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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
二章 峡谷都市スミュレバレー
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5 試験


 今回の試験官となる、ヒイラの執事兼付き人のリーは、近くで見るとそれなりの年齢を感じさせる顔をしていた。白い口髭に、白髪の混じった髪を後ろに流してきっちりと固めている。モノクルの向こうにある青い瞳は長年生きているせいか、強い意思を感じさせる。目の前に悠々と佇むリーは、俺が想像する貴族に仕えるエリート執事そのものの姿だった。


「さて、あの人が……。すみませぇん! 実技審査を受けに来たものですけど」


「おやおや。これはこれは」


 リーは伸ばした背を曲げ……


「ここは、服屋ではありませんが……」  


「いや、知ってるけど! 二重の意味で!」


 嫌みと嫌みを掛け合わせただけの嫌みに、俺は不快感を露にした。なにせ服装は金が手に入らないとどうしようもない。しかも、頼みの綱の魔石の換金は、冒険者になってからと言う始末。結果、服屋よりも先に冒険者登録に来たわけなのだ。

 

 それでも、流石の俺でも変質者と間違われるようなボロボロの自分の服を着て出歩いているわけではない。ギルドが親切にも服を用意してくれたので、今はシンプルな灰色の服を着ていた。


「成る程な。先にマスターから聞いてたのか」


「いえ、違います。単に私が女性に挟まれて、ギルドの二階に連れていかれるのを見ていただけです」


「ぐぬぬ。他人から又聞きしてるよりも、そっちの方がくるな」


「どちらでも事実は変わりません。……ステータスプレートを」


「ああ、はいはい」


 早くしろと言わんばかりに手を差し伸べる試験官に、ステータスプレートを投げ渡す。アリシアは俺とは違って冷静で丁寧に渡していた。

 試験官は俺からステータスプレートを受け取ると間髪いれずに……


「プッ」


 っと吹き出した。


「なあ! アリシア。今笑ったよな? あいつ俺のステータスプレート見て笑ったよな?ちょっと懲らしめてくる」


「アイト! ステイ! 落ち着くんだよ。気のせいかも知れないじゃないか」


「あれみろよ! こっちチラチラ見ながら笑ってやがる。ほら、今指差したぞ! あれも気のせいか?」


 あからさまに馬鹿にされるが、アリシアは他人事のようで冷静だった。


「怒らない怒らない。君も最弱を豪語していたんだ。慣れているだろ? ほら、待ってて。次になにするか訊いてくるから」


「慣れてもないし、豪語もした覚えはないけどな」


 強いて言えば皮肉だ。豪語ではない。

 

 そんな、俺のリアクションを適当に流しながら、嫌み男の前にずけずけとアリシアが歩いていく。


「あの、次は何をしたらいいんですか?」


「ん? ああ、ここはあなたのような子供が来る場所ではありませんよ。早く家に帰って、成長を願い布団に入るといいですよ」


 リーはアリシアの顔から、視線を少し下げる。それを何度か繰り返した。


 その言わんとすることを察したのか、アリシアの顔は燃え盛る炎が如く真っ赤に染まった。


「マジちょっとこいつ毒の海に沈めてやろうか」


「アリシア落ち着け! 性格変わってるから」


 掴みかかりそうになったアリシアを必死に止めながら宥めると、今度はこっちに敵意が向かってきた。


「なんだいアイト! もしかして君もまたこの男と同じ様なことを言うじゃないだろうね」


「その件は終わっただろ!? それもかなり濡れ衣だったけどな! それにな、別に俺としては、それはそれで魅力があるとは思ってんだぞ」


「うん? 魅力的?」


「見た目だけなら……かなりな」


 俺のお世辞に頬をほんのりと茜色に染めた。予想よりもピュアな反応に俺も一瞬だじらいだ。


「ここは、デートスポットではありませんが」  


「知ってるって!」

「知ってる!」


 良くか悪くか、リーの一言でむず痒い雰囲気は消し飛んだ。

 

 なんと言うか、リーと話していると調子が狂わされる。相手の立場を軽んじて侮蔑するリーなのだが、どこか的確に俺たちを誘導しているようだ。

 モノクルの先にある青い瞳を見据えながら、真意を探ろうと試みたが、結局、人生経験の浅さからか、特に得られるものはなかった。仕方がないので、俺は諦めて話を進める。


「それで、俺たちは何をすればいいんだよ?」


 すでに敬うこと止めた俺は、ぶっきらぼうに訊いた。すると、リーは何を今さらといった感じで手を挙げた。


「さっきから言っているではありませんか。不合格です。お帰りください」


「おい、待てって! 何も試さずにっておかしいだろ!」


「試す必要さえない。このステータスプレートが全てを物語っています」


「それを別のやり方で判断するために俺たちは来たんだぞ!」


 俺は怒りで声を荒げる。この男は俺たちからチャンスを奪うつもりだ。ただの決めつけで!


 納得できずに、隻怒を宿した二対の目がリーを睨めつける。

 そんな、俺たちの怒りにさして、動じることなく、男は悠々と提案した。


「でしたら、そこの彼女。あなたはあそこにある的に毒をぶつける事が出来ますか?」


「出来るわけないじゃないか! 『攻撃範囲縮小S』って書いてあるじゃないか」


「ふむ。でしたら、アサシンのように、此処にいる誰かに毒を盛れますか?」


「そっ、そんなの……」


 リーの怒涛の攻めに、強気なアリシアがついに言いよどんだ。肩を落とし俯くアリシア。その姿がとても空しかった。

 

 アリシアは笑っていたり、適当なことで怒ったりそんな姿が似合う。そのせいか、俺の中に不快感がもくもくと燻る。


「おい。謝れよ」


「何ですか?」


「謝れって!」


「アイト……」


 俺は気づいたときには怒りを露にさせていた。


 何でわざわざ傷つけるような言い回しをするんだ! こいつが出来るのを俺は知ってんだよ! 抜けてるとこはあるけど、それをチャラにする程こいつの能力は、性格は、侮れないんだぞ!


 言葉にこそしなかったが、心の中では怒りのままに叫び散らかしていた。そんな俺の心情をモノクルの下から読み取ったのか、リー威圧するような真剣な眼差しで俺を見下ろした。


「そこまで仰有るのであれば証明できると?」


「ああ。証明してやる。でもアリシアの前に俺からだ。じゃないとあんたも取り合ってくれないだろ」


「そうですか。でしたら条件は……」


 話を進めるリーに対して、俺は先手を打った。


「あんたがこのフリースペースにいる冒険者を一人選ぶ。そして、その攻撃を無傷で受けきれれば俺の勝ち。攻撃回数は無制限。条件は物理攻撃のみ」


「それで、本当に勝てるとでも? 悪いことは言いません。お帰りを」


「いや断る。お前が謝るまで、俺は此処から出ない」


 うーむとリーは悩んだが、自分がどれ程までに有利な条件を出されているかを理解して、高らかに一人の名を呼んだ。


「マルク!」


 律するような声に周囲の視線が集まった。その幾つもの視線の中から、一対の面倒くさそうな目をした男が現れた。


「なんだい? リーさん」


 マルクと呼ばれた男はサリスをも越える体格で、巨大な大剣を背に携えていた。剥き出しの双肩は逞しく、俺の腕の太さの三倍はある。


「この坊やが相手して欲しいそうです。条件は物理攻撃のみ。彼が無傷で耐えきれば、彼の勝利です」


「んー? 何だよリーさん。冗談にしてはきついぜ、おい。なあ! 坊主」


「いや、本気だ」


 近くで改めて見てみると、実力の高さが窺えた。何と言ってもあれ程の大剣を平然と持ち歩いているのだ。筋力は相当のものだ。


 そんなマルクを、俺は特に恐れることなく見つめ返した。するとマルクから嘲笑が消え、変わりに険しい表情が張り付いた。


「それは、俺がAランクだと知ってか?」


「いいや。でも知った今も負ける気はしない」


「ほおー」


 マルクは見定めるように俺に顔を近づけた。そして、納得したのか何なのか、俺の胸を大きな拳でどついて声を上げた。


「良い覚悟だ! それなら俺も応えねぇといけねえ。リーさん木刀!」


 リーはこうなることが既に分かっていたのか、すでに用意していた木刀を投げ渡した。


「そのカッコいい大剣使わなくていいのか?」


 俺は背に携えられた、暗い銀色の大剣を指差した。


「おいおい。こんなの使ったら死んじまうだろ。木刀でも手加減しねぇとあぶねぇのに」


 物理攻撃が殆ど効かない俺からすれば、使われるのが当たり前だが、相手の素性も知らないマルクからしてみたら、普通に危険なので使いたくないのだろう。まあ、恐らくどちらで攻撃しても結果は同じだろうが……。


 俺たちの準備が整うと、リーとアリシアは闘技場から出て、ちょうどレフィの隣に立った。すると、一人だけ座っているのが居心地悪かったのか、レフィも立ち上がる。


 レフィは謙虚で良い子だな。真面目にスカウトでも考えておこう。


「そう言えば試験官さん。判定はどうするだよ。ダメージを食らってても、俺が食らっていないって言えば、正しい判定なんて出来ないだろ」


「そこについては問題なく。先程頂いた弱小ステータスプレートがありますので、判断は容易です」


「チッ。絶対に吠え面かかせてやる」


 ムカつくが判定は問題ない。目の前で攻撃を耐えて、強がりだとか言われる心配はなくなった。さて、残る懸念材料は……。


 闘技場の中心から少し離れた位置で、俺とマルクは構えた。マルクの方は未だに大剣を背に携えている。彼なりのハンデと言うやつなのかも知れない。


「なあ、マルク。始まる前にいいか?」


「何だよ? 加減してくれってか?」


「違う逆だ。加減はしないでくれ。じゃないと、この試験の意味がなくなる」


 今までどこか上からで余裕のあったマルクの表情が曇った。そこで、リーが高らかに始まりの合図をした。


「これより試験を開始します。始め!」


 開始と同時に来るかと思ったが、マルクはまだ動いていない。


「なあ、坊主。心意気は買うがな、自分の実力を弁えてないのはどうなんだ?」


「弁えているからこの条件だ。そして、この条件なら勝てると信じてる」


「……そうかよ。ならせめて、俺が本気を出すまで、くたばんなよ!」


 マルクが木刀を掲げ一気に詰め寄る。申し訳程度に設けられていたスタートの距離は、一秒もかからずに俺の元までやって来たマルクによって無駄になった。


 そんな一秒満たない助走と共に、高めに振りかぶられた大剣が、俺の頭上めがけて振り下ろされる。もちろん俺はこの攻撃に防御姿勢はとらない。余裕に受けきらないと意味がないからだ。


 ガキンッ! 俺の頭上から背骨に向かって衝撃が突き抜けた。


「うわっ!」


 っとまあ、衝撃にだらしなく声を上げたのは仕方ない。怒りで忘れていたが、ダメージはないが、衝撃はあるのだ。なので、もちろん後ろに吹き飛ばされる。


 俺は攻撃を受けて、闘技場の中心から場外に弾け出されそうなほど飛ばされ、壁に背中を預けることとなった。


「あれっ?」 


 離れた所でマルクが拍子抜けしたのか声を漏らした。自信満々な相手が一振で宙を舞ったのだから、拍子抜けするのも仕方ないだろう。

 

 俺の周囲には、壁にぶつかった勢いで立ち昇った砂煙がうねっている。そのせいでマルクは無傷で立ち上がる俺の姿に気付いていない。


 やれやれ。


「どうやら俺の勝ちのようだな。お前も気迫だけはそれなり……」


「まだだ!」


 早くも勝利宣言しようとするマルクに向かって声を張り上げた。そして、煙が晴れてきた所で、何事もなかったかのように、服に付着した砂を払った。


「おまえ……」


「リーさんとやら。判定は?」


 そう問いかけるとリーが息を飲む音が聞こえた。


「……ノーダメージ」


 観戦していたレフィが丸い目を見開いた。耳も驚きのあまり、ピンと垂直に立っている。マルクの方もぽっかりと開口して、唖然としているようだ。


 俺はニヤリと笑った。やっぱり人を見返す瞬間は堪らない。


「まだまだ勝負は終わってない。こい! 全部受け止めてやる」


 俺は声に高々に宣言した。 


 それからと言うと、マルクは何度も木刀で俺を打ち付け、吹き飛ばした。それでも結果は変わらない。当たり前だ。魔物相手で『魔獣魔物弱点S』が発動し、何十倍、何百倍の威力になった攻撃を受けきれたのだ。普通のA級冒険者程度に、今の俺の硬さは越えられない。


 そんな優越感に浸っていた俺は、理解できずに懸命に木刀を振るマルクを見た。

 額には汗が滲み、木刀を振るう度に両の手を見ている。手応えがないのか、手が痛いのか。どちらかは知らないが、彼の必死さが逆に哀れに感じてきた。


 ここまで見せつければリーも満足しただろうし。そろそろダメージを食らってあげるか。でも、問題はどうすればダメージが入るかだな。

 

 俺は、必死に木刀を振るうマルクの背に携えられた、黒い柄の大剣を指差した。


「その背中の大剣使えよ。『剣技』も使えばダメージの一つぐらい入るかも知れないぞ」


「お、おちょくってんのか!? 俺はA級だぞ。そんなの」


「やっとけよ。人目が有るだろ。ダメージ入らないとあんたも困るだろ」


 焦って声を裏返らせるマルクを、俺は冷静に説得する。


名もない一人の少年に、ダメージ一つ与えられないとなれば、マルクの実力が疑われてしまう。こんな形になってはしまったが同じギルドになる人だ。無下には出来ない。


 マルクは数秒を動きを止めて考えていたが、これ以上木刀でやっても無駄だとわかったのか、弱気になった顔を引き締めた。


「……本当にいいんだな」


「ああ」


 さて、ここで唐突に大剣をとらせるのもあれだし、一芝居うつか……。


 久々に俺は、カインに勝負を仕掛けるときと同じような悪人面を浮かべる。可愛らしい顔つきとよく言われるが、案外悪役が似合うのかもしれない。

 そして、このフリースペース全体に響き渡らせるために、俺は大きく息を吸った。


「あーあ! つまんないなぁ! これがA級かぁ! もしかして、その名前も剣も、もしかしてスキルも、お飾りなんじゃあないの?」


 俺の急激な変貌ぶりに、マルクは目を丸くした。マルクだけに……。


 ……。


 ともあれ、俺は真意を伝えるためにマルクに軽くウインクをした。すると、マルクも理解したのか何度も首を縦に振る。


「なんだとお! お前! うちの! このギルドの! A級を馬鹿にしたことを後悔しろ!」


 そして、マルクは大剣を引き抜き構えた。

 

周りからは、俺への野次とマルクへの声援が送られている。気付けば人混みも出来ており、ちょっとした見せ物にもなっていた。


「……いくぞ」


「こい!」


 マルクは大剣を片手で持ち、前へと突きだした。これが『剣技』の構えだろう。


「剣技! 『ナイトストライク』!」


 放たれた攻撃は、圧倒的な速さで相手を貫く一撃だった。相変わらず攻撃はほとんど見えなかったのだが、今度は相当なダメージになったのか、さっきまでぶつかっていた壁に背がめり込んだ。


「ぐはっ!」


 俺はあえて頭を垂れる。この程度なら気絶はしないが、役は演じないといけない。

 俺のそんな演技を見て、観客たちは次々と歓声を上げた。


「オオ! 流石マルクだぁ!」

「今晩は祝杯だぜ」

「うちのA級は違う!」


 会場はマルクの勝利を確信して舞い上がっていた。この反応から大衆を上手く騙せたのだろう。何はともあれ無事作戦終了だ。


 しかし、俺の安堵も、祝杯ムードも、残念ながら長くは続かなかった。何故なら……


「……ノーダメージ」


 リーが、モノクルが入りそうなほど、大きく目を見開き呟いた。たった一言、ぼそりと呟いただけなのにも関わらず、フリースペースの時が止まった。そんな空気に止めを刺すようにリーは繰り返した。


「ノーダメージ!」


 そんな空気の読めないようで、正確な判断を下したリー。俺は、自分に多くの視線が向けられるよりも前に、狸寝入りをやめて、公平な判断を下したリーを指差していた。


「空気読めよ!!」


 瞬間、冒険者たちの罵詈雑言が、俺とリーに飛び交った。



「えーと。おめでとうございます。お二人ともF級です」


「ありがとう」


 俺とアリシアは差し出された茶色の冒険者カードを手に取った。受け取った冒険者カードは、しっかりとした材質で、簡単に折れたり、曲がったりはしなさそうだった。


「F級か……」

「そうだね」


 俺は先程よりも増えた、刺すような視線に、背を丸めて呟いた。


「最下層冒険者になるために失ったものが多すぎる!」


 俺のそんなぼやきに、受付のソフィアが苦笑した。


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