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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
四章 エルフ王国・セザレイン
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76 宣戦布告


「ボクは君たちの友人を探しに行くけど、取り敢えず二人は安全な場所に移動だね」


「ん? なんで?」


 てっきりみんなでアリシアたちを探しに行くと思っていたのに。意気込みもむなしく前のめりになる。


「うーん。邪魔だから?」


「おい! 友人と言ってもな? 言っていいこととダメなことがあるんだぞ! 邪魔? 知ってるよ!」


 確かに特級魔物でもあるシャフロンから言わせてみれば邪魔でしかないだろう。カインならまだしも、俺なんかは敏捷もその他も足りていない。しかし、それを言われてしまっても……。


 一人落ち込んだ。なんか自分だけ場違いな気がして。


 そんな時ぼそりとカインが言う。


「シルベドリだね」


 何かを考えて口ずさんだその名に、目の前のシャフロンが反応していた。なお、俺にはちっともわからない。


「そうそう。シルベドリなんだよ。あれって、ボクでもどうしようもないんだよね。だから、友人を守ってあげられない」


「あー。そういうことか。シルベドリって土魚とかと違って、純粋な戦力だけじゃどうしようもないもんな。探しに行って二重遭難なんてこともあり得るし」


 シルベドリは聴覚に訴えて幻術にかける。俺は勿論だし、カインでもかかるような厄介な代物だ。


 で、それから守るすべがないから一人で行くと。 


「シャフロンは大丈夫な感じ? あれって対処できないんじゃなかったっけ?」


 幻術は、幻術をかける手段がわかっていない限り防御不能。そして、かかりやすく解けやすい。


 つまり、ことシルベドリに関して言えば、耳を完全にふさいで、音を遮断でもしない限り対策は難しいのだ。 


 けれど、シャフロンは当然と、脅威にすら思っていないように答える。


「ボクには関係ないから。あれも突き詰めればマナだからね」


「それどういう意味?」


「内緒。その驚きはボクが本来の姿見せる時まで取っておきたいからさ」


 ……。変に勿体ぶる。なんていうか、今のちょっとむかつく話し方とか師匠に似てんだよな。そんなところ似なくていいのに。


 いたずらっぽく口の端を広げるシャフロン。これが他の人間だったら大きな声を上げる。アリシアだったらぶん殴っている。でも、シャフロンだから諦めた。


「反撃が怖いし」


「アイトのその思考回路には驚かせられるよ」


「おまえ、今の感想だけでよく俺の考えてること分かったな。ちなみに、おまえが勿体ぶったときは拗ねて口きかない」


「ふっ。重々気を付けるよ」


 軽く笑うカイン。多分いつかやってくるやつだろう。そういう笑い方だ。


 で、結局のところだ。アリシアたちを探しに行くのは、シルベドリへの対処法があるシャフロン以外に適任はいないようだ。……でもな。


「……」 


「気持ちはわかるよ。でも、なにもしないのが最善な時もあるよ」


「……だな。シャフロンが動いてくれるなら、俺たちが動くよりも断然いいんだろうし。実力は、まあ、知ってるし」


 シャフロンのその本領までは知らないし、『空白龍』の姿もまだ見たことはない。けれど、その状態でも、俺やカインを圧倒できる力は感じられた。単純な強さもそう。索敵などもだ。


 一度シャフロンを見る。特に焦っている様子はない。俺たちよりも冷静にみんなを探してくれるだろう。


「……わかった。じゃあ、まず、俺たちはシルベドリの鳴き声の聞こえない安全な場所まで行くか」


「案内するよ」


「シャフロン。歩きながらでいいから、少しいいかな?」


 少しずつ森の内側へ足を進めながら、カインがシャフロンの隣に並んだ。


「待っている間やりたいことがあるんだ。暴れても大丈夫な場所を貸して欲しい。良ければ。……だけどね」


「暴れたい? いいよ。ボクが最近消し飛ばしちゃったところがあるから、そこを使いうといい。少し歩くよ」


 そうして、黙々と歩く。流石は龍の住みかで、とてつもなく広い。白の森なんて呼ばれている場所だったが、本当に白いのはその外側のほんの少しの部分だけで、中はなにも変わらない緑の森だ。


 時折間伐されたような空地を歩き、小川のせせらぎを聞き流して進んでいく。


「なあ、カイン。さっきのやりたいことってなんだよ」


「ん? なんだと思う?」


「わからないから訊いてるんだよ」


 すると、カインはにこりと美少年っぷりを発揮。こんな表情をされたら、女性は堪らず照れるだろう。男の俺は嫌悪感しかないけど。


 カインは足を止めることなく前を向く。土で汚れていたはずの青い髪は、いつの間にか綺麗に整えられている。


 ――話すつもりはないってか。


「まあ、いいや。何となくわかるし」


 そして、十分ほどして着いたのは草木が存在しない空白の地。数十メートルに渡り大きく窪んでいて、地面が岩のように硬く押し固められている。


「何がどうやればこうなるんだ?」


 巨大な魔力爆発でも起きないとできないような姿。しかも、不自然なのは草木が一切存在しないこと。一切だ。土魚の狩り場でさえも雑草はあったのに、ここにはなにもない。それこそ、石ころ一つ転がっていない。


「いやー。少しね。こうでもしないと堪えられなくてね」


 と、申し訳なさそうに頭をかくシャフロン。それは間違いなく初めて平坦以外の方向に感情が揺れた瞬間だった。


「これがシャフロンの……」


 さっきの鬼ごっこで見せなかった実力の片鱗。カインがルールに大規模な攻撃の制限を加えていなければ、こんなことになっていたのだろう。正直このレベルは、防御云々の話の規模ではない。


 もちろん恐怖も一瞬あった。けれど、次の瞬間には、こんな力を持つシャフロンが仲間を助けに行ってくれることに安堵していた。目の前の光景。これほど俺の心配を拭う証明はないだろう。


「空白龍? だっけ? 体が大きいから面積が必要だったとか?」


「違うよ。これは別。なんだろうね。うん。空白龍と呼ばれるのは好きじゃない。それは人間のお偉いさんが勝手に付けた名だよ。ボクが名乗ってるわけじゃない」


「あー。悪い。シャフロン。俺たちの称号みたいな感じだと思ってた。俺の『最弱』みたいに」


「『最弱』って、嬉しい呼び名なんだ……。人間って深いね」


 これ盛大に勘違いしてるな。


 まあ、俺の称号は普通の人にも理解できないものだろう。特級冒険者や、カインならまだしも、蔑称と受け取られても仕方がない。


「それでも、俺にとっては誇らしいんだよ。もう一人の『最弱』を知ってるならわかるだろ」


「うーん」


 少し難しそうな顔だったが、シャフロンはそういうものと納得する。シャフロンの知る『最弱』のフェンデルにとっては、『最弱』はそれ以上の意味がなかったのかもしれない。


 当然か。『最弱』に意味を作ってくれたのは、他ならぬ師匠だし。


「そろそろ雑談はいいかな……。早く終わらせて食事にしたいからね」


「食事って作れるの? 龍だよね?」


「つてがあるんだよ。そこはお楽しみとしよう。じゃあ、ボクは君たちの友人を探しに行くよ。二人は好きにやってていいよ」


「おう。なんか全部シャフロン任せだけど、頼んだ!」


「僕からも。お願いします」


 そう言うと、シャフロンは頼られたことに嬉しそうに頬を緩ませてから、異様な速さで森へと消えた。相変わらず人の姿のままで。


「ほんと。人間と変わんないよな」


「だね。でも、これまで多くの人やエルフを殺しているからね。その一線だけは意識しておかないとね」


「まあ、そこはそうか」


 全てを人間と同じではいけない。ある程度こういうものだと割り切った考えも持っていないと、俺たちの常識が裏切られる。その時に起こる被害がなんなのかは今は想像したくない。


 俺は消えたシャフロン背の方をじっと見てから、こちらの方へと意識を戻した。


「で、ここに来た目的だよ。まあ、何となく察してはいるけど」


 カインがどうしてこんな場所をシャフロンに要求したのか。その理由を引き出しやすいように言葉を選んで、真剣な眼差しでカインの反応を待つ。


 そして、カインはこう言う。


「――土魚のお腹の中で話してたことだよ」


 地面を優しく靴底で押し返しながら、カインはゆっくりと離れていく。


「今こんなことをするべきかはわからない。でも、僕の勘が今しかないって言っているんだよ」


 そして、数メートル離れた距離でこちらを振り向き、その手に抜いた剣の先を俺の眉間に向けた。


 ああ。そうだよな。俺もおんなじ気持ちだよ。今しかない。誰にも止められず、本気で『勇者』と特級冒険者が手を交えることができるのは……。


「勝負だ。アイト。今回は僕が君に挑戦する」


 そのとても挑戦者と呼べないような迫力に、カインを中心に空気が押し出されているように見えた。


 ああ。そうだよな。これでこそだ。


 そして、俺はニヤリと笑う。挑まれる者として。


「かかってこいよ! これまでの冒険で培った全てを見せてやる!」


 そうして始まる。『最弱』と『勇者』。俺とカイン。二人の本気の戦いが。


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