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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
四章 エルフ王国・セザレイン
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67 求める幻影と目の前の現実


 なぜこうなった! いつから!  


 言葉にならない後悔が胸を叩く。景色に浮かれ、ロゼの言葉を信じて完全に油断した。それが今強い後悔となって俺に押し寄せる。



 花のカーテンを抜けた先。ここにいない二人の姿。


 レフィとカインなら問題ない。索敵ができて迷ったりもしない。そう決めつけてた。


「ロゼ。何があったんだ。詳しく説明してくれ」


「ふむ。わかった。しかし、妾らとて先にこの場に着いただけで、詳しくは知らぬとは先に伝えておく」


 まあ、そうだろう。先にこの場所に着いて、その後続が現れなくておかしいと感じ、そこから最後尾の俺たちの到着で確信へと変わった。原因を直接目にしているわけではないのだ。そこは、俺でもわかっている。

 問題は、なぜ二人がいなくなるような事態になったのか。そして、どこにいるのか。


「……心当たりはありそうだけど」


「妾がここに入った理由は知っておるな?」


「この森の危険な箇所を避けるためだったよね。土魚のテリトリーとか自然の罠とか」


 この花の匂いだったりが他の生き物を遠ざける。そのため、安全だと判断して、ロゼはこの道を選んだ。


「でも、結果は二人はいない。あの二人に限って迷ったとは考えにくい」


「シルベドリ。妾はその魔獣の住まう土地を避けた。……探しながら話す」


 ロゼが再び花のカーテンを捲る。それに俺たちは足早に向かっていった。 


「シルベドリ……。名前から危機感は感じないけど、避けたってことはそういうことだよな」


「危険度で言えば、土魚より上、白の森の下」


「それじゃあ二人じゃ手に負えないか」


「いや、手には負える。シルベドリ単体であれば、それこそアイトでも勝てる。しかし、問題はシルベドリの生態」


 生態? 


 揃って全員で首をかしげる。妙な一体感が生まれながら、話しと歩みは前へ前へと向かう。


「幻術。自身の鳴き声で幻術にはめる。さらに、この幻術は特殊。悪夢は見せない。だからといって幸福な夢も見せない。ただ一つ、違和感のない幻術を見せる」


「ごめん。わからない」


「自身に都合のいい景色や音を感じさせるのさ。例えば、実際は真逆を進んでいるのに、自分は先頭のロゼさんについて歩いていってるとか」


 アリシアの例え話が全てだった。その例えが、ここに二人がいない理由であることは明白だろう。


 そして、あれか。二人だけがやられた原因。耳が良すぎる二人だからシルベドリの声が聞こえた。だから、二人だけ幻術にかかった。


「シルベドリ……。俺でも勝てるなら、その幻術を見せたあとに二人に勝てる気はしないけどな」


「そこは、単純。別のもので殺すのじゃ。生き物、崖、川。気がつく前に殺す術は無数にある。そして、殺してしまえばあとは餌」


「シルベドリなんて聞こえの良い名前なのに、やってることは甘い蜜を啜ってるだけなんてな。最悪な気分だよ」


 ここまで聞いて、焦ったりはしなかった。ガイラスの森に慣れてしまったのと、シルキーの預言があったお陰だ。


「……捜索範囲はこのエリアの近く。ロゼと俺たちで前と後は見ていたし、抜けたとしたら左右にだよな。探すならここから左右に散ってだな」


「じゃな。二組に分かれる。妾とアーニャ。アイトとアリシア。これでいく」


「了解。あと気をつけておいたほうがいいことは?」


「小まめに幻術にかかっていないか確認することじゃ。痛みを感じる程度に肌をつねる。それだけで幻術は解ける」


「わかった。じゃあ、行こう」


「あのさ。みんな、少しいいかな?」


 早急に二手にわかれて捜索に向かおうとした。けれど、アリシアが早すぎる出発に一度待ったをかけた。


「髪を貰っていてもいいかな。私がいればソーンを使って確認できるからさ」


 時間がないこともあってか、特に詳しくは訊かずに二人は素直に頷いた。ロゼは短剣で毛先を切ってアリシアに渡す。アーニャのほうは……。


「えい」


 バサリと大量の髪の毛が紫の花弁と共に散った。


「あの。アーニャ? そんなに切らなくても……」


「ちょうど気分転換したかったから。それに、多いほうがいいじゃん」


「だけど……」


 逞しい目つきもあってか、アーニャの姿は少年のようだった。後ろ髪がなくなり、首と髪の境目が白とピンクで綺麗に分かれている。


 勿体ないな。綺麗な髪だったのに。


 そう思いはしたけれど言葉を下げる。今は緊急事態。その場においてのアーニャの決意と決断だ。とやかく言うのは二重で間違いだ。


「じゃあ、今度こそ。合流地点はさっきの所で。何かあったら空に魔法でも打ち上げて」


「任せよ」


 そして、今度こそ壁にでもぶつかったかのように、二つのチームは、左右へと直角にその足を踏み出した。



 紫の花の中を黙って進んでいた。景色は美しい。けれど僕は油断することなく五感を研ぎ澄ませながら警戒をしていた。


「このまま右に進んでいく。よいな?」


「わかったよ」


 ロゼの誘導に僕は素直に頷いた。


 さっきまでは、このエリアを直進して抜けるものだと思っていたが、そうではなかったようだ。危険な地帯を通り過ぎればこの場所から出る。そういうことだろう。


 マナ感知を広く取る。すると全員の位置が明確に分かった。順調すぎるぐらいの順調。アリシアの件があったものの、この調子であれば問題なくセザレインにたどり着くだろう。

 

 そして少しして、球体状に広げていたマナ感知にようやく凹凸が生まれる。出口だ。


 花のカーテンを押し上げて、目の前に広がったのは何の変哲もない森。それと、すでに到着していたみんなの姿。


「僕が最後だったんだね」


「当然だろ。一番左にいたんだから」


 そんな風にアイトが言って、僕の肩に手を乗せる。


「ほら、こっからは安全じゃないんだ。先導してくれよ。期待してるから」


「……珍しいね。アイトが期待なんて」


 僕は目を細めてアイトを見る。すると、アイトが普段のように顔をひきつらせた。


「索敵はおまえしかできないんだから当然だろ。ねっ、ロゼ」


「そうじゃな。これから先はカインの力が必要になる。何かあれば随所指示する。それまで先頭は任せよう」


 ロゼがこんな風に僕に自分の役割を渡すなんて珍しい。いや、旅の間で培われた信頼なのかもしれない。


 僕は軽く安堵したように表情を緩めていた。気の緩みじゃない。ただ、少しは誰かに頼られる存在になれたことで落ち着いたのだ。


 そして、頼られた感覚を原動力に足を進めていく。慎重に、それでいて早く。


「……」


 けれど、僕の足は急に止まった。障害があって止まったのではない。自主的に止めたのだ。


 ふっと、頬を緩める。それは他ならない自嘲だった。


「――ないよ。……今の僕には、この場にいるみんなに信用されるような実力は」


「どうした? カイン?」


 心配そうにアイトがこちらを覗き込む。僕がこうあって欲しいと、そう思うアイトが。


 みんなもこちらを向いている。何一つ異常のないみんなが。


 僕は剣を引き抜いた。すると、みんなが驚いて後ろに退く。けれど、関係ない。この剣はみんなを傷つけるものじゃない。


 守るための剣。そして……


「甘えた自分を罰する剣だ」


 僕は刃の上に手のひらを走らせる。細く鋭い熱が手のひらを横断し、瞬間、幻のみんなの姿が地面へと溶けていく。景色も窓を伝う雫のように剥がれていき、大きく変わる。


 暗い森だ。木の上に暗幕でもかけられ光が遮断されたような暗さだ。とても自然なものなどとは言えない。


「敵っ!」


 広い範囲のマナ感知のかなり内側に、大きなマナの反応が現れる。


 剣を構えて上を見上げた。目を細めて暗がりに残る影を探す。


 巨大な影。丸い影に枝のように伸びた複数の脚。


「蜘蛛……」


 その正体に気付いた瞬間、木々の天井が降ってくる。蜘蛛の巣に枝や葉を張り付けてカモフラージュされたそれは、獲物を誘い込み、上から被せる網。そんな網が、鍋に蓋をするかのように迫る。逃げ道はない。焼き払おうにも、枝や葉っぱが絡みついているので、燃え残れば最悪自分にも被害が及ぶ。


 逃げも撃墜もできない状況で僕が選んだのは。


「『アクアスプラッシュ』」


 選んだのは水の魔法だった。地面から吹き上がる水の柱。落下してくる網をこれで支えるのだ。


 ひとまず、この隙にこの攻撃の範囲から離れないと。


 地面を蹴ろうと足に力を入れる。けれど、足がうまく持ち上がらなかった。目を下に向けると、そこにはすでに仕掛けられていたもう一つの罠がある。粘着性の蜘蛛の糸。僕らの知るような一般的な蜘蛛の糸の使い方だった。


「くそっ」


 水の柱が質量に押し負けて潰されていく。葉や枝でできた天井の隙間から、同じような緑色の蜘蛛の足が見えた。僕の知るような蜘蛛の大きさではない。その足だけで、多分僕よりも大きい。


 靴を脱ぎ捨てて蜘蛛の下敷きにならないように跳んだ。風の魔法で体を滑らせて、地面の糸に巻き取られないよう離脱する。


「地の利は向こう。いつの日かと似ているね」


 真っ赤な地面と、凹凸のほとんどない白い仮面が頭に浮かぶ。


 あの時は目先にとらわれすぎて冷静な判断を欠いた。だからこそ、それを知って生きながらえた僕は、今度こそは間違わない。冷静に分析する。それが『賢者』を持つ僕の戦い。


 覚悟を決めて相対する敵の姿を目に収める。


 枝や葉と共に降ってきた蜘蛛。胴は緑の短い毛で覆われていて、一見苔むした岩にも見える。見るからに堅牢な八つの足は鋼のようで、僕の剣の腕では一撃で切断するには苦労するだろう。


「そして糸」


 糸にはかなり注意が必要だ。地面に隠されていたり、頭上に隠されていたりして、気を抜けばすぐに動きを封じられる。そして厄介なことに、マナが通っていないのか、僕のマナ感知では見つけられない。目で判別するしかない。


「あとは、幻術だけど、こっちは手のひらの傷があるかぎり、かかってもすぐに抜け出せる」


 それに、そもそもこの幻術は、蜘蛛のものではなさそうだ。多分、僕は音の幻術にやられたんだと思うけれど、この蜘蛛にはそんな動作はない。


「でも、もし幻術が使えたら、幻術からぬけだすのに一瞬隙ができる。だから、瞬時の判断力が必要な近接戦は避けよう。周囲を意識しながら魔法で対処する」


 血の流れる右手を前に突き出すと、赤い魔方陣がその前に生まれる。


 『魔法強化』 『火属性強化』 『魔法の射手』


「『フレイムアロー』」


 複数の炎の矢が蜘蛛に向かって風を切りながら飛んでいく。中級魔法にあたるこの魔法は、見た目の美しさの中に絶大な破壊力を秘めている。


 火の矢が蜘蛛の胴体にあたると、赤い矢が白く瞬く。光は膨張し、耐えきれなくなり激しい爆発を伴った。


 爆風に髪がなびく。巻き起こった煙の中、蜘蛛の姿を探して目を凝らす。


「やっぱりそう簡単にはいかないよね」


 煙の先には軽く外殻を焦がした蜘蛛の姿があった。無傷とは言わないまでも、複数の青い目で感情のない視線を向けている。


 火に対する耐性ではなさそうだね。単純な魔法防御力の問題。大きいから丈夫なんて話ではないけれど、大きい体を支えられるぐらい丈夫で分厚い外骨格があるのは当然。


 その丈夫すぎる体を前に、僕は一歩下がる。

 

「さて、どうしよう」


 と、考える時間があればよかったが、実際は一秒も満たないうちに糸を吐きかけられる。僕はそれを余裕を持って回避した。けれど、放射状に広がった糸は、木と木の隙間を埋めて逃げ道を減らす。仮面のヴァンパイアと似ている。回避するだけでは徐々にこちらが不利になる。


 一点突破しかないか。


 『フレイムアロー』と『ウィンドカッター』で外殻を切り取り、そこに剣技を差し込む。飛んでくる糸は魔法で対処。それが勝ち筋だ。


 迷いを捨てて、いくつか存在していた選択肢から一つを選んだ。そして、魔法を放とうと再び腕を前に出した。


「え……」


 その瞬間だった。右腕が大きく弾かれた。何かと見てみると、腕には白い糸が巻き付いている。


 例の蜘蛛は目の前。横には何もなかったはず。マナ感知を。


 再びマナ感知をして自分の失態に気が付いた。最初の蜘蛛の攻撃。あれは何が何でも打ち消すべきだった。


「糸と一緒に子蜘蛛をとばしていたなんてね。人間には考えつかない攻撃だよっ」


 糸を引きちぎろうと引っ張るが、びくともしない。子蜘蛛であれば力負けすることはないのだが、相手はかなり賢く、太い幹に糸を巻き付けていた。自分の戦い方をよく弁えている。


 親蜘蛛が隙ができた僕に向かってきている。この大きさと重さ。とても捌ききれない。


「……虫か」


 そんな時、思い出したように空間ポーチに手を突っ込んだ。そこから取り出したのは白い紙に包まれた葉っぱだ。

 

 カルムさんから貰った虫除けのオオバミント。効いてくれ。


 紙ごと葉に火を着けてから蜘蛛に投げつけた。攻撃力はないに等しい。あるのは独特の香りのみ。


「キュルルルッ!?」


 突進していた蜘蛛が香りを嗅いだ瞬間に急停止。咄嗟に後ろに下がりながら、葉っぱ目掛けて糸を吐く。

 一瞬だ。一瞬だが時間稼ぎにはなった。


「ただ、この糸が」


 腕に巻き付けられた子蜘蛛の糸。これをなんとかしなければ話にならない。


「『フレイムエンチャント』」


 剣だけで切断するのは少し時間がかかる。だから、ここは焼き切るのが最善。


 炎を纏わせた剣で糸を燃やす。髪が焼けるように独特な臭いが目に染みる。なんとか腕の糸は取り除けた。けれど……


「くっ! 間に合わない……」


 糸を切る間に、落ち着きを取り戻した親蜘蛛がこちらに攻撃を仕掛けていた。先程よりも一際大きな糸の玉だ。


 戦い。それを命の取り合いと知っているがゆえの迷いのない攻撃。僕も警戒して挑んでいた。けれど、違う。そうじゃないんだ。死に物狂いにならなくちゃ勝利は掴めない。届かない。


 吐き出された糸の玉がほどけて、僕を包もうと広がってくる。魔法は遅い。剣は通用するかわからない。けれど、選択肢は一つ。腹を決める。


 そんなとき……


「えーい! 『よっちゃん』!」


 糸の塊に横から何かがぶつかった。けれど、勢いもなにも衰えることなく向かってきた糸の塊は、僕を頭から覆う。


「でも、これ」


 微かに蒸発するような音を立てながら、糸が千切れて地面へと落ちていく。よく見てみると、足元に仕掛けられていた糸も、その液体がかかった所から溶けている。


 そして、僕の装備からもその音がしている……。


「ありがとう。アリシアさん。でも、早く解毒をしてもらってもいいかな? あられもない姿を晒すのは少しね」


 僕は窮地を救ってくれた人物へと懇願する。すると、アリシアは紙風船のように膨れながら、アイトと共に駆けてくる。


「んー。アイトは躊躇いもなく穴だらけの服を見せつけてたんだけど。カイン君には一般的な恥ずかしさがあるんだね」


「おい。人から羞恥の感情が抜けてるみたいに言うな。あれはそうならざるを得なかっただけ。そして、思い出させるな」


「二人揃って溶けてたら絵になるよね~。……アイト。君ならあの蜘蛛に勝てるよ!」


「せっかく良い顔してるとこ悪いけど、本音が先に出ちゃってんだよ!」


 と、緊張感がまったくない二人が談笑。しかし、片時も目の前の脅威から目を離すことはない。


「ったく。アリシアの提案はさておき。実際どうする? アリシアの毒のお陰で、相手も警戒して様子見てるみたいだけど」


「うーん。一つ作戦があるよ」


「聞くだけ聞く」


「アイトに『よっちゃん』かけて先陣をきらせて、背後からカイン君が距離を詰めて近接戦」


「おかしいな……。私情をふんだんに盛り付けたさっきの意見と同じなんだけど」


 同感だ。それならアイトの服が溶けてアイトがあられもない姿を晒すことになる。二人の関係性からして、その程度は問題ないとは思うけれど、服を消耗するのは少しだけ申し訳ない。


「まっ、でも、今回はレミス特製の装備だから行けるか」


「大丈夫? 無理しているなら僕が代わりに」


「大丈夫だよ。ホントに装備は丈夫だし、そもそも端から服にかけてもらうつもりないしな」


 すると、アイトは腰布を広げて『エンチャント』をかける。それの表面に先程よりも少しだけ粘性のある毒を纏わせるアリシア。流石同じパーティー。意志疎通が円滑だ。


 アイトが盾を構える。その後ろに張り付くようにアリシア。さらに後方に僕が構える。 


「行くぞ!」


 アイトの掛け声と共に走り出す。案の定、前方から蜘蛛が糸を飛ばしてくるが、それを盾で受けて溶かしながら突破する。そして、サイドからの子蜘蛛の糸は、僕が魔法で撃ち抜き、ついでに居場所が判明したやつから順に燃やし尽くす。


「前方の足元に蜘蛛の糸があるよ!」


「了解」

「了解なのさ」


 今度は詠唱なしにアリシアが毒を撒き散らす。濡れたその地面を目印に、アイトが地面を踏みしめてから、ついに親蜘蛛の目の前までたどり着いた。そして、交代と言わんばかり二人は左右に分かれて、僕と蜘蛛との一騎討ちが始まる。


 助けてくれるから安心なんて思うな。常に命をかけろ。負けたら死ぬ。そのつもりで頭と手を……


「――動かせ」


 視界が明るくなり蜘蛛の八つの足の動きが鮮明になる。そのうちの一つの関節めがけて横凪ぎに。隙間のできている腹の下に体を寝せながら滑り込む。そして、その合間に七度剣を振るい。背後へ。


「『ホライゾンスクエア』」


 首に巻き付けるように腕を後ろに引き、そのまま体ごと回転させながら剣技を放つ。一度目の斬撃で脆くなった八つの関節へと一振。本来であれば、リーチの問題で全てには届かない筈の剣は、マナの力を帯びた斬撃を生み出し、軌道の先にあるものを切り裂いた。


 剣技を放ち終えて、蜘蛛の前に立つ。それと同時に、蜘蛛の胴体が地面へと落下し、その向こうにあった木々も些細な風を受けて倒れ始める。


 蜘蛛の体が地面へと落下して生まれた衝撃。足から伝わるその振動に微かに高揚するも、その感情よりも先に、蜘蛛の頭部に刃を深々と沈ませていた。


「――マナ感知」


 最後の確認をするためにマナ感知をしてみる。目の前の蜘蛛から生き物らしいマナの流れは感じられず、体液と共に外へと流れ出すだけ。他の反応もない。子蜘蛛は全滅。脅威となりえる敵もいない。


 ここで僕はようやく目を閉じて剣を納める。


「おつかれさん」


「うん。ありがとう。アイト」


 軽い調子で背中を叩いてくるアイトに、僕は淡白な声音で返事をした。


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