僕はビンボー道を極めて幸せになりました!
十七
私は情に厚い男だと思うが、いわゆる寄付や施しといった類のことは全くしない。というか、ある事件がきっかけで、できなくなってしまったのだ。
お金がないのではない。ビンボー道を極めており、低収入でも楽ちんで貯金できる。貯金も数千万円ある。
私は寄付や施しをしない。これも途上国冥利と言えよう…。
私はフィリピンでボランティアをやっていた時に、時より用事で首都のマニラに滞在することがあった。マニラは人口数千万人の大都市だ。東京よろしく、お金さえあれば欲しいものは全て買える。
そんな大都市マニラでは、貧富の格差が激しく、またスラム街も広がっており、そこかしこに物乞いがいる。子供の物乞いもいる。ストリートチルドレンだ。
実はこのフィリピン人の物乞いが曲者で、日本人を含む外国人観光客に「情」に訴えて、お金をかすめ取る術を知り尽くしている。フィリピン人のプロの物乞いが、日本人から金をもらうためにはどういった方法があるだろう。例えば、実際にそこかしこで行われているアプローチの一つに、物乞い間における赤ちゃんや子供のシェア(貸し借り)がある。つまり、物乞い達が一種の協同組合のような組織を作り、その組織内のメンバー間でメンバーの赤ちゃんや子供を貸し借りする。そして赤ちゃんを借りた物乞いは赤ちゃんを抱いて一見するとみじめな境遇の親子を装い「マネー」と日本人に迫るのである。一見さんの日本人観光客は、まさこの親子が赤の他人とは夢にも思わないので、偽装親子を哀れに思いお金をあげてしまうのだ。人間は、お金が絡むと本当に頭がよく回る。これはもはや、詐欺といっても過言ではないのだが、こうして獲得したお金は協同組合にプールされて、メンバー間で分配されるのである。
私はフィリピンで金に対する人間の悪知恵や執着心を目の当たりにしてきた。もちろん、これは貧しい人たちが生き残るための生存戦略である。その一方で、世界第三位の経済大国にして老大国の日本において、そこまでしてお金に執着する意味は全く見いだせない。
お金とは一体何であろうか。
ビンボー道に通じる思想的背景が途上国にあった。




