プロローグ2 決められた願い
スキルの種類は大きく分けて三つある。『生誕スキル』。『獲得スキル』。『女神スキル』。そして、この中で最も強力と呼ばれるスキルが女神スキルだ。
女神スキルは、自身の望むスキルを自由に女神様から授かることが出来る。何でも選び放題。しかし、「よし! 最強のスキルを選ぼう!」……とはならない。
女神スキルの獲得にはそれなりの代償が必要なのだ。大抵は体の一部。主流は左手の小指だ。最もダメージが少なく代償としての価値が高いそうだ。だからと言って、将来の為に体の一部を犠牲にする人はあまり多くない。
けれど、「最強になりたい!」とか「時を止めたい!」とか願う人間は居る。勿論手酷い目を見ることにはなるのだが。
「だから俺は冒険者にはなれない。そうだろ?」
感傷に浸っていると、いつの間にかプトレマイオス大聖堂地下深部にある扉の前に辿り着いていた。
扉には等身大ぐらいの金髪の美しい女性の姿が描かれており、装飾過多な取っ手が蝋燭の明かりに照らされて、不気味なほどに輝いていた。
「ビビってても、何も始まらないよな」
俺は取っ手の感触を確かめるように慎重に握り、ゆっくりと捻る。思いの外軽い手応えの後、扉が奥へと吸い込まれるようにスムーズに開いた。
「思ったより狭い。それに全体的に造りが雑に見えるな」
着いた先は部屋のような小さな空洞だった。洞窟のように露となった岩肌に所々苔が生えている。明かりも乏しく、空洞の奥にあるそれとなく造られた祭壇の周りに、二本の蝋燭が灯っている程度。これから女神ではなく悪魔に謁見することになると言われた方が納得がいくような造りだ。
不気味なほど、冷たく湿った空気を、僅かな不安と共に肺に満たす。
疑心を抱え、岩を削って造られた古臭い祭壇の前に恐る恐る進んだ。近づくにつれて祭壇の形が露になってくる。遠目からは石造りのテーブルにしか見えなかったのだが、手に届く距離まで来るとその印象は一転する。
テーブル状の祭壇の縁。そこには見たこともない白い文字が長々と一周するように記されてあった。
「もしこれが呪文の類いで、読まないと女神に会えないとかだったら詰みだな」
無礼とも思ったが、祭壇に描かれた文字列を指で撫でた。すると祭壇を中心に景色が一変した。
灰色の祭壇の色が触れた箇所から波紋のように変化し、終いには銀色と金色の縞模様を描いていた。蝋燭もいつの間にか姿を消し、代わりに青白く発光する文字が辺りを照らす。
更にこの空間も姿を変えていた。岩肌だけが露出した空洞が、黒く鏡のような光沢を帯びた床と、何処までも続く白い空間に変貌する。
「うわっ!」
流石に目の前で起きたことに頭が追い付かず、後退りして尻餅を付いた。それでもすぐにこの場所に来た意味を思い出して、落ち着いて深呼吸をする。先程よりも澄みきった空気を大きく吸い、吐き出す。緊張で高鳴る心臓が、次第に落ち着きを取り戻し、別の感情から再び心臓の歩調が上がっていく。
「よくぞ参られました。アイト・グレイ様」
俺の頭上に澄んだ声が降り注ぐ。声の主を探して視線を上げると、そこには白い女神の姿があった。
白く幾度とベールのような布が重なったドレスが重力に逆らっているようにゆらゆらと揺れる。大きく広げられた翼は背景に溶け込むほど白く、清廉さが窺える。唯一色彩のある金髪は緩やかなウェーブを描き、水中にでもいるかのように揺らいでいる。
女神は、先程の扉に描かれた姿と、殆ど相違無い外見だった。それだけこの姿は周知されていることなのだろう。もしくは、人々の思い描く姿に、女神自身が作り替えているという可能性もある。
「あなたが……」
俺は、扉に描かれた肖像よりも文字通り立体的な美しい女神を見た。すると、女神は慈愛に満ちた朗らかな微笑みを返す。
「はい。私は女神。あなた達に人生で一度、特別なスキルを与え、魔王を撃破を願う存在。女神スキルについて説明は必要ですか?」
俺は首を横に振って即答した。
「いえ、事前に調べ終わっています」
「つまり、願いは決まっていると」
勿論だ。俺は過去を思い返しながら、ゆっくりと首を縦に振った。もうどんな願いをするかは決めている。カインに唯一勝てそうな物は見つかった。頭でも力でもなく全く別のもの。そして、これがあれば俺は無駄だと思っていた生誕スキルだって活かせる。
「聞いてくれますか?女神様」
「はい」
俺は自身の苦労を、嫉妬を、再度思い返しながら語りだした。過去の光景が頭の中でライトアップされ、鮮明に映し出されていく。その中の一つの絵画に焦点を合わせていく。
「俺は生誕スキルが終わってるんです。『魔獣魔物弱点S』で魔獣たちと戦えないんです。幼い時なんか、本来無害なミズウサギにじゃれられて、肋骨を骨折したんです。可愛くて、可愛くて仕方がないのに、今じゃ触ることさえ両親は許してくれない」
「辛かったですね」
頭の中でまた次の絵画に目を移す。
「しかも、もう一つのスキルだって『女運C』。確かに身の回りに美人は多いです。母も綺麗だし、幼なじみのアーニャも可愛い。近所の奥さんだって綺麗です。でも、でも! 母が綺麗でもちょっとした自慢にならない! 近所の奥さんだって俺には手が届かない! そもそもそんな趣味も無い! そして唯一の希望アーニャもライバルのカインがいるせいで、俺は視界から消えてるだろうし。ーーもう、虚しくて、虚しくて!!」
「辛かったですね」
女神は同じ言葉を繰り返すだけなのにもかかわらず、俺は同情とも哀れみとも違う暖かい感情を向けられている気がした。そのせいでつい感極まる。
うっ。目に煌めく涙が溜まる。そして、それはすぐに決壊し、さらりと頬を伝っていく。
「うっ、ぐすっ。だがら、お願いでず。女神ざま」
「はい」
俺はこれでやっと解放される劣等感から、負け犬人生から。唯一あいつにカインに勝つための方法。それは……。
鼻をすすりながら、僕は涙声で覚悟を決めて口を開いた。
「がっぎゃあぐじてぐだじゃい!」
……と。
ミズウサギ……じゃれつく……。ちからもちマ○ル○!?
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