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女神に一度願った願いは例え噛んだとしても変えられない!!  作者: 細川波人
三章 歯車の街・シャフレイ
105/369

21 どちら側

 

 ヒイラ邸でのパーティーが終わり、私はいつにもまして、剣を振っていた。リンドの街にある小さな森の中は、静謐としていて穏やかで、心置きなく剣を振れる。


 迷いはなく。ただ真っ直ぐとした剣筋で、白い刀身が空気を凍えさせながら通りすぎる。


「ふぅ。やっぱりアイト君に会えてよかったな」


 天才と揶揄され、期待に応え続ける日々。そんな事を続けていると、いつの間にか原点を見失いそうになる。けれど、まだ子供だった頃に出会ったアイトの姿を思い出すと、自然と弱かった頃の自分と原点を思い返せる。


 だから、今こうして胸の中にあった罪悪感も何もかもも押し込み、受け入れて、剣を振れる。


 私はマナを籠めずに剣技の型を踏襲する。


 そんな時だった。


 不意に強い風が吹き抜けた。初夏の暑さを乗せた風は、私の冷気によって冷やされる。しかし、そんな風一つには他のものも乗っていた。


「このマナの感じ……」


 ただならぬマナの濃さがあった。それこそ特級冒険者のものだ。身近に体感したことのあるマナ。


 その感覚を味わってすぐに、マナ感知を始めた。すると、物凄い勢いで近付いてくる二つのマナの塊があった。


 そして、先程の風よりも激しく、それでいて冷ややかな風が前髪をかきあげた。そんな風の中に佇んでいたのは、額に汗を流し、おどおどとした態度をした、見知った少年だった。


「カルム君? どうしたの?」


「あっ、えっと。はい! カルムです! えーと。どこから説明したらいいだろう? ちょっと待ってください」


 特級冒険者の『風人』カルムは、普段と変わらない様子で、話をまとめようとしていた。

 しかし、そんな普段通りの中に隠れた動揺に気付けない程、私は鈍感ではない。

 同じ街の中を探し回った程度な筈なのに、『最速』とも呼ばれるカルムが汗をかいている。さらに、カルムは珍しく私の目を見て、心情を推し量っている。その様子は普段の彼とは少し違ったのだ。


 何の話なんだろう?


 何を聞かされるのか、心して待っていたところで、もう一人が遅れてやってきた。白い髪に同じく白い長い髭。『聖人』トロだ。


「トロ様?」


 見知った顔と言うのに、私はトロの顔を見て別人かと疑ってしまった。


 穏やかな表情をかもし出す目元の皺は、やつれた様子を色濃く映し、青く美しい瞳は、赤く腫れた瞼によってうっすらとしか見えない。


 嫌な予感が確信に近付き、心臓が静かに締め付け始める。


「フェンデルが死んだ」


 トロはじっと地面を見つめたまま、小さくそう言った。


フェンデルさんが?

 

 そんな事実を前に、私は衝撃や驚きよりも先に、私の中の別の感情があふれ出す。静かに頬を伝う涙は、ポツリと地面に吸い込まれ消える。


凍えるような魔剣の冷気の中、確かに私の心から熱い何かが涙と共に零れ落ちていった。




 王城の内部の雰囲気は、気品や尊厳とはまた違った重々しさに包まれていた。ただひたすら重い。空気がまるで水のように体の自由を妨げる。そんな感覚だった。


 スキル『聖剣の意思』


 朝、起きた時に表れていたのは、そんなスキルの獲得表記だった。そこで、僕はすべてを察した。


 フェンデルさんが死んだんだと。


 けれど、不思議なことに涙は出なかった。確かに胸の奥にあった苦しさも、すぐにスキルによって打ち消されて、ただ無の感情のまま、事実として頭に残った。


 だから、こうして集まった人たちの不安や悲しさを共有することができずにいた。それを全てスキルのせいだと言えればよかったのだろうが、僕は僕自身の薄情さが原因だと思ってもいた。


 けれど、だからこそ、僕、カイン・ブレインは、冷静に周囲を見ることが出来ていた。


 僕と一緒にこの場に来ていたのは三名。ギルドマスターのトロ。『氷騎士』セシア。そして、『風人』カルム。

 

 僕は、詳しい説明も受けずに来てしまったため、改めてどう言った経緯があったのか、カルムに訊いた。


「あの。カルムさん。今回の勇者の件はどうなっていたんですか? 他の皆さんは知っている様子でしたので……」


 すると、カルムはその頼りない表情に、より一層頼りなさを滲ませる。


「えっと、ごめん……。僕、前の特級冒険者の会議に呼ばれてなかったから……。やっぱり、まだ特級冒険者に認められてないんだよ。……泣きそう」


 と、かなり本気で傷心しているのか、勇者の件とは別で涙目になっていた。なんというかこの人は難しい。


 この人が街に来てから、幼なじみのアーニャはこの人から教育を受けている。そんなアーニャにどんな人か訊いた時は、「よくわからないけど、スゴい人だと思う。……多分」と、珍しく言葉を濁された。


 人の評価を常日頃から厳しく行うアーニャが言葉を濁した。それほど、このカルム・アクセルという人はよくわからない人間なのだ。


 そして、こうして接している僕も、その人間性を上手くつかめていなかった。


 一つ。勇者が死に、他の人らが悲しみにくれる中、平然と自身の不幸に心を痛める姿。二つ、こんなにも気が弱く、弱音を吐いている今も、マナによって、自身にぶつかる風をそらし続けていること。


 どちらも無意識なのだろうが、だからこそわからなかった。


 ここまでの思考に費やした時間は二秒。そして、その間に、僕とカルムの会話を察したセシアが、説明をしてくれた。


「ちょっとした事件があって、そこの調査にフェンデルさんとヴォルさんを出していたの」


 簡潔でわかりやすい説明。流石の副団長だった。


「……」


 その先は聞かなくてもわかった。そこでフェンデルが死んだ。ヴォルが一緒に動いたことを考えれば、細心の注意は払っていたのだろう。しかし、その注意も今となっては不足していたと言わざるを得なかった。


「ちなみにヴォルさんは?」


 僕はフェンデルと同じく調査にあたっていたヴォルの安否が気になった。


「生きていると思うよ。聞いた話だと、フェンデルさんが亡くなった報告までだから」


 僕はほんの少しだけ安心して息を吐いた。ヴォルの生存によって、別の疑念は生まれたが、死亡しているという最悪を避けられたことは大きかった。


「ありがとうございました。概要は理解できました」


「私に礼を言われるような資格は本当にないんだけどね。……ごめん。少しトロ様の方に行ってくるね」


 セシアは話終えると、再び後ろのトロに寄り添った。セシアはまだ戦う気力を残しているようだったけれど、トロの方は当分は難しそうに見えた。


 現状。九人の特級冒険者の内、一人は心が折れている。セシアも強がり感が否めず、カルムはその他で手一杯な心情。


 これは思いの外苦戦する話し合いになる。


 そう察して、僕は王の間へと続く扉を押し開いた。


 周囲には『預言者』シルキーを除いた全員の特級冒険者が並んでおり、その前方に国王と教皇が並んでいた。


 それぞれ表情はまちまちで、一際暗い表情をしているのが国王と、悲壮感の宿ったヴォル。そして、深刻な表情をしているのが、その他の人々。例外があるとすれば、普段と変わらぬ態度の『結界師』ハルと、いまいち何を考えているか読み取れない騎士団団長のルキウスぐらいだった。


 そんな十五歳男子が味わうには、些か重すぎる空気の上にさらに鉄の重しでも乗せるかのように、国王が一言。


「勇者が死んだ」


 掠れて威厳さえも失った小さな声は、不思議とこの空間によく響いた。その国王の悲痛な言葉は周りに伝播してゆき、結果誰も口も体も動かせない状況となる。


 そんな中で口を開けるのは、感情を割り切り、先を見据えることのできる人間と、人の感情に鈍感な人間ぐらいのものだ。そして、この静寂を破ったのは……


「ねえ。ヴォルさん。あんたフェンデルさんと一緒に例の場所に行ったんだよね?」


 後者の人間のルーファス・シュバリエだった。


 ルーファスの声は不安のせいなのか、微かに震えている。そして、その中に確かに含有されていたのは、ささくれだった怒りだった。


「何で守るって役割のあんたが無傷で? 守られるべきのフェンデルさんが死んでるのかな?」


「――すまない」


 力無く頭を垂れたままヴォルは詫びた。


「違うって! 謝るじゃないんだよ! 何でそうなったのかだよ! それじゃあ、守れなかったじゃなくて、守らなかったみたいじゃないか!」


 ヴォルが潔く自分の非を認めたせいか、ルーファスは感情を落ち着かせることが出来なくなっていた。


 理由を話してくれればまだ納得ができる。言い訳をしてくれればまだ飲み込める。しかし、最強とも呼ばれるヴォルはただただ弱々しく謝罪の言葉を発する。それが誰に対するものかもわからない謝罪の言葉を。


「勇者が死んだ! 侵略戦が始まるんだよ! あんたはいいよね? だってこんな安全な場所にいられるんだからさ! けど、僕たち外側を守る人間は、これからの侵略戦に備えないといけないんだ! 負け戦にね!」


「すまない」


「謝るなよ! ほら、他のみんなも言ってよ! ハルさんだって……」


 そこで拍車の掛かっていたルーファスの口が止まった。おそらく、その先に言おうとしていた言葉と、ハルのこれから末路について気付いたのだろう。


 勇者が死ぬ。それは即ち、侵略戦が起きることを指す。魔王側から見れば、ある種の祝祭のような戦。土地と食料、住みかが手に入るだけのいわば報酬を受けとる手続き程度の戦い。

 そう呼ばれてしまって仕方ないほど、これまでの歴史では、勇者が死んだ後は、呆気なく一つの都市を奪われていた。


 ――そして、その長い歴史の中で、勇者が死んだ場所と程近い場所の都市が狙われることも知られている。


 前回の話について、僕は詳しくは知らなかった。しかし、周囲の人の視線の先のハルを見て、瞬時に察した。


「歯車の街シャフレイが狙われる……」


 誰にも聞こえないように口の中だけで呟いた。なので、肯定する人はいない。けれど、この沈黙とルーファスの同情の色から嫌でも当たっているとわかる。


 そして、僕たちはシャフレイの中心人物でもあるハルの発言を待った。他ならぬ『歯車』のギルドマスターのハルの言葉を。


 すると、無表情に近いハルが呟いた。

 

「……下らんな」


 えっ? 今なんて……。


 おそらく僕以外もハルの言葉を疑っただろう。しかし、その曖昧な疑問はすぐにハル本人によって解決される。


 ハルはその長髪の下から、軽蔑の眼差しを覗かせる。


「下らん。どうやら、侵略戦の対策を論じると勘違いしていたのは私だけのようだな」


「はっ?」


 その言葉で悲観的な空気が一新される。


「特級冒険者は絶望と失意で思考を捨て、国王は国王で自己嫌悪」


 誰もが唖然とした。しかし、それを言い返す人間もいない。


「ハッキリ言おう。ここに居る全ての人間を私は信用しない。それどころか特級冒険者とすら思わない。皮を被った偽物だ」


 偽物とはひどく強い言葉だ。悲しみにうちひしがれる者たちに、投げ掛ける言葉にしてはとても重く強い言葉だ。

 気持ちはわかる。先を見なくてはいけない気持ちは。それでも、ここまで言う必要があったのかと疑問に思う。


 スキルによって感情を抑制されている僕にそう思わさせる程度の発言だったにも関わらず、ハルは言い足りないのか、さらに続ける。


「ここまで言われて言い返す者もおらぬとはな。やはり、私の評価は文字通りだったか。これであれば、どこぞでのうのうと昼寝でもしている『預言者』シルキー・ホワイトの方がまだ本物の特級冒険者だな」


「ハルくん? 流石にそれ以上は僕としても止めざるを得ないかなぁ。個人的な気持ちとしてもだけど、騎士団長として、部下を貶されるのはね」


「ルキウス・レオラルド。貴様ほど聡明であれば理解できると思っていたのだがな。どうやら、そこで項垂れる老人とさして変わらぬようだな。たかが一人の死程度で本質を見誤ま……」


 そこで、ハルの言葉がついえた。そして、変わりに生々しいほどの乾いた破裂音が響く。


 ハルの隣に立っていたルナがハルに平手打ちをしたのだ。治癒術師と言えど特級冒険者。その平手打ちが生易しいわけもなく、ハルの体は頭から床に倒れ混む。


「何で……何でそんなことが言えるの!」


 ルナの叫びは、誰しもを冷静にさせるほど、怒りと悲痛さが込められていた。

 その声にハルは顔を上げる。その頬は既に青くなっており、唇からは血が流れている。しかし、依然として表情は揺るがず、むしろ笑みを溢していた。


「ふっ。おまえはそっち側か」


「勝手に人をどっちだとか分類しないで! 誰もそんな権利はないのよ! 友人の仲間の死に涙する! それのどこが間違っていると言うの!」


 さらに追い討ちをかけようとルナはまた右手を上げた。しかし、それはルキウスによって妨げられる。


「止めないで下さい! 私はハルに……」


「駄目だよ。ルナちゃん。この場においての暴力は特にね。意味合いが変わってくる。わかるよね?」


「うっ、ですが」


 ルキウスの頑固とした姿勢に、ルナは仕方なく手を下ろした。そして、満足したのかルキウスは軽く笑みを浮かべてからハルを見た。


「ふぅー。理解したよ。ハル。そう言うことなんだね」


「どうだかな? 貴様に私の考えが理解できるとは思えんがな。それよりも、私は帰らせてもらう。ここにいても、失うものしかないと知ったからな」


「血液とかね」


「黙れ。ルキウス」


 暗い雰囲気を一新するようなやり取りに、一部の人間は唖然としていた。ハッキリと顔に出していたのはルーファス。落ち着き取り戻したのが、騎士団のサザードとセシア。


 そして、誰とも違う表情をしていた人が一人……


「まさか……。ハル殿」


 形のよい眉を潜めて、スズナリがハルに言葉をかけた。しかし、その答えは返ってこない。いや、返すつもりが全くないどころか、険な表情でスズナリを睨めつけていた。


「黙れ。スズナリ」


 その風格たるや、脚がすくむほどだった。何故これ程までの圧を発したのか理解は出来ない。しかし、ハッキリとわかったのが、これまでのやり取りは単なる遊び程度で、これが本気で威圧する時のハルだということだ。


 その圧に屈したとは言い難かったが、スズナリが言葉を飲み込んだのを見た。そして、それを見たハルは鼻を鳴らすと、


「自分の街は自分で守る。貴様らの手など期待していない。あとは好きに死者でも惜しむといい。ルキウス。シャフレイにいる貴様の部下たちは好きに使わせてもらうぞ? いいな?」


「と言われても、僕は謹慎中なもので……」


 そう言ってルキウスは現在、実質的な指揮権を持つサザードに許可を求めた。すると、サザードは咄嗟に首を縦に振る。


「だそうだ。好きにするといいよ」


 すると、今度こそハルは扉を開けてこの場をあとにしてしまった。さらに、それに続いて同じギルドのルナもお辞儀をしてから部屋を出ていった。


 そして、再び訪れたのは沈黙だった。けれど、今回は仕切り役とも呼べる人間の方に自然視線が集まっている。


「話の主導権が僕に来ちゃうわけか。謹慎中の僕に」


「非常時にまさか謹慎だからなどとはおっしゃりませんよな? ルキウス団長よ」


 と、それとなく確認したのは教皇だった。その物腰は柔らかいのだが、言葉としては強制を促すような形だった。そして、それに続くのはルーファスだ。


「今更謹慎なんて! 騎士団のトップが抜けるなんて事はないよね? ね?」


 必死に二人は訴えかけるのだが、ルキウスの様子は変わらなかった。流石に僕もこの人が抜けるのは問題だと思い、声を上げようとした。しかし、ルキウスは先手を取って僕を片手で制する。


「言いたいことはわかるよ? けれど、僕一人の戦力はそこらのS級よりも下。指揮においてもサザードくんがいれば問題はない」


「でも。それって指揮で忙しくなったら、サザードさんが動けなくなるじゃないか! それに、特級冒険者のセシアさんだって謹慎中だよ! 二人ともに抜けられたら戦力的に!」


「けれど、復讐で剣が、心が、乱れると言ったのはここにいる皆だったはずだよ。いや、私怨でもなんでもなく。ね?」


 流石にこれにはルーファスも押し黙った。僕も何か言うべきだったのだろうけれど、全くといって声が出なかった。


「だから、今回は僕とセシアちゃんはお休み。休暇ってことでどこか行こうかな。やっぱり水辺がいいかなぁ! セシアちゃんの水着見たいしー」


「あの、団長?」


 顔を赤らめるセシア。彼女は羞恥心と困惑の表情を示している。どうやら、この決断は完全にルキウスの独断らしい。


「ルキウス殿。それは如何なものなのだろうか。私は戦場から逃げているように聞こえるのだが」


「違うよ。スズナリちゃん。騎士団として動くことはないけど、もしもの時は人を守る。その時は騎士ではなく一人の人間として剣を抜く。それは僕もセシアちゃんもだよ」


「承知しがたい……だが、他ならぬルキウス殿の言葉とあれば信じるべきなのだろう」


「助かるよ」


 ルキウスの思惑を完全に理解したわけではないのだろうが、スズナリは口を閉じた。


 そんなやり取りがあったせいで、異論を唱えていたルーファスは呆れて、口が空きっぱなしだった。それでも、何も言わないところから、諦めに入ってしまったのだろう。


「本当にいのですね? ルキウス団長。その決断、事の次第においては、後の除籍も考えられますぞ?」


「はっはっ。それはいいかもしれないですね。自分もそろそろ若い世代に託したいと思い始めていたところで。侵略戦が終わるまでには、サザードくんか、セシアちゃんか決めておきましょう」


「団長っ! 何を考えているのですか!?」


 流石にセシアが悲鳴にも似た声を上げていた。それでも、ルキウスは相変わらずで、詰め寄ってきたセシアの頭を撫でる。


「では、僕たちもここまでで。――サザードくん。あとの事は頼んだよ。団長権限も好きに使っていいからね」


「わ、わかりました。考えはわかりませんが、わかりました。このサザード、団長の留守をしかと守らせていただきます。『城壁』の名に掛けて」


「うん。本当に頼りにしている」


 頼りにしてるって……。この分裂したような形を放置したままで……。


「あの!」


 ついに、僕は声を出した。この場所で初めて人に向けて発した言葉は思いの外効力を持っていたようで、全員の意識が向いたのを感じた。


 たった一言発しただけでこのプレッシャー。今までルキウスはこんな状態で話していたなんて。ほぼ全員からの批判を浴びたハルなんかは、これ以上の息苦しさを感じていたんだろう。


 成長したと思っていた。それでも、いまだに実力も発言力も心も、全てがその域に達していないと気付かせられた。


 けれど、僕は無力を自覚してもなお、必要な事を言いきった。


「本当にいいんですか? 無干渉で。ハルさんとルナさんに援軍を送らなくても」


 すると、ルキウスは、この場の他の人たちに接するのと変わらぬ態度で答えてくれた。


「安心して欲しい。ハルくんもだけど僕やサザードくんも考えなしや自棄ではないんだよ。勝つつもりだ。カインくん」


 優しい声音だった。それだけで、強張った体から余分な力が抜けるのを感じた。


 僕の無言の答えを受け取ったのか、ルキウスは僕に優しく微笑みかけると、今度こそこの場を後にした。納得してない表情のセシアは、ルキウスを追うべきか、この場に残るべきか、見比べていたが、サザードの無言の後押しがあって、ルキウスの後を追った。


「はっ? え? じゃあこのメンバーだけで、これからの作戦を決めなくちゃならないってこと?」


 受け入れがたい事態に、ルーファスは気の抜けた声を出す。


「そうなりますな。となれば、私が話を纏めるしかなさそうですね」


 今度こそ話を纏めるべく教皇が言った。


「まず、勇者から。勇者にはこの王都カーステラに残ってもらいます。理由はわかりますな?」


「はい」


 現状フェンデルが亡くなった以上、同じ勇者である僕が危険に晒されるのはまずいのだ。それこそ二ヶ所同時に侵略戦が始まるなんてことになれば、完全に止められなくなる。


 それがわかっていたので、歯痒いながらに頷いた。


「そして、勇者が残るのであれば必然的に『聖人』トロも一緒してもらわねばなりません。宜しいかな?」


「……畏まりました」


 虚ろな眼差しのトロが答えた。どうやら、完全に意気消沈してしまっているわけではなく、話は聞いていたようだった。


 そして、そこでスズナリが手を上げた。


「でしたら、私も残らせていただきます。現状トロ殿だけでは補いきれないとも思われますので」


「『剣聖』ですか。いいでしょう。お願いします」


 どうやら、僕の護衛に特級冒険者が二人も付いてくれるらしい。心強いと思う反面、この二人を王都に固定してしまうのは、少し勿体なくも思う。


「『乱雲』ルーファスは自陣の守りを固めてください。シャフレイが狙われると決めつけていては、もしもの際に対応できませんので」


「わかりましたよ……」


 そして、残るはヴォルとカルムとなった。この二人に関してはそれぞれ別意味で扱いが難しいと思った。


「ヴォルは王都で待機をお願いします。心身ともに万全な状態を取り戻してください」


「承知しました。教皇様」


「『風人』カルムはー」


 流石にここでは、順調に指示していた教皇の口も止まる。それだけこの人はわからないのだ。少なくとも教皇は、僕よりカルムについて知っているとは思うが、それでも悩む程に、実力と性格に差があった。


「他の特級冒険者の手が離せないので、郊外での難度の高い依頼の消化を任せます」


 ……信用されてなかったかぁ。


 教皇の決断は、戦場から遠ざける事に他ならなかった。それは、ある意味で重役を与えるには実力不足と言っているようなものだった。

 そして、流石のカルム。マイナスに受け取るのが上手なようで、頷いた後に、ぶつぶつと自虐的な言葉を呟きながら下を向いた。


「では、これで役割は決まりましたな。国王よ。如何かな?」


「……うむ。すまぬな。シースよ。私が不甲斐ないばかりに」


 力なさげ国王は礼を言った。しかし、その姿は、話し合いが始まった当初よりはどこか落ち着いても見えた。


 ルーファスのヴォルへの無遠慮な問い掛け。ハルの暴言。ルナの平手打ち。ルキウスの退場。これだけの事態が起きれば誰しも冷静さを取り戻すのだろう。


 そして、最後の話の締めは国王に任された。


「この際、勝てだ負けるななどとは言わん。ただ一つ、生きてこの場でまた会おう。頼んだぞ。特級冒険者たちよ」


 僕は、その言葉を、気持ちを、受け取った。


 絶対に死なないと。


 そして、この場に熱い熱を残し、僕たちは解散となった。



 会議が終わり、僕は扉を出て振り返る。その扉の奥には、いまだにトロと国王がいる筈だ。深い悲しみにくれる二人。本来であれば僕もあちら側なのだろう。けれど、僕だけは前を向いていないといけない。勇者だから。


 悲しみを無理やり理論と精神によって押し込んだ。そんな時だった。ふと背後から声がかかった。低い声だ。感情が捉えにくい抑揚。


「カイン・ブレイ。だったな。少し時間はあるか?」


 振り返ったそこには、赤い目隠しをした最強の男、『豪腕』ヴォルが立っていた。


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