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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
四章 エルフ王国・セザレイン
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5 『勇者』とカイン


 スズナリの体から飛び出した槍の先から血が垂れた。


「っ……」


 体から槍が引き抜かれると、スズナリは力なく地面へと倒れていった。


「スズナリさん!!」


 僕は叫んで駆け出した。敵がいることなんて頭から抜け落ちる。スズナリを助けなければならない。そんな意思だけで足を空回りさせながら、スズナリのもとへ駆け寄った。


 出血が酷い。傷口もあまりにも大きい。


 エクストラポーションを飲ませようと思った。けれど、口から止めどなく血が溢れ、とても口からポーションを入れられる状態ではない。


「『マナエンチャント』、『効果倍増』」


 スキル『集中』、『医者の心得』、『癒しのオーラ』


「『ハイヒール』」


 普通は敵前での治療は安全確保からだ。けれど、そんな余裕はない。いち早く命を繋ぎ止めなければいけない。たとえ、僕が魔人に斬られたとしても、この人の方が僕よりも価値があるのだから。


 傷口がみるみると塞がる。しかし、これだけやっても『ハイヒール』には限界がある。『ヒール』は小規模の主に皮下脂肪とその上までで完結している外傷までしか治せない。そして、その一つ上に当たる『ハイヒール』は、その下の筋肉までだ。今のスズナリに必要な、さらにその奥の複雑な内臓までの治療は『フルヒール』以上の治癒魔法が必要だ。


 万全には治せない。だから、一時的にそれらの出血を止め延命する。

 それだけしか僕にはできないのに、理性を失ったように治癒魔法をかけ続けていた。


「その程度では助からない。わかるだろう。『賢者』なら」


「うるさい」


 僕は魔人を睨み付けた。


 魔人を前に回復を行い続けることはできない。けれど、僕が手を止めればスズナリさんは持たない。


 僕がもっと高レベルの治癒魔法を使えたら……。いや、そもそも僕がこうならないように考えるべきだったんだ。特級冒険者の魔法が奪われていた。それならば、フェンデルさんの力を奪われている可能性も想像できた。それなのに僕はスズナリさんの力に慢心して、最悪の事態を想定できなかった。『賢者』である筈なのに。


 劣等感と後悔が肩にのしかかる。けれど、挽回するための思考はなく、ただ目の前のスズナリを治そうと躍起する。


「最初からおまえを狙うべきだったか……。フェンデルから狙ったのが変に手間となったな」


「何を言っているんだ……」


 今の言葉……。紛れもない。この魔人はフェンデルさんの行方不明に関係している。いや、違う。行方不明などと言うのは現実を見れていない。正しくはそう……。


「フェンデルさんを殺したのはおまえなのか!」


「違う。僕はただフェンデル・ノルンを殺せるように手筈を整えただけだ」


「そんなの同じことじゃないか!」


 悔しさで目が眩んだ。仇を取ると誓って、目の前にその仇がいる。それなのに僕は動けなかった。


 一歩また一歩と魔人は距離を詰めてくる。油断はなく、こちらが唐突に剣を抜いたとしても、回避されるだろう。打つ手なし。けれど、スズナリを捨てて逃げることは僕の矜持が許さない。


 遂に魔人の足先が横たわるスズナリの隣まで迫っていた。手には先ほどの槍が掴まれている。


「安心しろ。殺しはしない。一度失敗しているからな」


「……」


 理解が追い付かない。けれど、魔人の計画通りに事が運んでいるのがわかった。


 僕が未熟だったから……。


 最早剣を持つ気力さえなかった。負けたのだ。僕は……


 そうして、頭を垂れつつ、回復を続けその身に迫る槍を見守った。


 そんな時……


「うわっ!! ダメだっ!!」


 酷く弱気で、芯のぶれた声だった。そんな声が遠くから聞こえた気がした。


 でも、こんな所に助けは来ない。それに、これから突き出される槍を止めるには、この声は遠すぎる。


 僕の体に槍が突き刺さる。――突き刺さる……


「えっ?」


 あり得ないがあり得た事実が目の前にあった。

 目の前に迫っていたはずの槍が大きく弾かれる。その後に柔らかな風が頬を撫でた。見るとそこにはどこからともなく現れた人影があった。


 緑のローブと茶色いズボン。あまりにも簡素過ぎる装備は、実際のその人の実力と不釣り合い。けれども、その人の風格には妙に似合う。

 緑の髪が風にたなびく。微かに聞こえる風切り音は、彼の体から避けるように切り裂かれる風の音。


 この場を変えることができる、数少ない人間に僕は目を見開く。


「――『風人』カルム・アクセルか」


「そう! いや、断言するとなんか恥ずかしいな……。じゃなくて、えーと君が例の敵って事で良いんだよね?」


 そんな風に張り詰めた空気の中で、相変わらず頼りなくカルムは声音を震わせるのだった。



「……」


 突如現れたカルムに対して警戒するように魔人は口を閉ざしていた。


 現状を正しく見定めるのは難しい。僕を守りながら戦うカルムが普通は不利。けれど、魔人の方は傷こそ回復したが、体力は大きく削られており、先ほどスズナリと拮抗していた実力と程遠い。


 つまり、この戦況は『風人』カルムの実力で、大きく左右されるのだ。


「あー。僕の馬鹿。敵に『敵ですか?』って聞いても、『そうです』って答えるわけないじゃんか。でも、現状から見たら敵以外あり得ないよね? どう思う? カイン君」


「――はい。敵です」


 相変わらず雰囲気はない。強者の持つ威圧感もなく、そもそも冒険者にある闘争心なども一切なかった。気の弱い一般人。そんな言葉が相応しい。


 でも、実際僕や魔人の意識の外から急に現れて攻撃を防いでいる。雰囲気だけでは計れない何かが彼にはある。


「そっか。良かったぁ。でも、一応さ、もし、問題が起きたら証言してね。敵がいたから壊したって言えば、壊してもマスターからは怒られないと思うからね」


「あの、何の話を……」 


 呑気に話をしている最中、魔人の攻撃がカルムに向かった。しかし、それを当たり前のように体をズラして回避すると、まだ話を続ける。


「僕ってやりすぎて、よくマスターから怒られるんだ。破壊者なんて町の人たちから迷惑がられるぐらいだし。今回は必要だったってことで……ね? 」


「『風人』カルム。やはりおまえだけは実力を計りきれない」


「よく言われる。なんか弱そうって……」


「違う。実力と中身が合っていない。異常なほどにな」


 僕も魔人と同じ意見だった。動きからして、間違いなく強い。にもかかわらず、これほど弱気なのだ。強さに伴い、内面も成長するのが普通。なのに、この人は内面を置き去りにしていた。


「いや……僕はただ、死にたくないだけだよ。『魔獣魔物弱点S』だからさ」


 その瞬間カルムの姿が消えた。魔法ではない。単純なスピードのみで、僕と魔人の瞳の中から消えたのだ。そして次の瞬間。


「くっ……蹴りっ!」


 魔人が壁際まで吹き飛ばされる。あまりの早さと衝撃に地面の砂が盛大に巻き上げられた。横薙ぎに発生した風の刃は、闘技場を囲う壁を悉く切り裂く。堅牢に造られているはずのこの場所の壁をだ。


 この人。本当に変だ。


 僕は唖然としながらカルムを見つめていると、彼はそそくさと空間ポーチを漁り始めた。


「これ……えーと。ごめん。詳しい説明は忘れたけど回復薬」


 何食わぬ顔で、さっきと同じ体勢でこちらに回復薬を手渡すカルム。そんな彼に少なからず畏怖を覚えたのは間違いない。


「何でこんな物を持っているんですか?」


「これは僕の案とかじゃなくて……、ルキウス団長が持っていけって言うから。あと、これから僕よりも頼りになる副団長二人が来るから、安心していいよ」


「ルキウス団長が……」


 そこで思い出されるのは過去の特級会議だ。あの場でルキウスは仲間の内に潜む偽者に気づいていた。そして、侵略戦を終えて、王都に潜む魔人が動き出すのも想定していたのだろう。


 僕は特注と思われる回復薬を握りしめると、すぐに栓を抜いてスズナリ傷口に流し入れた。もちろんその程度で目覚めることはないが、ほんの少しだけ心拍が落ち着いた。


「僕が時間を稼ぐから。近寄らないでね? 巻き込んじゃったら嫌だからさ」


「はい。お願いします」


 僕は二人の戦闘の余波をスズナリに与えないように壁となる。すると、すぐにカルムと魔人の戦いが始まった。先ほどのまでのスズナリと魔人の戦いは達人同士の戦いだったが今回は違う。人間のレベルを越えたステータスを持つ化け物が加わったのだから。


 この目で見て、最速という言葉を履き違えていたのだと理解させられた。『最速』と言えど、まだ、目で捉えられるものだと思っていた。けれど実際は、残像以外は僕の目には捉えきれず、さらに一挙一動で発生する暴風にまともに目も開けない。


「わかっていた事だが厄介だ。未知数がこれほど脅威になるとは」


「厄介者扱いされて、陰鬱にならなかったの久々だなぁ。とっ、『ツイントルネード』」


 驚く魔人の目の前に一瞬で竜巻ができ上がる。竜巻の風に少し煽られた魔人の頬には切り傷が生まれていた。


 ギリギリ……。


 と音を鳴らしていたのは僕の奥歯だ。助けられた。ホッとしている。それなのに僕はただ一人この場に存在する足手まといなのだと実感していた。


 守られたくはない。けれど、守られるしかできない実力なのだ。


 このままでは、決してアイトには届かない……。


 あの背中に……。


「『勇者』カインよ! 無事かっ!!」


 二人の戦闘を見守っていると、鎧を派手に揺らしながら、騎士団副団長『城壁』サザード駆けてきた。続いてシャフレイにいたはずのセシアも向かってくる。


「セシア! 奴はカルムと共に打ち倒せ! 私はカルムを守っておく」


「はい。お願いします。サザードさん」


 サザードが地面に二メートルを越える巨大な斧を突き立てる。すると、地面が隆起して、分厚い金属の壁が生まれていた。


 戦いの振動が小さくなる。そして、目の前にはサザードが。心強く、そして、どこか妬ましい。


 どうして、こんなに何か一つのために動けるのか。僕を助ける事に迷いはないのだろうか。


 けれど、どれだけサザードの無骨な顔から、迷いを見つけようとしても、見つからない。あるのは、ただ一つの目的を守り抜こうとする『城壁』の姿だけ。


「くっ。スズナリがやられていたのか。カイン。君は無事なのか?」


「……」


 虚勢さえも張れなかった。ただ僕は弱々しく俯くだけだ。


「カイン……?」


 サザードが駆け寄ってくる。ただその寄り添うような心情さえも、今の僕には毒のように感じていた。


「サザードさん!! 魔人が空間魔法を!」

「そっちにいっちゃった! すっみっまっせーん!!」


 壁の向こうで危機迫った声で警告をする二人。その次の瞬間には、僕とサザードの間にもう一人影が割り込んでいた。


「なんとだとっ!! 空間魔法か! 貴様ぁぁ!! フェンデルの真似事が許されると思うな!!」


 サザードの斧が振り下ろされる。強力な一撃で、地面の砂が波打った。


「ぬっ! ぬっ! 姿がない!」


「防御の内に入ってしまえば、おまえの防御魔法は驚異ではないな」


 背後から声がして振り返ると、そこには魔人がいた。そして、その手は僕の腰に向かっている。


 まさか! この魔人の本当の目的は……


「――聖剣!!」


 とっさに守ろうと、剣に手を向かわせるが、掴もうとした柄はスルリと僕の掌から遠ざかっていった。


「離れろカイン! うぉぉ!! 『ギガントプレス』!! 返せ魔人! その聖剣は貴様ほど度扱える代物ではない!!」


 激しい剣技で魔人の髪が揺れた。その下で初めて魔人は勝利を確信したように口元を緩めた。


「扱える代物にするためにこの場所に来た。勇者を誘きだして……」


「何を言っているのだ!」


「前勇者フェンデル・ノルンからスキルと魔法を奪った。けれど、一つだけ取りこぼしてしまった。殺してしまったせいで」


 いや、待ってくれ。違う……。


 僕は全てを理解していた。何のために魔人がこの場所に現れたのか。そして、何のために僕を殺さなかったのかを。


 それは、それだけは……僕が『勇者』と証明できる唯一の物なんだ。だから……


 ピロン。


 僕の視界に現れてはいけない表示があった。ただ残酷突き付けられたその文字。


 『聖剣の意志』喪失。


「聖剣が僕を……」


 見放したのだ。僕のスキルを魔人が獲得した。『聖剣の意志』を。『聖剣の意志』はこの世に一人しか保有できない。もし二人『聖剣の意思』持ってしまったのであれば、どちらかが見放される。


 ――見放されたのは僕だった。


 あぁぁあぁぁああぁああ!! 


 託されたもの、期待を、僕は全て捨て去ってしまった。


「カイン!」

「カイン君!」


 三人が心配しているが、もう声もほとんど頭に入らない。そして、絶望に意識が遠退く僕の瞳には、手足のように聖剣を使う魔人の姿が映っていた。


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