表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
三章 歯車の街・シャフレイ
114/369

30 騎士初日


「ええっと、まずどこから話を訊けばいいかな? うん。そうだな。これからだよな」


 俺は宿の部屋の出入り口の前に綺麗に整えられた布団を指差した。


「誰が俺のベッドから布団を床に下ろしたのかな?」


「はい! 私です! 頑張りました!」


「うん。頑張ったんだろうね。嫌がらせを!」


 悪びれる様子もなく手を上げたのはレフィだった。純粋無垢なレフィが自主的にこんな悪質なことをするはずはない。おおよそ、アリシアが言葉巧みにレフィを騙して実行させたのだろう。


「てことで、アリシア?」


「寝慣れてる床の方がいいかなって……。悪意しかないよ」


「そうか……。悪意しかない!?」


 こいつ! ついに自白しやがった。


「そんな事よりもっ! だよ! 今日の報告をした方がいいんじゃないのかい? 各々別行動だったんだからさ」


「そんな事ってなぁ。……まあ、大事だけど」


 上手く話題を切り替えられてしまった。もっと文句を言ってやりたかったが、アリシアの言うことも事実。なので、俺は仕方なく怒りを抑え込んで、靴を脱いでから布団に座った。


「じゃあ。各々今日の報告な。えーと。俺はあの後、教官と騎士たちと鍛練してた」


「私はあれだよ。異世界パワーでちやほやされてた」


「えーと。永遠と一人の患者さんを癒してました?」


 …………。


「俺たちってなにしに来てたんだっけ?」


「私も今丁度わからなくなりかけていたところだよ」


 本末転倒。……とまでは行かないにしても、限りなく本来の目的を忘れたような行動を取っていた。

 騎士団への入団はあくまで潜入が目的。騎士団と奴隷商人との関係性と、拐われた人々の所在の調査。しかし、現実はどうだろう? 少なくとも俺は筋トレぐらいしかしていない。


 でも、思ったより楽しかったんだよな。騎士団。


 確かに、事前情報であった通り、人員が大幅に入れ替わったせいで、末端の実力は控えめだとは感じた。しかし、だからと言って、あくまで実力の低下が見られるだけで、内部の状態は安定しているように感じたのだ。騎士たちの人柄も当初想像していたものよりもしっかりしている。だかこそ、俺たちは本来の目的見失っていた。


「実際、得られた情報は0か」


「うーん。そうかな? 得られたものはあると思うよ?」


「え? 何が?」


 今しがたの三人の話から、犯人と行方不明者の情報は得られなかった筈だ。しかし、アリシアはさも当然のような顔でそう言ったのだ。


「簡単な話さ。これだけ色んな所で一日働いてみて、何も違和感を覚えなかったところだよ。普通の騎士団支部にしか思えないぐらいにね」


「……あっ。そうか!」


 本来俺たちが潜入した理由は、騎士団内部に奴隷商人と繋がった人間がいると踏んでいたからだ。上層部の入れ換えに乗じて、悪行に手を出した騎士がいると考えていた。しかし、今日一日、騎士団内部の様子は、決して弛んだ様子ではなく、むしろ外で出会った騎士よりは何倍も真面目だった。


「だから、騎士団内部に誘拐を実行した人間はいないと」


「まあ、それは言い過ぎかな。ただ、騎士団の上層部が絡んでるって言いにくいって話。末端はともかく、これだけ忙しく動いているんだったら尚更だよ」


 確かに。そして、これがわかったお陰でうんと動きやすくなった。騎士団全員が敵という、最悪の可能性が消えたのは、嬉しいかぎりだった。


「ですが、まだ誰が信用できるかはわかりませんよね。やはり、密かに情報を集めるしかなさそうですね」


「そうだね。取り敢えずは騎士団の名簿でも探してみるのがいいと思うよ」


「名簿か。……この場合は上層部の入れ換えの時に、辞めた人を調べるってことだよな」


 アリシアは満足げに頷いた。


 ともかく、資料室を探して中を改める。これが、明日の目標になりそうだ。


「まっ、これは俺に任せてくれ。部屋さえわかれば、『ゲート』で入れるから」


「頼もしいね。任せたよ」


「今度は覗きはダメですよ」


「しないって!」


 レフィの冗談のような忠告を適度に聞き流した。

覗きはする。と言っても、あくまで覗くのは情報だ。女部屋に立ち入るなんて二重で危険な真似はするものか。


「それよりも、二人はどうするんだよ」


「私は魔法部門で以前の支部長の情報でも聞き込みしてみようかな」


「私もアリシアさんと同じくそうするつもりです。医務室では皆さんお喋りですので」


 つまり、明日は別行動を主体で調査するのだ。一人がバレても芋づる式に捕まる心配はないが、その分ミスすればカバーしてくれる仲間がいない。


「まっ、各々頑張るしかないか。でも、あれだよ? 俺は結構捕まる可能性ありそうだから、その時はよろしくね?」


「私はしりませーん!」


「私も医務室で忙しいので……。ファイトです!」


 ……。


「……薄情者っ」


 そして、若干の不安を笑いで拭い、俺たちは眠りに就いた。



 後日、同じ時間にシャフレイ支部に向かった。入り口から入って早々に、別方向へと別れると、各々の目的地を目指す。


 俺は昨日と同じ様に中庭へと向かっていると、途中で声をかけられた。振り向くとそこには、昨日よりも少し穏やかな表情をした教官の姿があった。


「おお! 来たか! クレイ。昨日のしごきで体が動かなくなっていないかと、心配だったぞ」


「影響はしっかり残ってますけど、動けるかどうかは気合いですよ」


 手足は重く、体が張っているように感じるが、不思議と倦怠感は感じない。筋肉痛に慣れたのだろう。


 俺の答えに、教官は笑みを浮かべると、俺の頭に手を置いた。


「そうか。頼もしい。しかし、お前以外の奴ら軒並み伸びてしまっていてな。昨日のような訓練は今日はない。代わりに今日は、この支部の内部の説明に時間を費やそうと思っている」


 それはありがたい。実際、昨日と同じ訓練を毎日続けていたら、動きたい時に動けなくなってしまいそうだった。温存できる力は温存しておきたい。

 それに、内部の説明となれば、今日の目的でもあった資料室の場所もわかる筈だ。一石二鳥。流石教官。素晴らしい判断だ。


「はい! でしたら、早速お願いします!」


「本当に気合いがあるな。クレイのような奴が多ければ良かったのだがな。ほら、付いて来い」


 そう言って教官は歩きだした。気持ち歩幅を縮めているのか、散歩をするような気軽さで付いて行けた。


 にしても、教官の物言い。新しく募集した騎士たちは悉く、ふるいにかけられてしまったのだろう。


「……信念があるから騎士になろうって思う筈なんですけどね」


 俺が言うのもどうかとは思うけれど……。


「その通りだ。入団を希望していた奴らもそうだが、最近まで騎士として鍛練し続けていた人間もが、こうも容易く騎士団から去るとはな。元より志すものが違ったのだろう。お前はどうだ? クレイ?」


「俺は……」


 予想外の返しに、俺は迷った。潜入のためなので、信念などあるわけもない。けれど、俺が知る騎士が答えるであろう言葉を俺は紡いだ。


「人を守るためですかね。大を守り、小も取りこぼさないような強さを得て、人を守る。……そう、言いますかね」


「かっはっ! 良い答えだ。まるでセシア副団長のような答えだ」


 はい。その通りです。その人が言いそうな言葉を借りました。


「私もそこを本質だと思っている。あくまで人を守ること。もしくは、自分を強くするもの。敵と自分とが戦う有方こそが騎士だと思っている。あくまで金や名声はその後に付いてくるだけだ。まっ、その金のお陰で生活ができてはいるがな」


 騎士の本分。それは人を守る事であり自分を高めること。俺が会ってきた騎士の中に、それに当てはまる人が何人いただろうか。


「この場を去った騎士には悪いとは思うが、新しい支部長になって、ふるいにかけられて良かったと思う。厳しい場でなければ、自分を越えられない。クレイも苦しいとは思うが頑張れよ」


「はい」


 この人の熱い眼差しを見て、俺は心苦しくなった。いっそのこと本当の事を打ち明けて、共にこの街に燻る悪意を取り除こうとさえ思えてしまった。


 しかし、そんな感情が漏れ出す寸前で口辺を結ぶと、代わりの言葉を吐き出した。


「……新しい支部長ってどんな人なんですか? 今のところ自分の中では、厳しい人って感じなんですけど」


「ん? まぁ、厳しいな。仕事熱心。犯罪者に容赦なし。下手をすれば、軽い盗人の首もはねそうだ」


「それは逃げ出したくもなりますね」


 俺は冗談を受け取ったかのように、乾いた笑い声を上げた。


 つまり、騎士に暴行したと知られる俺が、支部長に知られたものなら首が飛ぶかもしれないのか。――物凄く逃げ出したい。


「それだけ真面目なんだろう。普段詰所で待機だった治癒術師なんかは、外回りをさせられてるしな。無駄を嫌う質なんだろう」


「自分はひっそりと目立たないようにやっていきます」


「ん……? ――あぁ、頑張れよ」


 俺が決意表明してみると、教官は少し変な間を置いて応援をした。しかし、視線を外して斜め上を見る教官は、どこか誤魔化しているように見えた。


 そうして、俺は支部を歩き回りながら、一つ一つ丁寧に施設の説明を受けた。武器庫、食堂、休憩室などの、始めて目にする部屋。中庭、医務室、地下の魔法部門など、実際に知っていた部屋など、多くの用途に沿った施設があった。


 勿論、中には資料室もあった。


 今日の目的でもある資料室は、五階建ての建物の、四階の端にある部屋だった。


「ここが資料室だ。私たちに関係があるところで言うと、街に出入りした人たちの情報や、事件の情報をまとめて保管したりする」


 俺は検問所での出来事を思い出した。トーリスとは違い、この街では騎士が取り締まっていた。その情報が最終的にはここに集まっているのだ。


「……てことは」


 奴隷商人や奴隷とされたであろう人々の情報もあるかもしれない。

 この街では、一応奴隷が容認されている。そのため、奴隷にされた人たちの情報があってもおかしくない。


 ……事件に関係している騎士に手を加えられてなければだけど……。


「どうかしたか?」


「いえ、なんでも」


 どうであれ、一度は来る必要があるだろう。鍵はかかっているが、『ゲート』を使えば、簡単に中に入れる。


「ここで案内は最後だな。上は支部長専用だから、一般の騎士が入ったりはしないからな」


「ということは、午後からは、無事な自分だけで、昨日みたいな訓練になるんですか?」


「いや、流石にな。今日は非番でいい。残って剣を振るもよし。魔法部門に相談に行くのもよし。帰るもよしだ」


 なんと! つまりは自由に動き回れる時間がある! これであれば、資料室への潜入もできるし、時間の余すかぎり調べ尽くせる。


「しかし! 一つだけ! やっておけ!」


 急に声を張り上げた教官に驚いて、俺はびくりと跳ねた。


「な、なんでしょうか?」


「食堂で飯は食べておけ。旨いぞ」


 いや! そんなことかよ!


 厳しく情に厚い教官の印象が、だんだんとただの優しい人になっていく。それと同時に、何となく、この教官に付き従っていた騎士たちの気持ちがわかった。


 そうして、ぼんやりとした温かさを胸で感じていると、本日の仕事の終わりを告げるように、正午の鐘が鳴った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ