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5 欠陥パーティー


「いやー。ほんとーうに、助かった。この恩は必ず」


「いやいや、いいって。こっちもどうせ食べきれなくて腐らせるしかなかったんだし」


 男たちが倒れた後、俺たち二人は肉を小さく切り三人の口の中に押し込んだ。最初は弱々しく噛んで飲み込むだけだったが、食べるにつれて元気が出たのか、今は残った肉をこれでもかと食い漁っている。


「いやいや、いずれ返す。必ずだ。それが男だろ? でもまあ、取り敢えず今は、何も持ち合わせてはいないから、街に戻ってからで頼む」


「うーん」


 本当に必要ないのだが、これ以上断るのは返って失礼なので、潔く頷いた。それに納得した男は得意気に自己紹介を始めた。


「俺はサリス。E級の冒険者だ。職業剣士。でっ、こいつがうちのパーティーの花方」 


「メルです。F級の弓術師です。よろしくね」


「そして、俺! ボウ! メイスを使う。んっ、F級。ねえちゃん。この肉最高だな。美味くて手が止まらねえよ」


 フォークを使わず豪快に素手で肉にかぶりつくボウの、大袈裟なまでの称賛に、アリシアはしたり顔で微笑む。


「わたしはアリシア。そして、この可愛い系男子がアイト。よろしくね。実はその肉の美味しさにはちょっとした秘密があって、なんと隠し味に――」


 うおっ! 馬鹿! そんなこと言ったら俺たちの信頼が地に落ちる!


俺はアリシアが失言をする一歩手前で、アリシアの口を押さえた。


「んっ。んん! ん――!」


「えっと、隠し味は……そう! 倒すときによく殴ることだ。肉が柔らかくなって、味が染み込みやすくなるんだぞ!」


 シーンと、静まり返った視線が俺に集まる。やめてくれ。それ以上俺を見ないでくれ。料理には詳しくないんだ。

 

あまりに聞き苦しい誤魔化し方に、疑いを持たれたかと思ったが、三人の顔はすぐに綻び口々に笑い声を上げ始めた。


「叩いたら美味しくなるんだとよ、ボウ。お前のボロがこんな形で露見することになるとはな!」


「おうなんだよ。俺は必要以上に殴ってるって。それこそ調理しているやつの問題だあ。ねー、アリシアちゃん」


「私の料理がまずいって言うの? これだから男は。作ってもらうだけ有り難いって思えないのかしら。ねぇー、アリシアちゃん」


 どうやら杞憂だったようだ。寧ろ好感触で、アリシアに至っては引っ張りだこだ。それだけ料理に関しては優れているのだ。料理に関しては……。


 アリシアは、口を塞いでいた俺の手を払いのけると、調子づいて誇らしげに指摘をする。


「チッチッチ。肉の調理は下処理が大事。しっかりと血抜きをして、臭みを消す。ここがシンプルだけど、ものすごーく大事」


 俺は、アリシアの言動一つ一つに注意を置きながら、会話をただ傍観していた。この会話に俺が入る隙はない。内容もそうなのだが、それほどまでにアリシアの人気が高かった。


 人は内心自分より下の者に対して警戒が緩むからな。アリシアのおつむ相手だと、警戒せずに話せるんだろうな。

 などと邪推してみる。こう言うところが、俺の人見知りを加速させているのかもしれない。


「ところでロッドベアーを倒すなんてすげえな。そっちの兄ちゃん、アイトのお陰か?」


 と、不意にサリスが話題を振ってきた。


 ロッドベアーは推奨冒険者ランクCのモンスターだ。それをたった二人の子供が倒したとなれば気にもなるのだろう。俺は仕方なく具体的な内容を避けつつ説明する。


「全部が俺の功績って訳じゃないけど、結果的にはそうかもな。ちょっと変わったスキルが綺麗にはまった」


「変わったスキルでも、C級のモンスターを倒すなんてよっぽどだ。いいなぁ、俺なんか『剣士』のスキルは付いてるけど、攻撃力が足りなくてな。おまえみたいな当たりスキルが羨ましいよ」


「おい。今なんつった?」


 当たりスキル? おいおい、どれのことだ? あんたの『剣士』より良いスキルがどこにあるんだ?


明らかな失言があったサリスを低い声で威圧する。ポキッと右手に持った木製のフォークが折れた。あまりの怒りに視界が真っ赤になって、自我を失いそうになったところで、アリシアがピシャリと額を叩き制止する。


 突然の激変ぶりに三人の冒険者は目を丸めた。どうやら弁明する必要がありそうだ。……したくはないけど。

 そんな俺の心中を察してか、アリシアが代わりに説明を始めた。所々頭はおかしいが、よく人を見ている。


「ごめんね。この子はちょっとスキルにコンプレックスを持ってるみたいで。スキルがらみの話になると、頭に血が上っちゃうんだよ。許してあげて」


「そ、そうか。それはこっちの配慮が足りなかった。でも本当にすげぇ。自信を持て」


「俺の方こそ悪かった。悪気は無かったんだろうし。でもな、俺のスキルは凄くはない。それだけは確かだ。断言していい」


 サリスはアリシアと視線を交わすと何かを察したようにため息をついた。そして、サリスは薄い胸の防具を叩き、言った。


「よし! ならその力、俺達冒険者が見定めてやる。明日から一緒に行動するぞ」


「はあぁー!?」


 また脈絡もなく自分のペースで話が流れる。どうにも冒険者に通ずる者は、自分勝手で言葉が足りない。


「報酬は均等に一人五分の一。そして、余った金は俺の物だ。はっはっはっ」


「おい! ちょっと待てっ」 

 

「いいじゃないか。いいじゃないか」


 同意もしていないのに話が勝手に進んでしまった。止めようとしたが、アリシアも乗り気でどうにもならなかった。

そして、夜は深まる。焚火の火は消えて、森にフクロウの鳴き声が広がる。その下で、五人は、いつの間にか寝息を立てていた。



 昨日の残りのロッドベアーの香草焼きもとい毒草焼きを朝食としていただき、五人は狩りを始めた。俺達がゴブリンを討伐していた辺りは、すでにモンスターの姿は無く、機敏な小動物たちさえも見当たらなかった。察するに俺と言う怪物から逃げるために、更に森の奥くへと逃げ込んだのだろう。

 そんな逃げたモンスターを追って、俺たち五人は獣道を掻き分けて進んでいく。


 先頭はリーダーのサリス。その後に連れの二人。さらに後ろにアリシアで、最後尾に俺だ。日頃から冒険者をやっている三人が前に出てくれるのは正直有り難い。何せ初心者だと、どうしても勘や経験からの危険察知が出来ない。自然のトラップや、強力な魔獣。そんな脅威が無いとは言えない。何せここはミルの大森林……初心者殺しの蒼の森なのだから。


「おーい! 後ろの二人大丈夫か? 進むのが速かったりしたら言ってくれよ」


「大丈夫だ。ちょっと慣れてないだけで」


「そうなのか? ロッドベアー倒すくらいだから、てっきり手慣れたもんだと……。気になってたんだが、二人は何者? あー、この場合は名前じゃなくて、ジョブと言うか、戦闘スタイルと言うか。詳しくは訊かないが、パーティーを組む以上、どういうのが得意かぐらいは知っておきたい」


 サリスは足を止めて振り返った。それに釣られて、あとの二人も振り返る。そんな三人からの、答えを求める視線に、俺はたじろぐ。うまい回答が思い付かず、俺は自分をどう説明すべきか頭を悩ませた。


 ジョブで例えるのが良いだろう。スキルを話すのは基本的には正規のパーティーメンバーだけにしておくべきだ。理由は簡単。冒険者全員が善人な訳ではないからだ。冒険者を襲う冒険者だっている。目の前にいる三人に限ってまさかとは思うが、情報が漏れないとも限らない。そのため親しくても話すつもりはなかった。

 なので、俺は自分に当てはまるジョブを探し始めた。剣士、魔術師、騎士、盗賊、治癒術師。思い付くところは全て当てはまらない。筋力はないのに異常なほどに硬い。何だろう? 鉄とか?

          

 自分という姿の輪郭を指でなぞると、空気のように指の隙間をすり抜けて遠退く。様々な方面からアプローチをしても、結局本質を射た回答には、なかなか手が届かない。

 そんな全く答えに辿り着く気配のない俺を他所に、アリシアは淡々と口を開いた。


「私がデバフ要因。えっと分かるように言うと、状態異常の付与。そして、アイトはタンクって感じかな」


 成る程。これは畏れ入った。ここまで分かりやすく、正確な例えが瞬時に思い付くなんて。

 状態異常を付与が出来る……。それだけだとまだ『魔法使い』や『大魔導師』にも可能。ついでに『トラップ製造』などでも可能だ。お陰で本来の所持スキルに靄がかかった。

 俺のタンクもいい感じだ。丈夫さを武器に敵の注意を引く。それだけなら上手く立ち回れば俺にも出来る。敏捷も筋力も必要ない。攻撃は後ろに任せればいいのだから。


「ああ、アリシアが言った通りだ。俺がヘイトを集めて、アリシアが毒殺。この森ではそうやってきた」


 なんとなくアリシアを褒めたくて頭を撫でると、アリシアが嬉しそうに頬を緩めた。こうやって見ると、馬鹿なんじゃなくて、子供っぽいだけなのかもしれない。


「タンクと状態異常か……。俺が言うのもなんだがバランスが……」


「知ってるって」


 大体、本人も自覚しているようだが、サリスがパーティーバランスについて指摘するのは納得できない。彼らのパーティーのアタッカー三人も中々問題だ。近距離、遠距離のバランスは、弓術師のメルが居る分、うちよりはましだが、ヒーラーなし魔法職なしとは脳筋としか言えない。


「にしても凄いよね」

「ああ、だよなあ」


 会話の輪から一歩引いて聞き耳を立てていたメルとボウが、珍しげに俺とアリシアを交互に見る。その反応にアリシアが背を丸めて、照れ臭そうに口元を隠す。


「私が可愛らしいからってそんな……」


「アリシア……。そうやって自分のことを可愛いだのなんだの言っているうちは、周りから冷たい視線を送られるだけだからな。例え可愛いとしても自分で言うのは無粋でしかない」


「それって中身は駄目だけど可愛いってこと?」


「違う! 外見は可愛く見えなくはないけど、中身がどうしようもなくて印象最悪ってこと」


 むくれたアリシアは視線を落とす。これで少しは自分の立ち振舞いに気を使ってくれればいいのだけれど、大切な箇所が抜け落ちているようないので、期待するだけ無駄なのだろう。


「で、メルとボウはどうして物珍しそうに俺たちの顔を見てるんだ?」


「よく考えてみるんだ、アイト。確かにタンクで攻撃を受けて毒で倒すことは可能だ。実際にパーティーで使われる戦法としても耳に入る。だがな、それには大事な条件があるんだ」


「条件?」


 俺は首をかしげた。アリシアの説明は筋が通っていたし、疑問に思う箇所なんて無かった。

 しかし、目の前の三人は確信を持ったように嬉々として説明をする。


「一つ。タンクがヘイトを集めること。二つ。タンクもしくは術師が、敵よりも格上であること。そして一番大事なのが――」


 ボウは勿体ぶって一呼吸置いた。そして、三本目の指を立てる。


「――ヒーラーが居ること……だ」


 ヒーラー?


 唐突な第三者、ヒーラーの役名が出てきて、何を言っているか理解できなかった。それこそ俺たちの知るヒーラーじゃなくて、別のヒーラーの存在を疑ってしまうほどだった。

 そんな半ば現実逃避のような思考回路の中で、何度かヒーラーと反芻して、ようやく体力を回復させる治癒術師だと結論が出た。


「いや、別にヒーラーが居なくても、ダメージを受けなければいいだけだろ」


「フフッ。そこが可笑しいのよ。タンクは確かに防御力は高いわ。でもね、攻撃を受ける以上ダメージを食らうのは当たり前。A級の冒険者でも、一つ下のクラスの相手と戦うにはヒーラーが必須。それなのにあなたたちはC級のロッドベアーを倒した」


「つまりお前たちは、俺たちの見立てだとC級以上。いや、多分B級に相当するってわけだ」


 そんなわけがあるか! あくまで運が良かっただけだ。B級なんて、冒険者の上層に俺達が食い込む? 冗談は馬鹿みたいに弱いステータスプレートと、自意識過剰なアリシアだけで十分だ。どこの世界に硬いだけで筋力も体力もないタンクがいるんだ? どこの世界に相手に毒を付与して自分も毒になる地雷がいるんだ?


 俺は反論すべく咄嗟に口を開く。


「俺たちはそんな実力持ってないって! それに自然治癒もあるんだ。ダメージが入りすぎてたら、次のダメージを食らわないように、回避すればいいだけだ!」


「語るに落ちるとはこの事だな! 敏捷の低いタンクがロッドベアーの攻撃を回避するなんて、それこそあり得ないだろ」


 「はっはっはっ」と、笑う三人組。追加の言い訳を考えるが、特に無し。よくよく考えてみれば、タンクなのに、装備はボロボロの布切れとアリシアから借りたローブのみ。盾の一つも持っていない。それでタンクなどと言うには流石に無理があった。外見だけ見れば、タンクなんかよりも、シーフの方が断然近い。


「って、ほぼほぼ半裸でローブを棚引かせるシーフなんて変態かよ……」


 逃げるように目を泳がせながら、話題を逸らそうとしたが、上手くいかず、結局変な期待の眼差しを受け、たじろぐ半裸ローブの男の絵面が仕上がった。


 迷いながら次の言葉を慎重に探した。果たして、スキルを打ち明けるべきなのか。打ち明けないべきか……。自白と誤魔化しの天秤が揺れ動く。どちらの答えも、今の状況では力不足。言葉を紡ぐために、あれじゃない、これじゃないと迷いながら、口の形を細かく変化させる。


 そこへ、サリスが先頭からゆったりとした足取りで俺の前まで歩いてきた。そして、俺の肩に軽く手を乗せる。俺は顔を上げて、サリスの意図を探るように彼の顔を見つめる。その表情はふざけたような笑みではなく、どこか真面目で安心させるような、柔かな笑みだった。


「すまんな。困らせてしまったな。深く詮索するつもりはないんだ。ただ自分たちのパーティーに強者が居てくれるのは心強くて、正直安心したんだ」


「――いいや、俺たちがもう少し上手く説明出来れば良かっただけだ。それと、安心されても俺たちは強者なんて呼べるレベルじゃないからな。ミズウサギに骨を折られたことがあるくらいだし」


「はっはっ。また冗談か。顔がマジだったから一瞬信じそうになったぞ。まあ、いいさ。それはそれで。でも、狩りの時の役割はどうする? 聞いたままでいいのか? もし、嘘だったなら、俺たちの後ろにでも隠れてれば……」


「無用な気遣いだ。戦える……とは言えないけど、せいぜい囮として役に立つさ」


 サリスは強く頷いた。弱気ながらもほんの少し本心をちらつかせ、俺も口元を緩ませた。


「よし! となれば飛ばしていくぞ! しっかり付いてこいよ」


「いや、お願いだから歩調は下げて。ほんと辛い」


 こうして懇願しつつ、即席パーティーとして勢いよく一歩を踏み出した。しかし、結局スピードを上げたサリスたちに付いていけていたのは、数分の間だけだった。



 半裸にローブ=チラリズム


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