プロローグ3 女神は非情
「がっぎゃあぐじてぐだじゃい!」
グズグズと鼻を詰まらせ、涙ながらに叫んだ言葉は、自分でも何を言っているか分からないほど聞き取りづらかった。更には少し噛んでしまってより分かりにくい。
あー。カッコ悪い。でも、これで最後だ。今日から俺はカッコ良く生きてやる。ハーレム生活を満喫して、カインをしたり顔で煽ってやる。
『格好よくなる』それだけがカインに勝てる願いだ。いや、流石に言いすぎたが、この願いにはそれなりに理由もある。
勝つだけなら、なにか一つを極めることで自然と出来るだろう。しかし、単純にそうしてしまえば、後に凄まじい劣等感が付きまとうと思った。更に、ものによっては実用性がない。しかし、この願いは実用的で、顔が良ければ優越感にも浸ることができる。
勿論カインの外観は整っている。イケメンだ。「では何故?」 と思うだろう。実は容姿端麗なカインだがファッションセンスは普通なのだ。以前勝負したときは、それこそ『顔』の差で敗北したが、これで土台は同じ。しかも! 条件を揃えるためと言う体裁があれば劣等感なんて残らない!
どうだ、これが俺の完璧な作戦だ!!
そんな風に表面的な思考で言い切っていた。強がりではない。そう自分に言い聞かせながら。
「はい。願い聞き届けました」
パチンと、女神は枝のような白く細い指を鳴らした。軽やかな音がこの壮大な空間を駆け巡り、僅かな余韻を残して消えた。
これで俺は……俺は!
恐る恐る俺は自分の顔に触れてみた。触れたところで顔の形の変化が分かる訳でもないが、どうしても触れたかった。自分の望んだ顔に。
ペタペタと、顔の凹凸を指先で確かめる。けれど、やはり、触った感触で分かる訳もなく女神に訊ねた。
「俺の顔、あまり変化してないように感じます」
女神は微笑んで説明をする。
「ええ、自分では分からないでしょう。スキル欄を確認してみてください」
そうだな。スキルを見ないと分からないか。俺は素早くステータスプレートを開き、パラメーターの下に表示されたスキルを見た。
『剛健』
「ーーええと、あんまりカッコ良くない名前ですね」
「はい、必ずしもスキル名が効力に似合うと言うわけではありませんので」
「そ、そうですよねぇ」
俺は確認のため、『剛健』の詳細を改めて見た。そこで、俺の大きな目が更に大きく見開かれた。俺の産まれた時から変わらない、母から受け継いだ大きな目が……。
『剛健』 レベル1 体の外側から1ミリが硬くなる。
次のレベルまで 被ダメージ500
「はぁ!?」
どういうことだ!? 硬くなってどうする。薄皮一枚。それだけが硬くて何になる。擦り傷でも負わなくなるのか? そんな馬鹿な! これでどうやってカインに勝つんだよ!
「満足していただいて良かったです」
俺の穏やかならざる心中を知らない女神は、そんな定型文を口にした。
女神様が聞き間違えた? そうか、鼻声で泣きじゃくっていたから聞き取れなかったのか。早く変えてもらわないと。
俺は落ち着きを取り戻しながら自分の不手際を受け入れ、誤解を解こうとした。
「えっと、俺の願いは別なんですけど。格好よくなりたいんです」
今度はハッキリと、感情を含まずに伝えた。すると、女神から思いもよらぬ回答が返ってくる。
「誠に申し訳ないのですが、規定により一度渡したスキルを再回収したり、新たにスキルを授けることはできません。ですので、諦めてください。誠に残念な結果ですが、仕事ですので、代償を頂きたいと思います」
「ーーえっ。ちょっと!」
変更が出来ないどころか、まさかの代償を必要とする願いだった。
そんなことが許されてたまるか! 俺の夢がっ、希望がっ、奪われてたまるか!
そんな切望する俺の左手の小指に、唐突に軽いものを落としたような痛みが走った。
「いった!」
「あれ?おかしいですね?」
どうやら女神は問答無用で小指を切り落とそうとしたようだ。風の魔法による切断だろう。手加減をしたのか、まだ俺の小指は付いていた。血の一滴も流さずに……。
それから女神は、何度か腕を振ったり、詠唱をしたりしながら風の魔法を乱発した。しかし、小指は切れることなく、ただ痛いだけだった。ダメージは入っているようで、視界に表れた体力表示が少しずつ削られていった。
「はぁっ。ーーはぁ。これはっ、切断出来ないようですね。仕方がないので、代償は無しと言うことで、今回の儀式は終了とします。繰り返しになりますが、残念な結果で申し訳ありません。強くこの世界を生きてください!」
「ちょっと!小指でも何でもあげますからお願いだから待って!!」
この流れ。話を終わらせにきている! 駄目だ。どうにかしてスキルを変えてもらわないと!
必死になって手を伸ばし女神の裾を掴もうとするが、女神は颯爽と天に昇り、辺りは次第に闇に包まれ、元の世界へと戻っていった。
残されたのは、静かに揺れ動く手を伸ばした俺の影のみ。そして、声さえも残らない静寂。
俺はそんな中、静かに立ち尽くし、今は無き女神の姿を目だけで探していた。そして、意識が完全に現実に戻ってくると拳を握り、体を折った。
「ちっくしょょぉぉ!!」
幼さの残る一人の青年の悲痛な叫びが、静まり返った冷ややかな岩の空洞に響き渡った。
男なら誰しもカッコ良くなりたいとは思う……かも。
*励みになりますので、良ければブックマーク、下にある☆で評価お願いします!!