11 その名を冠して
広がるのはとても室内とは思えない広大な一室。空に近いせいか、高所にもうけられた採光窓から、斜めに日光が射し込む。その光のカーテンの先にいるのは、歳を感じさせない白髪一つ混じっていない金髪の国王。その国王は、国の中心でもあるその王座に腰を掛け、歓迎するようにこちらを見下ろしている。そして、国王と唯一同じ高さにいるのが教皇。白い法衣を纒い、膝の上で手を組んでいる。
でも、なんだろう。怪我でもしているのかな?
教皇の座り方に少し違和感を覚えた。体の軸がずれているような感じだ。
疑問に思いながらも、呼び寄せられた俺たちは、慣れたように各々並んでいく。俺たち三人は、その所作を全く知らなかったが、ルナに手を引かれながら、ハルとルナの隣に位置取ることとなった。
そして、緊張の中、片ひざを付いて、お辞儀をする。
「ふむ。皆そろったようだな。顔を上げよ」
国王の太い声が静まったこの空間に響き渡り、ようやく体から力が抜けた。
「まずは、何から話そうか」
「例の件からが先でしょう、国王。順序が逆では通りませんからな」
「そうだな。そうしよう。アイト・グレイ、アリシア・シャンデ、レフィ・キュアル。前へ」
今? 俺たち名前呼ばれた?
三段階ぐらいかけて、段々に顔を上げて見てみると、国王の目がこちらを向いていた。さらに、他の面々もこちらを向いており、緊張が体を駆け巡る。
「ヤバい、二人とも。緊張しすぎて体動かない。アリシア。馬鹿なことやって」
「理性を外すお薬(毒)あるけど飲む?」
「ありがとう。この場だとお前の馬鹿さが誇らしい」
「ねぇ。レフィちゃん。本当にやっちゃっていいかな? いいよね?」
「駄目ですよ! 落ち着いてください。落ち着いて」
そうだ。レフィの言う通りだ。落ち着け。普段通り振る舞って……いたら駄目そうだけど、こんな硬くなってちゃ駄目だ。硬いのは体だけにしろ。
俺はゆっくりと歩きだす。どちらの足が前に出ているのか、重心は踵か爪先か。そんな風に普段感じない違和感を覚えながら歩いていくと、適所で国王に止められた。
「そこでよい。皆知っておるであろうが、この者らは一月ほど前に起きた侵略戦において、並々ならぬ活躍をしてくれた。国の最先端を担うシャフレイを守り、さらには、他への被害も押さえ込んだ。その功績は国の歴史に鮮やかに刻まれた」
おおっ。これってあれか。表彰ってやつか。
ですね。お金がいっぱいですよ。借金せずに帰れそうです。
ヅラかなぁ。
「ん? 何をやっているのだ?」
「いえ、何も」
嬉しさのあまり内輪で言葉を交わさずに会話していた。でも、まあ、誇らしいな。
これまでの数々の苦労。その先に得られた物が、この場にあるものなのだ。弱くて苦しんだ。自分の不器用さに呆れた。愚かな自分に涙した。けれど、俺はこんなところまで来ていたのだ。
俺は顎を軽く引いて胸を張った。この感覚を全身で記憶しようとして。
「アリシア・シャンデ。貴殿の常人には考えられないような奇策が、人を動かした」
いつもよりも一つ深い瞳をしたアリシアが国王の言葉を受けとる。
「レフィ・キュアル。その身を犠牲にしながら守ったものは、確かに国を動かした」
レフィは照れ臭そうに耳をはためかせながら目を細める。
「そして、アイト・グレイ」
俺は俺個人に向けられた言葉を胸に受ける。
「今までなし得なかった四天王の撃破。並びに人命を救い平和をもたらした。その実力足るや、決してステータスプレートなどでは語れない」
うん。その通りだな。俺も自分のステータスプレートを見たら、四天王を撃破しシャフレイを守れたとは信じられない。
「感謝する。国として、国王として、そして一人の人間として」
王座から立ち上がった国王が頭を下げる。それに合わせるように、教皇も立ち上がりこちらにその頭部を見せる。
「ヅラじゃなさそうだね」
「アリシア。黙れ」
聞こえていないとでも思っているのか、アリシアはそんな風に呟いていた。そのせいで俺の感傷も一気に冷めた。
にしても、国王の前でも変わらずの調子。気を付けなければ首が飛ぶ。
「あっ、でも、俺首は飛ばないか。硬いし」
「う、うむ。我らからの感謝さえも、当たり前のものと構えているのか。中々の気骨」
「すみません。ちょっとアリシアのお陰で頭から外れてました」
頭を上げる国王は苦々しく笑っていた。付近で護衛と思われる衛兵が顔を赤くして肩を振るわせている。これ以上は、寛大な国王以外の人たちから反感を買いそうなので、真面目に振る舞うことにする。
「これが四天王と対峙した者ですか……。なるほど、確かにハルの言う通りでしたな」
「であるな。となると教皇。次の事案に進めていくべきだな」
「はい。そういたしましょう」
次の事案? 本格的な特級会議が始まるってことか?
俺は特級会議に開始だと思い、ハルの方へと振り向いた。しかし、ハルは前を向いていろと手で払う。
「さて次の事案は特級冒険者の補充についてです。詳しくは国の内情に触れますので、後ほどと致しましょう」
補充……か。確かに今回の侵略戦では、特級冒険者の死者こそいなかったが、かなり苦しい展開ではあった。それこそ自分で言うのもなんだが、俺が動けなかったらシャフレイは消えている。
「えー。まず、最初に推薦されましたのが、『南雲の風』S級冒険者オリバーです。オリバーは高い実力と南の防衛線で培った経験と指揮力があります」
オリバーってあのオリバーさんか。シャフレイで俺たちの救援として現れた、丸っこい穏やかな人。ここにいる誰もが納得してるようだし、本当にすごい人だったんだな。
ルーファスから強い当たりを受けながらも、ニコニコと気楽に微笑むオリバーの姿が頭に浮かんだ。
「特級冒険者への推薦を『聖なる日差し』のヴォルが行い、ルーファス以外のこの場にいる特級冒険者の賛同が得られました」
特級冒険者になるには二つの過程が必要だ。一つが特級冒険者による推薦。そしてもう一つが特級冒険者過半数の賛同だ。
今回は、オリバーの所属する『南雲の風』のギルドマスターであるルーファスを除いた六名と、推薦者ヴォルを合わせた七名の賛成派がいたようだ。
となると、オリバーさんも特級冒険者か。サイン貰っとけばよかったかな。
「しかし……」
ん? しかし?
「当人は、どうしても特級冒険者にはなりたくないと言い、断りました。まだ、今は早いとのことで」
自分の力量の問題だろうか? どちらにしても、特級冒険者の称号を断る人間がいるのは意外なことだ。
そもそも、冒険者として、高い実力を志し、保持するのであれば、必然的に特級冒険者も目指すはずだ、それなのにオリバーは自らの手でそのチャンスを手放している。
俺には疑問しかなかった。けれど、そこでアリシアが口を俺の耳に近付ける。
「心配だったんじゃないかな? ルーファス君、まだ若そうだからさ」
そこで俺は合点がいった。『南雲の風』は、南の防衛線を守るかなり特殊なギルドだ。実力主義ではあるものの、荒くれ者が多く、腕っぷしに任せる人たちも多い。マスターでもあるルーファスは、とても外観から威厳は感じられず、甘く見られるのは想像に易い。さらにはルーファスの性格は軋轢を生むような反発的なものだ。となれば、必然的に部下との関係の悪化も考えられる。
そして、今それを取り持っているのが温厚なオリバーなのだ。一人でルーファスがギルドを仕切るのはまだ早い。だからこそ、成長するまで、共にその後ろを歩きたい。だから、オリバーは断ったのだろう。
「いい人だな」
「だね」
「ですね」
俺たち三人はなんとなく振り向きながらルーファスを見る。すると、罰の悪そうに歯を剥き出し、よく磨かれた床へと視線を落とす。一見嫌がっているように見えなくもないが、それが不器用なルーファスの強がりであることは、誰の目から見ても同じだろう。
「ですのでオリバーの特級冒険者への話は残念ながらお預けとなりました。ですので、次の候補者を探した次第です。次の候補者の推薦者はハル。こちらの方は、賛同四名でギリギリ資格を得ました」
ふーん。結構ギリギリなんだな。でも、ハルの推薦か。誰だろう。ウェードとかかな?
「さて、ではここで私が変わろう、教皇。これは私がしなくてはならぬ仕事だからな」
「はい。かしこまりした」
さて、誰が出てくるのかな?
俺は振り返って扉の方を向いた。これから国王に呼び出されて入ってくるのだろう。
俺たち三人は扉を見る。けれど、他の人たちは変わらず前を向いていた。
「アイト・グレイ」
「ん? はい。あー。背中を見せるが無礼だったんですね。すみません」
「違う。我が国の次の特級冒険者は君だ。アイト・グレイ」
「はっ?」
はぁぁぁぁあああ!?
俺は隣を振り向く。そして、こちらに熱い視線を送っている国王を指差した。
「なぁ。なに言ってんの? あのハ……」
「ストップ!! アイトっ! ストーーップ!!」
俺の地雷が踏み抜かれて爆発しかける。それをアリシアが無理やり口を押さえて封じていた。
「ダメだよ。アイト。言ってたじゃないか。誰が一番説得に向いているかって! 話思い出して! 落ち着いて!」
「ふむむ……むむむ」
「え? ハゲじゃなくてヅラ?」
「アリシアさんもアウトですよ」
もう割りとむちゃくちゃになってきた。国王は懐が広いのか落ち着いているが、衛兵たちは顔に血管を浮き上がらせて怒声を堪え忍んでいる。
「ふん。相変わらず賑やかな奴らだな」
「おい! ハル! 何だよこの話! 聞いてないんだけど!」
「聞かずとも悟ることはできたはずだ。四天王を倒し街を守る。この実績があって凡庸な冒険者なままでいられるとでも?」
「実績って言っても、ステータス見たら絶句するぞ!」
そう。確かに努力はしたが、今回の侵略戦はあらゆる場面で、人と動きが上手く嵌まっただけ。決して、それは俺の実力ではなかった。
「確かに絶句はするだろうな。その弱小ステータスで、我ら特級冒険者が成し得なかったことを成したのだからな」
「チッ。なんでそんなに持ち上げるんだよ」
「私は持ち上げていない。聞いていたはずだ。私以外の四名がアイトに票を入れている」
ハルは顎でセシアを指した。
「アイト君の努力は知っているし、強くなったのも間違いないよ。ステータス以上に実力は申し分ない。ですよね。ルナさん」
「まあ、私はセシアちゃんみたいに昔から知ってるわけじゃないけど、身を犠牲にして人を守る強い意思は見てきたかな。周りのために自分が傷付く。ねっ? いつもの事よね?」
……セシアさんはともかく、ルナさんは皮肉がたっぷり込もってたな。
セシア、ルナと賛成派の言葉が続き、次にハルの目が移ったのはカルムだった。
「えっ、僕? そんな大層な理由なんてないけど……。あれ。マスターに頼まれたのと、肩を持っておいたらアーニャちゃんの当たりが優しくなるかなぁーって」
「ごめん。カルムさん。理由は聞かない方がよかった」
「そ、そんなぁー」
カルムが三人目。あと一人は誰だろうか。
そう思っていると、ヴォルがこちらに言葉を投げかけてきた。
「グレイの功績には評価すべき価値がある。しかし、私は、直に判断するまで、認めるとはとても口にはできなかった。しかし、他の者から勝ち取った信頼は評価しよう」
「ありがとうございます」
口ぶりからして賛成ではないものの、俺のことは認めてくれているようだ。あの最強と呼ばれるヴォルから声がかかる。しかも、内容は称賛。俺には勿体無さすぎるご褒美になった。
そして、今度は見知った老人が髭を撫でる。
「ふむ。次はワシじゃな。まー。反対ではある。アイトの昔の苦労を知っておるからの。じゃが、あのハルが推薦するのであれば、あの小僧だった時よりは一味も二味も違うのじゃろう」
「トロさん……」
こちらを試すように顎をくいっと上げるトロ。その姿は、昔リンドの街で話していた時と同じで、悪戯心があった。皮肉のような言葉だが、寧ろどれだけ成長したのか、親のような心情で見てくれているようでもあった。
「私もトロ様と同じ見解にあります! 団長、セシアから話は聞いておりますが、まだ特級冒険者にするには早急すぎる。様子を見てこの場の全員が納得してからでも遅くないという判断でした。しかし、欠で選ばれれば、私は迷いなくその判断に従わせてもらいます」
巨漢のサザードがその体に相応しい大きさの声を俺に放った。横並びで列から飛び出ているなんてことはないが、圧倒的な存在感で距離が近く感じた。
断固とした反対意見ではないが、確立した基準を持っているようだった。そして、俺もサザードの意見が正しいとも思っていた。
これで、賛成していなかった三人はわかった。でも……
「あれ? これって残されてるのって……」
俺は一人拗ねたようにこちらを向く少年へと目を向けた。
「なっ、なんだよ! 僕にも大層な言葉を求めてるのか? 何にもないよ! そんなのはっ! 強いて言えば、あのシャフレイの敵は強かった。その中をほとんど無傷であの場にやって来て、うちの空間魔法の使い手が二人係でやっとの空間ゲートの維持を、一人でやってたんだ。前の勇者の事を考えたら、ステータスから見えるものよりは強いって思っただけ。それだけ!」
「結構評価してくれてた」
「う、うるさい」
ルーファスを、初期印象とその外観の幼さから、正直少し侮っていた面はあった。けれど、この人は幼いなりに侮られないように強気に振る舞っているだけで、決して内面が醜いわけではないのだ。
推薦者一名と賛同四名。そして、残りの三名、其々の言葉を受けとり、俺は自覚した。
「これが俺がやった事なのか……」
贔屓目なしに、これだけの人たちから評価されれば、否定したくてもできない。今の俺の実績や勝ち取った信頼は、特級冒険者のそれに近いのだ。
でも、本当に違うんだ。俺はこの人たちと同じ領域には行けないし、行きたくない。特級冒険者について詳しくて憧れているからこそ、その中に相応しくない者を混ぜたくない。
横から二人が俺を心配そうに見つめてくる。俺は軽く目蓋を閉じて前を向く。
「すみません。やっぱり俺にはできません」
俺がそう言い放つと、国王は眉間に拳を押し付けて悔しがる。
「うっ。くぅ~。そうか。聞いていた通りだな。強い憧れと過小評価。だが、知っているからこそ、説得の材料もある」
「説得? ですか?」
見るからにわざとらしい悔しがり方の国王。しかし、そのわざとらしさに理由があるようだった。
何だろう。逆らったら斬首とか? それだったら、別に斬れないからいいけど。
「金に困っていると近い者から聞いている」
「なっ! 誰から!」
早速弱みに漬け込まれていた。本当に誰がバラしたんだ?
一応確認するように横の二人に視線を走らせるが、二人とも物凄い勢いで首を横に振る。
「まあ、そこはどうでもよいではないか。ともかく、おまえたちのパーティーは資金難。さらには噂によれば……」
噂だと? 何の話……いや、まさか、レフィの借金のことか?
首筋から冷や汗がたらりと溢れる。
「エドワルド邸の損壊の責任があるとか……」
「……あ。あぁぁ!! それか!」
思い出されるのはエクシス邸でのスームとの戦いだ。あの時は、二階から三階にかけて大きく損壊してしまった。もちろん、責任は壊したスームにもあるのだが、三階の床をぶち抜く指示をロゼに出したのは俺だ。でも、そこは不問にしていただきたいところ。
俺は助けを求めて、縋るようにエクシス邸の関係者でもあるルナを見た。
「うーん。特級冒険者になってくれたら、その名前に免じて許してあげるかも知れないわね~」
「くっそ! 嵌められた!」
ハルが俺を推薦していたのだ。断られると気づいているのであれば、交渉の材料も考えているのは当然。けれど、まさかそこを突いてくるとは思わなかった。
「エドワルドさん助けたからチャラに」
「私もそこは踏まえたわ。けれど、他にも一階の写真立てが壊されていたり……」
ん? 写真立て? あの隠し通路の? 俺触ってないけど。
「ね~。アリシアちゃん? レフィちゃん?」
「ひえっ!」
「ふにゃー!?」
あれ? 何この反応。心当たりはないはずなのに、何故か想像できるんだけど。特にレフィの名前が出てきた辺りで。
「あの写真立ては父が大事にしていたものなの。特殊な鉱石を削って作ったものらしいのよ。あれは大切なものだからねー。家はともかくあの写真立てはねー。いくらするかしら。・・・ゴールドぐらい?」
「アイト! 特級冒険者になろう! 素晴らしい職業だよ!」
「そうですよ。じゃないとお金……いえ、冒険者として危機です! はい!」
慌てふためく二人に冷たい眼差しを送る。ここまでいいようにやられるとは。何が何でも俺を特級冒険者にしたいようだ。
外堀は固められた。けれど、俺は金だけで動くほど浅慮ではない。
「……」
「存外貴様の羨望は位の高いものだったようだな」
「憧れだし、凄いと思ってるからこそ、簡単に頷けない。それに、特級冒険者が背負うのは、この国とそこに住まう人々の命だ。ステータス云々だけじゃなくて、俺の手には余ると思う。実績を踏まえても」
落ち着いて、感情的にならずに考えても、結果は変わらなかった。なりたくないのではない。なるに相応しくないのだ。
トロのように周囲を安心させつつ、その光魔法で迅速に敵を倒すこともできない。ルーファスのように数多の敵を魔法一つで吹き飛ばすこともできない。カルムのように誰よりも速く助けに応じることもできず、スズナリのように剣一つで道を切り開くこともできない。人の命を直接救うルナの治癒魔法。人々を守り抜くハルの結界。信頼を託されるセシアの人格。何者にも屈しない不屈の背中で騎士団を支えるサザード。そして、この国の未来を見通すシルキー。
そんな中に俺が加わり何ができるのだろうか。ちょっと空間魔法が使えて、硬いだけの人間に。
「できるなどと私は言うつもりはない」
「だよな。あんたが正しい……」
「だが、できないと断言するのは愚かしい」
続くハルの言葉に自然とうつむき気味だった顔が上がる。緑の瞳と視線が重なった。そこでようやく、ハルの真意が伝わってきた。
「初めから私たちと肩を並べられるとは思っていない。しかしだ。貴様は必ず隣まで這い上がってくる。諦めない意思があり、その弱さゆえに高める意欲に満ちたアイト・グレイならな」
「……」
「――特級冒険者になって、特級冒険者に成れ」
風もないのに吹き抜けるような衝撃が俺を通りすぎる。視界が一気に開けたように明るくなり、微かな部屋の匂いが肺に紛れる。
「誰しもが最初から特級冒険者なのではない。その名を冠し、次第にその人間になっていくのだ。特級冒険者へとな」
なれないと決めつけていた。けれど、その特級冒険者がなれると言った。憧れで尊敬していた特級冒険者の一人が。
「少しはマシな顔つきになったな。これ以上の言葉必要ないだろう?」
「あぁ。ありがとう。ハル」
「ふん。貴様に礼など言われる筋合いはない。あくまで約束を果たす。それだけの事だ」
あぁ。そうだ。俺はロゼを助けるためにこの場所に来たんだ。これがその説得力を増すための材料となるなら縋ってみせる。特級冒険者にだって成ってやる。
「国王様」
俺は、今更だが、礼儀を重んじ膝を着く。そして、一つだけ懇願する。
「どうした?」
「一つだけお願いがあります」
「よい。言ってみよ」
「はい」
特級冒険者には必ずその力を冠する名が授けられる。元々あった通り名。スキル。性格。それらから考慮し国王が直々に授けるのだ。
けれど、俺は大層な名を貰うつもりはない。それよりも相応しい名があるのだから。
「俺の称号は『最弱』にしてください」
「なんと?」
「『最弱』にしてください」
驚く国王。その他の人たちも疑問に思うような顔だった。けれど、数人、見知った顔の人たちは軽く微笑み納得している様子だった。
「この名は俺にとってステータスプレートに付きまとう鬱陶しいものでした。けど、思うんです。俺が中途半端なステータスだったら、ここまで来てないし、アリシアとレフィの手を取ることもなかった。無謀にカインに挑戦することもなかったんです」
これが俺の始まりだった。嫌いで堪らなかった、劣等感を与える渾名。けれど、いつの日かその名にそれ以上の意味を感じるようになっていた。
「最弱の勇者に会いました。その姿を見て知ったんです。たとえ、ある部門で劣っていようとも、自分にしかできない何かを極めればいいって」
いつの日か、同じ『最弱』の名で呼ばれることが誇らしくなっていた。師弟共に『最弱』。けれど、確かに前へと進んでいく。
「俺は『最弱』に誇りを持っています。これが俺の印だから。これが紛れもない俺の生き様だから。だからこそ、この名でいい……いや、この名がいいんです!」
国王は感慨深く頷きながら威厳のある金の髭を撫で付ける。それを俺は固唾を飲んで見守った。
「――全く。最近の若者の考えはわからん。だが、ここにいる者であれば、少なからずその名に別の意味を持っている」
国王の言葉に賛同するように背後の人たちが頷くのを感じた。それが国王と特級冒険者の総意だった。
全員が頭に浮かべる勇者の姿。その背中が俺の背中に重なったように感じた。
「――だからこそ、その名を授けよう」
国王は指をまっすぐにこちらに向けた。
「特級冒険者アイト・グレイ。おまえに『最弱』の名を与えよう」
「はい!」
そして、俺は始まる。名を冠して、ゼロの地点から。
特級冒険者『最弱』アイト・グレイとして。
ご愛読ありがとうございます。そして、すみません!!
本来更新予定だった7月8日の投稿文が予約投稿日のミスで、投稿できていませんでした。今回は一つ跳ばしてにはなりましたが、ペースは変わらず投稿していきます。




