたし、この国に来てからの初日はレイザンが、宿に関してはそれよりも前に盗賊の一件。そして、そこからベルドラン宅でのトドメの別の部屋。


 そして、ついに我慢の限界がきて俺の隣へ。わかりたくないし、寄り添いたくないけど、アリシアのアリシアとしての気持ちは理解できた。


 でもバレても反省するつもりなし。となればこちらの対応も変わってくる。


「アリシアが毒で楽しみたいっていうのなら、俺だって楽しませてもらってもいいよな? 『剛健』で……な?」


「な、何をするつもりなのさ」


 アリシアが自分の毒使いとして楽しんだ。なら、俺も体の硬い人として楽しむ。


 俺はそっとアリシアの肩に手を置く。ブルリとアリシアの肩が揺れたが関係なく、俺は満面の笑み。


「俺の頭ってどれぐらい硬いんだろうな? ちょっと比べさせてくれよ。その何にも詰まってなさそうな頭でよ」


「ちょっと、まさか……」


 俺は大きく体を反らす。そして、そこから勢いをつけてアリシアの額へと。


「ふん!!」


「うひやっ! あっ、危ないのさ! 死んじゃう! 死んじゃうのさ!」


「大丈夫。大丈夫。俺筋力低いから」


「いっやぁ!!」


 バタバタと暴れまわるアリシア。それを押し倒して馬乗りに。女だから加減しろ? 知らない知らない。だって、俺の方がステータスが低いんだし。


 さあ、トドメだ。


 そうして、俺は首に助走をつける。覚悟しろよ。


「おっらぁぁ」


「すまないアイト! 今すぐに起きてくれ……ん?」


「「あっ」」


 俺は振り下ろしていた頭を止めて声のした方を見ていた。アリシアも揃ってだ。扉の先。そこに部屋の扉を開けてこちらを見ていた人影がある。大きな体に優しさの際立つ顔。レイザンだ。そのレイザンがなんと言うか、難しそうな顔で固まっていた。


 うんうん。状況を客観的に見てみよう。俺は今抵抗するアリシアにベッドの上で馬乗りになって頭を振り下ろそうと顔を近付けていた。それとそれを避けようと頭を精一杯傾けていたアリシア。


「アイト……」


「はい」


「強引すぎるのは良くないぞ」 


 レイザンが部屋へと入ってきて、落ち着いて俺をアリシアから引き離す。その途中で俺の肩を励ますように叩いていた。


 素っ気なくされたり怒られたりするのも嫌だけどこれは……。


 盛大な勘違い。けれど、レイザンはそこから俺に対して聞く耳を持ってはくれず、俺は静かに泣くことになる。


 理不尽だぁぁ!!


 ……と。


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