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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
四章 エルフ王国・セザレイン
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16 『預言者』シルキー

 

 シルキー・ホワイト。特級冒険者。二十三歳女性。その他の情報なし。


事前情報から考えられる人物像はなく、全くもって不明の人物であった。けれど、そのわからないが不安だった。


「なーんか嫌な予感がする」


「どうした? 不安か?」


 ロゼが眉を潜めて訊いてくる。


 不安……なのか? 難しいな。


「んー。なんて言うのかな? シルキーの評価が周りから見て良くなさそうなんだよね。詳しくは知らないけど」


「他人の又聞きほど、根拠のないものはないぞ」


「そりゃそうだけど」


 けれど、つい最近似たような場面があった。前々から微妙で悪い評価ばかりがされていた『風人』カルム。現物は想像よりは悪い人間ではなかったが、想像よりは残念な人間ではあった。


 そして、今回のシルキーにも近いものを感じる。


「頼むぞ『女運C』。せめてCで止めろ」


 俺は手に持っていた地図を握り込む。

 

 数分してたどり着いたのは、広い庭を持つ屋敷だった。王都の雰囲気とは少し離れた自然味溢れる庭。それを囲う鉄の囲いの前で、俺とロゼは足を止めた。


「ふむ。重要人物として扱われている割には、街の端に住まい、護衛一つなし。鉄の囲いのみか」


「どんな人が出てくるんだろうな」


 俺は門の前に立ってから、呼び鈴を探す。しかし、門には備え付けられていないようなので、事前に預かっていた鍵で門を開けてから、中に入る。青い芝生の優しい反発を足裏で押し返し、心なしか弾む胸と足取りを押さえつける。


 そして、落ち着いたデザインの木の扉の脇にある、金色の小さなベルに手をかけた。


 チャリン。


 小さく愛くるしい音が響いた。すると、鈴の音より大きな物音が家から聞こえて、次第に足音が近づいてくる。


 鬼が出るか蛇が出るか……。


 生唾を飲み込んでドアノブが回るのを見届け、扉が内側に向かって開かれた。


「こんにちは。ようこそいらっしゃいました。シルキーです。お話は王様から聞いてます」


「あ、どうも。アイトです」


 フワッと立ち込めた華やかな香り。下から巻き上げるようにシルキーの雰囲気が立ち上る。


 俺の目の前に現れたのは淡い金髪の少女だった。丸く純粋無垢と呼べる金色の瞳。肌のキメは細やかで、俺の身長からでも登頂部が見えるほど小柄な体。

 外観的年齢はおそらく俺よりも下。実年齢と外観の差は、レフィといい勝負をするだろう。


 外観は整っている。俺の評価で言えば将来はA。けれど、俺の好みの問題からすれば、今のシルキーはCだ。


 ……つまり。


 外観で標準のレベルであれば、性格で帳尻を合わされることはない。いわば、外観、性格共にCの、比較的心臓に優しい『女運C』の発動の仕方なのだ。


「あー良かった。めちゃくちゃ心配してたんだよ。最近外見がいいだけの性格が危ない人が多かったから。『女運C』が良い方に向いた」


「みすぼらしい人生を送っておるようじゃな。その分、外観、性格共にSの妾に出会えたのは幸運じゃな」


「ん?」


「何か文句でもあるのか? ん? そこの呼び鈴の代わりに、貴様の頭を扉に捩じ込ませるぞ?」


 少なくとも、俺の辞書に、扉に頭を捩じ込ませる人を性格が良いとは記されていない。あー。残念だ。


 俺とロゼのやり取りをシルキーは、丸い目をパチクリさせながら眺めていた。けれど、待ちぼうけは流石に嫌なようで、急かすように靴の爪先が動いていた。


「中にお入りください。あまり、私は人目についてはいけないそうですので」


「あー、ごめん。待たせちゃってたね。じゃ、お邪魔します」


「はい、どうぞ。あなたの夢を見させてください」


 そして、俺とロゼはシルキーに招かれて中へと入った。


 

 中は頑固なまでに露出を嫌った室内で、窓はカーテンで覆われており、日差し一つ入り込んでこなかった。

 先ほどの外周といい、自分の家というよりは、誰かしらに軟禁されているような感覚だ。


 同じように違和感を覚えたのか、ロゼはカーテンに触れる。


「窮屈な家じゃ」


「そうなんです。ですが、安全のためと言って隔離されているんです」


 少し悲しそうに声音を落とすシルキー。確かに、この場所で一人は寂しいかもしれない。


「家族とかは?」


「いますよ。別居してますけれど。今この家には、付き人のケイトと私しかいません」


「ふーん。ケイトさんは?」


「今日はお使いです。お客様が来るといつも出払ってしまうんです。恥ずかしがり屋さんなんです」


「へー」


 思ったより興味のなさそうな声が出た。もちろん本当に興味がないわけではなく、むしろ頭はシルキーについて考えている。


 シルキーの付き人ってことは、護衛の役割なのだろうか。預言という強すぎる技を前にしたら、厳重すぎるとは思わない。むしろ、心配なのは護衛と二人でこんな所で生活していることだ。力があるからといって、これは流石に可哀想だった。


 シルキーはカーテンを少し開けて外を眺める。その姿はまるで、触れれば壊れてしまいそうな儚い少女のようだった。


「今日は俺たちがいるから、少しは楽しい?」


「ええ。もちろんです。生きてるって、生を実感します」


「大袈裟じゃな。この小娘」


 まったくだ。けれど、少しでもこの人の心に寄り添えたと思うと、胸がじんわりと暖かくなる。


「さぁ、こちらへ。専用の部屋まで案内します」


 くるりと白いワンピースの裾をはためかせ回転して、シルキーは子供っぽく手を広げた。

 俺はロゼと目を合わせてから軽く頷くと、シルキーに従って廊下を歩き始めた。


 少ししてたどり着いたのは一枚の扉。えらく分厚そうな木製の扉で、なにやら変わったマークが付いている。TのようなYのようなその形状。少なくとも思い当たる表象はない。


「――では、お楽しみください」


 そして、その扉を無邪気な表情でシルキーが押し開いた。


「――これはっ」

「むっ……」


 そこで俺とロゼは息を飲んでいた。そうそこにあったのは……


「パッ……パンツだ……と」


 パンツだった。下着。あのパンツだ。正面に額に入れられたパンツ。ベッドの枕もパンツ。時計にも、テーブルにも、衣装箪笥にも。


 ――パンツ。


 俺はこのとき早くも気づいた。『女運C』が発動したのだと。


「ははっ」


 笑うしかない。笑うしかできなかった。


「まあ、なんと嬉しい反応でしょうか。皆さん普通は逃げだすんですよ。不思議ですねぇ」


 そして、核心的なシルキーの言葉。


「なるほどな」


 触れれば壊れてしまいそうな儚い少女ではなかったのだ。こいつは……


「触れる前から壊れてるはかない少女だったか」


「まあ! 私は履く派ですよ」


「ははっ。ははは……」


 頭から魂を抜いて笑った。そうして、現実逃避をしていると、後ろからロゼに蹴られて部屋に押し込まれ、無情に扉が閉められた。



 この世にはあらゆるヤバい奴が存在する。食事に毒を入れる奴、人を餌として生き物を釣る奴、毒で人を操る奴。そんなヤバイ(アリシア)に耐性がある俺が言おう。


「ヤバい」


 前述のアリシアのようなヤバさとは違う。アリシアもまあまあ危ないが、ちゃんと一線は越えないようにはしていた。犯罪一歩手前だったのだ。でも、目の前の無垢な笑みを浮かべるこの女はどうだろう。この部屋は? 完全に一線を越えて、犯罪者へと、変態へと昇華している。


 これは俺の手には負えない。


「お邪魔しました」


「待って! 待って下さい! ちょっとだけ! いいじゃないですか! 男性は女性に下着を見せることに喜びを感じると聞きますよ!」


「おい! 世間一般をお前のイカれた頭で作り替えるな! 俺とお前の世界は違う。だから、俺は足を引く!」


「私の世界は美しいですよ。どんな夢を見させてくれるんですか?」


「間違ってるぞ! 夢じゃなくてパンツ見てるんだろうが!」


 どんどん印象が悪くなる。シルキーが、国王からも特級冒険者からも、さらには国民からも遠ざけられる由縁。それを目の当たりにして、頭に鳴り響くのは危険信号。


「ていうか、ロゼ。俺を突き出したよな?」


 俺は力強く扉を開けた。すると、悪びれることなく仁王立ちをするロゼの姿があった。


「人間は下着に強い興味を持つのが常なのじゃな」


「人間の品位を見誤らないでほしい。あいつだけ。例外を人間の枠にいれるな」


 俺はシルキーの顔も見ずに乱暴に指差す。


「しかし、妾の出会った人間はもれなく下着を見ている。アイトも妾の着替えを覗いていたであろう?」


「なっ!?」


 そうだけど! あれは事故! 


「獣人に目の前で着替えを勧めてみたり、メイドの着替えを覗き見たり、一貫しておる」


「だっ、誰から聞いた……!!」


 確かに事実だ。故意ではないし、それぞれに深い理由があるのは間違いない。けれど、もしこれで、ロゼが出会ったことがある人間が、俺と目の前の変態だけだと、人間がそういう生き物だと思われてしまっても仕方がなかった。


「でも、あれは全部事故。高度な変態と一緒にしないで」


「同族嫌悪というやつじゃな。いや、回り回って自己嫌悪か?」


「回すことなく事故嫌悪だよ」


 俺は呪う。過去の事故を起こした俺を。


「あの。大丈夫ですか? とりあえず落ち着いて席にどうぞ。お茶を入れますから」


「落ち着けない要因が落ち着かせようと茶を入れるのか。でも、まぁ……」


 俺はロゼを見る。ロゼがこうして帰らずに扉の前で待っていたということは、目的でもある預言を受ける決意が変わらないということだ。命のためであれば、この程度では投げ出せない。そう。相手がただの変態なら、さっさと目的だけ済ませて帰ればいい。


 俺は部屋の中央にポツリと置かれた二人用の小さなテーブルの前に腰かけた。ロゼは立ったままで、シルキーは茶を用意し始める。


「ええと、なんでしたっけ……。そう! そうでした。パンツを見せて頂けるとか」


「違う。見せるのは未来だ。ロゼの未来を見てほしい」


「うーん。釣れませんね」


 他の特級冒険者が警戒していた理由はわかった。けれど、このシルキーに未来を見てもらわなければならないので、俺は扉に足が向かう気持ちを押し殺す。

 シルキーがロゼにカップを渡し、俺の前にもカップを置く。中は淡いピンク色で、甘美な果実の薫りが湯気と共に空気に浮かぶ。


「私の方はお二人については伺っています。今回の目的と理由についてです。ですが、逆にお二人は私についてご存知ですか?」


「パンツが好きで一般人に害をなさないように隔離されてる変態とか?」


「私はただ一つのことにしか目が向いていないだけですよ」


 シルキーは紅茶に薄い唇を付ける。中身はともかく、振る舞いと外見だけは淑女だ。


「あなたは生を感じますか?」


「ん? 生?」  


 ふざけた話になるのかと思いきや、思いもよらぬ深い質問がされた。


 生を感じる……か。少なくとも、冒険者になる以前の俺であれば、当たり前のようにその意味もわからずに答えたのだろう。けれど、それ以降の色めく軌跡によって、俺は確かにそれを実感できた。


「生きてるって感じはしてるよ。俺の場合は死にかけるから、反対に生きてるってことが際立つんだよ。だから、目の前に映る景色も、舌に乗った味も、一緒にいる仲間も、全てに人生を感じてる」


「そうですか。でもその瞳は、反対側にも立ったことがある瞳ですね」


「まぁ、死んだように目的だけに突き動かされていた時代はあったかな」


 カインを倒す。ただ一つ、自棄糞にその一つだけに執着し、本質を見失い続けた。でも、今は違うと断言できる。


「私は生を実感できずに幼少期を過ごしました」


「何でって訊いても大丈夫?」


「はい。ただ退屈だったんです。当たり前のように起きて、ごはんを食べて、学校に行って、帰って風呂に入って寝る。その合間に些細な変化はありましたが、地平線のように広がる凹凸のない人生だったんです」


 何もなく普通をこなし続ける。俺からしてみれば、その普通でさえ難しかったので、その虚無感はわからない。けれど、ひどく退屈していたのは伝わってきた。


「音はただの振動。色は情報としてだけ頭に入り、胸に響きません。あー。退屈だと、私は校庭で横になって脱力していました」


「それで……?」


 俺はシルキーの語り口に引き込まれていた。不思議とこの人について知りたくなったのだ。特級冒険者だからではなく、人として。


「背景に下着が飾られておると、真面目な話が妙に感じるものだな」


「はぁ……、ロゼ。台無しだよ」


「事実じゃ」


 真面目な話の途中に割り込んできたロゼに、少し落胆するも、実際その例の品が目に入ると、自分が何を聞かせられているのだろうと疑問にはなった。


 俺はそんな疑問を、頭を振って遠ざける。


「続きを」


「はい。女性が草原を歩いて来たんです。一人孤立していた私を呼びに来た新任の先生でした。派手な女性で、濃い化粧をした若い先生。強気な性格で、弱点などないような人でした」


「うんうん」


「その先生が私の姿を見つけて声をかけようとしたときでした。不意に悪戯な風が丘の傾斜に沿って吹き抜けたのです」


「ほう」


 ……。何か話の流れが読めてきた。


 少し感情的になっていた俺の心に氷が投入される。


「白いパンツでした。真っ白の純白。先生とパンツのデザインの差が、より一層私の心に芸術性を突きつけてきたのです」


「……」


 やっぱりか。いや、わかってたし、聞くべきじゃなかったな。


 後悔した。変態はどこまで行っても変態なのだ。時間の無駄だった。地平線のようにどこまでいっても変わることなく変態だ。


「その瞬間、私は目覚めたのです」


「変態に?」


「――パンツに」


「同じじゃねぇか!!」


 バンと机を叩く。カップの中の紅茶が荒々しく波を立てた。俺はそれを息も切れ切れに飲み干した。


「そこから私の人生が始まりました。ズボンを下ろし、スカートの裾を捲る日々。初々しい私の青春でした」


「……」


「どうしたアイト? 突っ込まぬのか?」


「――疲れたんだよ」


 疲れと諦めが本音だ。今俺が声を上げようと、シルキーは変わらないし、話も終わらないだろう。だから、俺ら諦めて遠くを見つめて聞き流すのだ。


「そんなある日でした。気付いたのです」


「……」


「気付いたのです」


「……。……あぁぁ!! もうわかったよ! 何に気付いたんだ!」


 無視はさせてくれない。何て強敵だ。

 そして、訊いたついでに話がまた頭に入ってくる。何かに気づいたと。多分それが預言者の話に繋がるだろうが。


 一応それとなく気になったので耳を傾ける。そして、飛び込んできたのは……


「――このままじゃ捕まると」


「捕まってろ!」


 犯罪の自覚があったのなら、むしろ捕まってくれ。罪悪感で自首をしろ。


「いえ、捕まるのはダメです。看守さんのズボンは下ろしにくいんです。ですので、考えたのです。どうすれば合法的にパンツが見られるか。そこで気付きました。見るのが駄目なら、見せてもらえばいいと」


 確かにそれであれば犯罪じゃないのか……。本人の意思だし……。――俺なに考えてんだろう。


「そこで、私は女神にお願いしました。それが私の預言のスキルです」


 かなり尻すぼみの話になったが、ようやく俺たちの興味が湧く話題へと切り替わった。俺はその隙を見逃さない。


「スキルってどんなの?」


「預言は文字通りですが、代償を付加しました。預言のスキルはかなり強力ですので、スキル自体に代償をもうけなければ、体に大きな代償を刻まれます」


「確かに。そこに関しては正しい」


 女神スキルは基本的に代償が存在する。平凡なスキルであれば代償はほとんどないが、未来を知る預言などの強力なスキルは別。かなりの代償を強いられる。


「一つ、預言の中での負傷は私にも同じダメージを与える」


「なっ!?」


 思いもよらぬデメリットが出てきた。先ほどまでのふざけた話が嘘のようだ。


「預言は相手の未来を追体験するものです。ある一定の期間をその人として歩くのです」


「ちょっと待って、じゃあ、その中で死んだらどうなるんだよ」


「実際に預言の中で死んだことはないので証明はできませんが、多分死にます。そういうスキルにしてもらいましたから」


 何でこんな覚悟を……。目的があるのならわかる。けれど、これとこいつの趣味はまったく別の箇所にある。それなのに何で……。


「何でそんなスキルに……」


「あくまでこちらの代償はオマケです。本命は二つ目の代償の方です」


「二つ目……」


 この感じ。同じように重すぎる代償があるのだろう。はたしてこのシルキーは何を背負い生きているのか。それが、今わかる。


「見れる未来は他人のもののみ。そして、見るためには、その人の所有物を消費します」


「所有物を消費?」


「はい。代償とでも言いましょうか」


 火を起こすために薪をくべるようなものか。その人の所有物が燃料となって未来を体験する。これもかなりのデメリットだ。


「そして、見れる未来の時間は、所有物が所持者に触れていた時間と同じです。つまり、幼少から肌身離さず持っていたペンダントであれば、数十年の未来を。逆に昨日買ったハンカチなどであれば良くて半日。それが私の預言の種です」


 細かいがかなりの代償だ。そして、女神スキルに、ここまで細かな規則のあるものがあったのは意外だった。


「ちなみに女神にはどんな風にお願いしたの?」


「無理やり通しました」


 おう? 無理やり? 


「まず、祭壇に横になって天から現れる女神のパンツを覗くところから始まります」


「おう……」


 ヤバい。話がヤバい方に入った。


 忘れてはいたが、こいつはシルキーだった。部屋にはパンツ。頭の中もおそらくバンツ。そんな奴が最終的に行き着く話題はわかっていたはずだ。

 俺は自分の愚かさを痛感する。


「まず女神様は物凄く動揺してました。この時点で私が会話の主導権を取ります。そして、スキルの関係なしの会話で女神様の気を引きます」


「気は引けてはおらんじゃろうな。単に精神的に削ったのであろう」

「だよね」


 でも、想像以上話術だ。やり方はともかく、自分の意見を押し付けることに関しては、シルキーの上はいないだろう。もちろん皮肉。


「そして、預言の話を持ち掛けるのです。すると、手早くスキルを作ってくれました」


「哀れな女神じゃな」


「俺も初めて女神に憎しみ以外の感情を抱いたよ」


 女神も大変。俺の辞書に刻まれた。


「そうして、私という人間が生まれたのです」


 しーん。と無音が周囲を支配する。俺はロゼと微笑みあう。


 ロゼがこんなに穏やかな表情をしているのは始めて見るなぁ。


「帰るか……」

「そうじゃな」


「ちょっと待って下さいー! パンツを! 預言はいいのでパンツを!」


「違う逆だ。やるなら預言だけだ!」


 大体この話が何だったのだ。何のために預言のスキルを手に入れたのかわからない。


「預言の代償に使うならパンツがいいですよ! 安くて、それでいて共に過ごす時間も結構長いので」


「そう言うことか!!」


「大丈夫です。代償に使った物は消えてなくなりますが、お二人はなくても問題ない服装です」


「何? パンツ履かずに帰れと? バカなのおまえ! いや、イカれてるだろ!」


 ことごとくブレることのない変態。いろんな奴に会ってきたが、こいつは対応できない。したくない。


「もう。わかりました。預言をしましょう。しかし、三つ提案させてください」


「断る」


「パンツを見せるか、パンツを見られるか、パンツを見せつけるか。さぁ、どれにします?」


「せめて一つは否定を用意しろ!」


「パンツを見せないと話が進まない」


「俺の否定形!!」


 どうやら、こいつは代金の代わりにパンツをご所望のようだ。正直逃げ帰りたいのが本音なのだが、ここで引けばロゼは再び獄中だ。それは避けたい。


 俺は熱くなりつつある頭を落ち着かせて考える。どうすればこいつを納得させて預言をさせられるのかを。そして、しばらく考えて、一つの案が思い付いた。


「取引をしよう」


「取引ですか?」


「そうだ。俺たちは直立して五分間動かない。その間、お前は俺たちを文字通り好きにしていい」


「本当ですか!」


 かかった! 


「ああ、本当だ。直立不動で五分間は抵抗もしない。その代わり、五分経ったら、すぐさま預言に取りかかれ」


「わかりました! 破格の条件です!」


「約束は破るなよ。お前が約束を破ったら、俺とロゼはこの部屋のパンツを燃やす。いいな?」


「はい! 約束します!」


 俺は純粋で不純なシルキーの笑みを見て、邪悪な大人の笑みを浮かべていた。


「ロゼ。そっち立って。ふふっ。『エンチャント』」


 シルキーに気付かれないように『エンチャント』を発動させる。対象はロゼのドレス。今ロゼのドレスは、布とは思えない硬さとなり、貞操を守っている。


「どういうつもりじゃ?」


「いや、ただ、捲れない、下ろせないって状況を作ってるだけ」


「……まぁ、よい。妾も手段を選べぬからな」


 ロゼは堂々と腕を組む。俺もその隣できつくズボンを絞めてから、『エンチャント』をかけた。


 万全だ。さあ、かかってくるがいい。特級冒険者。


 そして、さながら悪役のようにシルキーを見下ろして、俺とロゼは勝ち誇るのだった。


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