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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
四章 エルフ王国・セザレイン
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2 教会の裏


「では、詳細についてお話しましょう」


 と、話を切り出したのは教皇だった。


「我々教会では、多くの孤児や捨て子の面倒を見ています。そして、その子らを教育する施設が、教会の地下に造られております」


「ほう。つまり、問題があったのはその地下と言うわけですね?」


「左様。その地下の施設に、どこからか魔物が現れたのです」


 そんなことがあり得るのだろうか? 何せ、ここは国の中心、王都カーステラ。この国随一の防衛設備が設けられており、上はもちろん、地下からの攻撃にも対応できるよう、結界もある筈だ。


 淡々と述べる教皇だが、どうにも信じがたい内容だった。

 

「結界が破られたんですか?」


「破られたと言うのは、些か語弊がありますな。正確には、解れていた結界の箇所から侵入されたと言うのが正しいでしょう」


「結界の解れ……ですか」


「侵略戦が終わったばかりに魔物侵入。タイミングを身計られたか……」


 厳重な守りの王都に魔物が侵入する。それは容易にはかりごとがなされたと想像できる。


「ええ。結界の解れた部分を的確に狙われた。しかも、解れたとわかってすぐに。何者かが裏にいると考えるのが普通でしょうな」


 その可能性は高い。でないと、あまりにも都合が良すぎた。 


「教会の地下に現れたとなれば、地上で魔物のマナを感じた人たちは、さぞ焦ったことでしょう」


「いえ、そこはマナを遮断する結界が施されているため、誰一人として気付いてはおりません。私を含めた重鎮の数名と施設から逃げ出した数名。それ以外にこの件を知る者はおりませぬ」


「ふーむ。ちなみに、何故そんな細工が?」


 すると、ここまで円滑に話を進めていた教皇が口を止めた。


「……防衛手段の一環とまでしかお答えできませんな」


「裏があると認識しても?」


「そこはご自由に。ですが、我々の役割の必要性は重々理解して頂きたい」


「それはそれは、地下とやらが楽しみですね。だな、カイン?」


「楽しみ……とは言いがたいですが」


 スズナリは僕の疑問を無理やり遮断する。ここでは訊くな。そう言うことなのだろう。


 教会がなにかをひた隠しにしていた。そう思うと、気になる反面で怖くもある。なので、僕は素直に口を閉ざして、スズナリと教皇の会話に耳を傾ける。


「で、問題がその地下の魔物とやらです。子供らの施設の場に現れたのであれば、私は最悪を想像しますが?」


「おおよそ想像どおりでしょう。一部の職員以外は避難できませんでした。魔物が外部へと出ることを防ぐため、私どもは扉を封じ、中に閉じ込めました。子供も残りの職員もろとも」


「そんな! 何でそんなことを! 魔物の隔離の理由はわかります。でも、それなら、もっと早く僕たちに声をかけるべきでしょう!」


 僕はつい熱くなる。魔物を閉じ込めなくてはいけない理由はわかる。ここが王都で最悪の事態を阻止するためには、その必要性があることも。けれど、だからと言って、子供たちをそんな魔物がいる場所に閉じ込めるなど到底許されない。


 その状況で生きているとは考えにくい。子供らが逃げ場なく蹂躙されたと思うと、行き場のない怒りが生まれた。


「勇者カイン。でき事が起きたのが昨日なのです。そして、あなたの万が一を考えれば、慎重になるのも当たり前でしょう」


「僕のもしもの危険と、何人もの子供たちの命なんて、どちらが大事かわかりきっているではないですか!」


「わかりきっていますよ。ですから、あなたを取ったのです。勇者カイン」


「くっ……」


 嗄れた声が僕の精神を削る。


 そんなに僕が不安なのか? 勇者が死ねば、確かにもっと大勢の命が危険にさらされる。でも、僕は一人でも戦える。もしもの時は自分でどうにかできる。それなのに、助けられた命を見捨ててまで、僕を守るなんて馬鹿げている。


「カイン。教皇の判断は正しい。人間的な思考ではないがな」


「褒め言葉として受け取っておきましょう。『剣聖』」


 憤り掴みかかろうとまで思った時、スズナリが僕を制した。これがなければ、様々なスキルを『たゆまぬ努力』によって犠牲にしながらでも、教皇を殴っていただろう。それだけ、僕は許せなかったのだ。


 胸の奥から、どす黒い感情が、湧き水のように滲み出したのを感じた。


「さて、お話はここまで。着きました。こちらの裏口から、地下までの道を案内します。ついてきてください」


 そして、巨大な教会の裏口から中へと入っていった。規模の大きな教会とだけあって見所もあったのだろうけれど、僕にはそんな観光をするほどの精神的な余裕は持ち合わせていなかった。怒りと僅かな後悔と無力感に体を蝕まれながら、着いた先は一枚の鋼の扉だった。


 見かけは、ただのそれなのだが、近づいてよく見ると、土属性の防御魔法が施されているのがわかった。


「聞いていた通り、厳重ですね」


「ええ。そのためか、この扉まで辿り着いた魔物は引き返したようです。ですが、ここから先は何があるかわかりません。ですので、勇者カイン。あなたはいつでも戦えるように聖剣を携えておくべきでしょう」


「ご忠告感謝します」


 僕は教皇の言葉にしたがって、聖剣を取り出して腰に掛ける。たった一本の剣を腰に差しただけなのだが、不思議と落ち着きが出てきた。


「戦わせるつもりはないがな」


「いえ、僕は戦いますよ。いつまでも守られる側ではいたくないので」


「…………はぁ。そこまで言うのであれば、相手次第で考えておこう。カイン。確か、君は多くの索敵スキルを持っていたな? 扉越しではどうだ?」


「少し確認してみます」


 僕は感覚を研ぎ澄ませつつ扉に触れた。


 マナ関連の反応は、聞いた通り、結界によって全く漏れだしていない。なので、僕が行ったのは、その他の反応に関してだ。足音、振動、熱。それらを壁越しに確認していく。


「目だった音はなく、熱の反応もなし、振動もないため、扉を開けたらすぐ襲ってくるなんてことはないようです」


「それは安心だな。不意打ちで特級冒険者と勇者が怪我したとなれば笑い者だからな」


「では、お二人共。私めは外でお待ちしております。ちなみに扉を開くにはこちらが必要となりますので、お渡ししておきましょう」


「わかりしました。ありがたく」


 スズナリが鍵を受け取ると、教皇は少し下がった。それを見てから、僕とスズナリは視線を交わしてから、扉を開いた。



 扉を開くと、すぐに僕とスズナリは先へと進んだ。そして、扉を閉じるのと同時に、鍵のかかる音がした。どうやら、自動的に鍵が閉まるようだ。


「荒れているな」


「そうですね……」


 まだこの場所は下へと続く階段しかない。けれど、石材で造られた壁には、多くの傷がつけられており、階段の脇に等間隔で配置された魔石の照明も、砕け散っているものがいくつもあった。


 不気味すぎる……。


 灯りもそうだけれど、この空気。血の匂いが混じっている。まだ地下まで降りてもいないのに、これだけの匂い。おそらく……


「かなり死んでいるな」


「そのようです……」


「大丈夫か? 死体には慣れていないだろう?」


「はい。ですが、敵がいるのであれば、そちらが優先です」


「そうか。であれば問題ない。この下がどんな惨劇になっていようとも、その意識は忘れるな。濁った瞳では敵は斬れん」


「わかりました」


 僕は聖剣の柄を力強く握り、ゆっくりと慎重に階段を降り始めた。


 僕はスキルによって建築物の構造をある程度把握できる。そんなスキルによってわかったのは、この地下が上の教会よりも広い面積を誇っていることだ。深さもかなりあり、一分ほど歩いてもまだ階段の真ん中程度だった。


「広すぎますね。本当に孤児の面倒を見るだけで、これほどの施設を造るのでしょうか」


「そんなに広いのか?」


「はい。僕のスキルでも全貌まではわかりませんでした。初めてですね」


「スキルを阻害されているという話では?」


「いえ。範囲的な問題です」


 広範囲の施設。部屋の構造などからしても、子供を育てるような施設とは思えなかった。どちらかと言うと、もっと別のものを思い浮かべる。


 いくつもある部屋は、まるで牢屋のように廊下に隣接している。さらには所々に大きな空洞が存在する。どう見ても、部屋と呼べそうではない空間だ。

 そんな不自然な箇所から教皇への不信が募る。


「あの。先ほど教皇様が言葉を渋っていたと思うんですが、スズナリさんは何か知っているんですか?」


「まあな。知っている」


 スズナリは変わらぬ歩調で当たり前のように答えた。


「教会の裏についてだ。その裏がこの場所なのだ」


「さっき言っていた孤児を育てるためじゃないと?」


「字面にすれば正しいだろう。あとは、認識の問題だ。育てると言えど、自分の子を育てるのと、勇者を育てるでは、意味合いが違うだろ?」


 なるほど。つまり、孤児を育てる。と言っても、僕が想像するような、所作や言葉や勉学を培わせる育成ではないのだ。もっと別。この施設の形から考えるに……


「養成所。戦闘訓練などが主でしょうか」


「流石『賢者』で『勇者』だな。話が早い。その通り。しかし、まだ優しい考えだな。それだけなら教皇が隠す必要はない」


「そうですね」


「ヒントを出そう。『剛腕』ヴォルもここで育てられている。本人は名言しないがな」


 僕は少し驚いてから、すぐに納得した。


 あの最強と呼ばれるヴォルは、常に教皇の指示に従っている。それはギルドが教会と関わりがあるからと思っていたが、別の問題があったのだ。ヴォルは教会に育てられた。だから、教会の者に反発しない。


 そして、彼は五感の半分を失うほどの強力な女神スキルを手にしている。女神スキルの代償について詳しい教会で育てられたのに、視覚と嗅覚と味覚を犠牲にしてだ。


「代償の重い女神スキルを取らせて、強力な戦力を得ていると?」


「正解だ。すごい思考回路だな。ヒントを出すだけでこれとはな。ちょっとした戯れをしているようで面白い」


「あの。スズナリさん?」


「いや、気にするな。そうだったな。言葉通り。おおよそカインの頭の中にある推測で正しい」


 決して軽くはない話をしているのに、スズナリはどこか他人事のようで楽しげだった。皆が信じている教会が行っていた非人道的な話をしているのに、だ。


「許せないとは思わないんですか?」


「やり方にか? そこについては、私は詳しくは知らないからな。例えば、連れてこられた子供が嫌々無理やりに女神スキルを押し付けられるのであれば胸が悪いが、本人の意思で選択できるのであればどうとも言えない。それに、国がある程度黙認しているのも、必要性があるからだ。ヴォルが何人も生まれる可能性があると言われれば、正直、私も否定的な目では見れなくなる」


 そう言われると僕も口をつぐむしかなかった。確かに、ヴォルが何人も育成されれば、国は安全で、魔王に対しても戦えるようになる。けれど、多分他にも理由がある筈だ。国王が口出しできないような理由が。

 そこで僕はもう一段階深く思考する。


 国にとっての必要性……。僕らはある程度女神スキルについて学校で学んでいた。どんなスキルが安全に貰えて、どんなスキルがどんな代償を負うのかを。


 ――じゃあ、その情報はどうやって得られたのか? 


 それに気付いて、僕は過去の記憶が濁るのを感じた。


「女神スキルの実験に使っているんですよね? 子供たちを」


「そうだろうな。多くの表側に立つ人々を守るために、裏で孤児が利用されている」


「でも……、だから、見て見ぬふりをしろと?」


「いいや」


 スズナリは首をゆるりと振った。その黒瞳で下まで続く階段を映すその表情は、僕の心境に近いように見えた。


 そして、スズナリは口を横に広げて、悪戯に犬歯を覗かせた。


「魔物に地下は荒らされていた。私たちが暴れて色々と壊れても、それで通る」


 そんな風に笑みを浮かべるスズナリに、僕の鈍重となっていた心情が少しマシになった。



 生臭い鉄の香りの乗った空気で肺が膨らんだ。


 行き着いた地下の施設には、血と肉が散らばっていた。文字通りにだ。


「酷すぎる」


 上でスズナリが言っていたように惨劇だった。施設本来の灰色の床と壁は、べっとりと血で濡れており、生物特有の死の臭いが広がり、至るところで命が散っていた。


「生存者はほぼいないだろうな」


 スズナリは、しゃがんで体が欠損した遺体の傷を詳しく見る。魔物を倒すために最短で動けるスズナリ。とても、僕にはそんな動きはできない。


「何でこんな……」


「生きていた者もこの場所に閉じ込められたからだろうな。逃げ場がなかった。隠れて生き残っている可能性もあるが、探すのは後だ。根本を絶つ」


 死体の見開かれた瞼をスズナリが下ろす。無情に見えて慈悲深い。スズナリの人間性の深さを、今日はやけに実感する。


「スズナリさん。一つ気になっていたのですが……」


「ああ。言わんとすることはわかる。全くマナを感じないことだろう?」


 スズナリは立ち上がり周囲を見渡す。つられて僕も、周囲をもう一度確認する。


 この場所に来るまで、かなりの手段で索敵を行った。しかし、全くと言っていいほど反応がなかった。それは、この場所に降りてきてからも変わらず、マナの残滓さえもなく、ただ惨たらしい光景が広がっているだけだった。


「スズナリさんも探知できないとなると、敵は逃げたのかもしれませんね」


「いや、残念だが、それは違うだろう。反応はないが、逆に反応がなさすぎる。まるで、私たちに気付いて姿を隠したような感じだ」


「なるほど。あり得ますね」


 つまりは隠密系のスキルを保有していて、かなり知性の高い魔物だと想定される。


「暇潰しにはちょうど良さそうだな」


「はい? 強敵ですよ?」


「そうか? 隠れるのであれば、正面からは勝ちの目がないと思っているのだろう。つまりは単純な実力はこちらの方が上だ。狩るのが私たちで、狩られるのは魔物だ。――少しは楽しませてくれるといいが」


 スズナリの鋭い闘気が空気を揺らした。その様子は味方の僕でさえも、萎縮してしまうほど獰猛で、先ほどまで甘味に跳び跳ねていた女性の姿には見えない。

 

 ここはスズナリさんに任せるのが正しい。実力的にも、立場的にもだ。けれど、僕はそんな理性とは違う言葉を口から溢していた。


「僕にやらせてください」


「ん? さっき言った筈だが?」


「はい。ですがそれでも、ここの人たちを殺した敵を許せないんです」


「ふむ」


 紛れもない本心だ。この怒りを持って敵を打ち倒す。私情ばかりだが、どうしても自分の手で敵を倒したかった。


「まぁ、いいだろう。どうせ私が言っても聞かないのだろうからな。それに、私の言葉ではなく、自分で気付くことこそが学びだ」


「ありがとうございます。必ず打ち倒して見せます」


「危うくなれば加勢するぞ」


「はい」


 そして、僕は怒りと共に聖剣を握りしめた。


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