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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
四章 エルフ王国・セザレイン
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50 速すぎる男


 元盗賊の偽アイト視点になります。



 誰か俺を止めてくれ!!


 そう切に願い続け、俺はエルンを歩き続けていた。


 あのシュラキルと呼ばれるヴァンパイアに、ただ一つアイトを探すと言う目的を命じられ、意思さえも置いてけぼりにして歩み続けるこの体。声も発することも叶わない。何もできない。ただ裏切り者として、アイトを探すしかできなかった。


 俺は何をしているんだ。アイト様にお金を頂き、さらには踏み外しかけていた道を力ずくで戻してもらった。それなのに、なぜ俺は、恩を仇で返えそうとしている。


 止めてくれ。誰でもいい。騎士に連行されようが、馬車に引かれようが、痴漢と間違われて殴られようが、何だっていい。俺を止めろ!!


 そして、また新たな場所へと、アイトを探しに入ろうと……


「うわっ!!」

「ぐあっ!?」


 十字路に差し掛かったところで、体が横へと吹き飛んだ。たまにあるような人とぶつかったような衝撃ではない。吹き飛ばされて、地面を転げて擦過傷を作って、ようやく体が止まるような激しすぎる衝突。


「いてて。何だよ。ちくしょう。本当に願いどおりに引かれたってか?」


 俺は擦りむいた肘を押さえながら顔を上げた。すると、そこには、馬車でも荷車でもなく、俺よりも細くて小さい、深い緑色の髪をした男がいて、盛大に頭を下げていた。


「あーー!! ごめんなさいぃ!! ほんとに! 悪気はなくて。いや、ある筈ないんだけど、ちょっと上見ながら歩いててさ」


 早口で捲し立てるように弁明する、緑の髪をした男。冒険者だろうか? 服装は一般人のものとは少し違う。


 というか、今の人にぶつかってたのか。馬車じゃなくてよかったって、安堵すべきなのか? それとも、どんなスピードで走ってるんだって、怒るべきか?


「いいや、ちがうな。……別にいいっての。こっちも助けられちまってんだ」


「いやいや、よくないよ。どうする? 病院行く? 五秒で連れてくよ」


「五秒って、お前さっきから冗談の才能ないな。それに大丈夫だ。やらなくちゃなんねえこともあるしな」


 俺は勢いをつけて立ち上がる。昨日から何も口にしていないせいか、体がふらつく。それでも、気合いで地面を強く踏みつけて、平衡感覚を保った。


 そう。こうして、自我を取り戻したのなら、俺は動かなくちゃいけない。ヴァンパイアの奴らから、姉御を救わなきゃなんねぇんだから。


「だから、さっきのは許してやるからさっさと行け。俺はアイト様に用があるんだよ」


「え? アイト君に?」


「そうだよ。って、あ? ……アイト君だ?」


 コイツ……今の反応。アイト様を知ってんのか?


 俺はつい熱くなって男の肩を掴んでいた。


「おい! アイト様を知ってんのか! 用があるんだ! 伝えなくちゃならねぇ話が山ほど!」


「うわっ、ごめんなさいぃぃ!!」


「違う! 謝るな! 教えろ!」


「はいぃ!! アイト君は今、ヴァンパイアの根城に向かってるよ! さっき魔法の花火が打ち上がってたから間違いないと思……う? あれ、どこで打ち上がってたっけ?」


 脈絡という言葉をどこかに捨て去ったような説明だったが、なんとか伝わりはした。つまりは、ヴァンパイア狩りが始まっていて、その協力者がこの目の前のイラつく男なんだろう。


「だが、そうか。話は伝えてくれたんだな。そして、やっぱり助けに行ってくれたか」


 俺の託した特級冒険者の冒険者カードは、仲間の手を伝ってアイトの元に届いていた。その願いや思いと共に。


 俺は一人拳を強く握っていた。俺の憧れて尊敬している特級冒険者は、やはり裏切らない。助け求める者を見過ごさない。人の情を最優先に動いて、確かな結果を出してくれる。


 『最弱』なんて、誰が言った。あの人は最高の冒険者だよ。


「アイト君は、僕たちに任せて、最初は手を引くみたいな話をしてたんだけど、アーニャちゃんがいなくなって。それでね……」


「あー。そっちもやられてたのか。で、あんたはどういう立場なんだ?」


 俺はそれとなく、ワナワナと心配そうに空を見上げている男を観察する。


 決して強そうではない。俺程度に怒鳴られて縮こまる程度の臆病さ。間違いない。コイツは連絡役かなんかだろう。戦闘向きじゃない。


「アイト君たちの手伝いかな。第二陣」


「あ? いや、お前程度じゃ役に立たないだろ。俺一人でアイト様を手伝いに行く。あのメンバーで敗けるとはこれっぽちも思わないが、あんだけ広いんだ。迷って手間取てっちゃいけねぇ」


「あぁ!! ちょっと待った! もしかして君、ヴァンパイアの根城への入り口知ってる? 僕も行かないといけないんだけど」


「駄目だ! 言ってるだろ。あんたじゃ足手まといだ」


 俺は男の手を払いながら走り出した。


 あの男のせいで、無駄に時間を取られた。いち早く行かなきゃならないってのに。待っていろ姉御。


 さっきまで歩いてきた道を逆戻りする。明かりは少ないが、今日は満月のようで、目的地を見失ったりはしない。そう。あのぼろ家の二階。あそこに影がある。


「あのさ。僕も行かないと怒られるんだよねぇ」


「うわっ!? ビックリした! ついてきてたのか」


 かなりのスピードで走っていたのに、男は息も上がらずに並走していた。しかも、なんと言うか、走り方がかなり変だった。


 走る……? いや、歩いてるのか?


 歩くにしては速すぎる。けれど、動きが歩くなのだ。足が付いてから重心を前に移動して次の足を出す。きちんと歩いている。速すぎるが。


 そもそもアイト様と一緒に行動している奴だったな。中身はともかく、できない人間なわけがないか……。


「あんた名前は?」


「カルムだよ」


「ふーん」


 なんっか聞いたことある気がするなぁ。思い出せないが。


 横に並ぶ緑色の頭を眺めながら記憶をつつくが、結局わからず仕舞いだった。けれど、俺はただならぬ人物だと本能的に感じ始めていた。


「あのさ。僕、目的地を見失ってさ。よければ案内してくれない?」


「何でだよ。そもそも、アイト様の仲間なんだろ? 何で一緒にいないんだよ?」


「気配がね。僕ってマナは隠せないんだよ。隠す意味があまりないから、隠密魔法も覚えてないって言うか……」


「つまり、邪魔だったから遠くにいたってことか」


 アイト様が判断したのであれば、俺はその方針に従うつもりだった。けれど、さっきカルムは、空に魔法が打ち上がったとも言っていた。俺もそれらしきものは遠目からだが目にしている。


 あれが救援を求めてたんだとしたら、連れていかねぇわけにもいかないか。


「わかった。道案内はする」


「よし! じゃあ急ごうか。全速力で歩くから、背中に乗って」


「はっ!?」


 わけのわからなさすぎる説明に、目が白黒とする。

 言いたいことは山ほどある。全力で歩くという謎の言葉の並び。そして、そんな歩くカルムに背負われるように言われた走っている俺。


 何がおかしいんだ? 俺がおかしいのか? まったくカルムと話が噛み合わない。


 けれど、言った向こうはやる気満々。それが反って俺に疑念を抱かせるのだ。俺が正しい筈なのに。


「百歩譲って俺が背負われるとして、何でカルムは走んないんだよ。急ぎの用事なんだぞ」


「えーと、それは国から走るなって言われててね。急ぎでも歩くしかないんだ。でも、歩く速さは保証するよ。みんなが走るより速いから」


「だから、そこがおかしいんだよ!!」


 走るより速い歩く。それがおかしい。走るは歩くが速くなったもの。それなのに何故歩くが走るより速くなっているんだ。まあ、一応ステータスの敏捷の差で、他の人の走りよりも歩きが速くなることも、あり得なくもない。だが、俺がコイツの歩くに負けているなんてのは、悪い冗談だ。


「じゃあ、少し試すぞ。あの次の通りまで俺は走る。あんたは歩け。それで、先に着いた方の言うことを聞く。どうだ?」


 わけのわからない奴に手綱は握らせたくなかった。だからこそ出てきた勝負だった。しかし、そんな不利で理不尽な条件を聞いたカルムは、満足そうに頷いた。


「よかった。案内してくれるんだ」


「まだ勝ってねぇだろ。ほらやるぞ。スタート!!」


 少し反則ぎみな不意打ちのスタートだった。それだけ俺は焦っていたのだ。

 

 全速力で駆けて、胸が痛くなる。百メートル程度の距離なのだが、足も体もかなり重い。アイト様の言う通りに、騎士として働くとしても、体は鍛えなくてはいけないようだ。


「でも、取り耐えず今は勝てんだろ。だって走ってんだから……!?」


 そう当然のように勝ち誇っていると、横をから猛烈な風が吹き荒れた。気合いで目を開けていたが、目では何も捉えることはできず、初めてその黒瞳に人影が映ったのは、カルムがゴールを過ぎた後だった。


 なんだとっ! あれが歩きなのか!? そんなわけあるか! と言うよりも、あれ、俺がぶつかられた時のやつじゃないか! どうりで痛かったわけだ!


 と、そんな悔しさと納得を織り混ぜながらゴールに付いて膝をつく。薄い酸素のせいか、いまだに頭は混乱しているが、自分がなすべきことはハッキリとした。


「……あ、案内してやるよ。俺を背負いやがれ!」


「やったー! よかったぁ! これで怒られずに済むよ。カイン君から目を離したら、国王様からなんて言われるかわかんないからさ」


 そうして、俺は自分よりも少し背の低いカルムの背中にのった。


「じゃあ、真っ直ぐ歩くから。曲がるところはよろしくね」


「あぁ。任せろ」


 俺は覚悟を決めて頷いた。けれど思う。


「もしかして俺、さっきの見えない速度で移動すんのか?」


 そう嫌な想像が働いた瞬間、二人揃って体が前へと進む。いや、進むなんて生易しい。弾き飛ばされている感覚だ。


 観光地が観光できない速度で過ぎ去り、カルムの足は歩いているのに残像程度しか残らない。そして、しまいには、道案内しようにも道が見えなかった。


「うわぁぁぁぁ!!」


 恐い恐い恐い恐い!! ヤバイ死ぬ。落ちたら死ぬ! 体の凹凸が擦りきれて、何かわかんない肉の塊になる。


 あまりの速さに戦慄する。心情的にも身体的にも、道案内なんてできて堪るものか。


「速度を落とせ! 速度を!」


「えっ! 速すぎた?」


 すると、ほんの少しだけ速度が落ちた。そうだな、馬で走ってるより速いぐらい。


「道が見えねぇんだよ! それに通りすぎてる!」


「えっ!? あー。そっか。ごめん。気がおよんでなかった。見えないよね。うん」


 さも自分の責任のように反省するカルムを見て、逆に俺の実力不足が咎められているような感覚に陥り、歯を剥き出す。苦手なのだ。コイツは。


 にしても、なんなんだコイツ。この速さ、ただもんじゃねぇ。それにさっき、国から禁止されてるって言ったか? そんな奴、普通じゃない。


 俺は、不思議と一切風の抵抗のない中で、目を開き道を指示しながら考える。


 そう言えば、アイト様と知り合いなんだよな。てことは『黒の団塊』ってことになるのか。そして、この感じ風魔法か? ん? 待て。待て待て待て。『黒の団塊』? 風魔法? そして、この速さ? まさか!


「『風人』カルム・アクセルか!!」


「うおっ!? ビックリした! 耳元で大声出されると落としちゃうかもだからね? ほんとに!」


「いや、悪い。でも、違うのか?」


「そうだよ。でも、そうだよね。名前だけじゃわかんなかったよね~。なんて言うんだろう。やっぱり格かな。僕弱そうだもんね」


 一人で勝手に落ち込むカルム。そんなところが自身の価値を貶めているのだろうが、敢えて言わない。言えば落ち込んで家に帰ってしまいそうな危うさがあるからだ。


「次右な。正面に見えてきているオレンジ色の屋根」


「あぁ。うん。ありがとうね。でもさ、知ってもらえてるだけよかったって思うべきだよね」


「お、おう」


 まだ続くのか……。


 カルムの弱気に引っ張られそうにはなったが、無事に案内は終えた。何はともあれ、戦力と言う人間も引き連れてだ。


 家の中へと入っていく。既に見た室内だ。暗いことを除けば、迷うことはあり得ない。


 そして、二階へと上がっていき、俺はカルムにわかるように指をさす。


「あれだ。天井。この上に影がある」


「へー。天井かぁ。よかったぁ。案内いないとわかんないよ。こんなの」


 そして、何事もないかのように、カルムは上に向かって手を振った。すると、それだけで突風が巻き起こり、俺は軽く尻餅を付いていた。


「うん。穴の場所はわかったから、行こうかな。……行きたくないけど」


「おい! ちょっと!」


「冗談だよ! 冗談! ……アーニャちゃんには言わないでね」


「この後の行動によるっての」


 何でこんなに強いのに怯えているのだろうか。強さとの釣り合いの取れていない精神が、俺としては非常に不快だ。

 

「でも、実力はあるんだよな。うまく利用するだけって割りきるか」


「ほら、行くよ。えーと、あれ? 君は行くんだっけ?」


「行くっての!!」


 果たして、俺はカルムに何度怒声を浴びせることになるのだろうか。あまり考えたくない。


「じゃあ、掴まっててね」


 そして、あろうことか風魔法で浮き上がり、俺とカルムは、影の中へと吸い込まれていったのだった。


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