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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
三章 歯車の街・シャフレイ
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48 天才対非道


 まずい。


 そう私が理解したのは、アレックスを追って空間ゲートに向かっている際だった。


 足の裏から糸のように流しているマナから、アレックスの死が伝わった。それだけならいい。しかし、その殺した相手の方が問題だった。


「特級レベルが三体か……」


 確認できる反応は三つ。そのいずれもが特級と並び立てる程のマナの量があり、その中の一つに関して言えば、私よりもマナを多く保有していた。

 さらに反応は増え続けており、空間ゲートを経由して、魔獣や魔物らを呼び出している。


 最悪の展開だ。勇者フェンデルが死んでから、侵略戦にはかなりの警戒をしていた。しかし、奴らは少しも怪しまれることなく現れた。


「あのアレックスの纏っていた、マナを遮断する外套を使った者。そして、もう一つが奴隷として紛れ込んだ者」


 前者を見落とした理由は定かではない。しかし、後者を見落とした理由は簡単だ。まず、秘密裏にこの街に入れられた奴隷であったこと。門番もアレックスと繋がっていて、立ち入った情報さえも記録されていなかったのだろう。だから、私も支部長のクレリッツも気付けなかった。


 アレックスが利用された結果だ。そして、自身のマナ感知と結界で油断していた私の責任だ。


 だからこそ、特級冒険者、ハル・ノシアンとして、この汚名を濯がなくてはならない。


 そして、マナ感知をより正確にしながら、敵の戦力を測る。


「侵略戦にしては数は少ないが、性能は高いか」

 

 私と言えど、この状態であれば、ギルド総出で攻めたいところではあった。しかし、戻れない。そんな時間はないのだ。


 ――今は――


 私は最悪の事態を防ぐべく、空間ゲートのある最上階へと駆け抜けた。



「あっ、来ましたねぇ。ハ~ル・ノっシアン」


 最上階に向かうと、すでに最悪が始まっていた。

 

 稼働している空間ゲート。室内に漂うのはむせ返るような獣の臭い。不快な咀嚼音に呼吸を躊躇うような血の臭い。そして、そこに居る三人の主力と思われる魔人と、すでに空間ゲートから現れた魔獣たち。


 事態の深刻さに自然と眉間に皺が寄る。


「まさかとは思っていたが。貴様、どうやって空間ゲートを繋げたのだ?」


 空間ゲート。それは複雑な魔法が用いられた特殊な代物だ。私はフェンデルと共に製作に関わっていた。なのでわかる。その転移先との繋ぎ方や転移の方法について詳しく知るのは私とフェンデル以外にいない。

 そして、魔人側にフェンデル並みの空間魔法の使い手は間違いなくいない。それは断言できる。


「……答えろ」


「気になりますかぁ? 私お喋りなので話したいところなんですけど、これに関しては口止めされてるもので。ダメですよぉ」


「何故フェンデルの技術をおまえたちが使っているのかと訊いている!!」


 怒りが抑えられなかった。奴らが何をしたのかはわからない。だが、一つ言えるのは、フェンデルと私にしかこの空間ゲートに転移先を追加できないのだ。


 そんな怒りをいなすように女は笑った。しかし、答えるつもりはないようで、私から目を逸らす。


「そんな話はどうでもいいじゃないですかぁ。それよりゲームをしましょうよぉ」


「ゲームだと?」


「簡単なゲームですよ。取り敢えずはレベル1。ここにいる魔獣をこの街に放ちます。死人が出なかったらあなたの勝ちですよぉ」


「そうか。残念だったな」


「えっ?」


 私はすでに描いていた五十を越える魔方陣を発動させた。様々な色の魔方陣が、敵の足元に浮かぶと、次の瞬間には、炎が、水が、風が、雷が、岩が生まれ、それぞれの形で敵を蹂躙する。

 吹き飛ばされ焼ける魔獣たち。死臭を風圧で吹き飛ばし、また別の死臭で埋め尽くされる。


 C級からB級の魔獣と魔物、合わせて十二体。全てを先手を取って殺した。勿論、この階層の全ての敵に攻撃をした。特級レベルの三人も含めて。しかし……。


 薄い砂煙の中で、拍手をしている姿が目に映った。


「流石ですぅ。これだけの数を一息に。技の速度。躊躇いのない行動力。やっぱりあなたは警戒するに値しますねぇ。対策してよかったですー」


「ミリア。対策と言うのであれば、この階に魔獣を配置するな。先に汚いと言った筈じゃ」


「すみませんロゼ様。これも対策の一つですのでー」


 魔人と思われる三体は無傷だった。ミリアは紫色の結晶で身を守り、ロゼは足の力だけで魔法を相殺。そして、エルフの少年は、私の魔方陣を即座に乱して不発にした。

 それこそ、魔法で巻き起こった風を心地よさげに頬に受けるような状態。圧倒的な余裕があり、実力もあった。


 そんな中でも特に気になったのが、ミリアと呼ばれる魔人の行動だ。特級の私を前にして、この程度の布陣。実力も知恵もあるであろう指揮官が、こんなにも容易く倒せるような魔獣らを置く筈がない。まるで意図して敵を殺させたようにさえ感じる。

 

 これも思惑通りか? であれば考えられるのは……


「私対策。時間稼ぎか、消耗か」


 真意を確かめるように、薄く開かれた瞼の隙間を睨む。その間からは瞳は見えないが、やけに瞼の奥が暗く見えた。


「ふっふん~。流石に頭の回りが早いですねぇ。でも、わかったところでどうしようもないですよぉ。だって……」


 空間ゲートが揺らいだ。そして、一瞬の内に膨大な量の魔獣が飛び出した。


「あなたいい人すぎますからねぇ。レベル2は、何人死にますかね~」


「チッ」


 咄嗟に魔方陣を組み上げる。魔法を連続で発動させ、部屋が様々な色に染まる。血肉が雨粒のように降り注ぎ、何十もの魔獣たちが死に絶えるが、それで抜ける魔獣もいる。


「知ってますよ。あなたは五属性を使えるわりに、それら全てに適正がないんですよね?」


 私は筒抜けの情報を聞かされて、動き回る魔獣たちに目を転々とさせながら唇を噛む。


 その通りだ。私には五属性の適正はない。だからといって発動が出来ないわけではない。理論は魔方陣にマナを吹き込めば魔法を発動できる魔道具などと同じ。なので、魔方陣さえ暗記してしまえば、魔方陣をマナの糸で型どり、簡単に発動できる。しかし問題は威力だ。私の魔法の攻撃力は、そこらのS級冒険者の適正のある魔法の攻撃力を下回る。だからこそ、同時発動や連続発動などを武器としているのだ。


 だが……


「一見多数の敵に対応できるように見えても、数が増えれば精度も落ちる。判断力も落ちる。そうすればぁ、倒せない魔獣も出てきちゃうわけですぅ」


「舐めるな。私が特級と呼ばれる理由を教えてやろう」


「んー。あれですかぁ? 結界ですか? でも、そこに関しての対策も同じですよ」


 空間ゲートから流れてくる気が変わった。もっと濃密な本能的な殺意。そして、魔獣よりも一際大きな手が飛び出し、空間ゲートの枠を掴んだ。


「ちっ。魔物か」


 空間ゲートから魔物たちが次々と現れる。魔獣よりも体が大きいものが多いせいか、侵入してくる数は少ない。けれど、質は数段上だ。


 S級はいないだろうが、それでも魔物は魔物。私の攻撃をかわしたりマナを運用して耐えたりと、一段としぶとさが増した。


 そして、さらに視界の端で赤く動く影があった。


「そろそろ、妾も向かうとするか」


「ぐっ……」

 

 数を相手しながら、特級レベルとの戦闘。最悪の展開を前に、私は奥の手を切るために、エクストラマナポーションを飲み干した。


「聞いた話では、おまえは近距離での戦闘が苦手」


「はっ。残念だがそれは完全な偽情報だ」


 私は自身の体にマナの糸を纏わせる。そして、振りかぶられた剣を回避するために、糸を使って無理やり体を引っ張る。すると、私がいた場所をロゼの剣が、優しく撫でる。力がかかっているようには見えなかったが、そこには深々と傷が生まれている。


「くそっ……」


 事態は大きく悪化へと向かっている。理由は大きく分けて三つ。一つが既に下の階層まで魔獣と魔物が降りたこと。二つ目がロゼと呼ばれた女の実力。おそらく、他の要素が取り払われたとしても、素の戦闘力で勝る者はこの街にいない。そして、最後。この状態では結界を張れない。着々と結界の術式は作っているが、マナの消費が多い結界を目まぐるしく敵が現れる現状では、張ることは出来ない。


 結界を張れば貴族街の人々を守るためのマナが足りない。しかし、張らなければシャフレイを救えない。 


「『フラッシュ』」


 私は久し振りに詠唱で魔法を発動した。『フラッシュ』に攻撃的な力はない。しかし、光属性の適正がある人間が使ったのなら、確かな効力を得られる。


「っ。目眩まし……」


 私から放たれた光の玉は猛烈な眩しさで視界を塞ぐ。さらに発生する、つんざくような高音が、魔獣や魔物の鋭敏な感覚を蹂躙する。


 効果時間は一分。その間に私は……。


 この階の出入り口に罠を仕掛け、一気に階段をかけ下りる。


「逃げるしかない。私が落ちれば街は落ちる」


 私では殲滅はできない。なので、別の動きに切り替える。逃走と避難。私は魔物らを殺すことを諦める。代わりにそれに必要な魔力を自身の防衛と、街の住民の避難に当てる。


 索敵範囲を結界を張る予定の貴族街付近に絞る。そして、内部の人間を守りながら結界の外に逃がす。その間、私は魔法の威力を落とさないために、結界内部で戦い続ける。


「魔獣、魔物、そして魔人との鬼ごっこか」


 魔法の乱発と索敵、結界の作成。それら全てを同時に行い、情報量に頭が締め付けられる。これまでに感じたことのない頭痛が脳を圧迫するが、私は決して諦めるつもりはない。


「――この街は絶対に落とさせないぞ。『双』ロゼ」


 そして、貴族街を覆うほどの巨大な結界の発動と共に、私たちの長い長い戦いの幕が引かれた。



 ご愛読ありがとうございます。

 更新再開です。ペースは変わらずやっていきます。これからも楽しんで頂けたら幸いです。

 ではではっ!

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