僕はビンボー道を極めて幸せになりました!
二十一
どこの業界や会社であれ、できる人は情報量で他人と差をつける。質の高い情報で他人と差をつけるのだ。
私のビンボー忍耐力が一線を越えるレベル(超人レベル)に達するまでには、色々な経緯(多くの失敗を含む)があったのだが、その中でも重要なエピソードを一つ披露しよう。
フィリピンのルソン島北部の山岳地帯で活動していた時の話である。日本の中山間地域と同じように、フィリピンの山奥でも山道というのは一本道であり、例えばゲリラ豪雨で土砂崩れが起これば、一本道が塞がれてしまい、たちまち陸の孤島と化してしまう。
そんな山奥の一本道で舗装もされていない山道を、私は仕事柄歩くことが多かった。ある時、しがないひと気のない山道を登っていくと道に面したあばら家が一軒現れた。あばら家に近づいてみると、驚いたことに、あばら家の周辺とあばら家の面した山道一面に木彫りの男性器、つまりフル勃起した剥けチンコが何百本、いや何千本もの大量のチンコが一つの方向を向いてそこかしこに並んでいるのである。
途上国ではしばしば、子孫繁栄を祈願して男性器をモチーフにしたお土産が販売される。例えば、私が滞在したネパールの寺院などにも男性器を模した装飾が大量に施されていた。しかし、である。一応の知識や情報として、フル勃起の剥けチンコがお土産である可能性を理解しているものの、いきなり軽いノリでひと気のない路上に何百本、いや何千本ものフル勃起の剥けチンコが北朝鮮軍による一糸乱れぬ軍隊行進のように一方向を向いて並んでいる様子に見るにつけ、私はあばら家に「オカルト教団」の臭いを嗅ぎつけてしまった。「この家の中には、オカルト教団の教祖が鎮座しているのではないか…」という強い疑念である。
そして、恐る恐るあばら家の入り口まで行くと、家の中から半裸の爺さんがチンコを握りしめながら出てきて、つぶらな瞳を輝かせながら「I am very happy!!」とほざいて見せたのである。
やはり人間たるもの、自分の価値観や考え方の閾値を超えた事件や事故に遭遇すると、相手のいかなる価値観や信念、意見などでも一旦咀嚼して受け入れられるようになる。世界には自分には遠く及ばない人知があることを、身をもって体験してしまった後の副作用だ。
途上国で活動してきて、改めて日本の百円玉一枚を眺める。この日本円の価値を再考する時、ビンボー道への一筋の光明がはっきりと見えた。
ビンボー道は、地球市民と豊かさへの福音書である。




