80 それぞれの再会
「アーイートー!」
倒れた俺とそれを回復するカインに聞き慣れた声が降ってきた。そこで、俺はようやく安堵したように、息を吐いた。
ふう。無事みんなとも合流完了。シャフロンには借りができたな。
聞こえてきたのはアリシアの声。それから木々の隙間から人影が見えて、次第に駆けてくる三人の姿に変わる。アリシアが一歩速く、その次にレフィ、そして、その背後でいぶかしむように眉を寄せたアーニャ。
うっ。アーニャのあの顔……。マズイ。非常にマズイ。
状況を整理しよう。今俺たちは勝手にはぐれて、あろうことか仲間探しを後回しに勝負をしていた。そして今、倒れた俺と寄り添うカインを心配して探していたアーニャが発見したわけだ。
「カイン……。わかるな?」
「そうだね。今回は僕の責任だから、アーニャはどうにか抑えてくるよ。今のアイトじゃアーニャの怒りを買ったら耐えれなさそうだから」
「頼むぞ。……ホントに」
そうして、カインが立ち上がると、アリシアとレフィに軽く頭を下げてからアーニャの元へ。俺をカインが回復しているところから状況を察して、アーニャがカインに喧嘩両成敗の右ストレートを決めるのかなと面白半分に眺めていた。けれど、そんな様子はなく、訪れたのは微笑ましい再開のハグだった。
まあ、アーニャも今回は心配が勝ってたんだろうな。俺と同じでカインの余裕のなさに気がついてたから、よりいっそう思うところがあったんだろう。
二人の再開の心配をする必要もなくなって、俺はこちらの再開に目を向ける。
「アーイート!」
「悪かった。心配させたよ」
アリシアが横たわる俺の目の前まで迫る。けれど、おかしい。スピードがあまり落ちていない。
「方角をー」
ん? 方角?
そして、感動の再開と思っていたところに視界に映ったのは、拳を振り上げたアリシアだった。
「書け!!」
「べふっ!?」
これだけ血だらけで、横たわってて、動けないのにも関わらず、アリシアの再開最初のやり取りは拳だった。
えっ? これもしかして俺の方が……。
「レフィ! ヘルプ!」
「置き手紙はアリシアさんだけにでしたよね……。私も同じぐらい心配していたんですが……」
「あの。レフィさーん」
「どうぞ。お二人で仲良くお話しください。どうせ、私は二番目の女ですよ」
「レフィさん!?」
とんでもない誤解だ! パーティーメンバーに優劣をつけるつもりはない。それに、あのときの状況だったら、アリシアに書き置きを残すのが適切だ。
それなのに……。
プイッと。普段であれば可愛げがあると呼べるようなへその曲げ方だが、この状況ではそんな悠長なことは思えない。
そんな中、助けを求めて人を探す。ロゼは遠くでシャフロンとお話し中。あと残るのは……。
「カイン!!」
すると、一瞬足を止めてからカインが振り向く。そして、一つ。アイツらしくない笑みを溢して……。
「温かい再会だね」
「カインンンッーー!!」
叫びながらカインの消えていく背を睨みつけた。そして、完全に姿が見えなくなったところで、俺の耳にアリシアとレフィの文句が入り込んできた。
*
これまでよりも一際長閑で安全な森の中。小鳥の囀りさえも良し悪しで選ばれたかのような場所で、僕は隣のアーニャからの言葉を待っていた。
罵詈雑言。というよりも的確に反省を促す厳しい言葉。それを正面から受け止める必要が僕にはあった。だから、耳を澄まし、美しい鳥の囀りさえも意識から外して待っていた。
アーニャの足が止まった。この辺りであれば、アイトたちの耳に入らないと判断したのだろう。
どんな厳しい言葉が待っているのだろう。
そう心して構えていると、アーニャが少し低いところから見上げるように僕の目を見た。その透き通る桃色の瞳は、純粋でいて物事を正しく見定めるような強さを持っていた。
「どうだった?」
「ん?」
予想していたどの言葉とも違うものに、僕はほんの数秒混乱した。
どうだった? アイトと勝負したことや一人でいなくなったことを怒るわけでもなく?
わからなかった。この真剣な表情のアーニャがどんな答えを求めていて、何に対しての感想を知りたいのか。
そう僕が迷うことを知っていたのか、はたまた聞き返されることを前提として話していたのかはわからない。けれど、アーニャは僕に語りかける。
「アイトと正面からぶつかれた?」
怒るでもなく、心配するでもなく、むしろ素っ気ないような口調。けれど、だからこそアーニャの心情が伝わってくる。
何もかもお見通しだったんだろうね……。
「……アイトと再会してから、素直に向き合ってるつもりだったんだよ。でも、そこまで僕は人ができていなかった」
アイトと上部だけの関係を続けて、積もらせ続けた劣等感。自分はそこまで弱くないと頭でっかちな考えがどこかにあって、劣等感の存在さえも気づけなかった。
「でもね」
土魚の中でのことを思い出す。互いを傷つけることに怯えず、心の中にあった感情をぶつけ合ったことを。
「アイトに言われたんだよ。本心をぶつけろって」
その言葉を聞いて、初めて『僕の声』が出た。アイトを責めるような言葉が。これまで友達だからと、そうあるべきだからと内に秘めてきた言葉が。
「気づいたんだよ。本心をぶつけられない関係性なんて友人でもなければライバルでもないってね」
「うん」
僕はそれとなくアイトから受けた傷の場所を撫でた。痛みはない。けれど、確かに届いたそのライバルの刃の強さを思い出す。
「そして、ようやく本気で……本心で勝負をしたんだ。初めての勝負だったよ。本当の意味のライバルとぶつかれたのはね」
「そうだね。よかった……ほんとうに」
アーニャはまるで自分のことかのように幸せそうに微笑む。その心の内を見透かすことはできない。けれど、その姿は昔三人で遊んでいたときに見せていた表情とよく似ていた。
「あー! もう。 感傷的になっちゃいそう! ほら、でも、アイトは適度に弱いんだからね。勝負しても手加減はしなきゃだよ」
「それができたらよかったけどね。僕もこう見えて負けず嫌いだから」
一瞬アーニャはムッとして、その後に呆れたようにため息。俯瞰する冷静な自分もいるから気持ちはわかる。「どうしようもない」、そんな風に思われているに違いない。
それでも僕のアイトへの接し方は変わらないけどね。
「ねぇ? 今笑った? 私心配してるんだよ!」
「ごめん。そんなつもりはないんだ。ただ……」
今回はアーニャの心配を軽く受け止めたりはしない。その心配を本当の意味で受け入れられてこなかったから、僕は失敗し続けた。
だから、「次は心配をかけない」じゃない。僕が仲間のアーニャに向ける言葉はこっちだ。
「ありがとう。心配してくれて」
すると、アーニャは一瞬きょとんとした顔する。そして、急に目を逸らしながら背を向けた。
「あー! もう! わかってるならもういいもん。ほら、私はアイトの方も説教しなきゃいけないんだから!」
「そうだね。でも、手加減はしてあげてね。僕の責任でもあったから」
「わかってる! もう! ……あと、カインもわかってるとは思うけど、ロゼさん。責任感じてたよ」
そうして、一歩先にアーニャは元の場所に戻る。それを僕は追わずに地面を見ていた。
そうだね。ロゼにも伝えなくちゃね。謝罪と感謝を。魔人ではなくて、同じ立場の仲間として。
僕もゆっくりと歩き出す。前を向いて。勇者カインとして。




