プロローグ1 最弱と呼ばれし男
カツ、カツ、カツ……。
「今日で俺は……!」
俺は磨き上げられた大理石の床を力強く踏みしめる。
リンドの街中心部に位置するプトレマイオス大聖堂。そこは白と金を基調とした巨大な教会で、街のシンボルとして各地に知られていた。
俺はそんな観光名所にいるが、決して観光しに来たわけでも、参拝しに来たわけでもない。ついでに言うと呪いを受けて清水を貰いに来た訳でもない。
『女神スキル授与式』
それだけのために俺たち十五歳の子供はろくに信仰もしていない女神の元へ向かっていた。
中に入って豪勢な装飾の施された廊下を抜けると、お目当ての場所にたどり着いた。
女神の降り立つ祭壇への入り口だ。
そこは廊下や他の部屋などの優美な造りとは打って変わり、煌びやかさよりも清廉さが勝る白い石材で造られていた。大きさも控えめなため、一見すると小さな祠のようにも見える。
そこで俺は、高まる気持ちを抑え、歩調を落とした。すると、柱の近くに待機していた黒い修道服に身を包んだシスターが、微笑みながら声をかけてきた。その仕草には業務的な冷えきった印象は一切見られない。流石シスターだ。
俺が感心していると、シスターは歓迎するように修道服の裾を揺らしながら両手を広げる。
「よくいらっしゃいました。プトレマイオス大聖堂並びに私たちは、あなたを歓迎します。早速ですが、お名前を」
「アイト・グレイ。十五歳です」
シスターは慈愛深い顔に別の感情を滲ませて、納得したように手を打った。
「あぁ! あのアイト・グレイ様ですね! この街で随一と言われる農家ライト様のご子息の」
「ーーはは。まさか、父を知っているとは、思いもよりませんでした」
俺は冷や汗混じりに顔を歪ませ、無理に笑顔を作る。決して家族と疎遠と言うわけではないが、家族の話を聞くと照れくささと、その他の負の感情が噴き出してくるのだ。
我が父ライト・グレイは、スキルを活用して農業を発展させた。味も、見た目も、形までも全てが思いのままの野菜たちは、リンドの街で知らぬ人はいない程有名だ。
しかし、そんな身内話をしに来たわけではない。俺は複雑な気持ちを抱えながら、本題のために先を急かした。
「父の話はまた今度にして、その……先に進んでも?」
すると、自分の役割を思い出したシスターは早口で弁明した。
「はい! 失礼しました。物珍しさもあって、ほんのすこーしだけ、気持ちが高ぶってしまいました。アイト・グレイ様。あなたの入室を許可します。ここから先は長い階段となっていますので足元にお気をつけ下さい」
シスターは緩やかに一礼すると、先程待機していた柱の近くまで下がり道を開けた。
急く気持ちに歯止めをかけて、俺は踏み出しかけた足を引っ込め丁寧にお辞儀を返した。顔を上げてシスターの笑顔を見てから、気持ちを落ち着かせゆったりと足を進める。
入り口から中を覗くと、窓がないためか照度が低くく、壁に等間隔に彫られた窪みに灯された蝋燭だけが、緩やかな白い石の階段を優しく照らしていた。
俺は覚悟を決めて階段に足をかける。
「貴方に女神の祝福があらんことを」
シスターの見送りに背中で答え、今度は早足でこの長い長い階段を下りていった。
*
アイト・グレイ。男性。十五歳。父から受け継いだこの辺りでは珍しい灰色の髪を持つ。顔は男らしさと言うよりは、どこか幼さが残るような、言わば可愛らしい顔立ちをしている。ここまでは特に不満もなく、生まれも比較的にいいので恵まれた人間と言える。
『だがしかし』
しかしながら平凡なのは外見だけ。蓋を開ければ地獄絵図。勿論性格のことではない。多少攻撃的で自尊心が高い事は承知しているが、決して性根の腐った人間ではないことは断言できる。なら、何がダメなのか。そう、それはこれだ!
俺は指を鳴らすような仕草で親指と中指を擦る。すると指先付近から、濃い緑色に縁取られたこれまた緑色の、透明感のある質量の無いプレートが飛び出した。プレートは次第に速度を落とし正面を向いて静止する。そこには白く細い筆跡で、数字や文字が刻まれている。
ステータスプレート。微弱なマナで形成されたこのプレートは、本人のパラメーターが可視化してある便利な代物だ。だが俺はこのプレートを普段から覗くことはほとんど無い。何故なら、自分のステータスからどうしようもない劣等感を感じるからだ。
ステータス
体力 100
筋力 100
魔法攻撃力 2
物理防御 50
魔法防御 30
敏捷 70
MP 10
これまでの人生を疑われるようなステータス。ちなみに同じ十五歳での平均値は各値200程度だ。それと比べると俺のステータスは、まぁ低い。これでもパラメーターを上げようと努力してきたが、結果は言わずもがなだろう。
しかし、ここまで明かしても、未だにアイト・グレイの弱さを語るには程遠い。
最も重大な問題点。スキルだ。俺たちの世界では生まれた瞬間にいくつかスキルを授かる。『生誕スキル』。このスキルは後でどれだけ修行をしようと得ることはできない。つまり、その人の人生は産まれる瞬間に大きく決まってしまう。そしてこれが俺の生誕スキル。
『魔獣魔物弱点S』 『女運C』
なんだこれ? って思う人が大半なはずだ。大体想像できるのは剣士とか魔法使いとかジョブ関連のスキルだったりすると思うが俺のは違う。
剣士? はっ? 何それ? こっちは『魔獣魔物弱点S』のせいで弱小モンスターとでさえ近接戦闘出来ないんだがぁ?
魔法使い? こっちは多少出会う女性の造形が綺麗になる反って虚しくなる魔法のようなゴミスキルしかないんだがぁ?
『魔獣魔物弱点S』。これが、俺が憧れていた冒険者を諦めた要因と言っても過言ではない。このスキルは魔物や魔獣から受けるダメージを上昇させ、さらに防御力を0にする。よく耳にするのは、正反対にも当たる『魔獣魔物特効』の方だろう。しかし、何の因果か、俺は逆に魔物や魔獣に弱くなってしまった。
しかも、その効力はS。最上級だ。それがどれ程なのかは、防御力0の時点で察することは出来るだろう。例え、筋トレを死ぬほどして、筋肉増し増しで最強クラスの鎧を着けたとしても、そこらのゴブリン一匹のデコピン一つで致命傷。
幼い頃は、スキルと能力値が相まって、周囲の子から、心ない言葉をぶつけられてきた。それを幼い子供の戯れ言と聞き流せれば良かったのだろうが、当時の俺もまだ子供だった。喧嘩をしては負けて、勝つために筋トレをしても負けて。そんな殺伐とした幼少期を過ごすこととなった。
歳は二桁に差し掛かる。明確な自我の芽生えと共に、攻撃的な性格も少し落ち着き始めた。喧嘩は止めて、小言を言われれば丸い目を尖らせ黙らせていた。相変わらず筋トレは続けていたが、あくまで成長期の肉体に比例してパラメーターが伸びただけで、筋トレの効果はまったく表れなかった。
それでも諦めずに筋トレや素振りをしていたのだか、身近にいる親友もとい、ライバルのカインとの実力差を目の当たりにして完全に心が折れた。ちなみにそのカイン・ブレイのステータスがこちら。
ステータス
体力 680
筋力 630
魔法攻撃力 570
物理防御 610
魔法防御 540
敏捷 610
MP 720
スキル
『勇者』 『賢者』
と、まあ流石なものだ。十五歳でこのステータス。国を守る騎士だっていずれかの値が500あるかどうかなのに、この男カインはすべてのパラメーターが500を越えている。それも十五歳で。
極め付けに生誕スキルにジョブ二つ。更には百年に一人しか授からないと言われる貴重なスキル『勇者』と、知力に補正のかかる『賢者』。魔王に勝てそうだなと、呆れるように微笑したのを今でも覚えている。
そんなライバルのステータスプレートに刻まれた、自分の憧れた数字と文字表記を見て、俺はぽっきりと折れた。それはもう見事に。自分でも「あっ折れた」ってわかるほどだった。俺はすぐに筋トレを止めていた。
そのあと、嫉妬に近い逆恨みであらゆる勝負をカインに仕掛けていった。だがどれも勝機が見えることなく惨敗して終わる。
剣術。体術。釣り。掃除。料理。木登り。泳ぎ。腕相撲。クイズ。暗記。ファッション。その他多数。
運もあるとは思うが、それら全てで負け続けた。単にステータスだけではなく、カイン自身、要領がいいので大抵のことはついでのようにできてしまう。そのため俺がどれだけ策を練ってもどうにも出来なかった。
だから俺は誓ったんだ。絶対に『何かしら』でカインに勝ってみせると。
そんな俺の願いが今日この日にやっと叶う。そう信じて生きてきた。そう今日はなんと言っても人生最大のイベント。
女神スキル授与式だ!
俺は心を踊らせながらプトレマイオス大聖堂の地下へと続く階段を軽やかな足取りで降りていく。
最後まで呼んでくれて有り難うございます!!
一章終了までは毎日更新目指していこうと思いますので宜しくお願いします!
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