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8 蒼の魔石


 街を出てから四日目。相変わらず狩りをして進んでいく。唯一の変化はスピードが速くなったことだろうか。と言っても、歩くスピードが速くなったわけではない。狩りの回数が減ったのだ。ハリネズミの群れを見かけても、刺激をしないように回り道をする。好戦的なE級のマッシュボアがいれば、渋々交戦して、倒して進む。


 狩ることを前提とした探索ではなく、進むことを目的とした探索は日が沈むまで続いた。明らかに変化した探索のやり方に、俺は疑問を覚えたが、サリスたち三人の様子はいたって普通だった。


 三人の様子から心配は無いとは思うが、一抹の不安が拭いきれない。確固とした違和感が乾いた喉に張り付いている。


「なあ、もしかして急いでいるのか?」


 俺は遂に堪えきれなくなって、率直な疑問を濁すことなく吐き出した。するとサリス一瞬歩みを止めて、また歩き出した。


「何でそう思うんだ? あぁ、もしかして俺たちの歩くスピードが速くなっちまってたか? いやー、ついつい普段の足の早さに戻ってたな」


「そうじゃなくだな……。何て言えばいいか。もし、何か事情があるのなら話せよ。別に急ぎの用事で俺たちが足手まといって言うんなら、置いていっても構わない」


「……」


 珍しく気を使うと、サリスがいつも自信ありげな顔を神妙なものへと変えて黙りこくる。その反応が予想外で、俺も同じ様に口を閉ざした。


 何かがあるのだ。


 ボウとメルも俺たちのやり取りを見ていたが、サリス同様に沈黙を選んでいた。そんな重苦しい空気中で、唯一アリシアだけは違い、首を傾け後、何かを思いついたかのように手を打って、声を上げた。


「ああ! そうだよ! きっと私たちに相応しい強敵が待ち構えているんだね! そろそろ中ボス戦があってもいい頃だと、丁度思ってたんだ」


 アリシアの異様なまでのポジティブさに一堂唖然。傍観姿勢のボウとメルでさえも口が開いた。

 そんなある種の偉業を成し遂げたアリシアは、重い空気をもろともせずに相変わらずの笑顔で飛び跳ねている。


 強敵……。確かサリスは、昨日、「明日は金になる」とか言ってたか。そう考えると空気を読めないアリシアの発言も、あながち的はずれではないか。現に、こうして押し黙っているのも、強敵を前にした緊張と考えれば納得がいく。


「で? そんな推測だけど、実際のとこはどうなんだよ?」


「近からず遠からず……だ。そこらのモンスターを狩るより金が手にはいる。けど、ボスとかではないな」


「となると……」


 冒険者の仕事にはいくつかカテゴリーがあった気がする。狩猟。採掘。調査。人助け。狩猟をするには、蒼の森浅部のモンスターは質が悪い。逆に深部ではE級やそこらで戦える程甘くはない。調査や人助けは、これまでの行動からして可能性は低いだろう。なので、一番あり得るのは採掘だ。


 採掘……ん? 採掘と言えば確か。


「蒼の魔石……」


 蒼の魔石は、魔石の中でも最高級の価値を誇る代物だ。湧き水のように澄んでいて透明度が高く、マナ本来の色をそのままに反映した静かな青色をしている。この森にしか無い物。そして、狩りをするよりも金が手に入る唯一の方法。


「そうだ! 蒼の魔石か! それを狙って来ていたのか。けど確か蒼の魔石が生えているのは、マナが大気中に濃く漂っている場所だったはず」


「……そうだ」


 俺の結論にサリスが静かに顎を引いた。その姿はどこか問い詰められているようで、不可解に感じた。

 その不可解の答えにいち早くたどり着いたのは俺ではなく、見かけによらず聡明なアリシアだった。


「つまりサリス。君は私たちを騙して、危険地帯である深部に連れていく気だったんだね」


「……」


「おい! そうなのか? 何とか言えよ」


 俺はアリシアの穏やかならぬ発言に、疑問を持つ間もなく、サリスを睨み付けた。サリスはそれでも顔を俯け、頑なに口を閉ざしていた。


 その姿は、いつもはつらつと歯を剥き出して笑っていたサリスのものとは思えなかった。

 何よりも目だ。俺の視線から逃げるように暗い瞳を地に向ける。そのあまりにも弱々しい姿に俺は次の言葉のあて先を失って、僅かに空気を漏らす口を小刻みに震わせた。


 言葉に出来なかった複雑な感情を発散すべく体が前に進んだ。それを静止したのは、他でもない真意を見抜いた張本人のアリシアだった。


「アイト。暴力沙汰にはしたくないんだ。冷静になろう」


「冷静に? 何でアリシアはそんな冷静にいられるんだよ。裏切られたんだぞ」


「裏切られたのは信用だけだよ」


「――信用が一番大事じゃないのかよ」


 キリキリと内臓が締め上げられる。頭ではアリシアの言いたいことは分かっていた。

 何も被害が出ていない。さらに、企みが明るみになった今でも三人は何もしてこない。なので、ここで別れてしまえば何も問題がない。


 でも……でもだ。


「グッ……くっ!!」


「取り敢えず離れようかアイト。そこから話をしよう」


 俺は握りしめた拳を力無く下げて、舌打ちをした。アリシアは俺の様子を見て安心したのか、長く息を吐き話の路線を戻した。


「先に確認しておくんだけど、アイトは蒼の森に進む気はあるかい?」


「そんなのある訳ないだろ。だからこうして怒ってるんだ」


「分かってるさ。でも確認は大事だから。私が言ってた中ボス戦を挟みたいかもなって、思ってただけだよ」


「いや、中ボスと戦うわけ無いだろ! それならまだハリネズミを永遠と狩り続ける!」


 小ボケを挟むアリシアに、いつものように俺は突っ込んだ。もう少し金になる相手とは戦いたいが、蒼の森のレベルはB級以上と言われている。わざわざ無意味に森の肥やしになりに行くつもりはない。


 とは思いながらも、金と時間の天秤が揺らぎはした。それでも蒼の森の脅威は底なしだ。俺は自分の答えに納得して何度か頷く。

 そんな仕草をアリシアは落ち着いた面持ちで見守っていた。俺が視線に気が付いてアリシアを見ると、彼女はいつも通りの満面の笑みに変わる。


「うんうん。だいぶ落ち着いたみたいだね。これで落ち着いて話せる」


 どうやら俺の心情を汲んでくれたようだ。アリシアと一緒にいて何度かこんな場面に出くわした気がするが、いつも制止してくれる。俺は頭に血が上りやすいので、こうして手綱を握ってもらえて助かっている。


「手綱ってなんかやだな。操られてるみたいだ」


「ん? 何の話だい?」


「いや、こっちの話です。ありがと。さあ、話を進めようか。サリスたちをほったらかしってのも悪いしな。な!」


 語尾を強調すると、自然につられてサリスは頭を上げ、腰にかけた剣を地面に下ろした。リーダーの行動に釣られて、メルとボウの二人も、同じ様に弓とメイスを地面にそっと転がす。


「敵意は無し……と。だからこそ引っ掛かるんだけど、そこの話はするつもりはないよね?」


「……ああ。お前たちに話すつもりはない」


「別にいいって。俺たちも、そこまで追い詰められてるような人間から、無理に引き出すつもりもないって。でも、話して貰わないといけないこともある。分かるよな?」


 サリスの表情が少しだけ戻ってきた。口調はどこかたどたどしかったが、それは俺たちへの罪悪感の現れだろう。

 サリスは大きく息を吸って小さく息を吐いた。そして余った空気にのせて説明を始めた。


「俺たちは蒼の森深部にある魔石を回収するためにここに来ていた。……心配はするな。こう見えても何度か経験はしている」


「経験はしているのに、飢えて倒れてるなんてな。もう少しは学習しろ。食料は大事だ」


「そんなのわかってるって……。いや、悪い」


「はぁぁ。普段通り話せよ。じゃないとこっちまで陰鬱になる」


 せっかくアリシアのお陰で落ち着いたのに、こうも塩らしいとかえって苛立ってしまう。なので、俺は普段通りのサリスを望んだ。

 するとサリスは、頭がとれそうなぐらい首を激しく振って、頬を叩いた。赤い毛先がせわしなく左右に揺れる。


「よし!わかった。報酬は俺のもの……報酬は俺のもの……」


「おい。本音出てんぞ」


 もう少し、ぎこちなくなるかと思っていたが、思いの外切り替えが早くて驚いた。そのせいか、準備できていなかった俺は、もちろん表情を強張らせた。


「冗談はさておいてだな。さっき言ったように俺たちは何度か経験しているんだ。飢えに関しては、その他に金を注ぎ込んだから、ちょっと不足したわけだ」


「食事よりも優先することがあるってのが、中々謎だな」


「そんなことねえって。ほら、これだよ。こ・れ!」


 サリスは腰から空間ポーチを掴み取った。確か、空間ポーチはそれなりの値段はしたと思う。それでもわざわざ食料を差し置いて買うべきものだろうか。

 俺が首を傾げていると、考えを読んだようにサリスはすぐに否定した。


「違う違う。おまえ絶対今空間ポーチだと思ったろ。違うからな。そんな優先順位の分からないような男がパーティーのリーダーを名乗れるわけないだろ」


「違うって何が違うんだよ。空間ポーチを見せられてこれじゃないって言われて、俺はどう結論を出せばいいんだよ。なんだ? 装飾品にでも金をかけたか?」


「アイト!! 分かった! 分かったよ!」


 単直な俺とは違い、またしてもアリシアが気付いたようだ。その事が少し腹立たしくて、少しの間、ぴょんぴょんと手を挙げて視界を飛び回るアリシアを無視して考えた。

 

「うん……」


 結果……敗北。何も思い付かなかった。何故かサリスとアリシアの両方に敗北感を感じながら、吐息を漏らした。


「……アリシア」


「やった! 無視され続けるから、石になったのかと思ったよ」


「無視してたのは、何か気に食わなかっただけだから大丈夫」


「そっかあ。大丈夫なのかぁ~。……気に食わない!?」


 しっかりと大丈夫に騙されかけたアリシアを過去最大の笑みで見つめた。するとアリシアは、顔をこれでもかと歪めて心痛を露にした。


「ごめんって、冗談だよ。別にアリシアが分かってたのがムカついただけだから」


「それを一般的には冗談とは言わないんだよね!!」


「ともあれ……」


 俺は仕切り直すために手を打った。


「何が分かったんだ?」


 もう一度考えてみろと言わんばかりに空間ポーチを持ち上げて左右に揺らすサリスを横目に、アリシアに答えを訊ねる。するとアリシアは、今度は拗ねたように鼻を二度鳴らし、俺を睨み付けて説明した。 


「ポーションのことだよ。戦闘の後とか小まめに飲んでいたじゃないか。普通は『自然治癒』があるから、そんなにがぼがぼと飲んだりはしないんだよ」 


「正解! アリシアちゃんには10ポイント進呈しよう」

 

「そうか。危険地帯に足を踏み入れるから、万が一に備えてポーションを買ったのか。万が一の食料は無かったのに……」


「終わったことをちまちまと。嫌われるぞ」


 ばつが悪そうなサリスの辛辣な一言で少し傷付いた。


「けどそれなら、大量にポーションを買わなくても、道中で節約すればいいだろ。込み入った事情があるわけでもないだろうし」


「確かに手元が潤っていたから、無駄遣いが多くなってたのは間違えねぇが、生憎『自然治癒』に頼ってばかりいれるほどの時間はないんだ」


 詳しい説明は出来ないとサリスは付け加える。金が必要で時間が無い。サリスには差し迫った問題があるのだろう。自らを危険にさらしてまでのことだ。決して軽んじることは出来ない。


「それなら。こうして時間を食ってるのも、不本意ってことになるのか。なら話の結論を急ごうか」


「不本意って言うと聞こえがわりぃな……。だか、アイトの言う通りだ。時間が惜しい」


 結論。終着点。委ねられたのは、俺とアリシアの二人に他ならない。サリスが口を挟むのは無粋だ。

 時刻は五時を回った頃か。日が傾き、空を半分ほど茜色に染める。サリスに焦燥感が付きまとうのは、この夕日のせいかもしれない。


「――俺は引き返すつもりだ。サリスたちと離れることになってもな」


「私も同じ意見だよ。よく知らない強敵に備えも無しに立ち向かうのは、どうにも無謀としか思えないからね」


 俺とアリシアの意見聞いて、既に分かってたかのように、サリスは肩をすくめた。


「まっ、そうなるよな。てことは、ここで一旦お別れってわけだ。用心棒に付いてきて欲しいってのが本音だが、恩人相手に無理強いは出来ねぇ」


「物分かりが良くて助かる。じゃあ俺たちはさっきまでの場所で気ままに狩りでもしてるから、おまえたちも死なないように頑張れよ」


「言われなくても死ぬつもりなんてねぇさ。家族が待ってるしな」


 それだけ聞いて俺はどこかほっとしていた。もしかしたら金に目が眩んで、命を捨てにいくような無謀な挑戦をしているかもと心配していたのだ。けれど、今のサリスの自信ありげな姿を見て、心配ないと確信した。


 手を振るボウとメルに同じ様に手を振って、俺は三人に背を向けた。アリシアも遅れてくるりと踵を返す。


 ほんの二、三日ではあったものの、本来の時間以上に過ごした時間は濃密で凝縮されていた。憧れていた冒険者の背中を見て、仲間に背中を預けて、同じ釜の飯を頬張る。たったそれだけの繰り返しだったが、俺にとっては充実した日々だった。


「あとは、無事ギルドで会えればそれでいい」


 後ろの三人に聞こえないように小さく声を漏らしていた。それを聞いたアリシアの大きな目が心なし程度に細められた。


「じゃ、また今度な!」


「おう!おまえたちも心配ないと思うが気をつけろよ。あっ、金は帰りついたらギルドに渡しとくから受け取っておけよ。もちろん報酬は五分の一ずつ。余った金は」


 サリスがいつもの調子でほんの少し間隔を開けた次の言葉を、俺は自然と口ずさんだ。


「「俺のもの」」


 がはは。と笑うサリスに背を押され、俺は来た道を歩き始めた。


 

 シリアスな場面の救済者アリシア。お陰で暗くならず助かる。今後も宜しく!


*楽しんで貰えたら高評価、ブックマーク是非是非お願いします!励みになります!




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