79 仲間探し
久しぶりのアリシア視点です。
「ふぁぁぁあ」
体が酸素を求めて盛大に大あくび。よく寝れたような。寝れていないような。
私は明るくなり始めたまだ紫色の空を横に向いたまま確認。こんな空を見ると、不思議とやる気がなくなるのは、学生時代の名残なのかもしれない。
「でも、今は起きてもテストもないし、宿題もない! 気持ちは晴れやかなのさ」
そうしてテキパキと体を起こす。朝の心地よい寒さがあって、気持ちがよかった。
「おや?」
宿題はないはずなんだけど……。
私の目に留まったのは、頭のところに置かれた紙切れだ。寝る前にサンタさんにお願いをしたわけでもないし、宿題であるはずもない。じゃあなんなのか。
「置き手紙? かな?」
私たちのパーティーでは、あるときから置き手紙を強制している。主な原因は私が怒り心頭でアイトを説教したことだけど、そこはまた別の話。
そっと重石として置かれた荷物の下から置き手紙だけを抜き取る。適当にノートから引きちぎったような紙には、殴り書きのような汚い字が並んでいる。
なになに? ちょっとカインを探してくる。もしトイレとかだったらすぐ戻る?
「ありゃ?」
私は咄嗟にアイトの寝ていた場所を確認。そこには寝具だけが取り残されていて、空間ポーチもない。
「でも、ユグちゃんは置いていってる。ホントに一時的なもののつもりなんだろうけど……」
私はそっとアイトの布団に指を突っ込んだ。やっぱり予想通りだ。布団が冷たい。
「……探さなくちゃ」
アイトとカインが何かに巻き込まれている。そこは間違いない。
心臓が縮むような不安が体を害している。でも、そんなことは関係ない。置き手紙を私に残してくれたのは、こうなっても信用して任せられると思ってくれているから。それなら、私は落ち着かないといけない。
「レフィちゃん!! 起きて!!」
「ふにゃふにゃ。アリシアさん? まだお外は暗いですよー」
くぅ~。可愛い!! でも冷静に!
寝起きで薄目を開いて耳を伏せるレフィに飛びかかりたくなるのを抑えてから、私は必死にレフィの眠気を払う。
「アイトがいないよ! 探さないと!」
「ふにゃ……。……アイトさんがですか!? 今起きます!!」
アイトの名前を出すだけで一瞬でレフィは飛び起きた。そんな姿に最初からアイトの名前を出しておけばよかったと反省する私。
そして、そこからレフィの声で起きたアーニャも含めて急いで着替える。こんなときだから急いで追いかけたいけれど、ここは危険地帯。準備もなく出歩いていい場所じゃない。
そして、装備に着替え終わったところで、もう一人のいなかった人物が戻ってきた。
「何をしておる?」
並々ならぬ雰囲気に、ロゼが赤い目を細めて手に持っていた食材を地面に置いた。
「あの、ロゼさん。これだよ」
「ん?」
そして、ロゼが字面に目を通す。そこから一言。
「読めん」
「汚い字だもんねぇ」
「違う。エルフ語しか字はわからん」
「あー。そうだった」
ごめん。アイト。だってアイトの字が汚かったから。
読めない理由を勘違いしてしまったことを心の中で謝りながら、私は脇道に逸れないように簡潔に説明する。
「カイン君がいなくなって、それをアイトが探しにいって、二人とも戻ってきていないのさ」
「なんじゃと?」
するとロゼがしまったと片方の口の端しを曲げる。その姿はまるで心当たりがあるかのようだ。
「知ってるの?」
「……言葉選びを間違ったか。急いで探す。ついてこい」
「わかったのさ」
言葉選びを間違った……か。やっぱり何か事情を知っているみたいだね。
訊きたい気持ちを抑えながら、私たちはロゼの後ろに続いた。普通はこんな時、まずどこに行ったかを明確にするものだけど、それさえもなく木々の下を通り過ぎていく。それがアイトたちに合流する最短のやり方だから。
何も訊かずに五分程度。抱えたユグドラシルの苗木を手の中で回して姿勢を直す。
「責めぬのか?」
と、静粛としていたみんなの中でロゼが言った。背中だけで、横顔も見えないけれど、ロゼの声音が普段と違う。その声音に通っていた芯が揺れている。
私は他の二人の表情を確認する。これは私一人の問題じゃないから。
レフィちゃんは何にも気にしていなさそうで、早く探そうと気合いが入ってる。アーニャちゃんの方は目を皿にして周囲を気にかけている。
二人はロゼさんのことを気にしてない。そして、私もだね。
「何かあったのはなんとなくわかるけどさ、責めるなんて気は起きないのさ。アイトとカイン君も大事だけど、ロゼさんも私にとっては大事な仲間なのさ」
「……。妾は仲間などでは」
「そう言うとは思っていたさ。でも、責めないのかって、訊いてきたのが答えだと思うよ」
私は頑なにその肩書きを許容しないロゼを見て思う。
本当に仲間と思っていないなら、こんな風に急いで助けに行こうとはしない。それに、私たちの心情を酌んだ今の話だってしない。
「ねっ。レフィちゃん」
「当然ですよ。侵略戦のときからずっとお仲間ですから」
そんな純粋すぎるレフィの言葉を受けてしまえば、誰しもが否定しにくくなる。そして、出てくるロゼなりの答えは。
「勝手にしろ」
そうして、また少し歩調が速くなる。
「ツンデレだね~」
「ツンデレってなに? アリシアさん」
話を一歩退いたところで聞いていたアーニャが私の隣にやって来る。不思議そうに丸い目を開くアーニャには、何でも説明したくなる愛嬌がある。
そう言えば、この世界ではツンデレの概念は存在しなかったね。
「普段は素っ気なくて、たまーに本心を出してデレデレする人。可愛らしいよね~」
「可愛い? じゃあ、私ツンデレかな? よくアイトを殴っちゃうけど」
「それはー……」
ツンデレって、そんなにいきすぎてたかな? 日本の文化から離れすぎて境界線がわかんないや。でも……。
「ヤンデレかな?」
「ヤンデレ?」
「詳しくはアイトに訊いてみて。それよりも、ロゼさんはあれだよね。居場所がわかってるみたいだよね」
逃げるようにヤンデレからツンデレに方向変換。すると、ツンデレさんはツンツンせずに親切に教えてくれる。
「おおよそな。いなくなったカインを探してアイトも消えた。となれば、カインの目的だけを考えれば答えは見える」
「……カイン君の目的かぁ」
アイトが書いていたようなトイレではなかったんだろうし、持ち物も置いていってなかったから一時的な目的じゃなさそう。そして、昨日ロゼさんとカイン君は意見のすれ違いがあった。
確かそのすれ違いって。
「セザレインへの道中をショートカットしたいって話だったかな? 土魚を倒せるとか……」
「それじゃ。夜中にも妾とカインでその件でもめた。そして、おそらくその後に自棄になって動いたのであろう」
「自棄かぁ。あんまり想像できないようにも思えるけど、そうじゃないとも言えるよね」
「最近のカインは焦ってる感じだったよ。いつもの冷静さがなかった」
私のカインへの印象を長年の付き合いがあるアーニャが裏付ける。エルンでのヴァンパイアの件から、ここまでせっかちな部分が見え隠れしていたけれど、それは元の性格の問題ではなく、最近の事情によるものなんだと思う。
「カインは……焦ってるんだと思うの。アイトはあんなに強くなってるし、自分は置いてかれてるんじゃないかって。だから……」
「力を証明するために土魚に挑みにいった。……のであろうな」
本質を見抜いていても言い出せなかったアーニャは、苦しそうに可愛らしい顔を歪めていた。強い娘だから涙は流さない。けれど、涙という形に出せないからこそ、内側で燻って責任感として苦しんでいる。
そんなアーニャの肩を叩く。アイトの隣を巡るライバルではあるけど、そこは今は関係ない。
「大丈夫なのさ。今頃二人は仲良くケンカでもしているよ」
「うん。そうだね。ありがとう。アリシアさん」
そうして、笑顔を溢すアーニャ。本当に強かな娘だ。
そこから目的地までアイトたちを探しながら向かっていく。ロゼの推測が正しければ、カインが実力を示すために土魚と戦っているのだろう。けれど、物音はない。マナも漂ってこない。
「最初の土魚のエリアにつく。万が一に備えて警戒はしておけ」
「うん」
「はい」
「はーい」
それぞれが武器や杖を手に取る。敵がいるようには感じないけど、ロゼの勘や経験則は侮れない。だから、私は臨戦態勢を取る。
着いたのは開けた場所。特に争った痕跡もなく、静かに咲いた草花が朝の日差しに照らされてはつらつとしている。
そんな中をみんなで目を走らせる。とても人がいる雰囲気がないこの場所を。
「誰もいないね」
「はい。私の鼻にもとくに目立った生き物の匂いは……」
確認するようにロゼを見る。ロゼは力を抑えられてはいるものの魔王軍四天王。私たちに見えていないものがきっとある。そう思いたかったのだ。
ロゼは平地に背を向ける。まるでここには用がないとでも言うように。
「――ここにはおらぬ」
「そんな……」
予想が外れて肩が落ちる。こんな広すぎる森だ。見つからないのが当たり前。それが普通。けれど、手がかりがなさすぎて、生死さえもわからなくて、胸に暗い影が入り込む。
どうしよう。アイトは……。
そんなとき、レフィちゃんが腕を引っ張った。
「まだですよ。人探しであれば、アリシアさんのソーンがいます。どこにいるかまではわからなくても、生きているかは確認できるはずです」
「そ、そうだね。少し安全な所まで戻ろうか」
手がかりはなかった。けれど、冷静に合流を目指していくしかない。それしか私にはできないから。
そう思って、暗くなりそうな気持ちに強がって、全員でもと来た道を戻り始めようと一歩踏み出した。
そんなとき……。
「なに?」
けたたましい地鳴りと共に背後の地面が割れた。いや、波打っていた。
「ロゼさん! これ!」
「土魚……ではない」
そう言いながら目を細めて赤い剣を握るロゼは、凄まじい気を纏っていた。私はなにも感じない。けれど、ロゼは今の一瞬で何かを感じたのだろう。
波打っていた地面が急に隆起する。それこそ地面から岩石でも飛び出してきたかのようなもので、とても人が敵うような大きさではない。
それは魚の姿をしていた。岩の鎧を纏った巨大な魚だ。
「魚……? でも、ロゼさんは土魚じゃないって」
ロゼの言葉と目の前の生き物姿が交わらない。
確かに土魚ではないと聞こえた。けれど、見た目からしてこの飛び出してきた巨大な魚は土魚のはず。
高く跳ねた魚が頭から土へと帰ろうとする。そんなとき、さらに状況が変化する。
「伏せよ!!」
珍しいロゼの叫び声に驚いている暇はなかった。ただ、危機的な声を前に体が動いていて、踞るように頭を地面につける。その瞬間。
ぐちゃり。
と気分の悪い音がした。熟れた巨大なトマトを空から落としたような、生っぽい音。水っぽい音。
頭に何かわからない飛沫が飛んできていた。それを恐る恐る手で拭うと、指先が汚い赤色に染まっていた。
「ロゼさん……っ」
と顔を上げた瞬間息が止まる。他のみんなも同じ反応で、唯一、ロゼだけがそれに対して対等な態度で目を尖らせていた。
そこには龍がいた。真っ白でスタイルの良い龍。大きさは土魚よりもやや小さいが、この森に住むには不便なほどの大きさだ。鱗もまるで金属のよう。そして、何よりの特徴が、私が知るところの龍と異なる背中の数メートル上で回っている光の輪。天使の輪を連想するけれど、それとはまったくの別物だろう。
「なるほど。こやつが白の森の正体か……。アリシア。死にたくなければ、妾を解毒せよ」
えっ? まさか、ロゼは戦うつもりなのかな。これと。
とても敵うとは思えないような脅威を前に、もはや冷静な思考もなかった。昔、他の世界で龍と出会ったことはある。けれど、そのどのときとも違うことがあった。
差がありすぎるよ。――これは。
息もできない。息が許されるかもわからない。そんな中で、その龍の透き通る緑色の目がこちらを見下ろした。
ダメだ。これは。死んだ。
そう悟って強く目を瞑る。
「えーと。君たちは僕の友人の友人かな?」
えっ?
私は薄く目を開く。第三者の声が聞こえた。声変わりの途中のような中途半端に高い男性の声。けれど、ここにいるのは私たち四人と目の前の白い龍だけで、他には誰もいない。
そんな中で、目を開けていたロゼだけが声の主を知っていた。
「妾の友人の友人とな? 主の友人ではなく?」
その不敵な質問の矛先に驚いた。間違いない。龍に向かって話していた。最初は聞き間違えかと思ったけれど、そのロゼの質問をまるで理解しているかのように龍が動く。
「そう。ボクの友人じゃないよ。アイトとカインの友人を探している」
「えっ。アイトとカイン……」
私が久しぶりに感じる言葉を発すると、龍がそうだと言うように軽く目を細めた。それだけで、私の体からいろんな力が抜ける。
「二人は無事なのじゃな? 龍よ」
「もちろん。さあ、二人が待っているから向かおうか。あの美味しくも食べごたえもないシルベドリがいるからね。ボクの背中に乗って」
そうして、あろうことか龍がこちらに背を向けて尻尾を下ろす。
その姿を見て、私はレフィちゃんとアーニャちゃんと目を合わせる。多分みんな同じ気持ち。
「アイトたち、何をしたんだろう」
ちょっとした誇らしさと、まだ消えない恐怖をに、私は二十年ぶりの龍の背へと飛び乗った。




