78『最弱』と『最強』
カイン、アイトのライバル対決の続きになります。今回はアイト視点です。
窪んで更地となっていたこの場所に、カインの魔法が凸凹を作る。爆発で地面が抉れ、岩石が突拍子もなく飛び出し、風の刃が地面に切り傷を残す。
俺はカイン魔法に牽制されながら、なすがままに体を動かし、頭だけを目まぐるしいほどに回していた。
「ダメージはないけど、このままでいい筈がない。カインのことだから、一個一個確認してるんだ」
カインは無造作に魔法を打ち続けているわけではない。火だったり、水だったり、槍の形だったり、ただの球体だったり。どれが有効になるのかを試している。まだ、俺に効く攻撃の答えが出せていないだけで、徐々にその答えを絞ってきている。
単調な魔法攻撃が減った。地形を生かした攻撃も増えている。
「『性質変化』も万能じゃないからな」
『剛健』と『性質変化』があれば基本的には全ての攻撃に対処ができる。けれど、ここまで『剛健』を扱ってきてできないこともあると気がついている。
例えば、『剛健』は体の表面から一センチが硬くなるのだが、それ以外の箇所は普通。わかりやすく言えば内臓とかは軟らかいのだ。なので、口から魔法を突っ込まれでもしたら内側だけが爆発する。
「そんな過激なことはしてこないとは思うけど……」
俺は隆起する地面から離れながら息を整える。
「何となくわかってきたよ。魔法と物理が両方受けきれるわけではないんだね。『性質変化』。あれで、切り替えている」
「どうだろうな。悩んどけ」
「いや、答えは出たよ。そろそろ決めよう」
カインのプレッシャーが上がった。単なる気迫の問題ではなく、マナの放出量が変わったのだ。
「大技か」
「いいや。逆だよ」
そして、始まるのは何十にも展開された魔方陣から放たれる魔法の乱舞だ。
「くっそっ!!」
魔法は全て一気には襲ってこない。時間差で絶え間なく撃ってきている。俺には『剛健』がある。だから、全てを受けきることはできる。けれど、この魔法全てを受けるのは抵抗があった。何せ、あのカインが答えが出たと言ったのだ。無意味に見える攻撃に何かが仕込まれているに違いない。
そう思いながら、エンチャントした腰布で魔法を弾きながら、決して機敏とはいえない体で走り続ける。けれど、流石は俺の敏捷と反応速度。半分ぐらいは当たる。
体力140(緑)
「やっぱりダメージはないけど……。どう言うことだ?」
「こういうことだよ」
「カインっ!」
いつの間にか、目の前にカインの姿があった。飛び交う魔法だけに目が向いていて、完全に見失っていたのだ。そして、これがどれだけ危機的な状況なのか、瞬時に察する。
遠距離魔法で『性質変化』を魔法へと変更させて、意識を魔法が向いている瞬間に物理攻撃をするのがカインの狙い。
まずいと思ったときには、腹部へ剣が叩き込まれていた。目の色は通常通り。『剣聖』を使っていない、剣技でもないただの剣だが、『ただの』と表するには些か威力が大きすぎた。
硬い体の表面を衝撃が通過して内側へ。内臓への痛みで首の周囲の筋肉が強ばる。
「かはっ」
体力120(黄)
地面に転がりながら、そんな表記を見届ける。
俺の硬い体にダメージを与えるのはそれなりに覚悟がいる。武器が壊れる可能性もあるし、下手に打ち込めば自分が負傷する可能性もある。それなのにカインは迷いなく鈍重な攻撃を繰り出した。
「しかも、攻撃の仕方が上手いんだよ」
普通に斬りつけるのではなく、体に剣を押し当てたあとに一気に力を加えた。衝撃を避けるための攻撃の仕方だ。
俺は空間ポーチからプチポーションを取り出して喉に流し入れる。内側から染み渡る苦味が、痛みの上から覆い被さる。
「効いたみたいだね。まだいくよ」
「くっそ。『性質変化』っ!」
咄嗟に『性質変化』を物理に切り替える。しかし、立ち上がることもままならず、追撃が襲う。ただの剣。けれど、俺はその剣に対応できない。ステータスの差だ。
体の表面を剣が削り続ける。ここまでは最初と変わらないが、こちらが次の動きに移れないように的確に関節を狙ってくる。そして、なすがままに剣に打たれ続ければ、いずれ明確な隙ができるのも当然。
その瞬間、視界が黄色く光る。
「『スパーク』」
「うぶぁっ!」
痺れて一瞬呼吸が止まった。痛みと苦しさを内包した『スパーク』。レフィの使う『スパーク』より見た目は大人しいが、より鋭い痛みがある。
くっそ。この攻撃でわかった。カインは剣と魔法両方で攻めてくるつもりだ。
カインの算段はわかった。けれど、対処ができるかは話が別。この距離であれば、普通『性質変化』は物理にしておく。剣の方が攻撃のスピードが速いからだ。けれど、カインは魔法が当たるように的確に隙を作って、魔法攻撃をねじ込んでくる。とても対処ができない。
「受けは下策。なら攻めるだけだ!!」
この時点で防御が間に合わないと悟った。それなら、相手が攻撃できないように攻めるしかない。
動きは俺の方が遅い。でも、俺にはもう一つの手がある。
頭にカインとは違う『勇者』を思い浮かべてから、強気に叫ぶ。
「『ゲート』!!」
俺の前と、向かってくるカインの後ろに、青紫の『ゲート』が生まれる。その片方へと俺はがむしゃらに飛び込んだ。
視界が一転する。隙だらけのカインの背中。流石のカインでも対処が遅れる。
……はずだった。
「慣れているよ。僕もフェンデルさんと特訓をしたからね」
カインが体を反転させる。それは、『ゲート』という魔法を知っているだけではできない動き。『ゲート』を駆使した者と戦ったことがある動きだった。
カインの体に打ち込まれる予定だった俺の剣が、受け止められて急停止。その先で、俺とカインの目が合った。
「本当に似ているね。空間魔法の使い方が」
「うるせえ。それなら素直に当たれよ」
「当たらないための訓練だったから。それでも、初見だったら回避できなかった」
「回避されてるから失敗なんだよっ」
怒り任せに剣を弾こうと力で押した。するとあら不思議。俺の方が押し返されて力の差がくっきりと表れた。
空間魔法も読まれた。これで手がなくなった。
「いや、違う。逆だな……」
カインは今、知っていたから避けられたと言った。それなら、知らない『ゲート』の使い方をすればいい。逆転の発想だ。
「『ゲート』」
「何度やっても……」
「おいおい優等生。習わなかったのか?」
大きく開いた左右の『ゲート』。それを無視してカインは俺に斬りかかっていた。その剣が届く数歩手前で、『ゲート』が不穏に大きく歪む。
「『ゲート』は崩れる時に爆発する。初歩だぜ」
「えっ」
ニヤッ。
途端、爆風が灰色の煙を放ちやってくる。派手な音は鼓膜をしびれさせるが、それだけで殺傷能力はない。見た目と音が派手で、『ゲート』に体を突っ込んでいたら、どこか別の空間に飛ばされるだけで、なんら害はない。
「でもまあ、びっくりするよな」
爆風に身構えたカイン。そこへと一閃。ショートソードが走る。
爆風のせいで間合いが少し遠い。けれど、ショートソードの切っ先がカインの腹部の装備を削り取る。
「まだまだ!」
「『サークル』」
「ちっ」
さらに一撃と踏み込んだところで、カインの剣技による防御。乱雑な防御ではあるけれど、一歩体が退いてしまった。
仕切り直す。
「『ゲート』」
今度は目の前の『ゲート』を潜る。二つの『ゲート』の使い方がある時、人は絶対迷う。しかも、混乱している状態だ。通る。
「『ストライク』」
「いっ……!!」
後ろからの攻撃だ。咄嗟にカインはそっちを向いたけど、距離を詰めるか迷った。その一瞬の間にカインの肩にショートソードの先端が突き刺さる。
俺の攻撃力とカインの防御力の差で、貫通まではできなかった。けれど、たしかにそれは、初めてカインに届いたまともな攻撃だった。
カインが後ろへと跳ねて膝をつく。その姿を見て、俺の胸に湧き上がる感情があった。
やっとか。初めてカインに手が届いた。一人じゃ絶対に届かなかった。アリシアと旅に出て、レフィに剣の基礎習って、ウェードから剣技を。師匠からは空間魔法を残してもらった。
昔の俺が勝てなかった理由。それは誰からも力を借りなかったからだ。
「でも、今の俺はみんなに鍛えられたんだよ。わりと力業でな!」
貧弱なステータスの自分を卑下することはなくなった。だって、自分を卑下すると、ここまで教えくれた人たちに申し訳ないから。
「そうなんだね。……でも僕も一緒だよ。そうだって最近気づいた」
カインが立ち上がる。その肩に強めの回復魔法を使いながら。
「僕もフェンデルさんから勇者が何かを教わった。ヴォルさんから魔人を倒す意思を受け取った。そして、スズナリさんから自分に足りてないものを伝えられた。そして……」
カインが俺に剣を向ける。その瞳は今までより真っ直ぐに俺を見ている。どこか高みから見下ろされているような立場の違いを感じていたが、この時は同じ高さにいる気がした。
「アイトに自分の強さを。誇れる自分の姿を教えてもらった。だから……」
カインの雰囲気が変わる。これまで感じたことのないプレッシャー。殺意じゃない。強者特有のマナの威圧感でもない。あるのはもっと神々しい風格。これまでに、感じことのない雰囲気。セシアでも、ハルでも、ロゼでもない。その人らとは別種の雰囲気だった。
ゆっくりと目の色が変わる。『剣聖』だと思ったが少し違う。瞳が下から上に半々で色味が違う。
本来の琥珀色と『剣聖』の金色。その二つがグラデーションを描く。
「……なんだよそれ」
「『剣聖』は普通、発動時は魔法が使えなくなる。原理は剣技を使っている時に魔法を使えないのと同じだね」
「……」
それは知っている。体内にマナを循環させる剣技と、体内からマナを放出する魔法はマナの運用方が違う。マナを循環させながら魔法を放てば、どちらか、もしくはどちらもが使えなくなる。
まさか……いや。それは流石に。
「スズナリさん体の半分で『剣聖』を発動していたんだ。だから、先人はいたんだ」
「じゃあ……」
考えたくない最悪だった。人類としては誇らしいが、今、目の前に越えるべき相手として立ち塞がっている状況では最悪だった。
「僕の剣はね。魔法やスキル、そして剣技が重なって完成する」
カインが剣を構える。なんの変哲もない少し質の良いだけの剣がやけに光輝く。あまりにも洗練された動きに、こちらは構えることさえも忘れてしまう。
「自分の剣術が確立した後に『剣聖』は授けられるんだ。僕の剣の完成形は、剣と魔法との調和。その後に授けられたのが『剣聖』なんだよ」
『剣聖』が魔法と剣を合わせた剣術を認めたってことか?
完全には理解できなかったけれど、カイン伝えたいこととはほとんど変わらなかったはずだ。ただ問題は、だからどうなるのか。その一点。
「……魔法と剣を合わせた剣術。そして、『剣聖』は発動時に魔法を使えない……」
「わかってくれたみたいだね。でも、『剣聖』が認めた僕の剣術には、魔法は不可欠なんだよ」
「おまえ、まさか……。どれだけ頭おかしいこと言ってるか理解してるか?」
「ふふっ。存外、『剣聖』なんて変わった人しかいないよ」
そうして笑うカインはこれまでとは少し印象が違う。余裕とは違うけれど、これまで以上の高みにいるようにも感じた。
カインが動く。……いや、多分動いた。その程度にしか判断がつかなかった。
――速すぎるっっ!!
ほとんど見えなかったカインの一歩に、直感的に反応して剣を上げるが、振り下ろすよりも早く、俺の腹部には複数の斬撃が突き刺さる。
「くっ……」
踏ん張ることもままならず、力のままに吹き飛ばされる。そして、また派手に地面に転がり、砂埃を上げてから、痛みから逃げるために深く呼吸を繰り返す。
今の攻撃……。全く見えなかった。まるで『風人』カルムみたいに。
あまりのスピードと攻撃力に唖然とする。原因を探して目を凝らすと、カインの周囲には風の鎧が生まれていた。自分の脚力に風の推進力を合わせて、とてつもない速度を生み出したのだ。
「そして、その速さの中で、八回も剣を振っていきやがった」
腹部に残る痛みの箇所を探って推測。一瞬すぎて何度食らったかはこれでしか判断できない。
レベルが違う。
そう悟りながら剣を握る。けれど、次の瞬間には吹き飛ばされる。今度は電撃も追加だ。
斬られ、殴られ、燃やされ、痺れさせられ、吹き飛ばされる。
何度も攻撃を受けた。何度もだ。食らってはポーションを飲んで。食らってはポーションを飲んで。時折『ゲート』で逃げて。それをひたすら繰り返す。なすがまま。まだ立ち上がれているのは、カインが死なないように手加減をしてくれているからだろう。
頭が痛い。マナを消費しすぎたせいだ。体も痛い。ダメージを受けすぎたせいだ。ポーションはまだあるし、マナの方も『ユグドラシルの加護(子)』で無限に近いぐらい使える。けれど、このままじゃ体の方が持たない。
勝てるのか?
無理だ。
攻撃が届くのか?
遠すぎる。
「全てが……」
飲もうとしたポーションが吹き飛ばされてガラスが星のように粉々になる。
口や鼻から漏れだした血で血だらけだった。体も重くて最初のような動きはもう再現できない。目蓋が重い。諦めろと俺の体が意識に諭す。
ここまでなのか?
「もう終わりだよ。アイト。これ以上は先に影響が出る」
その通りだ。俺にはまだやることがある。セザレインに行って同盟を結ぶ。そのために来ているのだ。こんなただの力比べで疎かにしていいものじゃない。
カインが剣の先を下ろして、こちらの言葉を待っていた。それに答えるために、俺は呻き声以外の音を久し振りに喉から発した。
「……ま」
「そうだよ。もう休んでいい」
「……まだだ」
自然と飛び出した言葉に自分も驚いた。理性的な自分がいるし、弱音を吐いている自分がいる。それなのに、出てきた言葉は諦めではなかった。
負けたくない。これまでそう思いながらカインと勝負をしていた。けれど、心の底では勝てないという俺がどこかにはいた。
じゃあ、今は?
「変わらねぇよ。勝てるかなんてわかんねぇ。ただ……」
腕の支えでようやく俺は立ち上がる。体は限界。それを意思の力で引っ張り起こす。
「参ったなんて言いたくない。だって俺は、『最弱』だから。この名を持つ限り、最後まで諦めるなんて許されない」
そう。師匠は圧倒的実力差を目にしても戦った。その結果、オーグエの腕を落としている。その師匠の肩書きを貰ったのに、こんなところで、まだ動けるのに諦めたくない。
「行くぞ!!」
乱雑な歩調でカインに向かっていって吹き飛ばされる。
何度も。何度も。
血が。火花が。土が舞う。それでも、俺は立ち続けた。
互いに殺すなんてことはできない。だから、ギリギリで加減をしている。だから、今俺は意識が保てている。だから、ポーションを飲む余裕がある。でも、問題はどうするかだ。何なら勝てる?
剣や魔法はカインの下。空間魔法の『転移』も考えたが、これは範囲を定めるだけの時間が必要だ。一秒も満たない時間ではあるが、今はその一秒もない。
「ぐあっ」
顔が火に炙られる。『剛健』のおかげで火傷はない。けれど、内側にこもった熱が思考を乱す。反射的に目を閉じて目蓋の裏にある痛みに歯軋りする。
くそっ。
そんな時だった。痛みに閉じていた目を開けた瞬間だった。目の前にステータスプレートの一部が浮かんでいた。昔は目にするのも嫌だった緑のプレート。そこにあった一言は俺は目を見開いた。
『レベルアップ』
レベルアップ……。 そうか。『剛健』のレベル!! まだこれがあったか。
唯一の希望に火が灯った。そのおかげか急に視界が開けた気がする。けれど、賭けだ。単によりいっそう硬くなっただけじゃ話にはならない。何かなくてはいけない。『エンチャント』や『性質変化』と並ぶような何かが。
「ゲ……『ゲート』っっ!!」
これまでで最も規模の大きな『ゲート』を作り爆発させる。探知魔法を使うカイン相手には、五秒も時間は稼げないだろう。けれど、ほんの三秒。いや、二秒は稼げる。
指先を擦り合わせてステータスプレートを取り出す。その下にあるスキル欄に触れてから、一瞬で内容を目に焼き付ける。その次の瞬間には、記憶も飛んでしまいそうなカインの攻撃を食らうが、なんとか頭にはスキルの説明が残っている。
――これでいい。これに賭ける。
今の俺にできる最後の策。それに向かって俺は走り始めた。
「こいよっ!! まだ俺の頭は鮮明に動いてるぜ!!」
「本当に意識を失うまでやるつもりだね。――僕と同じだね」
カインは同情なんて微塵も見せずに斬りかかる。魔法と剣の融合技。単純な技ではない。魔法で体や剣を強化して、さらには探知魔法まで張り巡らせている。普通の人であればすぐにマナ切れを起こすそれを、『剣聖』を発動しながらやっている。本当の意味で化け物だ。
そんなカインの攻撃を何度も食らう。たった二、三発で、『剛健』さえも打ち破って、問答無用で体力を赤に持っていくような驚異的な剣を。
それを受け続けた。一回目で自分の無謀さに後悔した。二回目で泣きたくなった。三回目で自暴自棄になる。そして、四回目以降は記憶がほとんどない。
ただ、最後。この瞬間になって周囲を見渡すと何十もの斬撃の跡が地面に残っていた。
朦朧としていた。けれど体は動く。勝利のために。
「カイン……。これが俺の最後の技だ。これでどっちにしても勝負が決まる」
「そうだね……」
「俺は全力でやる。だから」
「僕も全力で応えよう」
俺は剣を構える。最も使い慣れた『ストライク』の構えだ。それにカインも応えるように剣を高く構える。さらにその剣には炎が纏われており、熱風が周囲に吹き荒れる。
ハルよりも上の火属性魔法。単純な範囲だけじゃない。内包された熱量は凄まじく、『剛健』と装備で守られていなければ、この距離でもダメージが入る。
一撃に賭けるのは同じだな。
「はぁぁぁ!!」
俺は臆することなく走り出していた。
足元を意識しろ。まだ、転がるには早い。休むのはこの後だ。
剣を引く。最大限の力が発揮できるように深く。そんな俺に向かって、炎の剣が振り下ろされる。
「『業火の剣』」
圧縮された炎が陽炎を纏いながら俺へと向かってくる。それに対して俺は。
「『性質変化』ぁぁ!!」
喉を破るように酷使させて、そう声高に叫んだ。そして、炎が身を焼くよりも前に、引いていた剣を前に。
「『ストライク』!!」
そして同時にもう一つの切り札も解き放つ。――『剛体の怒り』。その効果は。
『相手から受けた攻撃を蓄積し、一撃に変える』
普段の俺であれば押し負ける炎の塊に、ショートソードが向かう。そして、炎と切っ先がぶつかった。
「あああぁぁぁ!!」
激しい衝撃なんてものはない。ただ、真っ向から炎を真っ二つに切り開いて駆け抜ける。カインの魔法に打ち勝ったのだ。
視界の端を通り過ぎる炎に目もくれることなく、ただ一つの影、カインの姿だけを瞳に映す。
まだ『剛体の怒り』の力は続いてる。この『ストライク』に力は乗っている。届け。届いてくれ。
そして、俺たちのライバルとしての戦いは終わる。その舞台には、立ち尽くす一人の勝者と、横たわる一人敗者がいた。
*
「敗因は一つだよ」
そんな風に血を流しながらカインは言った。
「アイトの動きから大技が来るのはわかっていた。だから、最初の炎の攻撃の後にも動けるようにしていた。わかるかな。アイト」
カインが少しづつ近寄ってくる。足を引きずるようにしながら、あおむけに横たわる俺の方へ。
「僕は、アイトが僕の技を越えてくると読んでいた。それだけだよ」
「……そうか」
カインと俺の最後の一手。俺は確かにカインの魔法を『ストライク』で打ち破った。けれどそのあとだ。カインは俺の『ストライク』を体で受けながら、相打ち覚悟の剣技で反撃してきたのだ。
単純な話だ。魔法を相殺するのに大半の力を使った剣と、『剣聖』の覚悟を決めた一撃。その差が、俺がこうして夜明け前の明るくなり始めた空を眺めている原因だろう。
「アイト……。この勝負の勝敗は」
「わかってるよ。そんなの」
俺がこのまま黙りこくっていればまだ勝負は続く。けれどわかる。これは敗北に他ならないんだ。
「参ったよ。まだ俺じゃ勝てない」
負けた現実が胸に突き刺さる。虚無感にも近い空っぽな心情に、ただ一つ置き忘れたかのように敗北感。
悔しい。でも、今回は以前までの勝負とは違う心情もあった。
「俺、強くなってたか?」
「うん。脅かされるほどにね」
これまでのお世辞とは違う。確かにカインに認められるぐらいの善戦をしたんだ。一瞬だが、カインが使った本気の魔法にだって打ち勝った。
「あー。でもまだまだだな~」
「そうだね」
カインが俺の前で立ち止まる。あんまり負けた顔なんて見せたくないけれど、もう首も回らない。
「アイト。君は僕のライバルだよ。だから、僕は進み続けるよ。勝った者として」
そうか。なんでこんな清々しい気持ちなのかわかったな。
「そうかよ。じゃあ、ちょっと先で待ってろ」
過去の光景が甦る。本気でライバルにふさわしいなんて思ったことはなかった。けれど今、十六年の時をへて、ようやく自他ともに認められたのだ。
カインの回復魔法で体から痛みや倦怠感が引いていく。そんな中、真のライバルとなってからの初めての朝日が昇る。遠くから光が真っすぐに糸のように伸びる。その光景は、俺とカインの新たなるスタートを予感させた。




