45 後片付け
「おう! アイト! 終わったみてぇだな!」
牢屋のエリアから抜けて、ステージに戻るとウェードが余裕そうにそう言った。
周囲の様子は落ち着いていて、先程と明らかに違う箇所があった。
その変化の一つでもある、鎧に身を包み奴隷商人を縄に縛って連行している人たちを、俺は指さす。
「騎士団呼んだんだな」
「ああ。正確には一通りの敵を片付けたマスターが、魔法で騎士団に連絡したんだ。で、今は騎士団の連中が後始末してるってわけだ」
ほんの数十分。それだけで五十人以上の相手を制圧し、場を納める。流石ハル・ノシアンだ。
俺はその功労者に声をかけようと、再度周囲を見渡した。
黒い羽織に、黒い長髪。背丈は高く、残念なことに美形の顔立ちの……
「あれ? ハルいなくない?」
「うーん。私が見た感じもいないねぇ」
「匂いも微かに残っているだけで、既にこの場所にはいないようです」
「マスターまたどっか行っちゃったのかな」
直接質問をせずに、答えを求めるよう四人してウェードを見た。すると、ウェードは相変わらずの調子で偉そうに鼻を鳴らす。
「マスターならこの場を俺に任せて、アレックスを追ったぜ! だから、安心。俺がこの場をしきる限りは……」
「成る程、アレックスには結局この場から逃げられたのか。あいつもS級だしな」
「おい! 俺の話聞いてたか? 俺がこの場を任されて……」
「ハルさんが捕まえ損ねることはないとは思うよ。でも、まあ、取り敢えず支部長に報告しに行ったほうがいいと思うよ」
「うっ。アリシアが言うんならそうなんだろうな」
「おっ、アリシアには何も言わないのか。……ニヤッ」
ウェードは言い返す言葉を見つけられず、口を魚のようにパクパクと動かした。そして、その顔は心なしか赤い。
あの反抗的なウェードもアリシアの前では形無しだ。面白い。もっと遊んでやろう。
「聞いてるかい? アイト?」
「ん? ああ、聞いてる聞いてる」
意地の悪い思考になっていた俺を、アリシアが淡々と元の話へ引き戻した。俺も流石に場をわきまえているので、ウェードで遊ぶのを抑えて、話に戻る。
「支部長への報告か。確かに当事者だもんな」
「私も一度騎士団には戻りたいと思っていました。何だかんだありましたが、目的の人物は見つけられていませんし」
「いなかったのかぁ」
奴隷市の問題が解決すれば、自ずと今回の依頼のでもある探し人、ヘレナも見つかると思っていたが、現実は違っていた。あくまで奴隷市は販売が目的。そして既に売られたのであれば、ここ以外の街のどこかにいるわけだ。
「その話もしとかないとな。じゃあ、そういう訳なんで、あとはウェードとルリエさんに任せる」
「任せろ!」
「大丈夫。一応マスターから指示は受けてるから」
これはとても心強い。根拠がある分とてもとても。
俺は久々に聞いた信用できる大丈夫に感服する。そして、深々と頷きながら、ルリエを指さした。
「見ろアリシア。これが正しい大丈夫の使い方だ。安心感が違う」
「ん? 何の事を言ってるかわからないんだけど。まあ、アイトが怪我しすぎで頭がおかしくなってるだけかもしれないし、大丈夫だね」
「おい! 本家! 今のはわかってやったろ! わざとだろ!!」
俺が顔を赤くして怒るのを見守る二人と、止めに入るウェード。そんな風に若干ゆとりを持ったやり取りがあって、俺たちはこの奴隷市を後にした。
*
それなりの人数の騎士団が、奴隷市から溢れていた。出入りの制限や、建物の中にいた客からの情報収集など、忙しそうに働く騎士たちを、街の人間が何事かと眺めている。
そんな中、建物から出て第一に出会ったのが……
「あっ! お兄ちゃん!」
「おっ! よかったぁ! 無事だったか!」
先程助け出した女の子が俺に向かって駆けてきた。かなり無謀な救出だったので、心配していたが、見た限り怪我はなさそうだった。
「ほう。感動の再会じゃな。何より何より」
「うぎゃぁ!! ビックリした! なんで背後とってから話しかけてくるんですか? ヘイルンさん!」
奴隷で労働者のヘイルンが突如として現れて、俺とアリシアは跳ねて驚く。ちなみにレフィは匂いで気付いていたのか、平然とした様子で笑っていた。
「お? お嬢ちゃんも元気そうじゃな。よかったよかった」
「すみません。御迷惑おかけしました」
「いや、気にせんでいいぞ? わしらも助けられたからの」
深々と頭を下げるレフィの背中を力強く叩いて、ヘイルンはレフィの頭を上げさせた。
「へイルンさん。ありがとうございました。この子と一緒に居るってことは、守ってくれてたんですよね」
「なぁに。わしはなにもしとらんよ。ただ、今日の工業区は事故が多かったそれだけじゃ」
そんな風にかなり物騒な発言の後、目の前を包帯巻きの男が担架に乗せられて連れていかれていた。
……工業区こわっ!!
団結力が高い奴隷の皆様は、今日も逞しく生きているようだった。へイルンの力の強さは鉄の棒を軽々持っていたので知っていたが、他の人たちも、もれなく逞しい。
「下手をしたら騎士団より強いかもなぁ」
「人の数がものを言う」
「反乱とか起こさないで下さいね」
ハッハッハッと渇いた笑い声を上げていると、女の子がこちらを不思議そうに見ていたので、この話は一段落とする。
にしても、忘れてたわけじゃないけど、この子をどうしようか。一時的に保護したいけれど、俺たちはまだ目的のヘレナちゃんを見つけられていないし、差し迫ったところで言うと、騎士団への報告もある。
「行き場がないみたいだから、うちの店でって思ってたんだけど……連れて帰るにもまだ帰れそうにないしな」
「そうだね。でも、仕事が終わるまで宿に居てもらうのも悪い気がするのさ」
やはり仕事が終わっていないことが大きい。奴隷市を改めたことで、解決されると思っていたけれど、現実は甘くない。まだ、奴隷市からヘレナの情報を集め、辿っていく仕事が残っている。
「うーん」
「ん? なんじゃ? まだ用事でもあるのか? それならわしに預けておけばいい」
「……ヘイルンさん。いいんですか?」
思いもよらぬ場所で出された助け船に、俺は目を丸めた。
「いいも何も、今回の件はわしら奴隷や顧客が気付けなかった事にも原因はある。その細やかなお詫び程度と受け取ってもらってかまわん」
お詫びなどとんでもなかった。悪いのは奴隷商人。へイルンが罪悪感を抱く必要はない。
けれど、俺としては助かる提案だった。何よりも信頼できる相手が少ない中だ。宿よりも安全で退屈させないには、へイルンに預けるのが一番だった。
「アリシアとレフィはどんな感じ?」
「賛成だよ」
「この方なら問題ないと思います」
三人の意見は一致。問題なしか。
「まあ、そう言うことです。少しの間お願いします。全て終わり次第その子の事は考えます」
「あい。わかった。ほれ、行ってこい!」
「はい。ありがとうございます」
へイルンに礼を言ってから、俺は腰を折って女の子の視線に合わせた。
「ごめんな。もう少しだけ、このおじさんといてくれ。あとのことは俺たちに任せておいていいから」
「うん。わかった。ありがとう。お兄ちゃん」
「おう。じゃあ大人しくしてるんだぞー」
俺は立ち上がって手を振った。それに反応して女の子も跳ねるように手を振る。
こんな姿見せられたら、無力な自分が役に立てたって実感しちゃうな。実際はほぼハルの手柄だけど。
「どうしたんですか?」
「いいや。ただ、女の子一人ぐらいは守れるようになれたんだなって」
「ふふっ。心配しなくとも、アイトさんにはいつも誰か助けられている筈ですよ」
「んー。レフィの評価はいつも甘いからな。なっ、アリシア」
軽くアリシアに話を振った。するとアリシアは、普段とは少し違った表情で、おちゃらけた雰囲気を脱いだ調子で一言だけ言った。
「助けられてるよ。ずっと」
その言葉がやけに胸に残った。そして、この時のアリシアの黒い瞳は不思議と俺に誇らしさを抱かせてくれた。
そうして、俺たちは互いを労うように、ゆっくりと騎士団支部へと向かった。
*
「さて、じゃあ報告はアイトに任せていいかな?」
騎士団支部の建物に入るや否や、アリシアはそんな風に言った。
「あれ? 一緒に行くつもりじゃなかったの?」
全員で功績を報告しに行くつもりだったのだが、アリシアはそのつもりではなかったようだ。この場でこの状況なので、流石に冗談めいた理由ではないと信じて、俺はアリシアの答えを待った。
「まあ、簡単に言えばレフィちゃんの治療だよ」
「治療って……。怪我してたのか?」
俺は心配になって、レフィに駆け寄ってから上から下に全身くまなく観察する。
やや汚れている白い足。破れた服から魚の腹のような滑らかな肌が見え、胸元に関しては前よりも大胆に……。
じーー。
俺はレフィの胸部を見た。
「アイト! 胸ばっかり見るなんていやらしいよ!」
「いや、今のはそうじゃないって、原因が胸にあるから仕方ないだろ?」
「胸が大きいから仕方がないなんて……! アイトはいつからそんなに堂々とした変態になったんだい!」
「それは完全に勘違いだっ! おまえが一番わかってるだろ!」
俺は勘違いを正すべくレフィの胸元やや上を指差した。そこには、紫色の魔方陣が薄く描かれており、初心者目でも体に良い代物ではないとわかる。
「つまりは奴隷紋の解除に行くから別行動って話だろ?」
「う……うん。わかってるじゃないか。そうだよ。だから、これから三人は一旦別行動」
「ん? 三人?」
ここでまたしても疑問が生まれる。レフィの治療にアリシアが付き添うのかと思っていたが、どうやら違うらしい。別の用事があったのかもしれない。
「レフィちゃんは先に治療。ダメージを負ってるからね。で、私は魔法部門に行って、奴隷紋を解除できそうな人を探すんだよ」
そこまで言われて気が付いた。確かに奴隷紋は単純にヒーラーが治せるようなものではない。むしろ専門でいえば、魔法部門のほうが詳しいと言えるだろう。だからこそ、面識のあるアリシアが、魔法部門で奴隷紋の専門家を探すつもりだったのだ。
「ちなみに心当たりはいる?」
「んー。どうだろうね。でも、ある種、魔法に対して変態的な人の集まりだから」
「成る程。アリシアタイプか。なら実力は信用できるな」
「ん?」
俺の評価に対して、不穏に感じるような平坦な「ん?」があった。俺はそれを上手くかわすように、レフィに話を振る。
「奴隷紋以外にも怪我とかってある? 俺たちが来る前にもやりあってたみたいだし」
俺は服の肩付近をそれとなく見た。そこにはレフィのものらしき血痕が残っている。見た限り怪我はないのだが、レフィのことだ、無理をしている可能性もある。
「そこは大丈夫です。少し疲れてはいますが、怪我ないと思います。捕まった時にもれなく回復されましたので」
「おっ。気が利く良い奴も……」
「奴隷に傷があるのはここでは問題ですからね」
「ちっくしょう! どこまでもレフィの可愛さを汚しやがって!!」
愚かな自分の思考を大声で消し飛ばした。相手はクズだった。良心なんて期待してはいけない。
俺はレフィの言葉に納得して、自分の心に言い聞かせると、手早く話をまとめた。
「じゃあ、そろそろ別れるか。アリシアは魔法部門。レフィは医務室。俺は支部長のとこへ」
「了解だよ!」
「はい!」
そして、アリシアは階段を下り、俺は上り、レフィは道なりへと別れた。




