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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
四章 エルフ王国・セザレイン
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139 共同作戦


 会議室と呼ぶには少し広すぎる部屋。その中央に陣取った真っ白な木目の長机を前にフォレストガード三人が椅子に腰かけていた。

 向かって右奥の方にはレイザンよりもがたいの良い丸顔細目の穏やかそうな男性がいる。武器を持たないこの人は放たれるマナの雰囲気からして魔法使いのようだった。そして、そこからずっと手前の方に座るのは青空に煙を混ぜたような髪色の眼鏡をかけたエルフ。それほど若くはなさそうで、見た目だけを見ればレイザンより上ぐらいだろうか。武器は何やら腰回りに鎖が巻かれているからこれだろう。そして、もう一人。こちらは見知った顔だ。だから俺はそっちの席に向かう。


「なんて言うんだろう? 見知らぬ人ばっかりだと、あんまり仲が良くない人でも無性に心強く思えるよね。そんなわけで、久し振りセイラル。元気?」


「おおい!! オレたちの最後は仲良く手を振って別れたわけじゃねえよな? あぁ?」


 と、そんな感じで顔を赤くして憤るのが『死神』セイラルだった。


 少し前までは態度が悪いとか、殺気が凄いとかで警戒しかしてこなかったけれど、こうして他の変人フォレストガードと会うと気が変わった。セイラルほどまともなエルフはいない。口調や行動は少し荒々しいが、それでも適切な常識があるのだ。


「ザバラさんとかペリュレさんとかと会った後だと凄くセイラルが心強い。仲良くしようね」


「おおい! 何で仲良くしねぇといけねぇんだぁ!? それに何でオレだけ呼び捨てだよ。ふざけんな!」


「親しみを込めてるんだよ。そんなにツンツンしない」


「親しめねぇんだよ! こっちがよ!」


 机を控え目に叩いて抗議するセイラル。ここら辺も他の人に気を使っていたりと常識的。なんだこんなところにあったのか。俺たちの安全地帯。


 声を控え目に張り上げるセイラルににこやかに微笑む。また顔が赤くなるセイラルだが、まあそれもいい。


「落ち着くなぁ」

「ねぇ。ツンデレ可愛いねぇ」


「てめえらは後で殺す。ぜってぇ、殺す」


「うむ。そうなのだ。セイラルは可愛いのだ」


「レイザン! てめえは黙ってろ!!」


 ついに息を切らして机に塞ぎ込むセイラル。それをホアンがテーブル越しに身を乗り出して肩を叩いてあげていた。意外とセイラルとホアンは仲がいいのかもしれない。


 そうこうしていると、レフィの看病によって情欲満たしたであろうペリュレが入ってくる。レフィもペリュレも顔色は普通。変なことはされてなさそうだ。


 各々席に座っていく。一応俺の右隣にはロゼが位置する。これはロゼへ敵意が向いたときに庇うためだった。


 わざわざ真っ赤なドレスに着替えて、髪の色も目の色も赤に戻していたロゼに、眼鏡をかけたエルフが少し険な目をしていたが、そこを遮るようにレイザンが座り話が始まった。


「では、これよりヴァンパイア対策会議を始める。まず、こちらに来ていただいたのは、人類代表のアイト・グレイとその仲間。さらには元『双』のロゼ・アルメリアだ」

 

 レイザンが淡々と俺たちの説明をする。すると、ペリュレとザバラが軽く拍手。もう一人の大きなエルフも控え目に手を叩いていた。


 ただ、一人だけ。一人だけは反応が変わらない。


「ロゼか。本当にこの場に訪れる勇気があるとは思わなかったのだよ。てっきり特級冒険者の後ろに隠れているものだと」


 隠すつもりもないロゼの真っ赤な髪とドレスを上から下に眺めながらその男は言った。

 チラリとロゼを確認する。表情に変化はない。凛とした顔で堂々と言葉を受け止めている。


「ほう。我らの力を借りたいとのたまった者がどんな奴かと思えば。成る程、安心した。エルフはクズという妾の評価は間違っていなかったようじゃな」


 うわっ。鋭い反応。怒らせちゃうだろうな。


 けれどロゼを謝らせるような気にはなれずにその場の流れに任せる。他のフォレストガードたちも俺と同じような反応を見せて見守っていた。


 男の眼鏡の下の下まぶたが軽く上がる。


「一理ある」


「……」


 その言葉に流石のロゼも口をつぐむ。言い合いの最中で相手が非を認めたのだ。しかもあの表情。笑ったかのように見えたあの目の動き。その意味はわからない。このやり取りの意味もだ。けれど、この一つのやり取りには軽口以上の意味があったように感じられた。


「後々のために自己紹介をしておくのだよ。ティルディール・メリステリダ。『無影』などと呼ばれている者だよ。物を透明化し、マナさえも外部へと漏れぬように遮断する『クリアベール』という魔法を使う」


 流れるような挨拶に先程のロゼとの剣呑さが消えていた。態度の急変に俺は焦るけれど、そんなことよりも俺の俺のらしさが機能して、頭の中で情報を纏めていた。


 『無影』か。透明でマナを遮断するってことは、目で見えなくてマナ感知もできないってことか。アサシンというか、罠を張る技術も凄そうだな。あと気になるとしたらマナの遮断か。どんな感じなんだろう。ヴォルとかはマナ感知でマナを視覚のように捉えることができるらしいけど、どう見えるんだろうか。真っ暗なのか、それとも透明なのか。


「ほら、次々と自己紹介をしなくては時間は足りなくなる。手早く、簡潔に」


 ティルディールに指示されて近くに座っていた大柄なエルフが口を開く。


「オルトーラ。『静寂』だ。……岩や土を軟化させたり硬化させたりできる。近接が得意」


 『静寂』のオルトーラ。多分この人は地面の硬さを操って近接戦で優位に戦うタイプだろう。地面が柔らかくなる驚異は土魚で知っている。それがフォレストガードとなると規模も威力も絶大なのだろう。


「次は私ね。ペリュレお姉さん。趣味は託児所を周ること」


 おい。誰か捕まえろ。


「そういうことなのだ。『開花』ペリュレ。弓を使う遠距離タイプ。矢は特殊な魔法で様々なものを圧縮して矢とする。遠距離攻撃の精度、火力はフォレストガード随一なのだよ」


「なるほど。全部ティルディールさんが自己紹介したな」


 必要ないペリュレの自己紹介を完全に無視してティルディールの説明だけをまとめる。いや、まとめる必要もないか。完璧な説明だ。


 圧縮した矢ってのは気になるけど、そこは後だな。遠距離得意の狙撃手ね。


「次は俺だな! ザバラだ! アイト。殴らせて。ホントにちょっとだけ。ちょーと当てるだけだから。な!」


「自己紹介の通り『拳撃』ザバラは素手で戦う格闘家だ。近接戦での火力は国のトップだ。魔法は使えない」


 ……自己紹介いらないよね。ティルディールさんが全員のこと教えてくれれば早いじゃん。というか、自己紹介させなくていいだろ。


 未だに俺を殴る気満々なザバラが腕を回す。それをオルトーラが無言で押さえ込んでいた。かなり力は入れられているようだった。


「あとの三人は必要なのかな?」


「皆には、まだ私の力は話していないからな。必要だろう。改めてレイザンだ。植物を扱う剣士だ。命脈の剣であらゆるものを老いさせる」


「へー。いや、そう言えばだな」


 思い出したのは宿でのやり取り。盗っ人だった宿の店主から情報を引き出すために、どこからともなく物騒な植物の種を取り出していた。あれがレイザンの魔法だったのだろう。

 三人揃って納得の表情。その実力は未だに明らかではないが、他のフォレストガードのこれまでの反応から確かな強さがあるのだろう。 


「次はセイラル」


「オレの紹介なんていらねぇだろ。暗殺者。それだけだ」


「ちなみに風魔法も使うぞ。この前アイトを傷付けたのも風魔法だ」


「へ~、知らなかったなぁ」


「バラしてんじゃねぇよ!!」


 風魔法だったからあの時の俺にダメージが入ったのか。てっきりナイフを食らっていたのだと思っていた。でも、実際はそう見せかけて風魔法で攻撃していたと。欺いて殺す。暗殺者と言うのもなんとなくわかった。


「で、最後がホアンか」


「僕は必要ないよ。アイトが身を持って知ってる。痛めつけたからさ」


「空間魔法と雷魔法だろ? 万能かよ。空間魔法使いは一芸でいいんだよ!」


 そう。空間魔法使いは空間魔法だけ極めてればいいんだ。別にひがみなんてしてない。他の属性に適正がなくて空間魔法しか使えないからと言って、ねぇ、そんなさ……。


 ちょっとした不満があったような気もしたが、まあいいだろう。神は不平等というだけ。いつか女神は殴る。


「頭に入っただろうか? アイト」


「うん? あー、はい」


 密かに拳を握って沸々と怒りを蓄えていた俺さ、ティルディールに声をかけられて我に返った。


「えーと」


 透明化してマナを断つ『無影』ティルディール、地形を変化させて戦う近接職『静寂』オルトーラ、ちょっと特殊な弓使い『開花』ペリュレ、近接戦で最も火力の出せる『拳撃』ザバラ。


 顔と情報を一致させながら頷いていく。ティルディールの解説があったお陰で、思ったより頭に馴染んでいた。


「……ある程度どんな人かはわかりました」


「そうだろうね。『最弱』アイト・グレイは聡明と聞く。侵略戦においてはその頭脳で……いや、そのあたりにしておこう。時間も限られているのからね。では、次に君たちの自己紹介を聞いておきたいのだよ」


 エルフに自分の手札を明かすということは、完全に信頼するということだ。強味も弱味も知られる。けれど、それが同盟なんだ。だから俺は迷わず率先して自分を語る。


「『最弱』アイト・グレイ。硬いだけです。空間魔法とちょっとだけ剣技が使えます」


「剣技? どんな?」


「『ストライク』です」


「初歩の剣技『ストライク』か。……他には?」


「ほ、他には?」


 えっ、他には?


 みんなが期待するように俺を見ている。けれど、そんなに見られても使える剣技なんて一つしかない。


「……『ストライク』だけです」


「――そうだったのだね。すまなかった。そうだ。では空間魔法の方は?」


 俺の評価を上げさせようとティルディールがサポート。けれど残念。その道も一つしか使えません。

 恥ずかしくて口を閉ざす。その姿にしまったと唇を結ぶティルディールの姿に胸が痛い。なにこれ。これまでにない経験だ。これが特級冒険者の宿命。


「……ここまでにしようか。次はそちらの黒髪の」


「私なのさ! アリシア・シャンデです。趣味は毒! あとは召喚魔法!」


「ほう。多芸なのだね。素晴らしい。次はその隣の」


 多芸なアリシアに拍手。俺とは違う……。


 アリシアからレフィへ。期待されているのか皆の目も明るい。


「レフィ・キュアルです。ヒーラーです。一芸ですけれど、火属性と雷属性の魔法が使えます。どちらかというと近接戦の方が得意です。ハンマーでドーンです」


「かわゆい! 尊い!」


 変態の間の手が入る。でも、いいさ。俺なんかよりは。


「あとはロゼだが、語る必要はないだろうね。皆周知だよ。君の脅威は」


「下らぬ自己紹介などせずに済むのであればそれでよい。先に進めよ。エルフ」


 そしてこっちはこっちで剣呑と。やれやれ自己紹介一つでここまで手間取るなんて。フォレストガードも癖が強いな。


「……で、ここからどうするんですか?」


「戦力の把握は必要だったのだ。戦力の配分について議論するためにだ」

 

 欲しいところを欲しい分だけ説明してくれるレイザン。本当に色んな意味で頼りになる。


 でも、戦力の配分か。


「えーと、この王都の方の仮面のヴァンパイア探しと、そっちのオーグエが攻めてくるかもしれない方のですよね」


「その通りなのだよ。安易に二分割で動かすのは難しい。既に確認されている仮面はいいとして、オーグエの方は戦力も、そもそもの存在自体も不明瞭。仮面の罠と捉えて本来の持ち場を守らせるか、はたまた言葉を信じて戦力を向けるのか」


 その国を左右する判断に俺たちの意見が欲しいと。重すぎるだろ。


 実感してこなかった特級冒険者として重圧が肩に乗る。ただ一つ方針を定めるだけでも国の未来を左右する。そう意識すると素直な感情が表に出せず、喉の辺りを行き来する。


「……えーと、皆さんの考える方針は?」


 一先ずは他の人の意見から求めてみた。すると、フォレストガード全員が各々反応を示す。ペリュレは興味がないのかと思っていたが、これが意外なことに仕事の顔をしていた。


「偵察に一人出すのは確定でしょうね」


「だろうな。いるいない確かめるって話なら、そこは必須。これで最低一人は派遣だぜ」


「しかし、生半可であれば出会い頭に潰される」


「これで二人は欲しいって話にはなりそうですよね」


 フォレストガードを中心に話は回る。偵察に追加の戦力。ここまでは納得できる。


「ただ、本当にいたとなれば、足止めもしたいのが本音ではある。今日の夜のうちに国に攻め込まれたともなれば話にもならないのだよ」


「ティルディール殿の言う通りではあるな。偵察……だけでなく、撃退もしくは足止めをできる人数と性能がいいだろう」


 足止めと撃退か。となると、かなり人員を割かないといけないか。


「指揮系統の問題から私かレイザンのどちらかはこの場に残らねばなるまいね」


「その通りだ。ここは率先して私が行くと言いたいのだが、能力からしてティルディール殿の方が向いてはいるのだろう」


「透明化による索敵。確かに私の得意とするところだね。追加で言えば、人間との信頼関係の問題からレイザンは動かすべきではない。となると、一人目は私となるのだよ」


 『無影』ティルディールが偵察撃退組の一人として選ばれる。ここに関して俺は口出しはしなかった。よその話だからとかではなく、ただ普通に的確すぎたからだ。


「次は純粋な索敵能力の高さが欲しい。となると、目の良いペリュレが妥当か。人間側に索敵ができるものは?」


「レフィがそうだけど、獣人としての感覚とペリュレさんの感覚どっちが鋭いかはわかりません」


「はっ、だったらペリュレさんのが上だな。オレも獣人だが、その人よりは索敵は下だしな」


 俺の隣でセイラルが大きく仰け反った。自慢げな態度のところ悪いけれど、単にペリュレより下と言っているだけなんだ。


「二人目はペリュレ。行けるか?」


「西のガイラスの森は元は私の担当だから。地形を知っている私がいた方がいいよ。だから、異議なし」


 『開花』ペリュレが二人目として選ばれた。あとは誰が選ばれるのか。


「想定すべき敵はオーグエとオブシディアの部下、ヴァンパイアの群れだったな。となると、欲しいのはオーグエを止められる者と、ヴァンパイアの群れを止められる者か」


「オーグエに関しては私では対処が難しいだろうね。そもそもの防御力が高すぎる。ペリュレは?」


「当てる自信はあるけど撃ち抜けるかは怪しいかな。それに近寄られたら難しいと思う」


「近接職が一人は欲しいか。あとは多数のヴァンパイアの足止め、迎撃役」


 複数のヴァンパイアの足止めは俺たちパーティーには難しいだろう。けれど、物理攻撃が強いオーグエの足止めだったら俺の出番だ。


 椅子を引いて食い気味に手を上げようとしたところを、巨大な声で押し返される。テーブルを揺らして立ち上がった存在。それは白い獅子のような男。


「俺だなっ! 俺だ! 防御力だろ! だったら俺が殴って飛ばす!」

 

 『拳撃』ザバラが威勢よく名乗りを上げる。けれど、俺も……。


「い、いや、そこは俺が行きますよ。オーグエの足止めの方だったら俺しかいないですよ。大丈夫。ダメージなんて食らわないんで」


 ティルディールに訴えかける。ここは俺が出るしかないんだ。人間とエルフが同盟を結んだ。それなら俺も戦力として出なくてはいけない。オーグエを倒すために。


「アイト。君の力はセイラルから聞いていたよ。ただ、守るだけではどうしようもない。守り、同時に最低限逃げることができる者。もしくは、オーグエと対等にやり合える者が必要とされているのだよ」


「足止めなら……」


「オーグエが君を無視した時、ペリュレと私を守れるかな?」


 それは……。


 敏捷が足りない。筋力も魔法攻撃力も足りない。脅威にならない硬いだけの存在なら、そもそもオーグエは相手なんてしないだろう。危険な方から狙っていく筈だ。だったら俺はどうなるのか。二人が戦うのを見守ることしかできない。盾にさえなることもできない。


「……」


「落ち込む必要はない。逆にオーグエと一対一にできる場になれば、君も活躍できる。その時が来るのを待て……いや、この場合は来ないことを祈っておいて欲しい……だろうね」


 ティルディールが俺に微笑みかける。それだけで無力だと思えていた自分にも役割があるのだと伝わってくる。

 ロゼとのやり取りで生け簀かない差別的なエルフだと思っていた。けれど、ティルディールはそんな一言で言い表せるような人格ではないのだろう。


 後ろから手を伸ばしてアリシアが俺の肩を叩いていた。そうだな。ここは任せよう。


「であればザバラは確定なのだのよ」


「あとは多数のヴァンパイアに対する制圧力。範囲魔法を使える者がいいか。聞いた話そこのレフィが魔法を使えるとのことだが……」


「初歩は使えます。『ファイア』と『スパーク』ですね」


「であれば別の者を選出すべきではあるね。セイラルは一対一専用の専門家。となると、残るはホアンとオルトーラか。どちらが行く?」


 レフィが危険に晒されないことに安堵しながらも、「俺たち何も力になれてなくない?」と罪悪感。けれど、実際フォレストガードと比べたら俺たちは力不足なのだ。たとえそれがこのパーティー随一のアタッカーのレフィでもだ。


 そんなわけで白羽の矢が立ったのはホアンとオルトーラ。確かにホアンの方は空間魔法も雷魔法でも範囲は補えていた。


「……私が行く。ホアンには万が一国に入られた時、空間ゲートを管理してもらわなくてはならない」


「確かにその通りですね。行きたくないとかじゃないですけど、万が一に対応しやすいのは機動力ある僕の方でしょうからね。それに、敵がいた時の目的は撃退か足止め。たくさんの敵を足止めするのは僕は下手ですから」


「ちっとは自分がやりますぐらいの意思を見せろよ。ホアン」


「そもそも候補から除外されたセイラルさんが言っていい言葉なのかな。それって」


「あん?」


 トゲトゲとしたやり取りがあったものの、その間を取り持つようにオルトーラが手で遮る。それ以上は言い争いもなく、落ち着いて話の主導権がティルディールに戻っていた。


「では、最終確認なのだよ。私、ペリュレ、ザバラ、オルトーラで行く。異論はあるだろうか?」


「問題ないだろう。こちら側の戦力も申し分ない。仮面が出現しても十分に役割が持てる」


「人間代表のアイトはどうだろうか?」


「お、俺かぁ」


 ここでやって来るのは人間代表の責任なんていう俺には重すぎる肩書きだ。浮わついて適当に流してしまいたくなる。でも、それじゃ駄目だ。俺程度の人間でも『最弱』だろうともめげずに冷静に考える。


 偵察に向いているのは間違いなく透明化の使えるティルディール。遠距離からの攻撃で牽制できるペリュレも問題なし。オーグエ対策のザバラに、ヴァンパイア多数に対してのオルトーラ。各々の実力について詳しくはないが、不自然なぐらいに噛み合った人選だ。


 あとは敵の問題ってところか。……そこはわからないけど、このメンバーなら不測の事態になって逃げないなんてことはないだろう。特にティルディールの冷静さと発言力。全員を引っ張れるだけの力がある。


「……問題ないと思います。でも、万が一予想外の事態が起きたら絶対に逃げてください。その場の勝敗よりも最終的な国の勝利が大事ですから」


「ふっ。これが英雄か。説得力がある。任されたのだよ」

「……心配する必要はない」

「おう! 俺に無理なんて言葉はない! その時はきちんと逃げるぜ!」


 皆が俺の言葉に背を押されながら胸に念を押す。絶対に生きて帰ると、そう心に誓うのだ。そして、最後に妙に真面目な顔をしたペリュレが空間ポーチから何やら取り出す。遺言……と思いきや全く違う。服だ。ものすごく幼い服。黄色とピンクでフワフワとした印象の服だ。それをレフィに向かって差し出している。


「これ……、私が帰ってきた時に着て出迎えて欲しいの。そうしたら、ペリュレお姉さん頑張れるから」


「えーと。そのくらいでしたら」


 と、レフィが服を受けとる。けれど、俺は許さない。


「それ貸して」


「えっ、もしかしてアイトくんが着てくれるの? ペリュレお姉さん嬉しすぎて倒れちゃう~」


「ふぅ」


 ペリュレを無視して扉を開く。そして、廊下に規則正しく並んでいた窓を開いて右手に持ったものを。


「ふざけんなぁぁぁぁ!!」


 と、力強く投げた衣服は空中で広がって、眼下の湖へと向かってゆっくりと落下していく。調査に向かう四人とは違って、こちらの服は二度と帰ってきて欲しくなかった。


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