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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
四章 エルフ王国・セザレイン
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116 老人の足跡


 ロゼ視点です。あと、本日は二話投稿になります。



 息苦しい。生き苦しい。


 そんな胸の詰まる思いは、この場にいる限り発散はできないものであった。


 廊下を永遠と歩き続ける。普段使いには不便きわまりない長さと複雑さの廊下ではあったが、今の妾には丁度よい。


 ベルドランから明かされた虚言に妾は惑わされる。謝罪などあってはならない。敵は敵でなくてはならない。だからこそ嘘であるはずだと妾の頭蓋を心が叩く。


 ベルドランの謝罪。


 それは妾にとっては都合の悪い話。納得ができてしまうからこそ都合が悪い。


 過去の母の顔が鮮明に浮かんだ。


「セザレインに行こう。あそこなら私たちを助けてくれるかもしれないから」


「エルフに頼るのか? 俺はフツーに反対だけど。フラーはともかく、俺は結構やっちゃってるし」


「まあ、私も王位継承の場でやっちゃてるし。それでも大丈夫。だって、ベルドランがいるから。ベルドランは何だかんだ言っても助けてくれるよ?」


 その母の信用の裏付けが、今回のベルドランの謝罪だった。裏切り者を裏切り者と呼べなくなるような謝罪。


 窓のある廊下から窓のない廊下へ。この辺りは数日過ごした妾の来たことのない場所だ。しかし、この方がよい。景色に集中し、頭の中を整理したい。


「あれ? ロゼちゃんだー。どうしたの~? 迷子?」


 整理したい……。


「迷子だ! やっぱり迷子だ!」


「話しかけるでない。今の妾は主らとは話しとうない」


「やだ。私が話したいから」


 ……こやつ。アイトやアリシアとの絡みで知っておったが、どうやら他者を優先する気持ちは存在せんようじゃ。


 普段よりも一つ落ち着いた黒髪を優美に揺らしながら、愛嬌ある笑みを浮かべるサルメ。ベルドランについて気持ちを纏めるつもりじゃったが、こやつがおる限りは叶わない。


 割り切るように息を吐いて、サルメへと意識を向ける。


「ん」


「ん?」


「話したいと言ったのは主じゃ。さっさと話せ。妾も暇ではない」


「やることないのに?」


「生意気な小娘をいたぶるのはやることに入るであろう?」


「誰のこと?」


 ……こやつは本当にやりにくい。


 獣人のレフィはただの天然というだけだが、こやつのそれは違う。天然に馬鹿を付与してイタズラ心を飾り付けておる。ウザさと対応のしにくさは魔人ミリアと同程度じゃ。


「話せ。二度はない」


「と言いながらそれがすでに二度目……なんてのは冗談でー」


 妾の刺に気付いたのか、阿保が阿保らしくおとなしくなる。


「あのさぁ。昨日の覚えてる? お風呂での」


「覚えてはおる」


「よかったぁ。昨日まで記憶がなくてどこの誰かわからなかったんだけど、思い出したの」


 どうやら阿保の記憶喪失は日常茶飯事のようじゃ。昨日今日で思い出す程度。先日の食事が思い出せない程度の細事。


「短い記憶喪失じゃったな」


「短くなんかないよ! もう二十年は経ってる!」


「ふむ」


 ふざけてみると向こうは真面目な反応。これだからやりにくい。


 しかし、そうは言えど、サルメらしからぬ真面目さではあった。笑顔が下手。強がっているようではある。


「私さ。二十年も忘れてたんだ。お兄ちゃんがいたことも、奴隷として一緒にガイラスの森に迷いこんだみんなのことも」


「奴隷とな?」


「うん。奴隷商人」


 それほど人間の文化に詳しくはないが、これに関してはある程度の知識はある。シャフレイへと進攻する際にミリアから聞き及んでいた。確か、奴隷商人として奴隷を捕獲する場合にはいくつかの条件があると。


「主はどちらの奴隷じゃった? 違法な奴隷か、合法な奴隷か」


「奴隷なんてどれもだめだよ」


「そうか。知らぬは当然か」


 こやつが連れ去られたのは幼少期。そんな奴隷法など知らぬであろう。いや、奴隷が奴隷の権利を知っておるはずもないか。


「話を戻すね。奴隷商人に捕まって荷馬車に乗せられたんだけど、その後一時してから騎士団に見つかって追いかけられたの。そして、逃げ込んだのがガイラスの森」


 サルメの声音が低くなる。明るくウザいのも大概ではあるが、こちらの方が妾は嫌いじゃ。


「しかし、よりにもよってガイラスの森に逃げ込むとは。どうやら騎士に捕まるよりも死ぬ方が好みであったようじゃな」


 ガイラスの森は知識のない者が入っていうような場所で断じてはない。ただの肉食獣が住まう森なんて生易しいものでもない。全てが罠。生える植物の多くには毒があり、小川一つにしても危険な生き物がいる。さらには土魚にトロント、シルベドリ。知識がなければ命を落とす。


「おおよそ結果は読めてはきた。奴隷商人ごときにそれらを退ける術はあるまい」


「……うん。森に入って二日で奴隷商人は全員死んだよ。大抵トロントに絞め殺されてた」


「トロントか。であれば、荷台にいた主らは無事だったわけじゃな」


 こくりとサルメは頷いた。


「森を荒らしてトロントを怒らせて奴隷商人は死んじゃったけど、私たちは何もしていなかったから助かったの。でも、二日も荷馬車で進んだガイラスの森から出るのは私たちには難しすぎた」


 まともな武器もなければ食料もない。どちらも得るには相応の知識が必要となる。生きるためにはやるしかないが、成功するとは限らない。いや、失敗が大半であろう。


「結局みんな死んじゃった。シルベドリに誘われて崖に落ちたり、毒を食べて死んじゃったり。そして、残ったのは私と年下の女の子」


「……」


 その歳の子供が体験するには少しばかり過酷には思えた。妾も酷な過去を送ってはおった。それゆえに、少しばかりサルメに親近感が湧く。


「私は怪しいと思ったんだ。なんにもない平地。そこで休もうって女の子に手を引かれたんだけど、私は嫌な気がして付いていかなかった。そしたら、女の子が土に沈んでいった」


 土魚か……。


「女の子は手を伸ばしてた。私も頑張って助けようと動いたの。でも、一瞬で女の子は土魚に飲み込まれていったの」


 これがサルメの過去の一部。兄と離ればなれになり、奴隷商人に拐われて、逃げられたと思えば仲間が死に絶える。到底まともな精神ではいられまい。


 だからこその記憶喪失。自我を保つために記憶を封印した。


「そこで私は気絶して、優しい声に起こされたのそれがベルおじいちゃん」


「そうか……。思い出せたのであればよかったな。どうするつもりじゃ? 人の国にでも戻るつもりか?」


「……それはできないよ」


 楽観的なサルメがその場の感情を隠すように言ったのが、やけに珍しかった。諦めたような表情。こやつは何を思い妾にこんな話を……。


「二十年も離れてて今さら戻るなんて流石にね。それに私にはベルおじいちゃんもいる」


「あんな老いぼれに情など必要ない」


「ひどーい。でも、本当にベルおじいちゃんは私の恩人なんだ。お風呂で話したと思うけど」


 二十年前からサルメを引き取り、人間であることを隠し育てた。エルフの行動としてはかなり異常で、常識を捨て去ったようなやり口。何がベルドランにそうさせたのか……。考えたくはない。


「二十年も一緒にいてくれたのに、今さらお兄ちゃんと生活するからもういいやなんて言えないよ。――お兄ちゃんには会いたいけどね。それはわがまますぎるから」


「……何がそこまで言わせる。ベルなど多種属を嫌い差別視する堅物じゃ。そんな奴から何を貰ったという?」


「うーん。貰ったって言えば、家とかご飯とかってなるけどそうじゃなくて。うーん。ちょっと恥ずかしいけど愛情とか? 空っぽになってた私にサルメとして感情を詰め込んでくれた」


 あのベルドランが? 優しさ?


 妾からベルドランの印象はあの追放の時のものしかない。妾は自分の目で見たものを信じる。だからこそ、母のベルドランに対する評価を頭の中から消しておった。

 しかし、サルメの反応で少しずつではあるが、それが掘り返される。


「普通さ。人間なんて助けようとしないよ。エルフの国に入って思ったけど、物凄く人間は嫌われてるし、同じぐらい人間は怖がられてる」


「……」


「でも、ベルおじいちゃんは気を失った私を運び出して看病してくれた。ご飯も作ってくれた。私の家族や知り合いを探そうとしてくれた。そして、多分だけど、私のトラウマを隠しておいてくれた」


 ガイラスの森で消えていく仲間たち。ベルドランほどの実力であれば、間違いなく人間の痕跡は見つけられただろう。しかし隠した。サルメが奴隷にされかけていたという事実と、辛く過酷すぎる死別を。これに裏などは存在しない。良心以外の何物でもない。


 最悪じゃ……。本当に……。


「ベルおじいちゃんは優しい。だから、私はベルおじいちゃんを一人にするつもりはないんだ」


「……名前は」


「名前? 誰の?」


「ええい。そこまで言わねばわからぬか。その兄じゃ」


「えーと。確か。ハルだと思う。で、私がリン・ノシアンだから、ハル・ノシアン」


 ……冗談か?


 ハル・ノシアンと言えば、シャフレイにあるギルド『歯車』のマスターで、特級冒険者『結界師』のハル・ノシアンではないか。人間の中で異質とされる魔法の技術と頭脳。それとこの阿保が兄妹?


「ありえんな。頭の良さの釣り合いが取れておらん」


「えっ! 知ってるの!」


「主と違って頭が良い。敵として一度はまみえたことがあるが、奴は別次元じゃ。少なくとも主と兄妹などありえん」


 外観だけは似てはおるが。


 上背の高く、スタイルの良い体に、長い黒髪。一見女と見間違えそうな顔に、鋭い目付き。確かにサルメには似てはおる。雰囲気と頭以外。


「うーん。お兄ちゃんに頭脳は持っていかれたのかな」


「それなら釣り合いが取れる。希代の天才と希代の馬鹿じゃ。丁度良い」


「今、もしかして私のこと馬鹿って言った? てへへ。私そんなに馬鹿じゃないよ」


「希代の天才と違い、希代の馬鹿は褒め言葉ではない」


 頬を赤らめて喜ぶサルメ。これだけでも妾の評価が正しかったと思える。


 まったく。こちらの悩み事などお構いなしではあったな。しかし、まあ、馬鹿な話を聞いて少しは落ち着いたか。


「主が会いたいと言うのであれば、いずれ連れて来てやろう。主の言うベルは空間魔法はそこそこできるようじゃ。そこまで難しい話ではあるまい」


「えっ! ホントにー! ロゼちゃん大好き。チューしていい?」


「するな。絶対に」


 妾は精一杯を顔を背けるがサルメがこちらに向かってくる。


 それから妾は逃げるように元来た道を走り出す。馬鹿と話しただけ。妾の気持ちに整理などついておらん。しかし、ほんの少しだけ、母の昔の言葉が信じられるような気はしておった。


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