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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
四章 エルフ王国・セザレイン
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125 静謐として血を洗う


 今しがた斬られ床に伏したセイラルの横で次はお前だと言わんばかりに、こちらへと仮面の平たい面が上がってきた。


「黙って見ているとはらしくない。ヴィルム。教師として何にでも手や口を出してくるのがお前だっただろう」


「セイラル君が黙れと言っていたのでな。少し様子を見ていた。しかし、成る程。できる」


 私は目の前に佇む仮面のヴァンパイアを計る。


 心理的に有利に立ち、攻撃を誘導したとはいえ、セイラルの攻撃は決して温くはない。速さは勿論。攻撃力も高い。それを無駄なく最小限で受けきる。しかも、この私との連戦を踏まえて情報もほとんど与えてこなかった。


 ゲルティア。……となると『あの技』も使えると仮定して動くべきか。


 過去の経験を照らし合わせながら敵を打ち倒すべく考える。そして選ばれたのは魔法による牽制だった。


「『アクアランス』」


 シンプルな水属性の中級魔法。渦巻く水の槍を飛ばす技。その攻撃に対してのヴァンパイアの答えは。


「『血の宣告』」


「やはりか!」


 ポタリと指先から血が溢れる。すると一瞬で床が血の海と化す。辛うじて私は反応し水で押し返し、背後にいた国王から血を遠ざける。


 しかし、この血の範囲。まさかこの部屋を埋め尽くすまでとは思わなかった。


 『血の宣告』はゲルティアの血を引く者でも限られた者にしか使えない。その中でこれだけの範囲の『血の宣告』を使える者を私は聞いたことがなかった。

 

「ヴァンパイア狩りの関係者……かな?」


「……」


 以前起きた大規模なヴァンパイア狩り。その主犯がヴァンパイアであることは調べがついている。何かしらの理由があり、ゲルティアの血を集めていたことも知っている。


 ゲルティアの血……そして、異常なレベルの『血の宣告』を扱うヴァンパイア。


「君がクアリル・ゲルティアなんてことはないといいが」


「――クアリルの名まで出すか。聡明だな。聡明で狡猾。相変わらずだ。数十年経とうと変わりはしない」


「……今なんと?」


 私がヴァンパイアの言葉を聞き返そうと首を傾けたが、言葉の代わりに血の攻撃が向かってくる。それを似たような動きの水で弾き飛ばす。


 気になりはする。いや、訊かねばならんことができた。


「少し本気を出そう」


 圧倒的な血の量に劣る私の水魔法。しかし、私たちフォレストガードはそう甘くはない。誰しもが何かしらの強みをもってその地位にいる。

 誰よりも優れた殺害の技術を持つセイラル。『命脈の剣』を扱い異様な成長と破滅を引き起こすレイザン。他の空間魔法使いではなし得ない独創的な空間魔法を扱うホアン。


「私もその領域のエルフ。ただ水属性魔法を極めただけの者ではない」


 ヴァンパイアの床を覆う血と私の押し返している水の質量比は八対二といったところ。当然その程度だ。私の力は自ら水を生み出すところにはないのだから。


 部屋に微かに湿り気が混ざる。純粋な水の香りではなく、自然的な木の葉や砂の雑味も混じっている。


「……来い」


 この部屋の王座のよりも奥にある採光窓から水滴が壁を伝り落ちる。一滴が落ち、その後に血を押し返しながら水溜まりを作りさらに広がり……また広がり……。


「『青海』ヴィルム・カテン。その力は水の操作。つまりはこの王城を囲う湖は私にとっては剣であり盾であり鞭であるということだ」


 窓ガラスを突き破って滝のように水が溢れかえる。小さな滝のようになった水は、私とトリスト国王の周囲に渦巻く。ヴァンパイアの武器と私の武器。量が力の全てというわけではない。しかし、全てではないだけであって戦局に大きく影響するのは言うまでもない。


「八対二……いや、九対一の質量差か。勿論、私が九だが」


 逃げるように押し流された血の中心にポツリと立つヴァンパイア。それとは反対に悠々と荒れ狂う海の上に立っているかのような私。


「『血の宣告』の血の動きは、圧縮して放つ、もしくは硬化させて貫く動き。基本は私の水と変わらない。攻撃方法や戦い方もおそらく私とほとんど変わらないだろう。自分の武器で足場を埋めつくし敵を蹂躙する。そんなやり方だ」


「……」


「つまりどういうことか教えておこう。質量差で自分の領域を多く保有する私のほうが圧倒的に有利ということだ」

 

 ただの水魔法とは呼べない量の水の塊が勢いを持ってヴァンパイアへと向かう。何トンもの水が私の魔法によって魔力と力を持つ。直撃すれば体力の数値関係なしに肉体が吹き飛ぶことだろう。


 水の塊が部屋の壁を破壊してヴァンパイアを押し流した。普通であればこれで終い。ヴァンパイアに相殺するような技はない。セイラルに見せた『変化』で霧になったとしても、水に飲まれ致命的なダメージを負う。


「が……馬鹿ではないな」


 圧倒的な質量差の中、私の水に血をぶつけるような無謀な選択はされていなかった。ヴァンパイアは攻撃力の差を瞬時に察し、その『血の宣告』で自分の体の周りを覆った。一部は硬く。一部は血本来の液体で。そうすることで衝撃を殺して血の球体として流された。

 集まっていた血が蕾が開くかのようにまた地面に垂れて領土を作る。その内側には変わらず白い仮面を付けた顔がある。息切れもなければ焦燥も見られない。


「衝動的に我々エルフを襲いに来たヴァンパイアではないと推測しよう。何が目的かな?」


 私はそんな風に根本的な箇所を問う。今私はこうして戦ってはいるが、このヴァンパイアの目的が理解できていなかったのだ。


 何のために、どうやって侵入し、どうして国王の前に現れるのか。その答えは魔法や刃を交えても一切見えていない。


 荒れ狂う水の海を収めながら、私はヴァンパイアへと訊く。すると、勿体ぶることもなくその仮面の下の口を動かす。


「――エルフを終わらせる。そのためだけに私はここへと来た。同胞を引き連れて」


 先程よりも幾分か高い声音に私はその感情の裏を見た。


 エルフを終わらせる……。成る程。


「戦争か。そのために国の頭をつぶし、同時に主力を刈り取りに来たか」

 

 頭を潰し国を混乱させ内情を崩す。さらには主力を予め潰すことで自軍の戦力の消費を抑える。正しい戦略だ。しかし、いくつか気になりはする。

 

「戦争に必要な数のヴァンパイアがガイラスの森を抜けられるとは到底思えない」


「オーグエがいる」


「何?」


 ヴァンパイアの進攻までは理解できる。しかし、オーグエだと?


 目が回るような感覚に陥った。ヴァンパイアとオーグエ。この二つに接点などない筈だ。しかし、オーグエがいなければ、何の情報も持たないヴァンパイアがガイラスの森を大軍で通過するのが無謀だともわかる。信憑性はある。


 動揺し目線を切った瞬間、視界に赤く小さな血の結晶が迫ってきていた。それを回避したが少し遅く、頬に赤い跡を付けた。


「……動揺させて戦力差を埋め私を倒すつもりだったか。私も年を取ったがまだ浅いようだ」


「……」


「人を食ったような性格は皮肉なしに見事と称賛しよう。しかし、それだけで現状は打開できまい?」


 既に私の水はヴァンパイアの逃げ道も塞いでいる。表の壁の穴と扉には水のカーテンが流れ、窓からは絶え間なく水が溢れている。逃げ道なし。勝ち筋もなし。それがこのヴァンパイアの状況だ。

 しかし、何故ここまで余裕に見えるのだろうか。


 その全くとして変化のない仮面を私は注意深く見ていた。


 ――策があると考え警戒するべきか。国王様への攻撃は私の水でドーム状に覆っているので生半可な攻撃では届きはしないだろう。倒れているセイラルの方も一応は守っているが、万が一セイラルを狙われようとも切り捨てればいい。他にこの状況で私が敗北する要素はない……筈だ。


「……負け筋を考えるのではなく、先に勝つことを考えた方が建設的ではあったか。さて、ヴァンパイアよ。死ぬ覚悟を持つといい。本当に戦争となどになるのであれば、私は非常に忙しくなるのでね」


 大量の水で押し潰す……なんてことはしなかった。場数を踏んだ私には、あえて冷静さを欠く行動を誘発させられているように感じられたからだ。だからこそ、敵の姿を捉え続けることのできる水の弾丸で狙い撃つ。


 左右の壁に水が昇ってゆく。そして、天井までたどり着いたところで、四方向からの射撃を開始する。


「『(あま)穿ち』」


 放たれる水の弾丸はそれ一つだけでも岩に軽く穴を空ける力がある。それが今ヴァンパイアへ目掛けて数百も飛んでいく。


 回避は不能。何度も何度も放たれる水をヴァンパイアは先ほどと同じ血の球体の中に入ってやり過ごす。しかし、それでは耐えられない。

 私の……いや、エルフの魔法の素晴らしいところはマナ効率にある。一から各属性を生み出すのではなく、自然のものを利用する。だからこそマナ効率が非常に良い。普通であれば、一分と持たないようなこの何百もの水の弾丸を、五分以上連続で放ち続けられる。


「条件があるのは弱点ではあるが、周辺に湖のあるこの城においては私は無敵である。さあ、いつまで君のマナは持つかな」


「……布石は既に打たれていた。ヴィルム」


「なにっ!? 後ろ!?」


 声が聞こえた瞬間に反射的に体を動かす。魔法は一手遅れる。素手で……。


 しかし、ヴァンパイアが声を出したのは攻撃が当たると確信したその時だった。つまり、回避は遅い。


 首に二つ局所的な熱が襲った。首が断たれると思い痛みに合わせて体を捻る。すると、すぐに痛みは遠退き、ヴァンパイアと距離を取るために抜いたレイピアがヴァンパイアのその顔の目の前を通り過ぎた。


「フッ……」


 首を押さえる。痛みは一瞬で今はほとんど感じないが、ダメージ表記が黄色く目の前に浮かんでいた。


 完全な不意打ちで死ななかったことを喜ぶべきか。それとも、噛まれたことを嘆くべきか。


 私は華麗に体を傾けて、背後に構えることなく立っていた仮面を着けていないヴァンパイアに剣の先を向けた。


「どういうことかな? ヴァンパイア。いつ私の背後を取った?」


「お前には明確な弱点があった」


「弱点? 聞かせてもらおう」


「お前の魔法は水にマナを流して操作するというもの。つまりは水を操っている状態では、マナを含む水が邪魔になりマナ感知ができなくなる」


「その通り。正解だ」


 マナ感知は微弱なマナの反応を読み取ることで成立する。しかし、その反応が捉えられないほど多くのマナが滞留していれば、そのマナにかき消され、小さな反応は見落とすことになる。


「しかし、それと背後を取っていたことに関係があるのかな? 私は見ていた。君は私の攻撃を防御する際には、血を身の回りに固めていた。足場から血を伸ばして背後を取っていた訳ではない」


 未だに血の球体となっている場所を指差す。私はあの血の球体から目は離していない。『変化』が使えるとはいえ、あの場所から知らぬ間に移動などできる筈もない。


「そうか。……まだ、気づいていないか。私が移動したのはその時ではない」


「何を言っているのかな? 確かに君はあそこにいて血の球体に包まれた筈」


「見ればわかる」


 ヴァンパイアがパチンと指を鳴らした。すると、形を保っていた血が重力に従い力なく地面へと延びていった。そして、その後に残っていたものがあった。――者があったのだ。


 私は驚きのあまり目を見開いた。


「人? だと?」


 そこにいたのは、このヴァンパイアと同じ背格好の人物だった。白い仮面を被ったその姿は、間違いなく私が戦っていた相手。


 ヴァンパイアが新たに血で人を作っていたのか? 確かに、上位のヴァンパイアであればコウモリなどを自分の血肉から生み出すとも聞く。しかし、人も作れるのか?


「勘違いをするな。彼女は私の眷属だ」


「眷属……」


「そうだ。かなりの血を分け与えた眷属で姿形程度なら『変化』である程度変えることができる。声音はあまり似ていなかったが、ヴァンパイアに対して関心を持たないお前なら気付かないと確信していた」


 ――確かに。言われてみれば心当たりはある。声音の変化。口数の少なさ。それがある時から顕著だった。


「最初の血の球体を作ったときには既に入れ替わっていたのだな。ヴァンパイア」


「そうだ。エリに仮面を被せ私の姿に化けさせる。そして、私は体を血へと『変化』し、ある瞬間に放たれていた」


「不意打ちの血の弾丸」


「そうだ」


 つまり私と正面戦闘では勝ち目がないと察して裏をかいたのだ。知らぬ間に私の意識に一対一だと刷り込み、仮面という強すぎる印象を与えることで、それ以外の所作などの微かな違和感にも気付かせなかった。


 見事だ。ただ。


「ヴィルムよ! 何を呆けている! 早くこの野蛮なヴァンパイアを処刑しろ!」


「はい。トリスト様。お言葉のままに」


 私は仕切り直すように水の中立ち上がる。


「手札は知れた。君の敗因は一つだ。ヴァンパイア。今の最後の隙で首を取れなかったことだ」


 そう。確かにここまでは相手の方が上手だった。しかし、それも殺すことができていないのであれば失敗なのだ。むしろ、無駄に手札だけを晒したのが現状。二度はない。


「トリストの元に仕え、ありとあらゆる悪事に手を染めてきたヴィルム・カテン。その知力は脅威とも思っていたが、この程度か」


「何が言いたいんだね?」


「ヴィルム……何故私が他の技ではなく牙を用いたと思う?」


「……」


 ヴァンパイアの誇りなどではない。絶対にない。奴は私を殺すために策を立てている。であれば意味がある筈だ。


 荒々しく揺れていた水面が静まる。冷ややかな水が気持ち悪く足に纏わりついている気がした。


 静まった水面に何かが映る。何だろうか。赤い点が四つある。二つはヴァンパイアの目。では、あと二つは? 仮面を付けた眷属のものではない。


「馬鹿な……」


 血が騒ぐ。寒気がする。吐き気もだ。


 私は水の下の床に手を付いてその異様な光景に目を丸める。赤くなった私の目を。


「私が牙を使ったのは、貴様から血を得て力を発揮するためではない。貴様に我らヴァンパイアの血を与えて眷属にするためだ」  


「何故そんなことを!!」


 保つべき冷静さが消えていた。当然だ。半端を嫌い、純血を貫いていてきたのが国であり私なのだ。それが、こんなヴァンパイアに汚された。


 強く自身の手首をかきむしる。血が浮かんでくるが、それもヴァンパイアの力で治癒される。


「その顔が見たかったからだよ。ヴィルム・カテン」


「っく、この外道がっ!」


 声音を変えて本心のように見下ろし語るヴァンパイアを睨み付ける。こうなればヴァンパイアを殺し、そこから血を抜いてエルフに戻る。


 私の感情に従い水が荒れ狂う。その向こうでトリスト国王が焦っていたが関係ない。今は私がこいつを倒すのが最善。


「滑稽だな。ヴィルム。眷属とはどんなものか知らぬようだ」


「自身の愚かさを悔いて死ぬがいい。ヴァンパイア!!」


「呆れるものだ。ヴィルム。――動くな」


「はっ……」


 その指示がなされた瞬間、見えない力が私に働いていた。マナの動きは止まる。体の動きも止まる。国王の命令でしか動かないこの体が他人の指示で動かされている。


「眷属が主を傷つけられるとでも? ヴィルム。もう終わっている。お前も主君も」


「私は……」


「お前が最も嫌う最後を用意した。楽しんでくれ。『ヴィルム。国王を殺せ』」


「何を言っているのだ!!」


 冷淡で無慈悲な命令。ただ殺すのではない。最も苦しめる殺し方だ。尽くすために生きていた私に、その主君を手にかけさせる。しかも、あろうことかヴァンパイアなどという忌むべき血に体を蝕まれ。


 抵抗するのは意思。それに反発するのは肉体。体と魂が別離したかのような感覚。足が動く。けれど、命令をしても止まらない。レイピアを手放したい。しかし、指は張りついたように離れない。


「ヴィルム!! やめないか!! 正気をとり戻せ!」


「なぁぁぁあ!!」


 エルフとヴァンパイアの混ざりきった血。いつの日かの光景を思い出す。ロゼ・アルメリア。尖った耳と赤い瞳両方を揃えた忌むべき存在。あれが現れた時もこんな感じだった。



『この剣でソルとその子供を殺せ。そうすれば、腹の子とおまえだけは生かして匿ってやろう』


 フラーに向けたあの時の国王様の命令が甦る。私が三人の心を折るために与えたあの言葉と思想。あれが今百年越しに私の元へと帰ろうと……。


「やめろぉぉぉ!!」


「あぁぁぁぁぁ!!」

 

 絶叫が響いた。親指の付け根に感じた弾力は命の弾力。最後の抵抗をと踠いた命が耐えきれなくなってプツリと切れた。


 小さな水飛沫が頬を撫でた。赤い水飛沫。命の温みを帯びた赤い液体が、私の水に溶けて死の冷たさへと消えていく。


 あぁ……私が……。主君を……。


 甦るこれまでの記憶。王位を血筋だけで継ごうとしていたフラーに嫉妬していたトリスト。その傍らを守り共に歩んできた。様々な苦労もした。フラーの追放のために当時の国王を王座から下ろし、フラーへの愛情を断ちきらせた。その後のフラー派の国民を黙らせるために嘘の情報を流し、裏切り者と仕立てたことさえ記憶に新しい。


 ……もう終わりなのだ。


 膝を付いて亡骸を抱く。そこに王はいない。王冠を被せる頭はない。


「それがお前たちに相応しい死に様だ。次はお前の番だぞ。ヴィルム」


「……そうか。ヴァンパイア。しかし、その命令の必要はない」


 私はそっと自分の首元にレイピアを当てる。私がフォレストガードになるよりも以前にトリスト様から頂いたレイピア。


「フォレストガードは国王の敵を許さない。たとえそれが己であろうとも」


 華麗に剣を引いた。このレイピアの最後の仕事だ。せめて美しく……。


 鮮やかに視界で赤い花が咲く。青い水と赤い花。ああ、なんと王座を飾るに相応しい装飾か。


 意識が白く消えていく。血が流れ浄化されていく。


 消える。消える……。


 しかし、それでも私は恐くはなかった。当然だ。私の先には付き従うべき君主がいてくださるのだから……。



「グレン様……」


「……いい気分だな」


「……ええ」


 鮮やかな今際の際を眺めていたグレンの視線を遮るように死体との間にリエが入った。  


「目的は果たせましたか?」


「今日はやけに話すな。何かあったか?」


「いえ、何も」


 そう言いいつもと同じように顔を軽く伏せるリエは、美しい所作でありながらも、どこか寂しさが見え隠れしていた。


「クアリル様からの命令は達せられた。主力を二枚潰し、不確定だった戦力のベルドランも削いだ。国王も消えた今、計画通りにことが運ぶ」


「計画通りにですね」


「そうだ。目標はあと一人だ」


 死体には目もくれず、生きているであろうセイラルにも気にもかけずグレンは黒い髪を揺らし歩いていく。その途中でリエから白い仮面を受け取った。


「その仮面が必要とされるのもあと少しのようですね」


「そうだな。長い時間だった」


 仮面を再び顔に被せながら進むグレンの手をリエは歩行に差し支えない程度に控え目に掴んだ。


「本当にお一人で向かうおつもりですか?」


「ああ。リエにはクアリル様への報告を頼みたい。こちらはこちらでやらなくてはならない」


「いえ、そうではなく……」


 歯切れ悪く主人に抵抗するかのように頭を振るリエを、グレンは蔑ろにはしなかった。受け流すこともなく、無視することもなく、ただ口を閉ざし仮面の下の赤い瞳で動向を追う。


「これでよろしいのですか?」


「ああ」


 迷うことのない徹頭徹尾濁らない肯定。リエはわかりきっていたが、その肯定を否定したいと思い続けていた。


 けれど時は動く。永遠などない。目的があるのであれば終着点もある。半端に道中だけを歩き続けることはできない。


「無駄話は必要ない。内部は崩れた。エルフらの混乱の中では人間やロゼの動きは浮き彫りだ。探し出し目的を果たす」


「――わかりました。ご武運を」


 リエの手が袖から離れた。その指先に残る感触を忘れないためにか、リエはもう片方の手で愛おしそうに指を包み込む。


 そして、夜の中に二人は消えていく。王城に国王の死という結末だけを残して……。


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